五席目の少女   作:今更とじみこにハマったマン

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賽は全力で投げられた

 

「あーあ……」

 

 いつの間にか親衛隊が独占するようになっていた談話スペースで、結芽は退屈そうに欠伸を繰り返ししていた。

 京奈は居らず、他の親衛隊のメンバーも各々の仕事で駆けずり回っていて、誰も結芽に構ってくれない。

 

「たーいーくーつー」

 

 足をバタバタさせながらの呻きは、誰も居ない室内に虚しく響いただけだった。

 

「私を出せば、あのおねーさん達なんてあっという間に捕まえられるのに」

 

 もし自分が出ていれば、さっき聞いた「見つけたはいいが逃げられた」なんて無様な結果にはならない自信がある。

 なのに、どうして自分を出さないのか。結芽にはそれが分からなかった。

 

 きっとオトナの事情という奴なのだろうが……。

 

「むうー……」

 

 退屈しすぎて死んでしまいそうな結芽が出来ることといえば、折神家の中を歩き回って見つけた刀使に()()()()()()くらいのものだった。

 しかし、最近の折神家は刀使の姿を見ることもなくなってきている。きっと例の反逆者達の捜索に駆り出されているのだろう。

 

 それでも、と僅かに残っているかもしれない刀使を探しに、結芽は談話スペースから外へと飛び出した。

 

「だーれか居ないかなー」

 

 しかし、歩けど歩けど結芽以外の人影など見当たらない。

 やっぱり今日もダメなのかなと思いながら歩いていると、右の角を曲がった先から何やら声が聞こえる。

 

 興味を持って様子を伺ってみると、そこには逃げた2人のうちの片方が着ていた制服と同じ物を着ている刀使が1人と、大人が一人いた。

 

「事の重大さは理解しています!だけど、私は……!」

 

 刀使の1人が、大人にそんな事を言っている。それを聞いて結芽は直感した。きっと彼女が、反逆者を見つけたのに逃げられた刀使なのだ。

 

 結芽は、その後ろ姿に声をかけた。

 

「ねーねー。せっかく見つけたのに逃げられちゃった刀使って、おねーさんの事?」

 

「っ!?」

 

 声をかけられた刀使──舞衣は、その声に身体をビクリと震わせて振り向いた。

 その動きからしても、結芽が遊び相手に勝手に求めているレベルに達していない事が分かる。

 

「その服は、親衛隊の……!」

 

 さて、このおねーさんはどれくらい持つかな。せめて一太刀は耐えて欲しいんだけど。

 

 そんな事を考えながら、結芽は居合い切りのような動作で御刀を抜き放つと、迅移を用いて舞衣に斬りかかった。

 

 問答無用の暴挙に見開かれた舞衣の目は、一呼吸の合間に自分の喉元に突きつけられた御刀に向けられていた。

 

(まったく、見えなかった……!?)

 

 まさか折神家の中で御刀を抜き放ち、刀使に斬りかかるなんて暴挙を行うなど想像もしていない。

 しかし、それを抜きにしても、動く前に必ずといっていいほど生じる予備動作は、舞衣の目では捉えられなかった。

 

 声を挙げる間すらも無い、早さと精密さの二つを兼ね備えた動き。

 

 これが親衛隊の実力なのかと、舞衣の心に恐怖が走る。

 

「弱すぎー」

 

 そんな舞衣の様子に、くすくすと結芽は癪に障るような笑い声をあげ、まるで嘲笑うかのように告げた。

 

「おねーさんじゃあ、あの2人には勝てないよ」

 

「……っ!」

 

 それは、残酷な現実。分かってはいたが目を逸らしたかったもの。

 

 あの時、2人を見つけて姫和と刃を交えた時に何となく気づいていた。もし姫和が万全だったのなら、きっと自分は負けていたであろう事を。

 

 刀使の世界では、残酷なほど才能によって強さに差が出てくる。

 舞衣は並の刀使よりは才能があるだろう。それが無ければ、中学生ながら高校生すら混じる校内予選を勝ち抜けはしない。

 

 しかしそれだけでは、本物の天才には遠く及ばない。可奈美にも、姫和にも、目の前の結芽にだって。

 本物との間に存在する、凄まじい高さの壁。それを改めて思い知らされた気がしていた。

 

「燕さん、剣を収めて」

 

 舞衣が現実にぶち当たっている間、舞衣と一緒に歩いていた美濃関の学長である羽島(はしま) 江麻(えま)は、結芽に静かな口調でそう言った。

 

「……はーい。分かりましたー」

 

 それに結芽は素直に従い、自身の御刀"ニッカリ青江"を納刀する。その時、結芽の興味は既に江麻に移っていた。

 

