五席目の少女   作:今更とじみこにハマったマン

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来訪する者

 この日、折神家の内部は通常とは異なり浮ついた空気が流れていた。

 

 しきりに動きまわる職員たちは折神家では日常の光景だが、その動きが精細さを欠いているのは日常ではない。

 さらに言えば、道行く職員たち皆が正門の方を見られる窓の近くを通る度にチラッと目を向けるのは、明らかにおかしな事だった。

 

「浮かれているな」

 

 廊下を進む2人の内の片割れは、その様子を見てそう呟いた。

 

「仕方ありませんわ。なにせ、事が事ですもの」

 

「……そうだな」

 

 この折神家に控えている職員たちは、その全員が国内でも有数の特に優れた者達であり、また、かつて刀使として第一線で活躍していたので不慮の事態にも対応が早い。

 言わばエリートの中のエリートであるが、そのエリートですら浮かれてしまう事態が今は起こっているのだ。

 

「今日だったな」

 

「ええ、今日ですわ」

 

 道行く職員たちと同じように、2人も正門が見える窓で立ち止まって目を向けた。今はキッチリと閉ざされているそこから、今日、彼女達と同じ制服に袖を通す仲間がやって来るという。

 

寿々花(すずか)。君はどんな子が来ると予想する?」

 

「さあ?結芽(ゆめ)と同じ年齢としか聞いていませんから、予想のしようもありませんわ」

 

「……それもそうか」

 

 いつもの癖で取り敢えず聞いてみたが、年齢以外の何の情報も無いのに予想を聞くなんて馬鹿げている。

 普段の彼女であるなら絶対にしないだろうミスに己の動揺というか、心の浮つきを悟った。

 

「僕も、浮かれてるって事なのか?」

 

真希(まき)さんらしくありませんわね……と、普段なら言うのですけれど。わたくしも同じ心持ちなだけに、それは言えませんわね」

 

 何故こんな事になっているのかといえば、それは今から一週間前、紫が戻ってきた時に話は遡る。

 

「今戻った」

 

「お帰りなさいませ紫様」

 

 紫が戻ってきたのは、すでに漆黒の帳が降りきった夜の事だった。帰ってきた紫を、その親衛隊4人は玄関で出迎え、紫の一歩半後を紫が不在の間に起こった出来事を報告しながら着いていく。

 

「何か変わったことはあったか?」

 

「荒魂が一体出現しましたが、対処は滞りなく完了しています。被害状況などの報告は、執務室の書類に纏めてあります」

 

「ご苦労」

 

 紫と4人の親衛隊。その一団の威圧感は、遠くにいる職員たちにすら存在を感じさせるほどだった。

 廊下の先まで敬礼をする職員たちの間を歩きながら、一番身長が小さい少女が紫に聞いた。

 

「ねえねえゆかりさまー。今までどこ行ってたんですかー?」

 

 まだ歳相応の子供っぽさでもって、誰もが気になっていたが聞けなかった事を容赦なく聞いていくのは、親衛隊最年少の(つばくろ) 結芽。

 その子供っぽさで周囲が振り回される事も多いが、今回はその子どもっぽさが紫への質問を可能にしていた。

 

「こら結芽。紫様はお疲れなんだ」

 

「いや、いい…………お前の遊び相手兼、親衛隊の五席目の親と本人に挨拶をしてきていた」

 

「遊び相手ぇ?でも私、並の相手じゃ満足できないよ」

 

 親衛隊の五席目、という言葉に僅かに眉が反応する。が、それよりも今は遊び相手という方が気になった。

 結芽は親衛隊第四席。親衛隊の中では最年少の11歳であるが、その実力は既に第一席の真希を凌駕する天才である。

 未だかつて負けはなく、今なお最強と名高い紫とマトモに戦える刀使。といえば、その凄まじさが分かるだろう。

 

 そんな結芽だが、親衛隊でありながら、その仕事を行う事は極端に少なかった。

 

