五席目の少女 作:今更とじみこにハマったマン
設定に矛盾が生じてしまいそうだったので"露出"において刀匠に関する描写を修正しています。大変申し訳ありません。ストーリーをロクに読み込まなかった私のミスです。今後はこのような事が内容にアプリもアニメもしっかり丁寧に読み込みます。
それと誤字報告ありがとうございます。報告をしてくださる度に私の国語力の無さを痛感して恥じるばかりです。
今後も五席目の少女を宜しくお願いします。
折神家の敷地は広大で、その範囲は建物の裏手にある山も含まれている。
そこは手入れがそれなりにされていて、特に使用制限もされていないから使おうと思えば誰でも使えるが、普段は誰も近寄ろうとはしない場所だ。
特筆するようなものが何も無く、わざわざ行くだけの理由が無いからであるが、それゆえに何時来ても殆ど貸切状態で利用することが出来る。
「……」
ベンチ一つすら置かれていない山の中は、今が紅葉のシーズンであるという事も相まって、イチョウや
踏んで歩く事を躊躇してしまいそうなくらい綺麗な落ち葉の絨毯には、良く見れば人一人分の足跡が残っているのが確認できる。しかも真新しい。
その足跡を辿って山の奥へと向かっていけば、周囲の木より1回りほど大きな木が目の前に現れる。
葉っぱの全てが完全に色付いた大きい木は、言葉では言い表せない包容感を持って来客を出迎えるだろう。
そんな木の枝には小鳥たちが羽を休めるために集まっていて、耳を澄ませば僅かに羽をばたつかせる音だとか、新たに小鳥がやって来たり、逆に飛び立ったりしていく音を聞くことができた。
また、運が良ければ鳴き声で会話しているような様子を見る事も可能だ。
そんな、小鳥たちの集会所のような木の枝を風が揺らし、そこから、ひらりはらりと舞い落ちる木の葉を木漏れ日が優しく照らす。
そしてそれは、まるで狙ったかのように根元に座る京奈の頭のてっぺんに乗っかった。
「……」
まるで最初からそこにオブジェとして置いてあったかのように、木の根元に座ったまま目を閉じて微動だにしない。
いったい何時から、こうしていたのか。その答えは肩の上や頭に付いている落ち葉が無言で語っている。
「……」
──いや、微動だにしないというのは語弊があったか。
若干身体が船をこいでいた。こっくりこっくりと、よく見なければ気付けないくらい僅かに。
昼寝をするにはいい陽気だ。日差しが強すぎず、かといって弱すぎないくらいの丁度いい感じ。だからこうなってしまったのは、或る意味必然だろう。
「……、……」
ゆらゆらと揺れていた頭が、ガクッと勢い良く前に大きく揺れる。
その衝撃で眠りから目覚めたのか、寝起きには辛い日光に目を細めながら京奈は顔を上げた。
「…………あれ、寝ちゃってたのか」
あまりにも退屈だったから考え事をしていたら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「……見つからなかったのかな」
耳を澄まして、呼吸を最小限に抑えながら意識を広げていく。こうしていて、更に何かが近くに居れば京奈の第六感とも呼ぶべきものが引っ掛かりを覚える筈だが、それが無い。
つまり近くに地面を歩く動物の気配は無く、どうやら鳥しか居ないようだ。
「ありゃ」
ちょっとやり過ぎたかな。と反省しながら、深く息を吐いて伸びをした。
そうしてから立ち上がり、来た道をゆっくり歩いて建物のある方へと進んで行く。
そうしていると小鳥が一羽、京奈を追いかけるように飛んで来た。
その小鳥は真っ直ぐ降りてくると、そのまま京奈の肩の上に降り立つ。
そんな小鳥に見向きもしないで京奈がポケットから支給されたスマートフォンを取り出すと、短時間の間に幾つもの不在着信があるのが分かった。
ああ、これはスネられるな。
そう京奈は確信し、どうやってご機嫌取りをするかを考えながら山を降りていくのだった。
そんな京奈の肩の上で、まるで慰めるかのように小鳥がちゅんと囀った。
ところで、人間には人間固有の気配と呼ぶべきものが、木々には木々固有の気配と呼ぶべきものが、それぞれ存在する。
それを上手く感じ取れれば、仮に物陰に誰か隠れていたとしても違和感として気配を感じ取って「貴様っ、見ているな!」とか出来るのだ。
