五席目の少女   作:今更とじみこにハマったマン

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仕事がやっと落ち着いてきたのでリハビリついでの初投稿です。なぜこんなに掛かったんだ……。



伊豆の攻防③

 

「……調査隊、君たちはここで何をしているんだ?」

 

 指定された座標に向かった真希は、そこにいた刀使達を見て呆れ気味に言葉を放った。

 

 見たところ5人のうち4人が疲労困憊という有様で、頭や服に木の葉が付着していたりしている。どう見たって山の中を強行突破してきたとしか思えない状態だったし、夜見の報告からして事実そうしてきたのだろう。

 まさか、調査隊というのは隠れ蓑で、実は彼女たちは衛藤可奈美や十条姫和を助けるべく派遣された刀使なのか?と真希は訝しんだ。

 

「我々はこの先に赤羽刀の束が揚がったという話を聞いたので、その調査に向かっているところです」

 

「そうか……それにしても、随分とボロボロみたいだね。どうしてそんなにまでなったんだい?」

 

 そんな疑いを掛けられている事など知る由もないミルヤは、メガネの奥に知性的な光を湛えながら答えた。真希はその答えに一旦納得したように頷きながらも、次にその様子について言及する。

 そこを突かれたミルヤは「お恥ずかしながら」と前置いてから、また話し始めた。

 

「少しスケジュールの調整に失敗してしまいまして、勢い余って夜にまで移動がもつれ込んでしまったのです。この辺りの地理には明るくないですし、もう街まで引き返すべきだと話していたのですが……」

 

「なるほど、事情は分かった。でもここは中途半端な場所だ。街へ戻るにも、次の街へ行くにも、同じくらい時間がかかる」

 

「そうですか……」

 

 知らないうちに、そこまで進んでしまっていたかとミルヤは地形を把握していなかった不手際に唇を噛む。

 今の部隊員達の状況では行くにも退くにもリスクが伴う。目的ばかりに気を取られ、部隊の損耗に気を配れなかった自分に苛立ちを向けた。

 

 真希はミルヤと、その後ろで今にも倒れそうな刀使達に目を向ける。情報通り5人の刀使から成り、伍箇伝から1人ずつ出されて作られた即席の特務隊。

 その中には、御前試合で逃げ出した衛藤可奈美と十条姫和を追った時に、まるで逃亡を手助けするかのように立ちふさがってきた2人も入っていた。

 

(安桜美炎と瀬戸内智恵……君たちを有する調査隊が、このタイミングで此処を訪れたというのは、本当に偶然なのか?)

 

 実のところ、赤羽刀が揚がったという報告は少し前に真希の耳にも入っていた。そしてここを調査隊が通るらしいということも、綾小路の学長からの事前連絡によって知っていた。

 それでも知らぬフリをして聞いたのは、彼女達の口から出た言葉が真実かどうかを見極めたかったからだ。嘘をついている素振りがあるならばこの場で切り捨てればいいし、本当ならばそれでいい。

 今大事なのは彼女達が敵を庇っているかどうかであり、それ以外は真希にとってどうでもよかったのだ。

 

 そして真希にとって、衛藤可奈美と十条姫和を逃がす手伝いをした安桜美炎と瀬戸内智恵の居る調査隊という存在は、限りなく黒に近いグレーという位置にある。

 もし事前連絡が無ければ、そして少しでも不審な動きを見せようものなら、何の迷いもなく御刀を抜き放って全員を切り捨てようとするくらいには疑いの目を向けていた。

 

「動かせる車に余裕があったなら、君達を送り届けてあげても良かったんだけど……申し訳ないが、動かせる車は無いんだ。今はね」

 

「……なにかの作戦中なのですね?」

 

「そんなところかな」

 

 真希のピリピリした空気はそういう事だったのかとミルヤは納得する。しかも真希が自ら前線に出るなんて、よほど大事な作戦なのだろう。

 真希がピリピリしているのは調査隊の影響が大いにあり、しかも自分達が疑われている事など全く想像もしていないミルヤは、期せずして邪魔をしてしまったと申し訳なさを抱いた。

 

「……申し訳ありません。どうやら作戦の邪魔をしてしまったようで」

 

「気にしなくていい。事前連絡はあったからね。無かったら切りかかっていたかもしれないが」

 

 真希は怒るでもなく、しかし調査隊にとって恐ろしい事をしれっと言い放ちながら背を向ける。そして歩き出しながらミルヤ達に言った。

 

「着いてこい。休む場所くらいなら提供できる」

 

「……え?」

 

「君たちの面倒を見る義理は無いんだけど、ここで倒れられても寝覚めが悪い。即席の拠点だから居心地は保証しないが、無いよりはマシだと諦めてもらいたいな」

 

「……あ、感謝します」

 

 どうやら真希は自分達を助けてくれるようだ。疲れた頭でそれを理解したミルヤは、言葉を理解するのに一瞬時間をかけた後、真希に頭を下げた。

 後ろでハラハラしながら事の成り行きを見守っていた美炎と智恵や清香も、遅れて頭を下げる。呼吹だけはそっぽを向いていたが、それに気付いた智恵が手で無理やり頭を下げさせていた。