 親衛隊の業務は様々で、紫の護衛に始まり、荒魂討伐の作戦指揮や陣頭指揮。政務活動への同行と多岐にわたる。

 しかしその殆どは忍耐力や政治力、それに指揮能力が求められるもので、戦闘力だけが尖っていて飽き性な結芽にはどれも向かない。

 

 唯一、荒魂を直接討伐するという仕事だけは結芽でもこなせるが、テンションが上がると人の話を聞かなくなるという悪癖持ちの結芽を放置していると、敵味方を問わない上に周辺への被害が酷い。

 ならば物理的に止めればという話になるが、そうなると今度は彼女自身が天才であるというのがマイナスに働く。

 

 結芽を除いた親衛隊3人の中では一番強い真希で勝てないのに、一体誰が止めるというのか。

 

 荒魂が暴れるよりも被害が大きくなるというリスクを負ってまで出撃させざるをえないような、大規模な荒魂がまだ出ないこともあって、最近の結芽の任務は専ら留守番だった。

 また、いちいち彼女を出していたら修繕費用で予算が足りなくなるという、お財布事情も関係している。

 

 そんな結芽の暇潰しといえば、紫が席を空けている隙に執務室に居座って、それを知らずに尋ねてきた人を紫の声真似をして揶揄うだとか、お菓子を食っちゃ寝するとか、刀使の誰かを襲撃して遊んでもらうだとか。

 どれも碌でもないが特に最後のが碌でもなく、被害を受けた刀使は何人もいた。苦情が来たのも一度や二度ではない。

 

 本人からすれば「弱すぎるのが悪い」のだが、やられる側はたまったものではない。

 

 そもそも結芽と戦える遊び相手といえば紫くらいのもので、しかしその紫も仕事が忙しいと構ってもらえない。真希と寿々花は二人がかりなら楽しいが、任務が忙しい都合上ほとんどやってくれない。そして、それ以下は遊んでいても相手にならない。

 彼女の言う"並"とは、親衛隊……欲を言うなら紫以下の全てという途方もなく広い範囲を対象にしていた。

 

「その心配はいらん。私はあの子と立ち合ったが、そこそこやる」

 

『なっ!?』

 

 その言葉に職員たちが、そして親衛隊の全員が、目を見開いた。普段は感情を表に出さない第三席の夜見(よみ)ですらそうしたといえば、親衛隊以下全員の受けた衝撃度が分かるというものだ。

 

「なんと……!」

 

「そ、それは本当ですの!?」

 

「へぇ……ならいいや、面白そう」

 

 場がざわめいた。

 

 紫が冗談を言うような人ではない事は、この場の誰もが知っている。ゆえにそれは真実として受け止められ、結芽は子供らしからぬ妖艶な笑みを見せた。

 そこそこという枕詞こそあれど、紫がやると認めた。なるほど、確かに遊び相手としては十分だ。

 

「流派とか、御刀の名前とかは?」

 

「それは立ち合えば分かる」

 

「えー!もったいぶらずに教えてよ〜」

 

 ぶーたれる結芽をスルーしながら歩く紫の脳裏によぎったのは、昼間に行われた立ち合い。

 母が遺したという刀使が最初に使う教科書を何度も読み込んだらしい。写シも貼れていたし、迅移も一応は扱えていた。他の部分はまだ荒削りだし、とある一点はどうしようもないほど才能というものが欠けていたが、しかしそれを差し引いても伸び代は大きい。と感じていた。

 

「ただ一つだけ言えるのは、私は一刀のみだったが、物は試しと設けた3分という時間を耐えきってみせたということだ。色々と荒削りで、まだ発展途上ではあるが退屈はしないだろう」

 

 無論、手加減はした。迅移を解禁したのも最後の10秒のみだ。

 それでも終わった時には京奈の写シは傷だらけ、かつ息も絶え絶えで地面に倒れ込んでいて、対する紫は息一つ乱れていなかったが、紫は攻めきれなかった。

 守勢の際の硬さと粘り強さには彼女の母親も定評があったが、京奈も見事にそれを受け継いでいるようだという感想を抱いた事を、思い返していた。

 