京奈に身近な人間でそれが出来るのは紫だろう。彼女は凄まじい気配感知能力の持ち主で、過去に結芽が紫を襲うために天井に隠れた際には、完璧に偽装した筈なのに部屋に入る前からバレていたというエピソードがある程だ。
真希や寿々花はそこまでではないが、己に向けられた殺気という気配なら、いち早く察知する事は可能である。
もちろん逆にそれを隠すのが上手い者もいる。どちらかといえば京奈はこちらに分類されるだろう。
京奈は森に限定すれば、自らの気配を極限まで森の木々に近付ける事が可能になっていた。
それが出来なければ日に日に狡賢くなっていく野生動物との争いで生き延びる事が困難だったのだ。あるいは、もう死んでいたかもしれない。
まあ、それも今となっては過去のこと。食事の後の談笑で持ち出せるくらいには軽くなった話だ。
……京奈にとっては、だが。
とにかく、京奈のそれは小鳥が木と誤認して降り立ってくるくらいの完成度であり、そして、人の気配に敏感な鳥が誤認するくらいであるから、普通の人では気配の察知が非常に困難だ。
それをもし広大な山の中で行う、かくれんぼで使うとどうなるか。その答えがスマートフォンの不在着信である。
つまり、誰も見つけられないのだった。
「だから、ごめんって。私が悪かったから」
「ふーんだ。京奈ちゃんなんて嫌い」
夜になって風呂に入る時間になっても結芽はスネていた。京奈は結芽の背中をごしごし洗いながら謝っているものの効果は見られないし、さっきから何度話しかけてもこの反応しか返ってこない。そろそろ京奈は泣きたくなってきた。
「うう……夜見さん、なんとか結芽ちゃんの機嫌を取れませんかね?」
「と言われましても。それは全面的に新田さんが悪いわけですから、やはり新田さんが何とかするしかないのではないでしょうか」
一足先に湯船に浸かっている夜見にアイデアを求めてみても、返ってくるのはにべも無い返答のみ。
事の顛末を聞いた夜見もフォローできないくらい、それは京奈に非があった。
「やっぱりそうですよね……ねえ、何したら許してくれる?」
洗面器に溜めたお湯を背中を掛けて、泡を洗い流しながら聞く。すると、まだスネたままの結芽は小声でこう答えた。
「…………イチゴ八つ橋ネコ」
「えっ?」
「だから、イチゴ八つ橋ネコのぬいぐるみで許してあげるって言ったの!」
先日、原宿でキーホルダーを買っていたイチゴ八つ橋ネコ。そのぬいぐるみを結芽はまだ持っていないのを京奈は知っている。
まだぬいぐるみが増えるの?と思う反面、それで許してくれるなら。と京奈は即座に頷いた。
「分かった。明日にでも注文するよ」
「やった!京奈ちゃん大好き!」
凄まじい手のひら返しであった。
京奈が頷くと即座に機嫌が最高潮にまで上がった結芽は、振り返って京奈に抱き着く。
その急な機嫌の変化に京奈は一瞬目を白黒させたものの、許してくれたのが分かると笑みをこぼしたのだった。
「そういえば、京奈ちゃんまだ背中洗ってなかったよね?私が洗ってあげる!」
そう言うと結芽はうきうき顔で京奈と場所を入れ替えるように座らせ、京奈の背中をごしごしと洗い始めた。
そんな様子を見ながら夜見は京奈に言った。
「良かったですね」
「はい!ぬいぐるみの置き場所は考えないといけないですけど、結芽ちゃんの機嫌が直ってくれて良かったです」
さっきと同じように結芽が洗面器に溜めたお湯で京奈の背中の泡を洗い流すと、そこには十代の若々しい肌に似合わぬ鋭い傷跡が現れる。
それを指でなぞりながら、結芽は興味深そうに京奈に聞いた。
「ねえ、なんでこれ治さないの?京奈ちゃんの力だったら、多分これ治せるでしょ?」
「試してはいないけど、多分治せるだろうね。でもやらない。この傷は、私の慢心のせいだから」
「慢心ですか。新田さんからは縁遠い言葉ですね」
「……今はともかく、ちょっと前までは結構してましたから。慢心」
夜見の横で湯船に浸かりながら京奈は過去の苦々しい思い出を振り返る、その顔は渋い。
背中の傷は、過去に一度だけ野生動物に瀕死の重傷を負わされた際に付けられたものだった。