 このおばさん、やれる人だ。

 結芽はそう理解した。一見すると無防備に見えるが、その目や動きの全てにおいて隙が殆どない。

 

 更に言うなら、結芽の動きを目で追っていた。もうそれだけで結芽のお眼鏡にかなうには充分すぎる。

 

「おばさんは、やれる人だよね」

 

「……残念ね、御刀は返納しちゃったの」

 

 結芽の言わんことを理解した江麻は、そう言って結芽とは立ち合えないと答えた。残念だが御刀が無ければ、いかに高い実力を持っていようと意味がない。

 

「なーんだ、残念」

 

 それにガッカリしたような声を出しながら、結芽は2人の間を通り抜けて進んでいった。

 

 横を通り過ぎる一瞬、舞衣は結芽の事を見た。明らかに暇そうな顔で、見られているのを気付いている筈なのに、もう舞衣には目もくれなかった。

 それが何故か酷く気に障って、離れていく結芽の背中を見送っていた舞衣の手は、いつの間にか固く握られていた。

 

 

「…………はい、これで最後ですか?」

 

「ええ。お疲れ様でした京奈様」

 

「だから、様はやめて下さいって」

 

 同時刻、負傷者の手当を終えた京奈は、いつものように様付けしてくる隊員にそう返しながら立ち上がった。

 

「っとと……」

 

 しかし立ち上がった直後、バランスを崩して少しよろめく。その様子を見た隊員が心配そうな目を向けた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ええ。ちょっとよろめいただけですから」

 

 最近、連日休み無く医療剣術による治療と荒魂との争いを繰り返しているからか、疲れが溜まっているのだろう。

 見て分かるほど衰弱している京奈を頼ってしまう自分達の不甲斐なさに怒りを抱きつつ、隊員はそう分析していた。

 

「なら良いのですが……その、治療してもらっている我々が言うのは失礼かもしれませんが、ゆっくりお休みになって下さいね」

 

「ありがとうございます。ちゃんと休んで、明日も頑張りますね」

 

 京奈は笑みを浮かべた。それは鎌倉に来てからやけに上手くなった愛想笑いだったが、今にも壊れてしまいそうな儚さがあった。

 

「では、私はこれで失礼します。後はお願いしますね」

 

「はっ!お任せ下さい!」

 

 隊員に背を向けた京奈の顔からは、あっという間に愛想笑いが剥がれ落ちる。

 実のところ、笑みを貼り付けるのだけでもギリギリなくらい疲労していたのだ。

 

 そのまま迎えの車に乗り込んで現場を離れる京奈の後ろ姿を、その隊員は不安そうに見つめていた。

 

「ふぅ……」

 

 荒魂が暴れていた現場から離れていくにつれて、段々と気が抜けていく。

 そして、その気の抜け具合と比例して、抗いがたい眠気が京奈を襲ってきた。

 

「お疲れですか?」

 

「えぇ、まあ……」

 

 運転手の言葉に反応してした返事はフニャフニャとしていて、普段の京奈のようなハキハキとした感じはない。

 

(……重いなぁ、身体)

 

 最近、何故だか妙に疲れるのが早い。全身が重く、前は感じなかった圧迫感すらも感じている。

 それらが成長に伴う身体の異常という事であるなら話は早いのだが、恐らく違うだろうなという事が京奈には分かっていた。

 

(これは、根こそぎ気力を持っていかれてる感じっていうのかな……)

 

 写シを何度も剥がされた時に感じる倦怠感のような……つまり、精神力を使い果たした感覚が一番近いと言えた。

 でも写シや迅移などは使えたから、本当に精神力を使い果たしている訳ではないのだろう。

 

 しかし、では何故だ?

 

(……戻ったら主任さんに聞いてみようかな)

 

 京奈の事に関して、もしかすると京奈以上に知っているかもしれない女性の姿を思い浮かべる。

 そしてポケットから、京奈だけに支給された専用端末を取り出してメールの機能を出した。

 

 この端末は主任が京奈に用意した専用品である。といっても、違いは大したものではない。

 今のところは、スペクトラムファインダーに代表される荒魂感知のための機能が搭載されていない以外、普通の物と変わらなかった。

 

 だが将来的には、この端末一つで京奈専用のストームアーマーを射出する機能が搭載されるようになるらしい。

 ストームアーマーの射出には面倒な事前手続きが必要になるのだが、それを全てすっ飛ばす事が出来るのだという。

 

 京奈がメールで『これからお時間ありますか?』と送ると、即座に『コーヒーが良いですか?緑茶でも用意しておきましょうか?』と返事が来る。

 

「空いてるって事なんだよね……?」

 

