nameress −改訂版−   作:兎一号

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如月結城は教える

 私と如月有紀の関係は殺伐としていたあの環境の中で、唯一とても穏やかで静かなものだった。彼女といる時だけが、誰も傷つけずに済んでいた時間だった。

 当時、日本語が理解出来なかった私の教育係として、戦闘員としては幼すぎる如月有紀が当てられた。多くの言葉を交わしたわけではない。ただ、私が彼女の話す言葉を覚えていた。

 あの国はあまりに余裕がなかった。負け続きで、人を殺せるようになった私を戦線に投入したかったのだろう。

 時が経つにつれ、私は言葉を覚えた。その代わり、彼女は次第に元気が無くなった。何処か怪我でもしているのではないか。そんな事を私は心配していた。当時の私はその状況に慣れつつあったのだろう。他人の心配が出来るほど、私の中に余裕ができていたことに他ならない。

 

 最初は手を握っているだけだった。

 ただ、如月有紀は次第に壊れていくのが、私にはわかった。その原因はわからない。ただ、彼女はいつも言っていた。

 

「誰も迎えに来てくれない。」

 

 彼女はそう言った。私はその言葉の意味を遂に突き止められず、彼女は死んでしまった。彼女が言った言葉の意味を突き止めらえれれば、彼女が死んでしまう事は無かったのではないだろうか。いつもそんな後悔が私を責め立てる。

 如月有紀を救えなかったのは、私だ。ならば、

 如月有紀を殺したのは、私なのではないだろうか?

 私は、どうすればよかったのだろうか。

 

 グルグルと回り続けるその言葉達は、私を磨り潰そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 少女は学校に行かなかった。もう直ぐ帰れるという高揚からか、ここでのことが御座なりになっていることは少女も自覚している。

 昨晩、靴を影浦雅人の家に忘れてきたことに気が付いた。やってしまった、と少女は諦めの境地に入っていた。その事が少女の心にとどめを刺した。

 ただ、雨は未だ降りやまず、家は未だに無人のままだ。だから、少女は近界(ネイバーフッド)に帰らずにいた。

 少女は仕方ない、と暇つぶしの為にボーダーを訪れた。この雨のせいだろうか。心なしか人が少ないように思えた。

 

「こんにちは。」

 

 背後から掛けられた聞き覚えのある声。振り返るとそこにはやはり三輪秀次がいた。相変わらず目の下には酷い隈が出来ている。少し眠たそうに思える目をした三輪に少女も「こんにちは」と返した。

 どうやら彼は訓練をしに来たらしい。

 

「学校はいいの?」

 

 と、尋ねると怪訝そうな顔をして少女を見た。少女は眉をひそめて首をかしげる。そんな顔をされる理由が全くわからなかったからだ。

 

「今日は祝日です。」

「そう、だったわね。」

 

 ここに来て今日が祝日だという事を知った。少女は、損をした気分だ、と小さくため息をした。何があったって行く訳では無いが、行かなくてよいと言われると何だか納得がいかない。そんな皮肉れた心が悪態を付くのだ。

 

「あの、このあと用事はありますか?」

「訓練をする予定だけれど、私に何か?」

 

 三輪は少女に教えを乞うた。曰く、「真ん中に当たらない」らしい。少女は暫し床に視線を落とし、拳銃で的の中心を狙う意義について考えた後、彼の方を向いた。

 暇を持て余した少女は二つ返事で承諾した。少女が三輪を連れて行ったのはスナイパー訓練場。設定限界まで近くに赤い人型の的を出すと、少女は三輪に「的を5発撃ってみて」と言った。三輪は5発、的に向かって撃った。たしかに弾痕はばらけている。

 しかし、初弾から段々と真ん中に近づいていった。リコイルコントロールは想像以上に上手いらしい。ならば、問題は初弾。構え方だ。

 

「それじゃあ、次は一発撃つたびに構え直して撃って。」

 

 三輪は言われた通りに撃った。的に開いた穴はやはりばらけていた。連続で撃った時より精度が落ちている。少女は次に自分の指示通り動く様に言った。

 

「構えて。」

 

 少女が一言。カチャリと素早く銃を構える。少女は構えられた銃をじっと見つめてから、銃口を少しだけ上にあげる。銃を構える少年は緊張しているようで唾を飲み込んだ。

 

「降ろして。」

 

 私が一言。少年は素早く銃を下ろす。そして少女がまた「構えて」と言うので、少年は銃を構えた。少女はじっと銃を見詰めて銃口をクイッと少し上にあげた。それから数ミリ右に曲げる。

 

「この位置を忘れないで。」

 

 少年・三輪秀次は小さく息を吐きだした。それからきつく銃を握りしめる。

 

「力を入れるのは手首では無くて肩。強く握ろうが、弱く握ろうが肝心なのは銃がきちんと前を向いている事。腕が下がれば、弾は自分が思っている以上に下がる。」

 

 少女は三輪に「撃て」と言った。銃弾は綺麗に心臓のあたりを撃ち抜いていた。三輪は数回瞬きをした。信じられないような目でその的を見ていた。

 