「ほうほう。それなら頑丈そうかな……っと。そういえば何歳なの?」

 

「11歳だそうだ」

 

「おお。じゃあ、もしかしたらお友達になれるかもしれないんだ!」

 

 それを聞いた真希と寿々花は、僅かに目線を厳しくした。

 結芽に続いて、また年下に抜かされた。その思いが強かった。確かに御刀との相性は若い方が良いとはいえ、それだけで説明できるものでもないだろう。

 

 たとえば自分が同じ条件で3分も持たせられるかと問われれば、首を横に振らざるをえない。

 紫の流派は二天一流という二刀流の流派であるが、別に一刀のみでも弱くない。というか、並の相手なら一刀のみで十分ですらある。

 そしてその並には、もしかすると真希や寿々花も含まれているかもしれなかった。

 

 真希や寿々花では、紫よりは対処のしやすい結芽が相手でも3分は厳しいだろう。ましてや紫など、不可能といえた。

 

「……真希さん。そんなにきつく握りしめていると、お手が傷つきますわよ」

 

 寿々花の指摘で、初めて真希は自分の両手が強く握られているのに気がついた。

 純然たる才能の差というものを、まだ出会っていないにも関わらず見せつけられたような気がして、己の不甲斐なさと情けなさで握っていたのだと、真希は分かっていた。

 

「紫様自らが直々に出向き、親を説得してまで連れて来た人材……」

 

 紫が親衛隊第五席目の刀使を直々にスカウトしに行った、という話は即座に折神家内部に広がり、瞬く間に全員が周知するところとなった。

 

 それに対する反応は様々だ。優秀な刀使が増える事に対して喜びを見せる者。紫が直接スカウトしたという事実に嫉妬を覚える者。あるいは、この事を別の誰かに知らせる者。

 いずれにしても、関係各所の注目を集める事となった刀使の人物像については様々な憶測がたてられ、そして来ると言われた今日、歴戦の猛者達すらを浮つかせる空気は頂点を迎えているのである。

 

「行こう寿々花。歓迎会の準備を進めなきゃ」

 

 窓に背を向けて真希は歩き出した。どのような人物かはともかく仲間に加わる事は決定しているのだ。ならば1日でも早く、折神家に溶け込めるようにしてあげなければならない。

 ……胸の内の黒い感情を無理やりに覆い隠しながら、真希は廊下を進んでいった。

 

 さて、来る前から既に注目の的となっている事など知る由もない京奈はというと、ちょうど鎌倉駅に到着したところだった。

 

「着いたー!」

 

 京奈にとって買い物の為に降りていた山の麓の町以外に行くのは初めての事だった。また、それだけではなく、公共交通機関を使うのも初めて。更に言うなら、こんな風にバッグを持って何処かに行くのも初めて。

 初めてづくしな今回、興奮と緊張のせいか胸が高鳴りっぱなしである。

 

 吸い込んだ空気も、普段嗅いでいた物とはどこか違うような錯覚さえ覚えた。

 

「でも空は変わらないね……」

 

 図らずも京奈が鍛えてしまった野生動物達は、一週間という準備期間で全てを天に還した。

 あれに対応できる自分が居なくなれば、嬉々として集落を襲うのは容易に想像が出来たからだ。

 

 そんな理由から天に還した動物達はキッチリ肉を食べたり皮をなめして何かに使えるようにしたりして、その命を余すところなく活用し、丁重に弔ったのだった。

 

 手をかざして太陽の日差しを遮りながら見た空は、見渡す限り青く澄んでいた。昨日までと何も変わらず、ただそこにある。

 

 駅から出てすぐに立ち止まってそうしていた京奈は、程なくして旅行用のキャスター付きバッグをガラガラと引きずりながら、興奮冷めやらぬ様子で町中を進んでいく。

 

「それにしても、やっぱりこの時間は大人ばっかりだなぁ。同年代っぽい人がいないのは、やっぱり今が学校の時間だからなのかな」

 

 平日昼間という時間、当然ながら学生は学校へと行っている。稀に荒魂が出現した際は刀使が例外として外に出ていくが、基本的には少女の姿など見ない。

 

