私は廃墟となった街を男が私の手を引いて歩いていた。誰一人生き残っていない、骸の星。
「マザートリガーがやられるなんて……。」
繋がれていたせいであまりうまく動かない足で、引きずられるような歩いた。生き残っていたのはたった一人の捕虜と私だけ。男は必死に脱出方法を探していた。なんで死んでしまったのかわからない骸を避け、彼は飛空艇を見つけた。
彼は、私を連れて彼の本国に向かった。捕虜として過ごしていた彼のその後の生涯は、あまりにも薄暗いものであった。敗北が濃厚であった彼の国では、多くの敵を地獄に引きずり込むことこそ美徳であった。生き残ってしまった彼は、排斥の対象となっていた。彼は最後まで私の本性を本国に話す事は無かった。彼が死んでしまってから、彼の妹は私が他の国に行く事を何度も引き留めた。
しかし、私はそれに応じる事は無かった。
安穏とした生活はどうにも肌に合わなかった。何時までたっても慣れなかった。幸せそうにしている人たちを見ていると憎く思ってしまう。私は、その世界から逃げ出した。
「困っている人がいたら、助けてね。私みたいに。」
有紀が私に告げた言葉、弱弱しく結ばれた小指の意味を知ったのは、大分後になってからだ。藤茉莉に出会い、その意味を知った。それが約束だと分かったとき、私は一生この約束に縛られて生きていくのだろうと思った。それを受け入れがたいと思ったわけではない。不思議と嫌とは思わなかった。
これから訪れるだろう苦役さえ、私にとっては心地よい罰だった。
☆
少女は未だ如月家の人間に会えずにいた。少女は困った、と一人夜空を見上げた。少女の背後には煌びやかな夜の街があり、その光景はとても華やかだ。
「また、こんな薄暗いところにいて。ダメじゃないか。」
少女はそう話しかけたのは、中年の男。髪の毛はハゲかかっており、丸々と太ったその体型は養豚場に行き損ねた豚のようだ。
などと、彼の容姿を扱き下ろしてみたが、その実とてもお人好しだ。その容姿だって見方によれば愛嬌があると言えるだろう。少女が度々こうして路地裏を歩いているのを見かけると声をかけて注意するのだ。なんでもPTAなるものをやっている彼は、その素晴らしいか正義感から少女に声をかけていると発言した。同じ年頃の娘を持ち、その娘も最近は反抗期で夜な夜な出歩いているとか、いないとか。そのため、子供たちの健全な成長のためにという建前で、彼は緑色の腕章をつけて子供に声をかけているそうだ。
「また、ですか。いい加減、私に構うのはやめてほしいです。ケーサツに追っかけられているって言いますからね。」
少女は男をそう言って牽制する。警察に追い掛けられて困るのは、実際は少女の方なのだ。本来ならば、少女は日本に戸籍を持っていないし、なんなら
なんやかんや言いつつ、少女は結局保身のために路地裏を出ていく。心の中では「二度手間だ」と舌打ちをしているのだが、それをおくびもださない。
少女が度々町の路地裏を徘徊するのには理由があった。繁華街の薄暗い路地裏で少女は何かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡す。白色がかった大きめの半透明のビニール袋には大量のゴミが詰まっている。そこはおそらくゴミ集めて置いておくための場所なのだろう。その中から、カサカサと這いずって出てきたのは、一つ目のトリオン兵。
ラッドと名付けられたそれは、元々偵察用に作られたトリオン兵だ。これは周囲の人間から少量のトリオンを回収し、あちら側に繋がる門を開くことができる。少女があちら側に戻る際の保険の一つだ。通常のラッドは真っ白なのだが、改良を加えたそれは黒い。
「トリガー、起動。」
元々持っていたノーマルトリガーに換装し、ラッドを持ち上げる。腰についたポーチの中から取り出した機器を取り付けた。空中に表示された字を追う。
「89%か。」
表示されているのは、ゲートを開くために必要なトリオン量。その89%が確保済みだ。あと明日にはゲートを開くことができるようになる。今回、諸事情によりこちらに来た時とは別の国に行かなければならない。その為いつもよりも多くのトリオンを必要だ。それ故に時間が掛かっている。