「銃を構える度に同じ高さに腕が上がっている事、一先ずはこれを意識して。」

 

 少女はライトニングを構え、撃つ。銃弾は穴が開いた場所を通り抜けた。

 

「的までの距離、銃口と的の角度。それぞれの的を撃ち抜く腕の高さ。これは感覚が物を言う。練習あるのみね。」

 

 少女口に手を当てて「あとは」と少し考える。「狙いすぎ」と告げた。

 

「元々ハンドガンじゃ()()()()には威力が心許ない。実弾なら兎も角、トリオンの弾は体内に残るなんてことにはならないからね。でも、狙撃銃と違って連射が出来るのだから一発一発のリスクは高くない。急所の付近に当たれば良い、と割り切る事も大切だよ。」

 

 「一発で仕留められるに越した事は無いんだけどね」と少女は頬を掻きながら三輪に言う。三輪はこくりと一つ頷いた。その様子を見て少女は少し眩しい物を見るように目を細めた。

 

「三輪は、撃った後の反動制御は上手だ。大丈夫、三輪はセンスがあると思うよ。()()なんかより、ずっと。」

 

 世辞では無かった。10年以上戦場で生きてきた少女が持つ知識と技術。数週間足らずの三輪の持つ知識と技術。比べるまでも無い。初期の成長スピードは圧倒的に三輪の方が良い。言語が通じない、などの要素を抜きにしても、少女はそう思っていた。

 

 

 私が最初に身に付けたには人を苦しませる方法と苦しませずに殺す方法だ。

 言葉が通じない、という事は機密保持においてこれ以上ないアドバンテージであった。故に少女は捕虜の拷問の助手と殺害の任に5年以上ついていた。その為、少女は急所を狙う癖がついてしまっていた。

 

 嗚呼、連れてきた奴隷に国を壊される。実に滑稽。

 悲劇なんて馬鹿馬鹿しい。ただの笑い話だ。

 私は目の前にいる一人の兵士を打ち殺した。溢れだす血潮の勢いはとめどなく、開いた穴から吹きだすその紅蓮は濃厚な鉄臭いにおいをまき散らす。

 

 

 ビィと警告音ともとれる音が鳴る。

 思いだした香しい鉄の臭いに酔っていたらしい。隣から聞こえて来る銃声に意識が傾いた。

 少女は横目で様子を観察しながら自身の訓練を続けた。普段は他人の合わせて姿勢を低くして訓練をしているのだが、今はその合わせるべき人間はいない。

 少女の持つ銃型トリガー2丁のうち、1つはとても癖の強いものだ。伏せて撃てるようなお利口さんではなかった。バイポッドも付いてないあの銃の癖を思いだしながら、的を撃ち抜く。

 ふう、切れた集中力を息と一緒に吐き出した。まだまだリコイルコントロールは不十分ではあるが、初弾は急所に近付いて来た。彼の様子を見て、少女は満足そうに頷いた。三輪は少しだけ嬉しそうに的を見た。こんなものだろう、と少女の中では銃を始めて握ってから二週間も経っていない少年の出来を見てそう考えていた。

 聞けば、万能手と言う物を目指しているようで、これから剣技も覚えるらしい。元々が努力家なのだろう。黒トリガーの性質上、多少の剣術を覚えなければならなかった少女とは違う。彼の行動は極めて自主的だ。

 

「ありがとうございました。」

 

 満足したのだろう。三輪がこちらを向き、そう礼を言ってきた。少女は遠慮がちにそう返した。少女自身、ただの暇つぶしであった。それに物静かな三輪は少女にとって、あの懐かしい穏やかさを想起させるものだった。

 

「いいよ、私も楽しかったから。」

 

 それは思わず出てきた本音だった。少女は小さく笑みを浮かべていた。 浮かべていたことに、少女は苛立ちを覚えた。ぐしゃりと前髪を掴み、心の中で悪態を吐いた。「お前は、誰だ?」と。

 

「先輩?」

「何でもない。私はまだやるけど、三輪はどうするの?」

「俺は、休憩に入ろうと思います。」

 

 彼の言葉に「そう」と少女は返した。少女は再び手持ち無沙汰になった。トリガーの調整を行っても良いのだが、いかんせん少女は機械に詳しいわけではない。定期メンテナンスは重要だが、いつも行ってもらってばかりだった。少しは学べばよかった、と多少の後悔をしていた。

 

「あの、今日のお礼は必ずします。」

「別に、そこまでしてくれなくていいわ。ただ、構え方直しただけだから。」

 

 私はそう突き放すと、的を見た。ライトニングを構え、的を撃つ。もう少し高低差のあるところで練習したいが、合同演習以外でそのような機会はあまりない。

 気がつけば、三輪はいなくなっていた。私はそのことを気に止まることなく、再びライトニングを構えた。

 しかし、私は振り返った。コッソリと誰かが入ってきたからだ。それからこちらを見るとびくりと肩を揺らしてから大きなため息を吐いた。

 黒い癖のある髪。少女と同じ年くらいの青年は、辺りをキョロキョロと見渡した後、一列に並んでいる射撃台を飛び越えて身を隠した。少女はその青年をジッと見ていると、口元に指を当ててから手を合わせた。少女は怪訝な表情で青年を見た。日本文化に疎い少女はそのジェスチャーの意味がわからず、何をされているのか分からなかった。

 

 何をしている?