 

 その直後、ミルヤのお腹から盛大に音がする。それを皮切りにして、背後のメンバーからも次々と。

 年頃の乙女から出すような音ではない。そんな間の抜けた腹の虫に、真希は僅かに毒気を抜かれながら言った。

 

「……食事の手配もしておこう。コンビニ弁当になるが、いいね?」

 

「…………本当にありがとうございます。この恩は何時か必ず返します」

 

「期待しないで待っておくよ」

 

 安心した途端に訪れた空腹に顔を赤くしながら、ミルヤは再び頭を下げた。

 

 

「……それで、あそこに調査隊を押し込んだわけですのね」

 

 寿々花はテントの方を見ながら言った。その表情はどこか不満げだ。

 

「ダメだったかな?」

 

「ダメとは言いませんわ。ただ、あそこには安桜美炎と瀬戸内智恵も居たはずでしょう?

 御前試合の時わたくし達の前に立ち塞がり、体を張って今追っている獲物を逃がした刀使を有する部隊を、よりによって今近場に置いておくのはどうかと思っただけですわ」

 

「……遠まわしにダメだと言われてるんだろうね、これ」

 

 しかし、受け入れてしまったものは仕方ない。今更前言を翻して追い出すわけにもいかないし、よほど疲れていたのか、食事を取った後すぐに寝息をたてた彼女達を起こすのも気が引けた。

 

 それに今後のことを考えると、赤羽刀に限ってだが自由に動ける部隊と繋がりを作っておくのは悪い事ではない。

 

 以前、親衛隊総出で街に繰り出した時に京奈が引き起こした現象にも赤羽刀が関わっている。その現象は未だ解明されておらず、手がかりも殆どないというのが現状だ。

 折神家は技術面で伍箇伝より進んでいて、その点では力を借りる必要はない。しかし、別の視点から見ると何か分かるかもしれない。その別の視点を得るためにも、ここで"貸し"を作っておくのは悪くはないだろう。

 

 そう考えて、寿々花は自分を納得させる事にした。不本意であるが……本当に不本意であるが。

 

「まあ、過ぎた事は良いですわ。もう気にしても仕方ありませんし……邪魔をされなければ何でも構いませんしね」

 

「そう言ってくれると助かる……それで、獲物は見つかったか?」

 

「見つかりましたわよ。どうやら調査隊以外にもネズミが入り込んでいたらしく、今は夜見が分断と誘導をしているところですわ」

 

 その報告を聞いた真希の眼光が鋭くなる。御前試合のあの日から、どんな手段を使って今まで逃げ延びていたのかは知らない。知る気もない。

 必要なのは今まで逃げられていたという屈辱的な事実と、とうとう追い詰めたという現実だけ。

 

 その背後にいるであろう組織の事は、捕まえてからゆっくりと聞き出せばいい。今はとにかく捕まえる事だけを考える。

 

「あまり抵抗するのなら、腕の一本は覚悟してもらわないといけないな」

 

「切り落とすと仰いますの?」

 

「荒魂との争いで腕を食いちぎられた刀使もいる。不幸にもそんな目に遭ってしまう可能性を、一応示唆しているだけさ」

 

 そう言う真希の目は、全くといっていいほど笑っていなかった。

 

 

 

 ────壁があった。

 

 何の変哲もない壁だ。材質は岩石。丁寧に積まれた岩石で造られたそれは、まるで何処かの城の石垣のようである。手で触れてみても、変わったところは感じられない。

 それが遥か向こうの地平線まで広がっていた。これは一体何処まで伸びているのか……。

 

 古来から鎌倉に居を構える折神家に出入りしているからか、石垣というものに物珍しさは感じない。長さという一点を除けば、それは折神家で良く見られる物だからだ。

 

「…………」

 

 と、そこで"あれ?"と疑問が浮かんだ。

 

 そもそも、ここは何処だ?

 自分は確か、衛藤可奈美と十条姫和の両名が隠れていたマンションに奇襲し、呆気なく返り討ちにあって謹慎処分を喰らった筈だが……と。

 

 そう考えていると、目の前の壁に変化が訪れる。

 

 ズズズと引きずるような音を立てながら壁が動き始めたのだ。

 しかもそれはゆっくりと、しかし確実に此方に近付いて来ているようだった。

 

「ーーっ!」

 

 逃げなければ、と咄嗟に判断する。その手に御刀は無かったから自分の純粋な身体能力だけで逃げ伸びなければならないが、幸いにして壁の動きは遅い。

 これなら簡単に──なんて、そう思ったのがいけないのだろうか。次の瞬間には壁の速度が一気に上がった。

 

ひっ……

 

 恐怖が息から漏れる。異様な圧力を伴った壁が自らを押しつぶそうと迫ってくる様子は、まだ幼い彼女の心を軋ませていた。

 

 その光景は、彼女の心に暗い影を落とす事となった出来事の時と変わらず圧倒的な圧力を持っている。

 

 逃げなければ。逃げなければ!逃げなければ!!

