五席目の少女   作:今更とじみこにハマったマン

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|ω・`)コソッ

|--------------------------------------三c⌒っ.ω.)っ シューッ



御前試合のその後で

 

 十条姫和が折神紫に斬りかかり、衛藤可奈美と共に逃亡するという事件が発生してから、およそ2時間が経過した。

 両名は未だ確保には至らず、折神家の内部は、これまで経験した事の無い動揺と忙しさに包まれている。

 

「……柳瀬(やなせ) 舞衣(まい)は、恐らく何も知らない」

 

 色々あった末に可奈美と姫和に逃げられてしまった後、可奈美や姫和と一緒に御前試合の代表に選ばれていた2名もまた、聞き取りという名の尋問をされていた。

 可奈美と一緒に来ていた美濃関の生徒、柳瀬舞衣に尋問を行っていた真希は、彼女が白である事を半ば確信していた。

 

岩倉(いわくら) 早苗(さなえ)も同じく、ですわ」

 

 窓際に寄りかかっていた寿々花も、あの様子は白だと半ば確信を得ていた。

 

 それを聞いた真希は、壁にそっと置いた手を握りしめる。

 

「紫様に御刀を抜かせたなんて……親衛隊として、恥ずべき失態だった……!」

 

 万が一が起こらないように気を引き締めていたのにも関わらず、その万が一を起こしてしまった。

 相手が凄まじい迅移を隠していたという言い訳など通用しない。それを織り込んだ警備を敷けなかった事に問題があるのだから。

 

「しかも逃がした理由が舞に見とれていたからなんて、許される事じゃない」

 

 更に言うなら、その後の京奈と可奈美の舞に目を奪われてしまった事も真希が気を苛立たせている理由の一つだった。

 あそこで京奈との連携が上手くいっていれば、反徒達を逃がす事もなかったのだ。

 

 自分への怒りに震えていた真希だが、そこでふと疑問を覚える。

 

「しかし……あの時どうして京奈は、あんな舞を舞えたんだろうか?」

 

 真希や寿々花の目が狂っているのでなければ、あれは相当息が合っていなければ出来ないようなものだった。

 

 後で聞いたところ京奈も面識が無いと言っていた。まさか京奈が嘘をつくとは考えられないから、それは真実なのだろう。

 だとするなら即興で舞った事になる。だが、そんな事が可能なのか?

 

「本人も分からない事が、わたくしたちに分かるわけありませんわ。それより今は、別の事を考えましょう」

 

「……そうだな。そうしよう」

 

 思考の渦に囚われかけた真希を解放したのは、寿々花の一言だった。

 その尤もな言葉に頷いた真希は、寿々花と共に廊下を歩いてへリポートへと向かって行った。

 これから、2人の反逆者達の母校である美濃関と平城の両学長がヘリコプターで折神家に到着する。真希と寿々花はその出迎えと案内をしなければならなかったのだ。

 

「そういえば、その京奈は何処にいる?」

 

「荒魂退治に。こんな時でも、荒魂は大人しくしてはくれませんもの」

 

「…………無理をさせてるな」

 

 京奈は今、休みという休みが無く毎日を過ごしていた。あの歳で、もう社畜と呼べるくらい働いている。

 望んで入ってきたのならまだしも、能力と実力を買われて連れてこられた場所で休みも無く動き回るなんて……と、京奈に同情にも似た思いを持った。

 

 そして、同時に今朝の出来事を思い出す。眠そうな京奈が部屋に向かおうとしていたのは、もしかすると、しっかりした休みを欲していたからなのかもしれない。

 

「本当は僕達も出るべきなんだろうが……」

 

「紫様から直々に警護命令が出てしまっている以上、動けませんわね。京奈が出られているのも一時的な措置ですし、終われば執務室に戻されますわ」

 

 折神紫を強襲したという話は緘口令が布かれていて、外部には漏れないように徹底されていた。

 それはテロ紛いの事をした刀使が逃げているという事実で住民を不安にさせないためというのもあるが、一番の理由は、そんな反逆者を逃がした折神家のメンツを潰さないためだ。

 

「結芽は?」

 