「刀使の力って凄いじゃないですか。写シ、迅移、八幡力、金剛身……。そのどれもが普通じゃ考えられないくらい強いもので、だから勘違いしちゃったんですよね。私は何でもできるって」
それは刀使となったばかりの者に有りがちな考えだ。刀使としての超常的な力の大きさを理解した時、多くは自分は何でもできるという錯覚に陥りやすい。
それを乗り越えて初めて新米脱却と言われるくらい、誰もが一度は通る道だと言えるだろう。
「その頃は野生の動物を毎回圧勝して追い返してましたから、余計に油断……いや、慢心してたんですよ。私の敵じゃないって。
でも、そうやって油断してたら背後から襲われて、バッサリと背中を切り裂かれて……そこで理解しました。刀使は無敵じゃない」
その性能は最強と呼んでも差し支えないだろう。個々の才能に依存するという欠点こそあるものの、少なくとも、発展した現代科学と拮抗できるだけのポテンシャルを理論上は秘めている。
だが無敵ではない。例えば写シを貼る前に狙撃などで頭を撃ち抜かれればそのまま死ぬし、爆弾などの範囲攻撃で迅移で逃げられる範囲ごと吹き飛ばせば刀使とてタダでは済まない。
自らが死にかけて初めて、京奈はそれを痛感した。
「写シが無かったら刀使は簡単に死ぬんですよ。本当に呆気なく」
あの時、自身の能力が無ければ既に墓石の下だろうし、痛みで辛うじて意識を繋ぎ即座に治療をしても傷は残った。
今より能力の制御が拙かったからだろうが、制御が上手くなった今でも消そうとは思わない。
こうして、過去の慢心の証として自らを戒めるのに使えるのだから。
「ふーん。京奈ちゃんにも、そういう時期があったんだね」
「結芽ちゃんも経験あるの?」
「あるよ」
「えっ意外」
「……聞いといてそれは無いんじゃない?」
京奈はいつも自信満々な結芽しか見ていないから、そんな経験があるなんてと驚いた。
「いや、ごめんごめん。でも結芽ちゃんって、なんか挫折とかした事なさそうだから」
「それフォローになってないからね。……まあ、色々あってさー」
京奈は親衛隊の過去を誰一人として知らない。これほど親しくしている結芽だって、実は何があって親衛隊入りしたのかを聞いていないのだ。
だからこその京奈の答えだった。結芽に何があったのかを知っている夜見は、何を言うでもなく湯船に浸かっている。
「刀使って意外と出来ること少ないよね」
「ねー」
片方は声に何処となく陰鬱な色を滲ませ、片方は何気ない普段通りの声。
結芽は手を左胸に当てた。その場所には如何に自分が強かったとしても意味のない、人間である以上は無くしようのない弱点がある。
「ほんっと、ちっちゃい存在だよね。刀使って」
己の無力さを嘆くような、そんな声だった。
親衛隊の中で最も注目されている者は誰か。と問われれば、それは間違いなく京奈だと誰もが口を揃えて言うだろう。
母親が20年前の英雄として様々な武勇伝が知られている事と、彼女の一族のみの特殊な能力。更には折神家の親衛隊という何かと人の目を集めやすい立場。
これで話題にならない方が難しい。
「明日はモデルの真似事。明後日は良く分からない写真集の撮影。明明後日は寿々花さんと一緒に、紫様と会社の社長との面会にお付きとして同行…………あの、これ本当に刀使のスケジュールなんですか?」
「京奈が刀使であるのならば、それは刀使のスケジュールですわよ。……京奈レベルまで行くと、わたくしもどうかとは思いますけれど」
その結果、刀使本来の仕事とはまるで関係の無さそうな物で予定が埋まるという現象を産んでいた。
名家の令嬢である関係から何かと刀使とは無関係の行事に出席させられている寿々花ですら、ちょっとどうなんだろうと思うくらいだ。
翌日の朝、スケジュールが出たから取りに来いと言われて取りに来た京奈は、埋まってしまっている自分の予定に閉口する。
これでは何の為に親衛隊に入ったのか分からないではないか。
(こういうの苦手なんだけどなぁ)
「あら?そういえば、結芽の姿が見えませんわね」
「どうせスッカスカだから代わりに京奈ちゃん取ってきて。だそうです」
「…………否定できないのが悲しいですわ」
部屋でまたスネている結芽のスッカスカな予定との差は歴然。足して二で割れば丁度いいのではないかと感じる程だった。
