五席目の少女   作:今更とじみこにハマったマン

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この作品は

・親衛隊を幸せにしたい(特に作中で死ぬ2名)
・都合のいいオリジナル設定
・にじみ出るご都合主義

の3点でお送りします。


来訪編
野生の刀使


 日本の何処かにある山の中。その山にある道とは別の、道無き道を行く1人の女性が居た。

 

「…………」

 

 登山をしに来たという風貌ではない。白を基調とした制服に紫をベースにしたシャツ。そして手には、土産物が入っていそうな紙袋。顔立ちは整っていて、その鋭利な眼差しは、あらゆる虚偽を見通す力を持っているように思えた。

 明らかに居る場所を間違えているとしか思えない。このような女性を見るのは街中、それもオフィス街ならばおかしな事ではないが、山の中では場違いにも程がある。

 

 しかし何よりおかしいのは、大人の男ですら息を切らすようなペースで、次第にきつくなっていく傾斜を登っていくことだ。息が乱れる様子も無く、ただ淡々と。

 そして足を動かす度に、腰に帯刀している2本の刀が触れ合うカチャカチャという音が鳴った。

 

「……もうそろそろか」

 

 誰に言うでもなく、1人呟く。自分の頭の中で計算した通りにここまで来れているのならば、そろそろ目的地に到着するはずだ。

 

 そして、それから歩くこと5分。

 

 急に女性の前が開けたかと思うと、ぽつりぽつりと家が点在する集落が現れた。計算通りの到着だった。

 この集落の一番奥の家。そこが彼女の目的地である。

 

 この集落に来る客人など年に1人か2人居ればいい方で、その殆どは集落の親戚の人だった。だから見慣れぬ女性が歩いているのを見た集落の人間は、珍しいものをみたという表情を隠さない。

 畑仕事をしている人や、家から偶然その姿を見つけた人から注目されている事など気にもとめず、女性は進んでいく。注目される事は慣れていたから、その動物園のパンダを見るような眼差しに何を思うことも無かった。

 

 やがて目的地の家の前で立ち止まった。表札には「新田」と書いてある。

 女性は周辺を見渡してインターフォンが無いことを確認すると、その扉を2、3回ノックした。

 

「……開いとるよ」

 

「失礼します」

 

 しゃがれた老人の声に導かれて女性が戸を引いて家の中へと体を滑り込ませる。

 古き良き日本家屋と呼べる玄関で靴を脱ぎ、すぐ近くにある居間へと歩を進めると、女性が手紙を送った人物は、正座で女性を待っていた。

 

「こんな片田舎に、ようこそいらっしゃった。救国の英雄、折神(おりがみ) (ゆかり)様」

 

 白髪のお爺さんがそこに居た。名を新田(にった) 吾朗(ごろう)という彼は今年で90になるが、その目から今も活力は衰えていない。

 

「いえ、こちらこそ突然の訪問にも関わらず、お時間をありがとうございます。……こちらをどうぞ」

 

 テーブル越しに、お互いが頭を下げてそう言った。そして頭を上げると、紫と呼ばれた女性は持ってきた紙袋から羊羹を取り出すと、それをテーブルの上に置いた。

 

「……わざわざすみませんな。こちらは何のもてなしの用意も出来ていないというのに」

 

「お気になさらず。元はと言えば、無理を言ったこちら側の責任ですので」

 

「だとしても、お茶の1杯もお出しせんようではいかんじゃろうて。……少しお待ちくだされ、今入れてきます」

 

 老人とは思えぬ軽い身のこなしでお茶を用意してきた吾朗は、紫と自分の前にそれぞれ置いた。

 そのまま示し合わせたように互いが同時に湯呑みに口をつけ、秒針が半周した辺りで同時に置いた。

 

「さて、早速ですが本題に入りましょう。……家の孫のことですね?」

 

 この新田家では2人が暮らしている。1人は吾朗で、もう1人は彼の孫娘。

 普段は仕事で忙しい紫がわざわざ合間を縫ってまで片田舎の集落に足を運んだ理由は、その孫娘にあった。

 

「ええ。事前に手紙でお伝えしていた通り、私は貴方のお孫さんを親衛隊に迎えたいと考えています」

 

 今の発言を誰か関係者が聞いていたら、そのとんでもない発言に腰を抜かしていただろう。

 親衛隊に選ばれるという事は、その道の者からすれば途轍もない名誉な事だが、通常の場合、何か輝かしい成績を残し続けて初めて声がかかるかもしれない……そんなレベルなのである。