「ぶーたれながら待機。京奈が居ない以上、結芽の相手は誰も出来ませんから」

 

 京奈が来る前の扱いに戻された結芽は、それはもう凄まじくぶーたれた。

 だが幾ら何を言われたところで、結芽を折神家から解き放つわけにはいかない。もし結芽を解き放ってしまえば、無用な血が流れてしまうだろうから。それは折神家としても望ましくなかった。

 

「刀使には刀剣類管理局からスマートフォンを支給していた筈だ。あれを使って行方を追えないか?」

 

「荷物と一緒に置きっぱなしでしたわ。どうやら、逃げた後まで考えていたようですわね」

 

「…………くっ」

 

 刀使といっても、まだ中学生の女子2人だ。所持金にだって限りがあるだろうし、現金を引き出せば履歴から周辺の防犯カメラの映像を確認して居場所を割り出せる。

 そうでなくても、女子2人の足では、そう遠くには逃げられないだろう。制服姿のままでは目立つし、公共交通機関を使えば確実に移動先がバレる事など、向こうも承知しているに違いない。

 

 しかし女子の足では、既に広がっている捜索の手からは逃げられない。動ける範囲も限られる。

 八方塞がりだ。刀剣類管理局の捜索力をもってすれば、2日もあれば捕縛出来るだろう。

 

 だが、だろう。という推測では駄目なのだ。絶対に捕縛しなければ、それは巡り巡って折神家による刀使の管理能力を疑われる事になる。

 

 真希としては、このまま折神家の内部に留まっていたくはなかった。出来るなら外に飛び出し、自分の足で反逆者たちを捕まえたい。

 それが、あの時に取り逃してしまった失態を償う方法だと思っていた。それもこれも自分が取り逃がさなければ起こっていない出来事なのだから。

 

「……真希さん。ご自分ばかりを責めるのは、あまり賢いとは言えませんわよ」

 

「…………」

 

「まったく……」

 

 分かっていた事ではあるが、あの事件を一番気にしているのは真希だ。

 責任感の強い彼女だから、どうせ他の要因を棚に上げて自分の失態ばかりを責めているだろう事くらい、寿々花には分かっていた。

 

 寿々花が同じくらい責任を感じている事など、気付いていないに違いなかった。

 

「それにしても今回の一件、あの組織と関係があるのかもしれませんわね」

 

「……かもね。証拠は、まだ何も無いが」

 

「出るわけもないですわね。この程度でボロを出すのなら、もう潰れているでしょうし」

 

 所在、規模、人員、その全てが殆ど分かっていない謎の組織。唯一分かっているのは、その名前のみ。

 最近の折神家の頭を悩ませるその組織が、もしかしたら今回の襲撃の裏で糸をひいているのではないか。

 

 ……ありえる事だ。

 

「それは可能性の一つとして捉えよう。一つの考えに集中しすぎると、視野が狭くなる」

 

「真希さんのように、ですかしら?」

 

「…………まあ、そうだね」

 

 集中すると周りが見えなくなる悪癖がある事は自分で承知している。だからだろう、真希は僅かに目を逸らしながら頷いた。

 

 そんな話をしている間に、二台のヘリコプターが降り立つであろうヘリポートが、目の前に現れたのだった。

 

 

 さて、その襲撃を受けた本人である紫だが、今は近場に誰も従えずに一人で執務室の椅子に座っていた。

 もちろん難色を示されたが、考えたい事があると言って無理に下がらせたのだ。

 

 危機意識が薄いのではないかと言われかねない行為だが、何も起こらない事を紫だけが知っている。

 

「……衛藤可奈美は千鳥、十条姫和は小烏丸」

 

 あの時、逃げ出した2人が持っていた御刀を思い出す。あれは間違いなく、かつて見た千鳥と小烏丸そのものだった。

 

「……なるほど」

 

 薄笑いが自然と浮かんだ。

 なんという因果であろうか。20年の時を経て、よもやあの二振りが再び敵対しに現れるなど。

 

 "運命"などという陳腐な言葉が頭をよぎる。あるいは、宿命か。

 

「二羽の鳥……どこまで成長しているか」

 