 とりあえず『コーヒーでお願いします』と打ち込んで返信しておいた。

 それから返ってきた『分かりました、用意してお待ちしていますね』という文面を見て、端末を持つ右腕を座席の上に力なく置いた。

 

「温泉とか行きたいかも……」

 

 思わず口をついて出た言葉は、京奈が療養を欲している事を分かりやすく示していた。

 

 

 

「ありゃあ、ちょっとばかし遅かったみたいデスねー」

 

「だから言ったんだ、行くだけ無駄だって……まったくババアめ」

 

「ねー」

 

 京奈が去ってから10分後。

 全てが終わった後の現場に、長船女学院の制服を着た2人の刀使と1匹が現れた。

 

 高身長でドデカイ胸が目を引く古波蔵(こはぐら)エレンと、対照的に身長も胸も小さい益子(ましこ) (かおる)。そしてそのペットの"ねね"である。

 

 2人と1匹は、とある目的があって先程まで荒魂との戦闘があった此処を訪れたのだが、どうやら入れ違いになってしまったらしい。

 

「でも、取り敢えず聞き込みはしてみましょう。もしかすると、何か情報が得られるかもしれまセンし」

 

「あー……バカンスが遠のく〜〜」

 

 2人と1匹が現場に近付くと、先ほど京奈を見送った隊員が気付いて敬礼をした。

 

「ご苦労様です!」

 

「お疲れ様デス。ちょっとお聞きしたい事があるんですが、良いでしょうカ?」

 

「はいっ、自分で答えられる事であれば!」

 

「Oh!ありがとうございマース!では早速なんですが──」

 

 エレンが隊員と話をしている傍らで、薫は如何にも「オレはやる気ありません」という顔で近くの瓦礫に座り、ノロを回収した車が現場から遠ざかっていくのを眺めていた。

 

「ねー。ねねー、ね?」

 

「良いんだよ。ああいうのはエレンに任せとけば。オレには向かないし、ああいう面倒事は嫌いだしな」

 

 生来から面倒くさがり屋である薫は、相棒のエレンのように話の間から情報を抜き取るような技術は持っていなかった。会話を常に気にかけるのが面倒くさいからだ。

 そして、エレンのように愛想を振りまくような事も今までしてこなかったし、これからするつもりもない。面倒くさいからだ。

 更に言うなら、エレンのように勤勉に働く気もなかった。面倒くさいからだ。

 

「はぁーあ。どっかにオレの代わりに戦って、オレに楽させてくれるような刀使とかいねぇかなあ」

 

「ねー」

 

 いるわけないじゃん、とでも言うかのように、ねねは首を横に振った。

 

 さて、薫がねねとそんなやり取りをしている間に、エレンは会話を終えたらしい。「気をつけて下さいネー!」と言って片手を振りながら、薫のところに戻ってくる。

 

「ただいまデース!」

 

「くっつくなアホエレン。それよりどうだったんだよ」

 

「いやー、特には有益そうな情報は有りませんでしたね。ただちょっと、疲れてたらしいですケド……」

 

 薫とは違って、なんて言うエレンに薫は無反応を貫いた。「オレだって疲れることくらいある」と心の中で呟いたが、口に出しはしなかった。

 どうせ言ったって、「サボってるから少し動いただけで疲れるんじゃないですかー?」とか言われるだけだと分かっていたから。

 

「まっ、良いんじゃねーの。過労でぶっ倒れてくれたら万々歳だ」

 

「こちらの事情だけで考えればそうですけどネ……」

 

「で?どうすんだよ。もう戻るか?オレとしてはバカンスの続きしたいんだが」

 

「ウーン、まだもう少し情報が欲しいんですよネー……」

 

 とにかく、大した情報は得られなかった。でも手ぶらで帰るのは嫌だ。いつか敵対するのが分かっているのだ。まだ内側に潜れているうちに、そこでしか知りえない情報を集めておきたい。

 だが、あまりにも突っ込みすぎた質問をすれば怪しまれてしまう。僅かな不信感から看破される可能性もあるので、深く踏み込むのも考えものだった。

 

 そんなジレンマに頭を悩ませているエレンの横で、機動隊員たちが片付けに奔走している。

 その内の一人が横を通りがかった時、ねねが唐突に叫んだ。

 

「ね"っ!ね"ね"ーっ!!」

 

「のわっ!?なんだよ、ねね。暴れるなって」

 

 おもむろに暴れだしたねねを飼い主の薫やエレンはもちろん、その通りがかっただけの隊員もびっくりした目で見た。

 

「じっ、自分がなにかしましたか!?」

 

「あははー!ちょーっと待って下さいネ。……薫」

 