別に直接会う必要はないのだ。会って、どういうものなのかを伝えたいと思っている。しかし、何も知らない方が良いのかもしれないとそう思うこともある。ただ、もう二度と彼女が戦場を訪れなくてよいように、少女が勝手に願っているだけなのだから。
本当は如月家のポストに入れればいいだけだった。それをしなかったのは物理的に移動することが出来ないからだ。すぐに近界に戻れるならば、少女はとっくに出て行っただろう。
少女はラッドを一撫でし、地面に放してやった。カサカサとそれは薄暗い路地裏の方へと進んでいく。
「宜しくね。」
と手を振った。ラッドは少女の様子を気にする事無く、何処かへ行ってしまった。少しの間路地裏を見ていると、地面が揺れた。地面が押し込まれる様に少女は慌ててビルの壁に手を付いた。
「近いな。」
トリオン兵が暴れているにしては、警報が聞こえてこなかった。確かにここは繁華街だが、川の向う側は警戒地区だ。聞こえても可笑しくないはずなのだが。少女は状況を確認する為に大通りの方に出た。大通りに立っている人たちはちらほらと空を見上げていた。
「何かあったんですか?」
近くのサラリーマン風の男に尋ねると、「君は見ていなかったのかい?」と言われた。少女が首を傾げると男は「光が降ってきたんだよ」と教えてくれた。少女は男の言葉に絶句した。トリオン兵の中にはビームを撃つ事が出来る奴がいる。だから、撃ち上がる事はあるかもしれない。しかし、空を常に飛んでいる様なイルガーにだってそんな機能は搭載されていない。
となれば、私が知らない
「教えて頂いてありがとうございます。」
少女は小さく頭を下げるとその場から足早に立ち去った。少女は警戒区域の方に向かって歩きだした。関与するつもりはない。ボーダーがどうにかするだろう、と結論付け、少女は自分の家へと向かっていた。『この先危険』と警告しているだろう看板を過ぎ、いつものようにマンションに向かおうとした。
「よう。」
「エリートさん。」
日本人にしては明るい髪色をした少年。軽い調子で手を挙げた彼は、少女に話しかけてきた。少女は首を傾げて「行かないんですか?」と尋ねた。すると「行くよ」と答えた。
「君は、行かないの?」
「行きませんよ。C級ですから、戦闘への参加はできません。足手纏いになります。」
「太刀川さん相手に大立ち回りしてたのに?」
「あれは、あちらが手を抜いていただけの事です。」
「君も来た方がいい。俺の
言っている、ということはお告げのようなものでも聞こえているのだろうか。
「責任とかは、俺が持つからさ。」
少女が何か言おうとした時、再び空から光が降ってきた。ズシンと地面が大きく揺れる。少女は空を見上げ、雲で覆われた濃灰色に舌打ちをする。エリートは走り出していた。後ろ姿に、一度は背を向けた。少女は懐からトリガーを取り出した。
時間帯が良くなかった。有紀のトリガーならば、トリオンの濃度を見分ける事が出来る。空を見れば何があるのか見る事が出来たかもしれない。しかし、有紀のトリガーはその濃度を黒の濃淡で表される為、夜では基本的に使えない。当然、トリオン体で襲ってくる敵も真っ黒に見えてしまう。有紀のトリガーは夜戦を考慮していないトリガーなのだ。
これがトリガーを二つ持ち歩いている理由だ。
少女は万が一を考えボーダー製のノーマルトリガーを換装する。電柱の上に飛び乗り、それから空を確認する。先程の光は高い所から降ってきている。ぽっかりと雲に穴が開いている様子から、何かは雲の上から撃ち降ろしているようだった。それにしても、上空に留まり続けられる方法が分からない。何処かの貴族様のトリガーのように遠距離に特化したものなのだろうか。
光が放たれた場所の真下に近付くと聞こえて来るのはつばぜり合いの音。近づくとそこにいたのは、明るい髪色の少女と黒い髪の少年だ。そして二人と対峙している襤褸を被った正体不明の人型。襤褸の隙間から見える金色の長髪。骨格から推測するに女性だ。
少女は屋根の上からじっとその様子を見降ろした。少年少女の所属はボーダーだ。服を隊員着ている。では、もう1人は?
