五席目の少女 作:今更とじみこにハマったマン
漆黒のトバリが降りきり、多くの人々が夢の中に落ちていく夜。
可奈美もまた、その多くの人々と同じく夢を見ていた。
「……ねえ、お母さん」
「だーかーらー、まだそんな歳じゃないって。……どしたの?元気ないけど」
その夢の中で可奈美は、とある人物と話していた。母さんと呼ばれ、それを冗談と真面目を半々で混ぜて返した、鎌府の旧制服姿の高校生。
かつて折神紫らと共に荒魂を討伐していた20年前の刀使であり、紫を凌ぐ強さを持つ刀使でもあった。
可奈美は夢を見ると、どういう訳か彼女に会うことが出来た。
しかし、この事を普段の可奈美は知らない。これが夢であるからか、ここで見聞きした事は目覚めると忘れてしまうからだ。
夢を見たという事すらも殆ど覚えていない可奈美だが、その夢の中で覚えた技の数々は無意識に身体で使えるように刻み込まれている。
可奈美の同年代はおろか歳上すら大きく上回る異様な強さは、この夢と母親である美奈都がつけてくれる稽古の存在が大きく支えていた。
もちろん才能もあるが、その才能を発掘して伸ばすのに美奈都が凄まじい貢献をしているのだ。
この非科学的な現象が一体いつから始まったのか可奈美にも分からないが、現実の母親が死んでから見るようになった……ような気がしている。
濃霧が立ち篭め、鳥居が一つだけある神社の階段のような場所。
可奈美が夢を見る時は決まってそこに彼女が現れ、そして起きるまで延々と立ち合ったり、こうして話をしたりするのだった。
「私が御前試合で友達を助けた時、立ち塞がった親衛隊の子と切り結んだの」
「……親衛隊ねぇ。紫もとうとう、そんなのを傍につけるようになっちゃったのかぁ」
可奈美が今回の夢の中で話している内容は、御前試合で折神紫に斬り掛かった姫和を助け、逃げ出した一部始終。
若かりし頃の紫と何度も共闘してきた美奈都が、紫に刃を向けたという事実をどう受け止めているのかは、可奈美には分からない。
美奈都はおどけたように、しかし感慨深さも滲ませながら呟いていた。
「昔はどうだったの?」
「私の知ってる紫は一人だけ連れてた。その子、最初は凄い無愛想だったんだけど、でも凄い強かった」
可奈美にはそれが誰の事か分からない。ただ、美奈都が認めるほどだから凄い強いんだろうなと思っていた。
「ごめんごめん、話の腰折っちゃって。続けて」
「あ、うん。それで、その立ち塞がった子は新田京奈ちゃんっていうんだけどね、その子と何回か打ち合った時に……」
「……ごめん、またちょっと待って。新田?ねえ、今、新田って言った?」
美奈都の反応が変わった。困惑しながら、何度も可奈美に名字を確認する。急にぐいっと顔を寄せられた可奈美は、少し引きながら頷いた。
「う、うん。新田京奈ちゃんっていう、まだ小学六年生の子なんだけど。守備の天才って言われててね、凄い強いの」
「守備の天才……もしかして」
美奈都は顔を引き、可奈美の横に座り直して言った。
「もう一つ確認なんだけどさ。その子、人の傷を治したりできる?」
「うん。直接見たことはないけど、出来るんだって」
「……そっか。新田ちゃんも結婚したんだ」
その言葉は、何処か安心したような色を含んでいた。まるで、長いこと消息不明だった友人の生存が確認できたような感じだった。
「でも、あの新田ちゃんがねぇ……まあ無くはないのかな。私だって、今はまっっっっったく想像できないけど、可奈美を見てると認めざるを得ないし。認めたくないけど」
「まだ言ってる……」
精神は高校生当時のままであるからか、今の美奈都は未来で結婚しているという事実を想像もできないようだった。
だから美奈都は可奈美に、自分の事を「お母さん」と呼ぶなと言っている。なんでも、自分と歳が近い後輩のような存在に「お母さん」と呼ばれるというのが薄気味悪く感じるのだとか。
「でも新田ちゃん……って、もしかして京奈ちゃんのお母さんと知り合いだったの?」
「その京奈ちゃんを実際に見てないから何とも言えないけど、多分その子の母親が、私の知る新田ちゃんだと思う」
どこか懐かしむように美奈都は濃霧で見えない空を見上げ、そして少しずつ語り始めた。
「新田ちゃんは強かったし、凄かった。二時間くらい休み無く戦っても決着がつかないくらいって言えば、何となく伝わるかな。最後は皆に止められたよ、いつまでやってるんだってさ」
「そんなに立ち合ってたの!?」
「そうそう。といっても、私達からすれば一瞬だったんだけどね。相手の攻撃に反応してたら、いつの間にか時間が過ぎ去ってた」
止められた際、その場のノリと勢いで止めに来た若かりし頃の紫とその従者を相手取った事も、今となっては遠い出来事だ。