「分かってる。おい、ねね。何があった?」

 

「ねっ!ねねねっ!ねーねー!」

 

 ねねは「ねー」しか発声できないが、知性は持っているのでジェスチャーで伝えようとしてくれる。

 そのため初対面でもある程度は意思疎通が成立するし、飼い主の薫は言葉だけでも伝えたい事を完全に理解する事が出来た。

 

「……そいつから、なんか怖いものが溢れてるって」

 

「What?」

 

 薫とエレンは、ねねが指さす隊員を見た。どこからどう見ても普通の人間だ。危険な雰囲気も何もない。

 

「でも、どう見ても普通の人デスよ?」

 

「ねね。もうちょっと詳しく言えよ、それだけじゃ分からねぇ」

 

「ねねー!ねっねっね、ねーねね!」

 

 わちゃわちゃと身振り手振りでその恐怖を伝えてくるねね。薫は小声で、それをエレンに伝えた。

 

「本能的に受け入れたくなる、自分の存在を脅かすような気配……だってよ」

 

「ねね、どういうことです?」

 

「ねー……」

 

 そうとしか説明できないらしい。ねねは困ったように項垂れた。

 ねねの言いたい事はまだ良く分からないが、一先ずは"そういうもの"として受け入れて、エレンは困り顔の隊員に向き直った。

 

「いやぁ、すいませーん!ちょっとお時間取らせちゃって」

 

「それは構いませんが……自分に何か、良くないものが見えたのでしょうか?」

 

「ねねが伝えたい事だけだと、なんとも言えないンですよね。だから、何か変わった事がなかったか教えてくれませんカ?」

 

 ねねが彼に感じたことが何なのか。それに近づくには、彼の協力が必要だった。彼にも拒む理由はない。頷いて話し始める。

 

「変わったこと、ですか…………いえ、特には。いつものように住民の皆さんが逃げ終えて刀使の方が到着するまで、荒魂を押し止める役目を果たしているだけですね」

 

「それはご苦労様デシタ。見るからにボロボロですし、今日も大変だったんではないデスか?」

 

「あはは……普段はここまでボロボロにはならないんですけどね。お恥ずかしい事に、少しヘマをしてしまいまして。腹部をグサッと」

 

 なるほどだからか、とエレンは得心したように頷いた。貫かれたように破けた服の腹部は、それでしか説明のつかないほど大きかったからだ。

 

「Wow……失礼ですが、よく生きてましたね。写シがある私たち刀使でもショック死しちゃいそうなくらい大きな穴ですけど」

 

「自分も死を覚悟しました。ですがそこに、京奈様がいらっしゃったんです」

 

 スッとエレンの目が細くなった。

 

「親衛隊第五席の、あの子ですか」

 

「ええ。自分は京奈様の能力で一命を取り留めました。あの方には感謝してもしきれませんよ」

 

 

 

「…………どうだ、分かりそうか?」

 

 現場から離れながら、薫はエレンに問いを投げかけた。

 

「まだ分かりませんね。でももし、彼女に何らかの関係があるのだとするなら……」

 

 有益な情報に繋がっているかもしれない。だが、そこに辿り着くには色々と足りなさ過ぎる。

 

「やはり情報が足りません。もう少し調べたいところですネ」

 

「そんな余裕があれば良いけどな」

 

 薫がそう言うと、狙ったかのようにスマホが振動した。エレンが見た画面に映っていたのは、学長の名前である。

 

「もしもーし、どうしたんですか?」

 

 エレンが学長から何らかの指示を受け取っているのを聞き流しながら、薫はねねを見た。

 

(こいつは一体、なにを怖がってたんだ……?)

 

 長年ねねを見てきた薫ですら、あの怯えようは見たこともない。隊員が強面だったとか、そういう下らない理由だったら笑えたのだが、そうではない事は分かっている。

 

(……ダメだな。エレンも言ってたけど、手元の情報じゃ何も分からねぇ)

 

「薫ー。学長から次の指示が出ましたヨー」

 

「人使い荒いなババア……んで、何しろって?」

 

 思考を一旦中断させて、ボヤきを入れながらエレンに問う。エレンはニヤっと笑いながら薫にそれを告げた。

 

「衛藤可奈美と十条姫和の両名に接触するように、デスって」

 

 その言葉が、この後の騒乱の引き金になる。この年の内に巻き起こる二つの大きな争いは、ここから始まったのだ。





この裏では原作通りに可奈美ちゃんが恩田さんのところに転がり込んでいたり、美炎ちゃん達が調査隊を結成して原宿に行ったりしています。
その調査隊は山狩りの時や折神家強襲の際にチラッと出てくる筈です。……多分ね。
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