 まあ、それはどちらでもいい。どちらにしても意味合いに大差は無い。

 紫は確信していた。あの2人は、いずれ紫の前に戻ってくる。刀剣類管理局の捜索を掻い潜り、親衛隊を退けて、再び。

 

 もちろん、彼女達が途中で力尽きる可能性もあるだろう。討たれ、捕縛される可能性だってゼロではない。だが、千鳥と小烏丸に選ばれているのならば、そんなつまらない事で倒れたりはしない。必ず帰ってくる。

 そう勘が囁いた。

 

 そういう意味では、申し訳ないが親衛隊や刀剣類管理局の事は一欠片だって信用していなかった。

 どれほど頑張ろうとも、どうせ逃げられる事は分かっている。親衛隊が退けられる事すら予定調和だ。

 

 だから2人を逃がしたと聞いた時、まあそうだろうなという感想しか出てこなかった。

 他人にとっては大事なのだろうが、紫にとっては、出来ないと分かっている事が出来なかった。ただそれだけの事だったのである。

 

 それに紫の優勢は揺らいでいない。

 十条姫和の目的は自分を討つ事だと分かっている。もしそれが、折神紫の真実に気付いての行為ならば、いかなる手段を用いても絶対に来る。

 ならば、それを迎え撃つだけでいい。

 

 一の太刀による奇襲から始まったこの戦いは、まだ終わっていない。今は小休止にすぎない。そして、その主導権は未だ紫の手の内にある。

 

「私は逃げも隠れもせん。戻って来るがいい二羽の鳥。そして戻って来た時、その時が──」

 

 …………その時、扉を軽くノックする音が聞こえた。

 

「入れ」

 

「……失礼します。ただいま戻りました」

 

 京奈が執務室に入ってきた。結芽と同じデザインの親衛隊の制服を着た彼女は、刀使に関係する者達であれば知らぬ者は居ないほどの有名人に今ではなっていた。

 気の早い者は折神紫の後継者と囃し立てるほどだ。その双肩に掛けられている期待は、並のものではない。

 

「ご苦労だった。そこに座って休め」

 

 普通、護衛というものは即座に動けるように立って警護するのが普通である。

 しかし、隠そうと努めているものの隠しきれていない疲れを滲ませた仕事終わりの小学生を立たせ続けるほど、紫は外道ではなかった。

 

「失礼します……」

 

 京奈も何も言わずに座る。そうしてから京奈は僅かに目を動かして夜見の姿を探した。普段なら紫の傍にほぼ必ずといっていいほど仕えている筈なのだが……

 

「皐月なら席を外している。私が無理を言ってな」

 

「そ、そうなんですか」

 

「ああ」

 

 しかし、僅かな動きですら感じ取るのが折神紫という人物である。

 京奈は余計な事をするのは止めよう。と心の中で呟き、今の自分が紫の護衛という立場である事も忘れてボーッとし始めた。

 

 その様子を見ながら、紫はふと思いつく。丁度いい。他の誰にも聞かれる心配はないし、折角だから幾つか質問を投げてみよう。と。

 

「新田。赤羽刀について、どう考える」

 

「赤羽刀……ですか?」

 

「そうだ。個人的な考えでいい、聞かせて欲しい」

 

 そうして投げかけた問いは、先ほど直通回線で長船の学長が話題に出した、赤羽刀に関するものだった。

 大した意味を持たない、本当に思いついただけの問いだったのだが、京奈から返ってきた答えは紫の予想に無いものだった。

 

「…………聞き辛いんですけど、そもそも赤羽刀って何なんでしょう?錆びた御刀としか聞いてないんですけど……」

 

「ふむ、そこからか」

 

「……すいません」

 

「いや、気にするな。良く考えれば、まだ伍箇伝に通っていない新田が分からないのは当然だ。恥じることではない。

 ……そうだな。時間もあるし、赤羽刀について少し予習をするとしよう」

 

 そう言うと、紫は一呼吸入れて話し始めた。京奈も疲れた頭に鞭を入れて一言一句を聞き逃すまいと気合を入れる。

 