「最初に出会った時は本当に驚いたな〜。自分の腕には結構自信あったから、中学生の守りを破れなかったっていうのがショックでショックで……」
「そんなに凄かったの?」
「うん。もしかしたら、ああいうのを天才って言うのかもしれない」
負けはしなかった。だが、勝てもしなかった。
ここに居る美奈都の記憶は途中で途切れているが、そこまでの記憶では、あの守りは破れていない。
「今もイメトレしてるけど、まだダメ。どうやっても一人で破るビジョンが見えない」
「お母さ……師匠でも無理なんて」
「ちょっと、私を神様か何かと勘違いしてない?私だって倒せない相手くらいいるよ。
でも、一人じゃ無理って感覚は可奈美なら分かるんじゃないの。立ち合ったんでしょ?新田ちゃんの子供とさ」
「…………うん」
少なくとも、可奈美だけではどうにもならない気はしていた。そして、姫和と可奈美しか居ない現状で可奈美が封じられるという事は、姫和が一人で親衛隊四人を相手取らなければならないという事だ。
いくら姫和が強いといっても、流石に親衛隊四人を同時に相手取れるほど人外ではない。数と実力の暴力で潰されるのがオチだろう。
控えめに言って詰んでいるというのが、今の可奈美と姫和の状況だった。
「……もし、京奈ちゃんのお母さんが一つしかない扉の前に立ってたらどうするの?」
「その先が目的地で、そこに入るだけでいいなら、横の壁を壊して入った方が楽。幸い新田ちゃんは攻撃能力が低いから、受け流しながら蹴破るのが現実的かな。
ただ、その奥に紫が居たりすると一気に難易度上がるよ。…………そうなると、横に篝が居てようやく勝負になるか……?」
京奈とその母親はどうやら相当似ているらしい。可奈美が世間で聞いていた京奈の評価と、今の美奈都が下した評価は酷似していた。
「そんなに守備力高いんだ」
「うん。だから何かあったら、常に新田ちゃんが先頭に立ってた。破れない盾が身内にある事ほど頼もしいことって、そうはないからね」
ストームアーマーのような強化装甲も無く、刀使の実力のみで大型の荒魂を討伐しなければならなかった20年前でも、俗にメインタンクと呼ばれる刀使は非常に少なかった。
今も多いとは言えないが、過去の時代では更に少なかった上に需要が尽きず、更に京奈の母親はその防御力を見込まれて、中学生ながら第一線で戦う刀使に既になっていた。
一部の刀使を見ていると忘れがちだが、中学生というのは偵察任務のような軽い仕事を小隊でこなすのが普通の新兵達である。
当時主力だった高校生の中に中学生が混じるという異常が齎した衝撃は今の比ではない。
「だから気をつけなよ可奈美。立ち合ったなら分かるだろうけど、新田ちゃんの家系は護ることに特化してる。戦わないのが最上だけど、もし事を構えるんだったら絶対にタイマンはしちゃいけない」
守備力の高い盾は味方にすれば頼もしいが、その反面、敵になった時の恐ろしさもまた凄まじい。
「最低でも二人……出来れば三人かな。数の暴力か、上から潰せるような圧倒的な力か、どっちかで行かないと弾き返されるよ」
私の知る新田ちゃんの話だけど。と美奈都は付け足して、更に言った。
「プライドなんか捨てて、泥臭くても良いから勝ちに行く。試合なら反則になるような行為でも躊躇わずやる。それくらいしないと、多分無理」
この忠告が意味を成すかは分からない。これはしょせん夢、目が覚めれば忘れてしまう出来事。
夢を見ている事すら朧気にしか覚えていない可奈美が、この忠告を覚えたまま現実で目覚めるのは多分ありえない。
「……うん。分かった」
だけど間違いなく、それは可奈美の心の奥底に刻まれたのだ。
「失礼しました……」
「こんな遅くまですまないね。早く帰って休んでくれ」
──可奈美が夢を見ているのと、ほぼ同時刻。
折神家の研究棟にある主任の部屋から、京奈がふらふらと歩いて寝室に帰っていくのを主任は見送っていた。
こんな遅くまで残らせたのは、京奈専用のストームアーマー開発に必要なデータの採取と、京奈の身体に合わせるためにスリーサイズの採寸などを行っていたからだ。
これらは普段なら昼間にやるような事であるが、連日折神家を騒がせている反逆者騒動の影響で、京奈にすら仕事が多く回ってきてしまい、ここまでズレ込んだのである。
あの歳で社畜かぁ……と思いながら扉を見つめていた主任は、座ったまま机の上の書類を一枚手に取った。
「……ふむ。経過は良好か」
その書類は、綾小路から送られてきた、とある少女に関する経過観察の報告書である。
対象者は『
未久が選ばれた理由は単純。機密情報を扱う都合上、実験体にするのは刀使に関係する者が望ましいから。それだけだ。
外部の人間でも悪くはないが、どうしても情報漏洩のリスクが上がってしまうし、話を通すのも面倒だった。
その点、伍箇伝の何処かであるなら主任のツテもあって手早く話が進む。
