五席目の少女 作:今更とじみこにハマったマン
実は私、コンセプトワークスもデザインワークスも持ってなかったんですよ。でも今日やっとデザインワークスだけ手に入ってテンションが上がっております。いやあ、モチベって大事ですね。
「主任ー。しゅにーん。長船から、何か凄い荷物届いてますけどー?」
助手が主任宛ての荷物を持って主任の研究室に踏み込んだ時、主任は注射器を頑丈そうな箱に入れていたところだった。
「ん?ああ、そこに置いといてくれ」
「了解でーす」
主任にしては慎重に、そして丁寧に注射器を箱詰めしている横で助手は台車から荷物を下ろそうとする。
主任宛ての荷物は中くらいの大きさのダンボールだが、ずっしりとした重みがある。力自慢ではないが非力ともいえない助手が台車から持ち上げて運ぶのに苦労するほどだ。
「重っ!主任、長船に何か依頼してたんですか?」
一体何が入っているのか助手は気になったものの、それは薮をつついて鬼を呼び出すような行為だ。自分の理解を超えるような話が平然と飛んでくるからであるが、かといって好奇心は止めようもない。
ゆえに、この程度の問いかけで留めたのである。
「ああ。新型ストームアーマーの試作パーツをちょっとな」
「新型っていうと、新田さんのデータを元に現在開発中のアレの?」
「それだな。長船はストームアーマーに関しては
「なるほど」
主任が手際よくダンボールを開封していくのを見ながら助手は頷いた。
どうやら主任は長船の研究機関に個人的なツテがあるらしく、そちらに依頼したり、逆に依頼されたりしているのを助手は知っていた。
「それで、そっちの箱は?」
「そっちはアンプル。親衛隊専用に調節した奴だ」
親衛隊専用に調節した、という言葉に助手は何とも言えない表情を作ると、それを箱の無機質な表面に向ける。しっかりした作りの箱は、ちょっとやそっとの衝撃では壊れそうにない。
「これを使う事になると?」
「そうならないのが望ましくはあるがね。万一に備えて用意せよ、というご当主様からの指示である以上は拒否できないのさ」
箱に納められているアンプルは、簡単に言ってしまえば親衛隊専用の使い切りブーストアイテムだ。使えば身体能力の向上は勿論、各々に埋め込まれた荒魂の特殊な能力すらも扱えるようになる代物である。
少々変わった材料を用いている都合上コストは高いものの効果は絶大で、
「これから届けに行くんですね」
「そりゃあそうだろう。これを使う事態が既に起こっている可能性も無くはないのだからね。
あ、配達には君に行ってもらうから」
「はい?」
ついでのように──いや、実際ついでなのだろうが──さらっと放たれた宣告に助手は驚愕を隠せない。というのも、
「あの主任?いま何時だと思ってるんです?」
「そろそろ12時を越えようかというところだな。それがどうした?」
この配達が終わったらベッドに倒れこもうと思っていた矢先の発言だったからだ。
「……伊豆まで、今から?」
「安心しろ。寝るだけなら車内で出来るし、朝日は向こうで拝めるだろうさ」
それだけ言うと、有無を言わさぬ勢いで助手にアンプルの入った箱を持たせる。
いや、車で安眠なんて出来ませんよ。なんてツッコミも主任には意味をなさない事くらい承知していた。傍若無人というか、そういう常識的な配慮がまるっと抜け落ちているのが彼女だからだ。
抗議の目線を送ろうにも、既にダンボールから何かが記された書類に目を通している。しかも助手に背を向けながら。
ほぼ間違いなく助手から抗議の目線を受けると分かっているが故に背を向けたのだろう。
これで子持ちの既婚者なんだから世の中分からないよなぁ……と助手(3X歳、男性・独身)は世の不条理を呪いそうになりながら研究室を出ていった。
この主任の助手となった時から、こういう目に遭う覚悟はしていたし何度も経験しているものの、それでも溜め息の一つくらいはつきたくなりながら。
「………………さて」
助手が出ていってから暫くの後、主任は読んでいた資料を机の上に適当に置くと、大量のパーツが詰め込まれたダンボールを漁り始めた。
そこから小さな長方形のパーツを取り出すと、その接合部をこじ開けるように力を込める。するとパキッという音と共にパーツが真っ二つに割れ、中から1枚のチップが現れた。