 それが今回のように、大会で大きな成績を残してもいない無名の人間に、わざわざ頭を下げてまでスカウトに来るなど前代未聞も未聞。

 

 そんな様子は他の誰にも見せられないなと思ったから無理を言って親衛隊を含むお付きの人間を全員置いてきたが、間違いなくそれは正解だった。

 

 しかし、そんな前代未聞の事態を前にしても、吾朗の顔は渋いままだ。

 

「……家の孫は、まだ11歳。いや、世間的にはもう11歳というべきなんじゃろう。しかし、刀使という危険な仕事に就かせるのはどうなのかと、今だに迷ってしまうのです」

 

 この世界には、異形の化け物である荒魂と、それを祓う刀使(とじ)と呼ばれる少女達がいた。

 いつから、どこからそれが始まったのかは定かではないが、遠い昔──古くは朝廷が存在していた頃の歴史書には、既にその存在は明記されている。

 

 また、歴史書だけでなく、御刀(おかたな)と呼ばれる特殊な力を持った日本刀を操り、荒魂を祓い国や地域を救った救世の巫女の伝承は、国内の至る所に残されていた。

 

 ここまで聞けば歴史のあり、皆を守る輝かしい仕事であるように思えるが、それは常に危険と隣合わせの危ない仕事でもある。一歩間違えればアッサリと命を落とすような、そんな世界。

 

「……娘の件もありましたし」

 

「……その節は」

 

「ああいや、責めているわけではありません。しかし孫も、もしかしたら娘のように……と思ってしまうと、親としてはどうしても素直に頷けないのですよ」

 

 2人の目線は、居間にある仏壇へと向いていた。そこにある笑った女性の写真は彼の娘──つまりは孫娘の母親であり、紫の戦友のものだった。

 

「…………」

 

「孫に秘められた力の大きさは、なんとなくではありますが分かっております。あの力が、この家にしか存在しない特殊な能力であるという事も。しかし……」

 

 そこで言葉を切ると、言いかけた言葉を無理やり押し込むように湯呑みを傾け、お茶と共にそれを飲み込んだ。

 こつっとテーブルと湯呑みの底が触れ合う音がして、それから吾朗は黙りこくる。

 

 

 この新田家という家は、一つ特殊な能力を代々扱う家系である。

 その能力が紫がわざわざ訪れた理由であり、頭を下げてスカウトするという前代未聞の行為を行った理由だった。

 

 それは20年前に発生した相模湾の大災厄において紫達が何度も命を助けられた力で、だからこそ、その強力さは身を以て理解している。

 

「……こんな事を今更どの口が言うのかと思うでしょうが、言わせて下さい。あの力……医療剣術があったからこそ、私は今ここに居る」

 

 新田家に代々伝わり、紫が求める能力の名は医療剣術といった。

 ……初めてその名を聞いた人の殆どははて、と首を傾げる。なぜ剣術で医療行為が出来るのか。そもそも、斬る為の刀や剣術と治す為の医療がどうして合体をするのか。と。

 

 その答えについては諸説あり、またその全てが嘘か誠かは定かではないが、一説によれば歴史書に明記されるよりも古い時代の刀使達が標準的に使っていた力だとも、またあるいは、新田家の先祖が御刀を持った神と立ち合い、その褒美として御刀と共に得た力だとも言われている。

 その真実は未だ解明されていないままだし、今後解明されるかも怪しいが、ただ一つだけ言えるのは現代において医療剣術という力は、新田家の刀使しか持っていないという事だ。

 そして刀使であった吾朗の娘は既に亡くなっている以上、今は孫娘固有の力なのである。

 

 そんな力を、言葉は悪いが片田舎の山の中に埋めておいていいのかと言われれば、それは否だった。

 

「刀使という職業は確かに危険と隣合わせの仕事です。ですが、刀使がいなければ世の中は成り立たない。誰かがリスクを負わねば、多くの力無き人が犠牲となる。そういう風に、既に出来てしまっています」

 

「……だから、わしに孫が死ぬ可能性を見過ごせと?」

 

「無礼を承知で言わせて貰えば、そういう事になります。しかし命の危険というものは、この世に生きる限りは何処にでも転がっているものです」

 

 紫は、すうっと息を吸った。ここが正念場だと、己の直感も囁いている。

 

「あの力はとても強力です。間近で見て、なおかつ受けた私だから分かる。あの力は人を救えるのです。彼女が居れば、今まで救えなかった命も助けられるようになります。より多くの人命を……」

