五席目の少女 作:今更とじみこにハマったマン
調査隊の初登場という事で紹介を挟んでいます。テンポが悪くなっているかもしれませんが、ご了承下さい。
山の中に1人で立っている夜見は、ゆったりとした足取りで森の木々をかき分けるように進んでいた。
特に行き先は決めていないらしく、ただ獣道に従って歩いていく。
「……この辺りで」
やがて止まったのは、夜見の何倍もの大きさのある岩が佇む開けた場所。空を見上げれば、段々と晴れつつある雲間から満月が夜見を見下ろしている。
「…………」
夜見は御刀を抜き放った。そしてそのまま袖をまくって露出させた自分の左腕に刃を当てると、軽く傷をつける。既に夜見の左腕には幾つもの線が走っており、その自傷行為が初めてではない事を示していた。
その傷跡からは、およそ人間のものとは思えぬ黒く澱んだ血が滲みだし、大地を汚す。
直後、それを合図にしたかのように傷口から大量の
それらは我先にと大空へ飛び出し、せっかく晴れつつあった夜空を再び黒く覆い尽くさんとするほどの数である。
そうして飛び出した不定形の赤い目は、やがて小さな蛾に似た見た目に変質して方々へ散っていった。
「空には放った。次は陸……」
それを見届けた夜見は左腕の傷口を地面の方に向けると、そこから多くの黒く澱んだ血が垂れ落ちていく。
その黒い血は、垂れ落ちていく血の量が増えていくにつれてボコボコと泡立ちはじめた。最初は小さく、次第に大きくなっていった泡立ちが頂点に達した時、そこから這い出てくるもの達がある。
「■■■■……」
それは、荒魂だった。夜見から垂れ落ちて大地を汚した血から荒魂が生まれたのだ。
「行きなさい、私の荒魂たち」
最初はスライムのような、粘性を帯びた液体のようだった荒魂は、次第に獣のような外見となった。
その荒魂たちは夜見の指示に従うように走り出し、木々の間から夜見を覗いている暗闇の中へと飛び込んでいった。
──元々、皐月夜見という存在は弱かった。
刀使としての道を志したはいいものの、御刀には選ばれず、他に何か長所があるでもない。いくらでも替えの効く一山いくらの刀使未満の存在……。
周囲の同級生が次々と御刀に選ばれていくのを、夜見はいつも見ているだけだった。
不満が無かったといえば嘘になる。しかしそれ以上に、諦めの感情が先に来ていた。自分のような無力な存在が選ばれるはずもない、と。
そうして生きながら死んでいるような日々を鎌府で暮らしていた時、高津学長に半ば強引に連れていかれた折神家の研究棟で夜見は力を得た。
伍箇伝が様々な分野で研究活動をしているように、折神家でも研究は行われている。それがどれほどの力の入れようかは研究棟の大きさと設備を見れば納得がいくだろうが、幾つもの成果を出しているほどに凄まじい。
そしてその研究には、折神紫が主導して進めた物も多くある。彼女が主に進める研究はノロに関するものばかりで、夜見はその中の一つに試験体として選ばれたのだ。
ストームアーマーに代表されるように、荒魂を構築するノロは上手く使えば大きな力を発揮する。
しかし、その扱いは難しい。ノロを多くしすぎると荒魂となってしまうが、逆に少なすぎると十分な力を発揮しないのだ。
そこのラインを見極めるため。そしてノロが人体に与える影響を調査するためという名目で、夜見を含めた4人の試験体にノロが注入された。
言うまでもなく、これは国際法に違反する違法行為である。
そもそも人体実験が許される筈もない上に、世界中で危険物と認識されているノロを人間に注入するという非道な行為がバレてしまえば処分は免れない。
それを承知で何故こんな実験を行ったのか、夜見には紫の意図など分からない。どうして無力な存在である自分が選ばれたのかも……けど、分からないままで良いと思っていた。
紫の考えなど元から誰も理解できないし、どれほど汚れていようと力は力。無力な存在だった自分がこれほどまでに強くなれたという事実だけが、夜見にとって重要なものだった。
力を与えられる機会をくれたあの方への恩と、物凄い笑顔でノロをぶち込んできた主任の姿は、きっと一生忘れることはないだろう。
「あの御方の御為に」
「何故、これほどまでに荒魂が多い……?」
同時刻、南伊豆を進んでいる一行がいた。
その一行は全員が御刀を帯刀している事から、彼女達が刀使である事。そして着ている制服がバラバラで統一性が無いという二つの情報が外見から分かるだろう。
彼女達は赤羽刀を調査・回収するために、各校から集められた刀使で結成された調査隊という部隊である。
長船が主導して御前試合の後に結成されたこの特務部隊は、赤羽刀のためなら広範囲を自由に移動できる特権を持っていた。
そんな調査隊が何故こんな場所にいるのかというと、それは勿論赤羽刀が関係している。
この南伊豆の山を抜けた先にある海岸で、赤羽刀の束が揚がったという話が齎されたのだ。