「といっても、情けない話だが赤羽刀について詳しい事は殆ど分かっていない。分かっている数少ないものは、赤羽刀に宿る神性が荒魂と同質のもの。という程度のものだ」

 

「荒魂と……同質……?」

 

「そうだ。御刀に宿る神性が正の方向を向いているとするならば、荒魂は負の方向に向いた神性で身体を構築している。そして、どういうわけか赤羽刀も荒魂と同質の負の神性を帯びている」

 

 故にノロを引き寄せる。しかも元が強大な神性を持つ御刀であるからか、赤羽刀を体内に取り込んだ荒魂は強力な個体になりやすいというデータがあった。

 荒魂が大きな群れをなして行動している時、その群れのリーダーは大体が赤羽刀を持っていると言われているが、それは赤羽刀の特性で小型の荒魂を集めていると考えられているからだ。

 

「御刀の形をした荒魂って事ですか?」

 

「おおよそ、そんな認識で構わないだろう。ただ荒魂と異なる点は、所定の手順を踏めば御刀として再生が可能であるという事だ。

 現在は御刀の原料である珠鋼は精製不可能であるから、御刀を新しく用意するなら、この赤羽刀を回収・再生するしかない」

 

「……新しく作れないんですか?御刀」

 

 日本刀を作っている職人はごまんと居るから、てっきり御刀もそうして作られているものだと京奈は思っていた。しかし、話を聞く限りだと全然違ったらしい。

 

「作れない。その一番の理由としては、御刀の材料である珠鋼を精製……つまり、作る方法が失われてしまっているというのが挙げられるだろう。

 だが、個人的に最も大きいと感じる理由は原料不足だ」

 

「原料って事は……御刀の材料の、珠鋼の材料が無いって事ですよね?」

 

「そうだ。しかし、何故無くなってしまったのかが気になるだろう?

 それを語るには、鎖国していた我が国が開国した当時にまで遡る必要が出てくる」

 

 その昔、鎖国が解かれて開国した当初。日本でしか採れない神性を帯びた砂鉄──つまりは珠鋼の原料──は、海外に多く輸出されていった。

 正確に言えば買い叩かれたの方が正しいのかもしれないが、一時期は国内で御刀を作るのが難しいほど出ていったという事実は変わらない。

 伍箇伝で採用されている教科書に載っている、当時の輸出品目の金額と割合を円グラフに直したものを見ると、この砂鉄が八割を占める。開国後から始まった急速な経済発展は、この砂鉄が支えていたといっても過言ではないのだ。

 

「刀使の圧倒的な力を見た当時の外国人達が、それをどうにか量産できないかと考えたのだろう。白兵戦の戦力として、刀使は凄まじく優秀だからな」

 

 写シや迅移が扱える超常の存在は、当時の技術では歯が立たない脅威だった。鎖国を解く際、外国人達は刀使に相当苦労させられたそうだ。

 しかしだ。もし相手国より先に、そんな力を持つ人間だけを集めた軍隊が結成できれば、これから始まるであろう様々な抗争において有利に立てる事は想像に難くない。

 できれば刀という使いづらいものではなく、銃や大砲に出来ればなお良かった。

 

「だが、この砂鉄を加工するとノロが出る。そして買った砂鉄を自国に持ち帰った各国は、様々な廃棄物と共にノロを垂れ流した。

 後は言わないでも分かるだろう」

 

「だから世界中に荒魂がいるんですね……」

 

 砂鉄を加工する際に荒魂が出現するというリスクを当時の日本人が伝えたのかは定かではないが、結果だけを見れば刀や剣以外への加工という目論見は失敗し、結局海外でも刀使という役職が誕生する切っ掛けとなったのだった。

 

 そんな経緯で、今や刀使(Toji)は世界で通じる日本語の一つである。

 

「……話が逸れたな。赤羽刀に話を戻すが、どうして錆びるのかは分かっていない。だが、赤羽刀となった御刀に共通しているのは、一度海の底に水没しているという事だ」

 

「沈んだから錆びた……んじゃないんですよね、きっと」

 

「ああ。これは伍箇伝の見解になるが、海に沈んだ御刀が何らかの原因で赤羽刀と化し、それに接触したノロが集まって荒魂となり、地上に上がってくる……とされている」

 