 

 吾朗は黙った。

 行かせれば、孫が死ぬ可能性がある。しかし行かせねば、助かる命を見捨てる事になる。──かつて自分が感じたような哀しみを背負う人が増えていくのだ。孫の身可愛さに、そんな人々を見捨てていいのか。

 

 吾朗が身勝手な性格ではなく、良識を持っているからこそ板挟みに苦悩しているのが分かった紫は、ただ黙って待った。後は時間が結果を持ってきてくれるだろうと分かっていたからである。

 

 そんな紫の考え通り、時間は結果を持ってきた。尤もそれは、紫が予想した結果とは少し違ったものだったが。

 

「ただいまー。ねえお爺ちゃん。家の前にみんな集まってるけど、誰か来てるの?」

 

 玄関が開く音と、少女の声。話題の中心となっていた孫娘が帰ってきたのだ。

 そのままパタパタと音をたてながら居間にやってきた少女は、紫を見て動きを止めた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 3人とも黙っている。カチ、カチと無機質な時計の音が、やけにうるさい。

 

 なんか見慣れない美人が私を見てる。どこかで会ったっけ?

 

 などと少女は考え、必死に自分の記憶を探しているが、紫とは初対面なので記憶から紫の姿など出る筈がない。

 

 そして一方の紫はといえば、少女ではなく、少女が手にしている御刀に注目していた。

 少女が手にしている御刀の姿は忘れるはずもない。それはかつて、紫の戦友である彼女が使っていた御刀だったからだ。

 

「……京奈(きょうな)、大事な話がある。ちょっとそこに座りなさい」

 

「え?あ、うん」

 

 吾朗の言葉にハッと意識を取り戻した京奈は、言われるがまま持っていたエコバッグを置いて居間に正座で座った。

 

「…………この御方は刀使の中でも凄く偉い方だ。お前に刀使にならないかと声をかけに、わざわざ来てくださった」

 

「へ?ああ……それは、お疲れ様です。この山って傾斜も結構キツイから、歩いて登るの大変だったんじゃありませんか?」

 

 まるで車という交通手段を忘れたかのような発言だが、生まれてこの方、車に乗ったことが無い京奈からすれば、車で来るという発想そのものが存在しなかった。

 

「……良い運動になった。最近は書類仕事で椅子に座っている事が多かったから、身体をなまらせない為にも、あのくらいキツイ方が丁度いい」

 

「そうなんですか。やっぱり刀使って凄いなぁ……」

 

 はー……。と呆然としたように声を出していた京奈は、しかし次の瞬間に吾朗に詰め寄った。

 

「って、お爺ちゃん!いま私が刀使になるとかって聞こえたんだけど!?」

 

「そう言った」

 

「えっ?えっ?嘘、冗談?!」

 

 ……どうやら、あまりの事態に混乱してしまっているらしい。言語中枢がバグってるとしか思えない、奇声一歩手前くらいの声をあげてバタバタしている。

 その様子を見かねた吾朗は無言で立ち上がると、バタバタしている京奈の頭に一発の拳骨を打ち込んだ。

 

「痛っ!?」

 

「落ち着かんか。嘘でもなければ冗談でもない。これは本当の話じゃ」

 

「あいたた……でも私ろくな事できないよ?やれる事って言ったら、せいぜい熊とか猪を撃退するくらいしか……」

 

「……熊や猪を?その御刀でか?」

 

「あっはい、そうです。この近辺って野生動物が出やすいみたいなんですけど、この集落ってお爺さんお婆さんばっかりだから。だから若くて動ける私が率先して追い返してるんです。

 この刀は……握ってると力が湧いてくるっていうか、なんか持ってない時より早く動けるので持ってってます」

 

 その返答に、紫は少し驚いた。御刀に既に認められているというのもそうだが、熊や猪を撃退するのに刀使としての力を使う者がいるなど、聞いたことも無かったからだ。

 

「こんな私でも刀使になれるんですか?」

 

 黙っていたのが、なにやら悪い方に捉えられたのだろうか。不安そうに紫に聞く京奈に、紫は静かに聞き返す。

 

「医療剣術は扱えるか?」

 

「それは一応扱えます。怪我をしたお爺さんとか、病気のお婆さんとか何人も治してきましたし、自分の手当もしてきましたから」

 

「荒魂との戦闘経験は?」

 

「荒魂って、あの赤黒い化け物ですよね?あれは無いです。運のいい事に、この集落の近くに出た事は無かったので」

 