「なんだか、山に近づくにつれて荒魂の数と遭遇の頻度が増えてきてないかしら」
調査隊の一員である長船女学院の
見た感じはまだ余裕そうだが、その表情には隠しきれないほどの疲れが滲んでいた。
「はあ……はあ……」
「六角さん大丈夫?」
「だ、大丈夫です。まだいけます……」
「だといいけど……無理そうなら言ってね」
疲労が限界に到達しそうなのか、肩で息をしながらよたよたと歩く平城学館の
その様子を見た調査隊のリーダーである綾小路武芸学舎の
(六角清香と安桜美炎は限界か……いや、2人だけでなく瀬戸内智恵や私もそろそろ危険域に入る。この辺りで休息が取れれば良いのですが……)
昼間から断続的に荒魂との戦闘を繰り広げてきた調査隊は、この南伊豆に至るまで大した休息を取っていない。最後に纏まった休息が取れたのは二時間近く前だっただろうか。
休もうとする度に、どういう訳か荒魂と遭遇してしまうのだ。それに加えてミルヤの中にある焦りのようなものが、自然と足を早めているのである。
(他に取られる訳にはいかない)
この調査隊という特務部隊に各校から最低1人ずつ刀使が参加している事からも分かるだろうが、この調査隊は伍箇伝全ての思惑や利害が一致して結成されたものである。
無論、方針の違う各校がいきなり仲良く手を取り合うなんて事もなく、裏には大人のドロドロとした事情が大いに絡んでいた。
分かっている美濃関と長船だけでも、いま刀使達の間で噂になっている反逆者を逃がしただけでなく親衛隊に刃を向けたという罪を帳消しにするためという、特大級の厄ネタを抱えているし、平城と鎌府の思惑は分かりかねるものの、少なくとも何かしらの考えがあっての事だろう。特に鎌府の高津学長は、何も考えずに行動を起こしたりはしないはずだ。
では綾小路はどうか。これももちろん、参加したのには学長に考えがあるからだ。
そしてそれが、現場指揮官として優秀なミルヤをわざわざ派遣させた理由でもある。
(南无薬師景光……学長が追い求める御刀が、そこにあれば良いのですがね)
調査隊に派遣するだけなら、何もミルヤである必要はない。それこそミルヤでなくとも任せられるような人材は多くいた。
ではなぜミルヤが送り込まれたのかというと、彼女が一番任務を遂行する可能性が高かったからである。
その任務とは、とある赤羽刀を綾小路に持ち帰ること。その赤羽刀の銘は南无薬師瑠璃光如来 備前国長船住景光という。
銘以外の情報は無い。そもそも南无薬師景光は江戸時代の早期から行方不明になっていて、失われた一振りとさえ言われているのだ。そもそも存在しているのかどうかすらも疑わしかった。
仮に存在していたとしても、山ほどある赤羽刀から特定の一振りを見つける作業は、砂漠で砂金を見つけるような行為に等しいと言える。何処にあるのかも分からない一振りを見つけ出すのは、難しいなんて言葉では片付けられないだろう。
だがやらなければならない。それが己に課せられた責務だからだ。
(最悪、南无薬師景光の写しだけでも持ち帰らなければ……)
「なあオイ、あんまり遅いと置いてっちまうぞ?」
疲労困憊な調査隊メンバーの中で1人だけ、やけにうきうきなのがいる。彼女は鎌府女学院から派遣された
高津学長の教育の賜物なのか、荒魂と"遊ぶ"ことができれば後はどうでもいい。と常日頃から公言している呼吹にとって、今の状況はまさに望んだシチュエーションだった。
「ちょっと待って七之里さん。他のみんなは限界が近いわ」
「だったらのんびりしてろよ。そうすりゃ、アタシは荒魂ちゃんを独り占めできるしな」
「七之里さん!」
「七之里呼吹、スタンドプレーは許しません。特に今は、1人が勝手な行動をするだけで全滅しかねない」
昼間から荒魂との遭遇戦を繰り返していた調査隊は、呼吹を除いたメンバーに相当な疲労が溜まっている。荒魂と戦う毎に肌にツヤが出てくる呼吹はさておくとしても、残りのメンバーにはそろそろ休息が必要だった。
「美炎ちゃん達も限界みたいだし、そろそろ休みたいけど……」
「休める場所が、この山の近くにあるかどうか分かりませんね。最悪の場合は街まで引き返す事を検討しなければ」
「アタシはどうでも良いぜ。荒魂ちゃんと遊べればな」
「呼吹さんはブレないなぁ」
美炎は感心したような顔でそう言いながらも、聞こえないようにボソッと「私、今日はもう荒魂見たくないけど……」と付け足す。隣で聞いていた清香もまた、それに同意するように頷いた。
「決めるのなら早くしないといけないわね。いい加減に進んでから引き返すってなったら、負担が凄まじいもの」
「そうですね……っ!?」
ミルヤの耳が、山の方から葉っぱがガサガサと動く音を捉える。条件反射気味に御刀を抜き放つと同時、獣のような見た目をした荒魂が飛び出してきた。
「おおっ!やっと来やがったな荒魂ちゃん!」
「まずはこの荒魂たちを一掃します!総員戦闘準備!」