 

 敵である可能性を考慮し、少女は青年の行動をジッと観察していた。

 しかし、間も無くしてもう一度扉が開いた。入って来たのは小柄な少年だった。少女と同程度の身長の少年は先ほどの青年と同じようにキョロキョロと辺りを見た後、こちらに近づいてきた。

 

「おい、太刀川を見ていないか?」

「さあ、私、タチカワ?さんの容姿がわからないのでなんとも。癖毛の青年なら、そこに一人いるけど。」

 

 青年は「げっ」と苦しそうな声を出した。それから諦めたのか、近く少年対して逃げるようなそぶりは見せなかった。小さな体のどこにそんな力があるのか、不思議に思いながらも引きずられていく青年を見ていた。

 

「あ!」

 

 と、何かを思いついたようでポンと手を打った。

 

「お前、外国人だよな。」

「私、ですか? まあ……。」

「ならさ、英語できるだろ! 手伝ってくれよ。」

 

 少女はそんなことを言う青年に「外国人全員が英語できると思わないで。」と、不機嫌そうに言い放った。少女はロシア人だ。ロシアの公用語は当然ロシア語で、ヨーロッパの中では母国語話者が一番多い言語である。確かに英語もロシア語もヨーロッパ・インド言語種ではあるが、ゲルマン系と東スラブ系である。系統は全くの別物なのだ。

 それに日本語の方が得意である。約20年の人生の内、ロシア語を話していたのは人生の4分の1にも満たない。

 

 がっくりと肩を落として、諦めた様に少年に引きずられていく。集中が一度切れた為これ以上は無意味だと思い、少女はライトニングの換装を解き、射撃場から出た。

 首根っこを掴まれた青年は、ズルズルと引き摺られなら「アンタ、東さんが言ってた女の子だろう?」と話しかけてきた。

 

「一発も外さない女の子がいるって言ってたんだよ。」

「さあ、分かりませんが。」

「なぁ、コツとかあるのか?」

 

 少女は、「特別なことは何も」と答えた。青年は詰まらなさそうにこちらをジッと見ている。

 

「なあ、アンタ。攻撃手(アタッカー)に興味ないか?」

「無いです。」

「なんで?」

 

 間髪入れず、青年は食い下がってきた。その様子を見て少年に「いい加減自分で歩け」と手を離され、そのまま後頭部を床に打ち付けた。「いてて」と頭をさすりながら、カザマという少年に「ひどい」と言っている。カザマさんと呼ばれているということは、この少年はタチカワよりも上の人間なのだろうか。

 青年は立ち上がって、もう一度理由を問うてきた。

 

「獲物を殺すのに、必要以上に近く意味がありません。」

「随分、好戦的なんだな。」

 

 口を開いたのは、カザマと呼ばれた少年の方だった。その言葉に弁明する意味も見出せず、私はその評価を受け入れた。

 

「何か、理由でもあるのか?」

「好戦的な、ですか? ありません。私の中では、好戦的とは思ってませんし。」

「そうか。」

 

 少し間を開けてカザマは私に尋ねてきた。

 

「昔、髪の色は黒くなかったか?」

 

 と。表情を変える事は無かったと思う。ただ、冷静に「生まれた時からこの色です」と答えた。

 カザマはその後、「やはり違うか」と続けた。少女はその言葉の意味を聞きたかった。誰かの腕の一本や二本無くしてでも聞きだしたいと思った。しかし、前方から現れた青年にそれを邪魔されてしまった。

 

「風間さん。」

「迅……、何の用だ。」

「城戸さんが呼んでるよ。」

 

 カザマは少し口を噤んだ。ふと、ジンと呼ばれた青年と視線があった。サングラスをかけた彼は一拍置いてから「俺、実力派エリート迅悠一ね。」と自己紹介をしてきた。実力派エリートの意味がわからず、首を傾げながら生返事を返してしまった。

 

「太刀川さんは、試験勉強してていいよって。」

 

 迅の言葉にがっくりとタチカワは肩を落とした。2人はキドさんのところに向かった。少女は「失礼します」と言って横を通り過ぎた。しかし、タチカワはそれを許さなかった。彼はどうやら遊び相手が欲しい様だった。

 

「なあ、風間さん戻ってくるまでランク戦やらねぇ?」

「やりませんよ。私はC級隊員です。それに狙撃兵(スナイパー)突撃兵(アタッカー)では相性が悪すぎます。」

「そんなに攻撃手(アタッカー)は嫌か?」

「得意ではありません。」

「教えてやるよ。」

 

 その言葉に少女は顔を顰めて「はぁ?」と眉を顰めた。「勉強は?」とは尋ねると「風間さんがいねえと進まねえもん。」と言われた。それから隊服を引っ張られ、少女はカザマがタチカワを見つけ出すまで彼とつばぜり合いをする事になった。




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