「……それは幸運な事だな」

 

「ええ、本当にそう思います」

 

 荒魂が出現する場所や規模によってはロクな被害もなくすぐに退治されるが、この集落のような山間部に出現した場合は、例え小規模であっても刀使の到着に時間がかかる事もあって相応に被害が出る。

 山を一つ隔てた場所に発生したという事例も過去にあったが、この集落が襲われる位置に出現しなかったのは本当に幸運と言う他なかった。

 

「ふむ……。では対人戦、あるいは戦闘の経験は?」

 

「対人はありません。この近辺には刀使なんて居ないし。だからずっと素振りと、あとは時々やって来る野生動物を相手にしてました」

 

「野生動物を……」

 

 紫の脳内に過ぎったのは、ここに来る途中に通った熊の縄張りで襲われた、やけに連携が上手い熊たち。

 

「ええ。あいつら、結構凄いんですよ。私が一度追い返したら、数を揃えてくるとか背中から奇襲とかしてくるようになったんです!

 最初にやられた時は危うく死にそうになったんですけど、お陰で気配を探る事が上手くなったりして──」

 

 今まで他人に話す事など無かったのだろう。堰を切ったように、わちゃわちゃと身振り手振りを交えて話す京奈に吾朗は渋い顔をしていたが、紫は表情を変えずにそれを聞いていた。

 

 そのまま永遠に続くかに思われた京奈のトークを遮ったのは、他ならぬ京奈自身のお腹の音だった。

 

「あっ」

 

 きゅう〜。とお腹から可愛らしい音が鳴った京奈は顔を赤くして自分のお腹を押さえた。そして真っ赤な顔を誤魔化すようにエコバッグを漁ると、その中から日本蕎麦を取り出して言った。

 

「…………お昼にしませんか?」

 

 時計を見れば、長針と短針が重なり合っている。

 外でザワザワしていた野次馬も、いつの間にか家に帰っていた。

 

「……そうじゃな。もしよろしければ紫様も食べていって下され」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 そうして出された日本蕎麦をずるずると啜りながら、紫は京奈を観察する。

 

 短い黒髪から、ぴょこんと飛び出たアホ毛と呼ばれている一房の髪。そして、たれ目に明るい雰囲気。

 こうして見れば、やはり京奈は彼女の娘である。記憶の中の姿及び仏壇の写真と見比べてみても、それはよく分かった。

 

「……この近くに、暴れても平気な場所はありますか?」

 

「暴れても平気な場所?」

 

「ええ。彼女も御刀に認められているのなら、言葉よりも、こちらの方が手っ取り早いと思いまして」

 

 自衛のために持っていた2本の御刀を軽く揺らす。それを見た吾朗は肩を竦めると「……家の裏手の森の奥に、京奈が昔から使っているちょうど良さげな場所があります」と答えた。

 

「京奈、だったか」

 

「はい、新田 京奈です!」

 

「食べ終わったら案内してくれるか」

 

「分かりました!」

 

 姿は彼女のスケールダウン版といった感じだが、ではその実力はどうだろうか。

 

 紫は刀使であり、そして同時に武人である。

 

 この一家しか扱わない我流剣術があり、その剣術を扱う刀使候補が目の前にいるというのなら、手合わせの一つもしてみたいと思うのは仕方のない事だった。

 

(それに親衛隊として配属するにも、相応の実力があると示す方が周囲の反対も押し切りやすい)

 

 この特別な人事に不満を持つ者は多いだろう。彼女に対する嫌がらせの類いも、このままでは間違いなく起こる。

 

 だがそれは『なんの実績も持たない無名の人間』を特別扱いするからであって、『折神紫が認める実力者』であるなら、少なくとも表面上は波風が立たない筈だった。

 親衛隊の第四席は、紫に匹敵する己の実力を明け透けに誇示する事によって周囲を黙らせている。歳は同じなのだから彼女もそれで平気な筈だ。

 

 

 その実力が無い、というのは考えなかった。もし、あの熊たちのような野生動物達を相手にして生き延びているという話が本当なら、生存能力を含めた全ての能力は、それなりに高く纏まっているに違いない。

 もちろん対人戦と野生動物との戦いとでは勝手が違うが、それでも紫と一度や二度切り結んだだけで終わることは無いだろう。

 

 その考えと共に、ちゅるりと最後の一本の蕎麦を紫は飲み込んだ。

 

 これが京奈が鎌倉に到着する、一週間前の出来事であった。

 

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