 だからだろう、いま京奈は道行く人から注目されていた。

 

「うわぁ……やっぱり凄く注目されてる。早く行こうっと」

 

 事前に渡された手元の地図によれば、ここから少し歩けば折神家の正門が見えてくる筈だ。

 居心地の悪い空間から逃げ出すように、京奈は歩く速度を早くした。

 

 

 過去の歴史書を紐解けば、刀使の事を語る上で無くてはならない一族が存在する。

 

 それが折神家という一族であり、昔の朝廷から御刀と荒魂の構成物質であるノロの管理を任されてきたという経歴がある由緒正しい英雄の一族だ。

 その経緯から今でも折神家の敷地内に、全国の御刀の管理を行っている特別刀剣類管理局の本部が置かれており、全ての刀使の頂点にある。

 

 そんな折神家に仕えられるというのは刀使にとって大変な名誉であると同時に刀使の中でもトップレベルに優秀であるという証明でもあり、そしてその優秀な刀使達によって結成された折神家の親衛隊は、全ての刀使達からの羨望の対象にされていた。

 

 そんな親衛隊の席を、誰もが狙っているのは言うまでもないだろう。折神紫が実力主義で不正を許さない事もあって賄賂などは横行していないが、許されるのならばどんな手を使ってでも入りたいという人間はごまんといる。

 その理由としては、親衛隊に選ばれるという、それ自体が大変な名誉であるというのもそうだが、親衛隊に選ばれた生徒が在籍する学校は世間からの覚えも良くなる。というのも無関係ではなかった。

 

 現に、親衛隊第一席の獅童真希を輩出した平城学館は近年注目度が上がっていて入学志望者も増えてきている。これは非常に重要だ。

 なぜなら、刀使の訓練学校は全国に五箇所あるが、その中でもヒエラルキーというものが当然存在するからだ。

 

 有名になり、学校の名前が高まれば、巡り巡って自らの株を上げる事になるし、もしかすると学校側から就職に関して便宜を図ってくれるかもしれない。

 学校側としても、ヒエラルキーを向上させられれば自らの意向を通しやすくなるし、生徒が親衛隊に選ばれるというのは大変な宣伝になる。

 

 増員が不定期である事もあって、そのチャンスは非常に少ないが、だからこそ限りある席を巡って水面下では骨肉の争いが繰り広げられていた。

 

 しかしそんな事、田舎で刀を振っていた京奈はもちろん知らない。折神家がどういう組織かは、教科書にも載っていたから分かっているが。だがそこから発生する名門故の権威だとか、それを狙う権力闘争だとかは意識すらしていなかった。

 

 だから気付かない。己の一挙手一投足が、既に多くの組織に見られているという事を。

 この年齢の子供が出歩いているから珍しいと見られているのではなく、その殆どは唐突に紫が連れてきた親衛隊第五席の姿を一目見ようと集まっていたという事も。

 

「……マジか」

 

 学長室のイスに座る彼女もまた、その姿を見ようと部下を派遣していた1人である。

 彼女はとある事情から折神紫に対して反抗をしている人間だ。今は表向き折神紫に従い、その裏で牙を研いでいる最中だが、そんな時に舞い込んだ親衛隊増員の話は見過ごせるものでは無かった。

 

 彼女にとって目下最大の障害は紫の側を離れない親衛隊。それが減るならまだしも増えるというのは喜ばしい事ではない。

 だから、どうせ他の学校や企業も送っているからと、折神家にバレるのを承知で堂々と部下を鎌倉に送り写真を隠し撮らせてきたが、それは彼女に驚愕をもたらした。

 

「よりによって、あいつの娘を自ら囲い込みに行くなんて……余程こっちに取られたくないって事か?」

 

 20年前、見続けていた背中を思い出す。あの時は頼もしかったが、それがよもや向こうに取られようとは。

 

「なんにせよ、厄介な事になったな」

 

 驚愕が苦々しいものに変わるのに、そう時間は必要なかった。

 

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