ミルヤが号令をかける前から突撃している呼吹の後を追いかけるようにしながら、調査隊は荒魂との戦闘を開始した。
先程から何度か放ち、山中を埋め尽くすように布陣した多数の荒魂は、休むことなく獲物を探して蠢いている。
それらが得た情報は夜見に伝わり、そこから真希や寿々花に伝達するような形式を採っていた。
荒魂には人間を探して襲う性質がある。その特性を利用してやれば、この広い山の中に隠れている人間のみを狙い撃ちにする事が可能なのだ。
もちろん所詮は荒魂なので、人間であれば味方だろうと問答無用で襲いかかる。しかし機動隊も動かしていないし、近隣に刀使が居ない事は確認済み。だから荒魂が反応を返せば、そこに探していた者がいるのであった。
「……かかった」
その荒魂が獲物の存在を感知した。夜見はその座標を知らせようと刀剣類管理局支給のスマートフォンをポケットから取り出し、連絡をしようとして……様子がおかしい事に気づく。
「……どういうこと?座標が……」
一つなら、そこに居ると特定できる。二つなら、二手に分かれたか救援に来た誰かが居るのだろうと推測できた。
しかし、三つや四つとなると話は変わってくる。座標が分散しているという事は、それだけ正解率が低くなるという事だからだ。
そしてそれは、夜見の使う能力に対する最も有効な対抗策であった。荒魂が検知するのは人間であるか、刀使であるかという反応のみで、それ以外の──例えば容姿などの詳細情報に関しては伝わらない欠点があったからだ。
なのでどれが当たりか分からない。反応のあった場所の何処かに反逆者の2人がいるかもしれないし、もしかすると、反応の全てが2人の救援に来た誰かが囮となった可能性も捨てきれない。
まだ可能性の話であるが、反逆者2人のバックに着いているであろう組織の規模を考えると、そう笑い飛ばせる話でもないのである。
(撹乱されている……まさか、私の能力がバレた?)
いや、そんなはずはない。折神家の情報隠蔽に不手際があったとは思えないし、自分も滅多な事では能力を使うことは無いから以前に見られたという可能性も低いはず。
単なる偶然という可能性が1番高いが……
(……念のため、お2人に伝えておきましょうか)
向こうに能力が露呈している可能性がある。その可能性を考慮して動かねばならない。
それを伝えられた真希の声には険しさが滲んでいた。
《……分かった、その可能性は頭に入れておこう。そっちも気をつけてくれ》
「ええ。了解しました」
通話を切ろうとした夜見は、真希の《ああ、そうだ》という声に手を止める。
夜見が待っていると、真希は平時のような優しさを込めた口調で言った。
《なるべく怪我なく帰ろう。京奈を不安にさせたくはないからね》
「……そうですね」
新田京奈。やけに自分に懐いてきた親衛隊第五席にして、未来の英雄という肩書きを持つ紫の後継者筆頭。
彼女には最初から才能の鉱脈があった。それを発掘していった彼女は、なるべくして親衛隊になった天才に分類されるであろう刀使だろう。そういう意味では、夜見とは違うと言えるのだが──
(算数は苦手でしたね)
だが、その正体は何処にでも居そうな普通の少女である。勉強に苦手意識を持ち、分からない問題には頭を悩ませる。そして好きな物を食べたり友人と出掛ければ笑顔になる。
そんな、ごく一般的な少女でしかないのだ。そういう普通の一面を知っているから、夜見は負の感情を抱かずにいられるのだろう。
隠すこともなく欠点をさらけ出し、人を殆ど疑わないという純真さも持つ。その不安になるまでの無防備さが、人を惹きつけているのかもしれなかった。
《そうだ。反逆者達を捕らえたら、5人で遊びに行かないか?》
「5人で……遊びに?」
《ああ。……京奈も結芽も、まだ外の世界の事を良く知らないだろう?だからさ、色んな場所に連れて行って楽しませてやりたいと前から思っていたんだ》
《まあ真希さんったら、そんな面白そうな事を黙って考えていましたの?》
寿々花の声も聞こえ始めた。声は遠いが、その声に乗っている感情は分かる。
「意外でした。任務中の獅童さんの口から遊びに行くなんて言葉が出るなんて」
《……そうだね、僕も自分に驚いているよ。まさか任務中に、こんな浮ついた話をするなんて》
《それだけ気にかけているという事でしょう。まあ、肩の力を抜くという意味でも、丁度いいではありませんの》
なるほど、悪くない。夜見は誰も見ていないのに頷き、しかし会話を終わらせるために現実という針を放った。
「全て、この騒動を終わらせてからになりますけど」
《それはそうだ。だからその為にも、早く終わらせよう》
「ええ。……追加を出します、これから伝える場所に向かってください」
《了解だ》
夜見は御刀を左腕に当てて、また荒魂を生み出した。
調査隊についてもっと詳しい事を知りたい方はぜひアプリ版をプレイしましょう。なんとメインストーリーはフルボイスですってよ。