 

 ただただ走る。背後から迫る壁から逃れるために、息を切らしても走る。

 その鬼気迫る様子は、たとえ足が千切れようとも壁から逃げるという一種の狂気じみた覚悟が感じられた。

 

「ぁ……」

 

 だが、そんな逃走も長くは続かない。やがて訪れた行き止まりは、彼女に絶望を突きつける。

 

 足掻くな。運命を受け入れろ。

 

 そんな声なき声が聞こえてくる。

 天に向かって突き上げるような、なんで今まで気づけなかったのかが不思議なくらい高い壁が行く手を阻む。

 

 あの時と一緒だ、逃げた先が行き止まり。あの時と一緒だ、自分の力では、どうしようも出来ない。あの時と一緒だ、自分の心から湧き上がってくる恐怖の大きさも。

 だから、この後に何が起こるのかも、きっとあの時と同じ……

 

「いやっ!!」

 

 彼女──もとい沙耶香が意識を取り戻して最初に聞いたのは、凄まじい恐怖が込められた自分の声だった。

 

 怯えながら辺りを見渡せば、そこは見慣れない部屋。混乱している沙耶香には、そこが何やら牢獄のように感じられた。

 

「はぁーーっ……はあーーっ……!」

 

 自分は何をやっていた?

 強制覚醒したせいか頭痛の走る頭で周囲を把握しようとする。それから、自分が居眠りをしてしまっていたのだと気付くのに、それほどの時間は必要としなかった。

 

 呼吸を整えながら居眠りをするまでの自分の行動を振り返り、そこでようやく見慣れない部屋が謹慎部屋である事を思い出す。

 本来の沙耶香なら謹慎中である事を忘れないし、そもそも居眠りすらしないのだが、それをしてしまうという事実だけでも現在の沙耶香がどれほど不調なのかが分かるだろう。

 

 気持ちが僅かながら落ち着いてくると、沙耶香は自分の身体が震えているのが分かった。その理由が、冷房が効いている、というような何てことない理由ではない事など自分自身が一番良く分かっている。

 ほんの少し前に刻まれたトラウマは、時々こうして沙耶香に牙をむいていたからだ。

 

 刀使としても、人としても、色々なものを叩き壊されたあの日から、沙耶香の絶不調は続いていた。

 挫折を知らなかった、高すぎる壁を知らなかった沙耶香にとって、たった一度の敗戦は心に深い傷をつけたのだ。

 

 たかが一回の敗北で、と思うだろう。実際、鎌府内で沙耶香を知っている者は、一回負けた程度でこうなるなんてとバカにしている事が多い。

 だが相対した沙耶香から言わせれば、そいつらは何も分かっていない。尤も、そいつらは外から京奈の力を知っていても、実際に相対した事は無いのだから無理もないが。

 

 敵として向き合い、立ち合って初めて理解()かる絶望や、今までの自信を全て打ち壊す無慈悲な防御力。それを並の精神力の刀使が体験してしまったならば、ほぼ間違いなく御刀の返納という選択を取らせてしまうだろう。

 人が最低限持っている、人を人たらしめるプライドというものまで、あの幼い天才はへし折ってしまうのだ。

 

 期せずして、そんな京奈の犠牲者となってしまった沙耶香は、今、非常に弱かった。可奈美と姫和が逃げ込んだマンションに無念無想を用いて奇襲を仕掛けたにも関わらず、手負いの姫和にすら劣勢になってしまう程度、と言えば伝わるだろうか。

 

 これまで感情が希薄だった沙耶香にとって、初めて強く意識する……せざるを得なかった"恐怖"というもの。それは劇毒のように素早く沙耶香の心に回り、手遅れなほど"恐れ"を染み込ませた。

 

 任務遂行率50%

 

 その数字が、現在の沙耶香の状態を端的に表している。

 

 京奈との一戦以前は100%を誇っていた任務達成率と、鎌府を背負う天才刀使の面影は、今となっては見る影もない。

 ここに居るのは何処までも弱く、何かに怯える年相応の女の子だった。

 

「…………」

 

 不意に沙耶香の腹が鳴った。ここに入れられてから何時間が経過したのかは分からないが、少なくとも夕食時は過ぎているに違いない。

 

 空きっ腹を抱えながらも、これが罰なのだから仕方ないと諦めて動かずにいると、部屋に近づいている足音が聞こえた。

 

「……?」

 

 はて、誰だろうと考える。一番可能性が高いのは高津学長だが、それにしては足音が静かすぎる気がする。彼女はもっと荒々しく音を鳴らすはずだ。

 

 偶然部屋の前を通り過ぎる人とは考えなかった。この建物の中でも端っこに位置する部屋なのだから、ここに用がなければ廊下を通る事は基本的にない。

 そしてその予想通り、扉の前で何か話しているような声がした後、扉が開いた。

 

「あの……ちょっとお話、いいですか?」

 

 そこに居たのは、沙耶香にとっては全く面識の無い筈の他校の生徒。それはやってきた客人も同じはずなのに、あまり気負っていない感じでクッキーを携えてやってきていた。

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