「というか、なんですか写真集って。私なんかの写真集出して売れるんですか?」
「機動隊員の皆さんには売れるんではありませんの?」
「ああ……そっか」
そういう層に向けた物なのか。なら納得だ。
京奈はそう考え、直後にそんな風に納得してしまった事に嫌になる。
あの光景をナチュラルに受け入れてしまうのは、なんだか自分が汚染されたような気がして非常に怖かったのだ。
「やあ。どうしたんだい?」
「あっ真希さん。実は……」
そこに真希がやって来た。京奈が自らの予定を見せながら話すと、真希は気の毒そうにしながらも、こう答えた。
「有名税だと諦めるしかないんじゃないかな。もう京奈は、未来の英雄としての道が用意されているようなものだしね」
「真希さんまで、私のこと未来の英雄だなんて言うんですか」
──未来の英雄
メディアはそのように京奈を取り上げていた。
今はまだ年齢が年齢だから未来の、という枕詞が付いているものの、それもいつかは取れるだろう。
なんて巫山戯た称号だ、と京奈は思う。まだ何も英雄的な事はしていないのに、幾ら何でも気が早すぎやしないか。
そもそもの話、今まで何の実績も持たない11歳の少女を突如として未来の英雄として担ぎ上げるなんて、この国は狂っているとしか京奈には思えない。
しかし、それを大真面目に信じる者がそれなりに居る辺り、本当にこの国はダメなのかもしれなかった。
「お母さんが英雄だったからって、私に期待しすぎですよ。まったくもう」
「とは言うけどね。今の京奈は十二分に期待に応えていると思うよ」
現場に着いた時には死んでいた。なんていう事例を除けば、京奈の救命成功率は殆ど100%である。
しかも性格的にも癖が無く扱いやすい。新米刀使にありがちな慢心を見せない様子も、若いながら優秀だと言われる理由の一つだった。
最近では、今まで高校生が主だった刀使たちの低年齢化が進んでおり、"若いながら優秀"という言葉は陳腐になるくらい使われてきているが、その中でも一際優秀だという評価を京奈はされていた。
「それより、準備は出来ているかな?そろそろ行かないと」
「あ、はい。でも結芽ちゃんの予定は……」
「そのスケジュールは、わたくしから渡しておきますわ。いい機会ですし、こういうのは自分で取りに来なさいと言い聞かせなければなりませんから」
「じゃあお願いします。あ、ついでに私のも置いておいてもらっていいですか?」
「構いませんわよ」
寿々花から渡された結芽のスケジュールを寿々花に返し、ついでに自分のも渡す。京奈はこれから外に出なければならないので、持っていては紛失する危険があった。
「じゃあ行ってくるよ」
「行ってきます」
「ええ。行ってらっしゃい」
今日は真希が行う荒魂の調査に同行するのが京奈の仕事である。
まだ一部隊を率いるには経験が足りないと判断されている京奈は、このような真希や寿々花の補佐として任務に同行し、経験を積むように紫から言われていた。
「いつかは私も、真希さんや寿々花さんみたいに部隊を率いるんですよね……」
「やはり不安かい?」
「……はい。あの、やっぱり私に指揮なんて出来ないですよ。私のミスで他の人を危険に晒すとか、考えただけでも怖すぎます」
「だけど、やらなきゃいけない時は必ず来るよ。僕たち親衛隊には、そういう能力も求められるんだ」
不安になるのは良く分かる。真希だって、そういう思いを常に持っているから。
だが、いざ必要となる時に"出来ません"では話にならない。酷だろうが京奈にはやってもらわなければならないのだ。
「まあ今すぐに。とは言わないさ。少なくとも、あと1年は経験積みの期間だろうからね。
大丈夫、結芽でさえ何とかやれてるんだ。京奈もすぐに出来るようになるよ」
「結芽ちゃんも……」
……まあ、結芽は苦情だらけの問題しかない部隊長であるが、嘘は言っていない。結芽だって最低限の指揮くらいは出来る。…………本当に最低限だが。
「何はともあれ、とにかく現場に慣れることだ。今日も忙しくなるよ」
「……そうですね。まずは目の前の仕事を片付けないと」
先の事を今考えていても仕方ない。とりあえず今は目の前の仕事をこなさないと。
そんな現実逃避気味の考えをもって、京奈は改めて前を見たのだった。