「これは、中々どうして……。」
もう1人が使っているトリガーは骨董品の名がふさわしい吸収されてしまった国の物だ。扱いづらく他国に受け入れられなかったと話がなされた。散弾銃ではあるが、それの撃ち出す弾は特別だ。散弾ではなく、スラグ弾を撃つあの銃は威力こそ強力なものの、反動が大きくとても扱いづらい銃だ。少女でさえ、中途半端に投げ出したというのに。
あの銃を持っていること自体、思い入れがあるとしか思えない。あの
少女は電柱から飛び降り、近くのマンションへと向かった。そして4階の部屋のベランダでライトニングを取り出し、戦場を確認する。これは決してあの隊員たちを助けるためではない。
C級隊員である少女は、訓練以外のトリガーの使用を禁じられている。しかし、最早、少女がボーダーに居続ける理由はないのだ。元々、廃棄区画を合理的に探索するためにボーダーに加入した。如月家を見つけた少女がこれ以上組織に居座り続ける理由はない。
大きな斧のような武器で攻撃を仕掛ける隊員に合わせて、少女はガードしようとしている近界民の両腕ごと切り裂いた。左肩から右の脇腹までの一閃。それの体には亀裂が入り、爆発した。現れたのは、男だった。
「そんな、まさか……。」
戦慄が走った。気が付けばマンションの窓から数歩離れた壁に背を預けていた。少女は歯を食いしばった。体中が沸騰したような、そんな激情の中でやはり少女を冷静に見ている私がいた。ライトニングを構えなおし、標的を絞る。今からあの敵を殺したところで間に合わなくなる可能性がある。
私は先ほどまで斧を振るっていたボーダー隊員を撃ち抜いた。そしてその隣にいた隊員も同じように撃ち抜く。彼らは緊急脱出をして、本部のほうへと光が流れていった。
「あの男、悪趣味なことをしやがって。」
私は、そう吐き捨てた。先ほどまで長身だった襤褸を被った近界民は、私がよく知る男だった。金色の髪の女性は、黒い短髪の男だった。トリガーは使用者の好みで容姿を変えることができる。男はそれを利用して姿を偽っていた。あの男がここにいることが不思議でならない。
しかし、あの男には生きていてもらわなければならない。私たちが私たちであるために。
久方ぶりに見たあの男を見て、多くの少女が激情に流された。恨み、憎み。喉が渇き、飢えに苦しむ獣のように。名称つけがたい感情が疼きだす。三輪にあんなことを言っておいて、なんで心の中で私は嘲笑する。
「自殺なんて、させない。」
「如月さん?」
引き金にかかっていた指が硬直する。その聞き覚えのある声が、こんなにも近くで聞こえることに私は危機感を覚えた。どうやらこんな生ぬるい場所にいたせいで勘が鈍ってしまっていたらしい。誰かにこんなにも接近されるまで、況してや声を掛けられるなんて。
スコープの先にいた男はすでに外壁の陰に隠れていた。構えて狙撃銃を下ろし、振り向いた。彼女が制服以外の服を着ている姿を初めて見た。暗い色の服に身を包んだ同級生は驚いた顔を観察した。彼女は一般人だ。どうしてこんな危険区域のど真ん中にいるのだろうか。ここで彼女に帰宅を促すだけならばいい。
しかし、先ほど殺しかけた男がまだウロチョロしているだろう。あの男は左足を悪くしているからそう簡単に遠くに逃げないだろう。
「刈谷さん、こんなところで何やってるの?」
なるべく心配そうな声で尋ねた。彼女は俯いた。とにかく彼女をこの区域から出さなければ。あの男に目を付けられれば碌なことにならない。
「何か、言えない事情があるのはわかったわ。兎に角、ここから出ましょう。」
彼女の手を取り引いてみるが、彼女は動く気がないらしい。私は彼女をどうにかしてここから動かす必要があった。これ以上、あの男の犠牲者を増やすわけにはいかない。
「刈谷さん。きっと家族の方が心配しているわ。」
「してないよ。」
彼女がようやく発した言葉を吐き捨てた。少女はその発言に眉をひそめた。少女は本当の親の記憶があるわけではない。ただ、親のように思っている人はいたし、少女自身をママと呼んでくれる子どもたちもいる。その子供のことを少女はいつも思っている。
だから少女は「そんなことない」と言った。
「私はいつも心配しているわ。」
そんな言葉に彼女は驚いた表情を浮かべて、「子供、いるの?」と聞いてきた。私は彼女に対して「血のつながりはないけどね」と答えた。「育てるように、頼まれたから」と苦笑いを浮かべた。彼女は足を前に進めた。出口からは遠ざかり、先ほど狙撃に使ったベランダに出た。私は彼女の後に続いてベランダに出た。彼女は一つの家を指さした。その家はこのマンションの向かい側にあり、それは何かに押しつぶされたように半壊していた。
「私、あそこでお兄ちゃんを殺したの。」
「は……?」
私はその言葉に驚きを隠せなかった。刈谷裕子にそんなことができるようには見えなかったからだ。
「お兄ちゃんを殺した私なんて、心配しないよ。」
私は面倒ごとに巻き込まれた、と彼女に聞こえぬようにゆっくりと溜息を吐いた。
お久しぶりです。
果たして、この挨拶をあと何回することになるのか。
私は単行本をオンラインで買う派なので、週刊ジャンプなどはアニメ化しないと基本的にどんな漫画を連載しているのか情報が入らないのですが、鬼滅の刃に呪術廻戦と長い長い浮気をしていました。
呪術廻戦に関してはこれからですし、楽しみにしています。
少し前の話になりますが、ワールドトリガーもアニメ化するらしいので楽しみに待ってます。