しかも彼女は、刀使を有する家庭の中で最も症状が重かった。そして、京奈の能力がどこまで通用するのかを調べる時に、ちょうど重い症状のデータが必要だった。
以上の要因が重なって未久が選ばれたのだ。
彼女も結芽に負けず劣らずの難病を患っていて、病院で常に治療を行わなければならなかった。
家族構成は彼女を含めて4人。両親と、姉が1人。姉は刀使をやっていて、今は綾小路の中等科2年生であるという。
両親は共働きで、姉も刀使をやっているから収入自体は多いものの、その殆どが治療費に飛んでしまっていたようだ。
しかも治る見込みも不透明で、さぞ苦労していたのだろう。彼女の両親と姉が半信半疑である事を隠さず、しかし藁にもすがる思いで頼りに来ていた事が記憶に新しい。
他言無用という誓約書を交わし、家族はもちろん、綾小路武芸学舎の相楽学長まで見に来た実験は成功した。
病気の症状と、身体に及んでいた異常。それらが元から存在しなかったかのように消えてしまったのだ。
弱っていた身体機能を取り戻すためのリハビリも終えて今は退院し、通院で様子を見ているが、その際に取られたデータは綾小路を通して逐一主任の元へ送られるようになっていた。
それによると病気の再発も無く、至って良好。健康体そのものであるという。
「なるほど。よし、次は……」
それに目を通し終わった主任は、どこかワクワクしたような感じで立ち上がった。
──先日、主任に一つの情報が齎された。
旧知の仲にある研究者仲間から送られてきたもので、それによると、どうやら京奈の力について面白い事が分かったらしい。
過去、京奈の母親の時に観測されたらしい事例だが、同じ能力を持つ京奈にも当てはまるのではないかと、その情報を送ってきた彼は言っていた。
真実はどうかは分からないが、もし真実であるならば、その情報は能力について研究に勤しんでいる主任にとって千金に値する。
それを分かっているからか、情報が正しかったら頼み事を聞いてくれと言ってきていた。
「さてさて、どうかな」
人を滅多に頼らない彼が頼み事なんて、どうやら相当切羽詰まっているらしい。
それを珍しいとは思うが、主任にとっては珍しい止まりでしかなかった。その興味は情報が正確かどうかにのみ注がれていたからだ。
そして研究室に入ると、研究用に保管していたノロの貯蔵庫を見た。この貯蔵庫に仕込みを行っていたのだ。
「これは……!?」
それを見た主任の目が驚愕に見開かれる。しかし次の瞬間には、その驚愕の表情は笑みに変わっていた。
「……ふふふふ」
「はははははっ」
僅かに漏れるような笑いが、次第に大きくなっていく。その笑い声はやがて研究室に響き渡り、廊下にすら聞こえるほどになった。
「あはははははははははははははは!!」
主任は笑っていた。聞いた人間の正気を削りそうなくらい狂気的に、笑っていた。
「最ッ高だ!まさか、まさかこんな事になるとは!!」
目の前の現象に狂喜乱舞しながら、主任は漸く納得がいったとでも言うように頷いた。
「なるほど!これなら確かに、アレが彼女を抱え込む理由も理解できる……!くくくっ、そうかそうか。そういう事だったのか」
ハイテンションのまま主任はスマートフォンを取り出した。それをタップし、とある番号へ電話をかける。
相手は2コールで出た。
「私だ。もしかして、もう寝ていたかな?」
「……なんだ、まだ起きていたのか。ご老人はそろそろ寝る時間だろう」
「ははは、確かに。この時間に電話をした私が言えた事ではないな」
興奮冷めやらぬ様子で主任は電話口に話している。研究仲間の彼は、その様子で情報が正しかった事を悟った。
その彼が言う。頼み事の件は忘れていないだろうね?と。
「もちろん忘れてはいないさ。さて、私に何をさせたいのかな?」
出来る範囲で何でもしてあげよう。と宣う主任に対して、電話口の向こうから注文が出される。それを聞いた主任は、それで良いのか?という思いを声に乗せながら言った。
「なんだ、そんなものでいいのか。……いや、もう少し無茶ぶりをしてくるのかと思ったから。
ん?ああ、それは別に無茶ぶりじゃない。私にとってはだけどね」
というか、それを分かってるから言ったんだろう?と主任は呟く。
その頼み事は、並みの人間にとっては無茶ぶりだろう。だが主任にとって、それは無茶ぶりではなかった。
「お望み通りにストームアーマーを2人分、調整しておこう。必要になったら着弾地点の座標を送ってくれたまえ」
その注文とは──折神家によって厳重に管理されているストームアーマーを2人分、用意して欲しいというものだった。
余談ですが、"揺れぬ天秤"にて主任が結芽に向かって言っていた臨床実験云々は今話に出てきたものだったりします。
ところで刀使ノ巫女で山城といえば……?