 しかし、これらのメカニズムに納得のいく説明は用意できていないのが現状だった。今のところは論理的に説明が出来ないのだ。

 

「これには諸説があり、今日も学者達が己の説が正しいのだと弁舌で戦っているが……まあ気にしなくていい。そういう小難しい事は学者の領域だ。

 覚えておけばいいのは、赤羽刀がノロを引き寄せ、その結果として膨大なノロが集まるという事象だけだ」

 

 集まり、群れとなった荒魂達を構築するノロは膨大な量になる。赤羽刀による大規模な群れが発生した時は、ノロの回収車が二台以上なければ回収しきれないほどの量が出てきていた。

 

「お前にも覚えがあるだろう。以前、街中に現れた赤羽刀を保持する群れと戦闘を行っていたな?」

 

「確かに……あの時の荒魂は、凄い数でした」

 

「それが赤羽刀の特徴だ。これは少々厄介でな、通常ならば中規模以上の討伐隊を組織して対処に当たる災害に指定されている。命を落とす刀使も少なくない」

 

 数の暴力というのは単純だが強力だ。物理的な量の前には大抵の小細工が通用しない。殆ど知能を持たない小型の荒魂は単体では雑魚だが、それが20も30も集まると一定以上の脅威を持つようになる。

 

「命を……落とす……」

 

「ああ。……同年代の誰より人の死を見ているであろうお前なら、赤羽刀の危険度が分かる筈だ」

 

 京奈の脳裏に、辿り着いた時には既に息絶えていた人達の顔がフラッシュバックする。

 その人達は大人の男性が九割を占めているが、残りの一割には逃げ遅れた女性や子供の顔があった。

 

 そんな光景を見ていた京奈は、荒魂の群れとの戦いで消耗し、倒れていく刀使達が容易に想像できた。

 

「だが一方で恩恵もある。それがさっき話した赤羽刀を再生して手に入れる御刀だ。刀使の総数は御刀の数を上回らないから、これが一本増えれば総戦力が増えていく」

 

「つまり、赤羽刀を多く集めれば、それだけ刀使が増えていくって事ですよね」

 

「そうだ。刀使が増えれば荒魂の討伐速度も早くなり、被害をより抑える事が可能になる。だから赤羽刀は、二つの意味で手早く回収されなければならないのだ」

 

 一つは、人々に大きな被害を齎す災害を早く収めるという点で。二つは、刀使が増えるという点で。

 

 また、赤羽刀は研究素材としても使われているので、そういう意味でも早急な確保が求められている。

 美濃関と綾小路の両校が赤羽刀の再生技術を発達させられたのは、この赤羽刀を集中して研究していたからだ。

 

「少し長くなったが、これらは伍箇伝に通うと最初に学ぶ事になる基礎知識だ。今から覚えておいて損は無い」

 

「はっ、はい!」

 

 紫から座学を教わるという、他の刀使が聞けば血涙を流すほど羨むであろう経験は、京奈の中にしっかりと根付いた。

 軽く、だが確かに響くノックが無ければ、そのまま次の質問を投げかけていただろう。

 

「失礼します。紫様、美濃関及び平城両校の学長が到着しました」

 

「分かった。すぐに向かう」

 

 顔を覗かせた夜見の言葉に紫が立ち上がり、遅れて京奈が慌てて立ち上がる。

 斜め後ろに京奈と夜見を従えるという、折神家の内部では見慣れた様子で、紫は廊下を歩きながら思った。

 

 逃亡者の2人は、将来優秀で強力な刀使になるだろう。だが、いくらクイーンを揃えたところで、ジョーカーには勝てない。

 

 実のところ、十条姫和が真実を知る前に折神家に抱え込む事は可能であった。それをやらなかったのは、単純に紫の中で姫和の優先順位が低かったからだ。

 

 力だけでは、どうにもならない事もある。そして、たとえどれほど強大な力を持ったとしても、どうしようも出来ない存在だってある。

 人知を超えた存在は、荒波が小舟を飲み込むような圧倒的な力で、敵対者を消し飛ばすのだから。

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