「さてさて、何が出るかね」
迷うことなくそれをスタンドアロンのパソコンで読み込むと、表示されたのはパスワードを求める画面。
主任が迷うことなく一つの単語を打ち込むと、ぴろりんと軽い音が鳴ってデータが閲覧できるようになった。
「ほほう。これはこれは」
そこにあったのは、古い文献をデータに起こしたものであるらしい。原本と一字一句同じである筈のそれらを読み解いていくと、主任の思考は夜だというのに冴え渡っていった。
(なるほど道理で。それなら急な疲労感や倦怠感、圧迫感にも納得がいく)
京奈に現れた症状は、一見すると限界を超えた勤務による過労にしか見えない。だから主任が過労ではないかと口にした時に京奈は納得したし、実際に主任もそうなのではないかと思っていた。
しかし過労にしては僅かな違和感があった。それは本当に少しだけ引っ掛かりを覚える程度のものだったが、主任はその引っ掛かりのために長船のツテを頼って表には出回らない文献を入手するという手段にまで出たのだ。
満足のいく結果が得られない可能性も大いにあったが、結果は大当たり。貸しを一つ作ったのは無駄ではなかったのだと主任は思い、新たな知識を得られた事に喜びを感じている。
(だけどこれは……新田さん以外に起こるようなものではないな)
そして一方で驚きも感じていた。何故こんな事を引き起こせるのか、どうしてこう軽々と自分の理解を超えていくのか。
……そう。大体の事なら驚かない主任をして、これは度肝を抜かれるという表現を用いるに値するような出来事だったのだ。
「まさか使い切るとはねぇ……」
まさか、本来なら尽きるはずのない御刀の神力そのものが尽きかけている可能性が高いなど、そしてその尽きかかっている神力を京奈の体力や気力で補填しているであろう事など、想像すらしていなかったのだから。
──刀使の能力は、御刀が持っている神力によって隠世から引き出されている。とされている。
そして御刀が持つ神力の総量は、その御刀に使われた珠鋼がどれだけ神力を帯びていたかに比例すると言い伝えられていた。
御刀は宿した神力が尽きると永遠にその力を喪うとされているが、俗に言う数打物という量産品のランクでも、人間が何百年使ったところで力を喪わないほどだ。今までの歴史がそれを証明している。
その総量が凄まじいのか、それとも御刀の神力を溜め込む力が凄まじいのかは意見が分かれるものの、どちらにせよ、人間が御刀の神力を使い切るのは不可能だという結論に到達していた。
それを使い切る、あるいは使い切る寸前まで酷使する事がどれほど異常な事なのか。正確に理解してしまった主任は身が震えた。無論、歓喜で。
あまりに規格外すぎる事例に主任の口元は自然と緩む。まさかこんな、歴史を見渡しても相当レアであろう瞬間に出会えるなんて。と自分の幸運に感謝すらした。
「これだから研究職は止められない……!この瞬間を待っていたんだ」
未知の領域に誰より早く足を踏み入れる。珍しい事象にこの手で関わる。その歓びを得るために、彼女は夫に許可を得てまで研究棟に泊まり込んでいるのだ。そう、全てはこの瞬間のために。
この歓びを得るためなら、たとえ折神紫が何であろうと気にするものか。
「だから私は、そちらに行かないのさファインマン。なんていったって、最高の研究対象が此方には居るんだから」
データの最後にチョロっと書かれていた、私情の篭った誘いの一文にそう答えた。
(だがこれは由々しき事態だ。このままだと、少し動くだけで新田さんがまた疲労を蓄積してしまう)
もし予想が正しければという前提にはなるものの、このまま放置していていい問題でないのは確かだった。
もし御刀が喪いかけている神力の代わりに京奈から気力や精神力を吸い上げて代用しているのだとするなら、このまま同じ御刀を使い続けるのは危険だ。最悪、戦闘中に写シが切れたりする事態が起こりかねない。
「次を用意すべき、か」
この問題を解決する最も有効な手段は、京奈に適合する御刀をもう一振り見つけて、それに装備を変更する事だ。そうすれば京奈の身体の不調も元通りになり、刀使としても復帰できる筈である。
ただ、全国に数多ある御刀の中から本人に適合する一振りを見つけ出すのは容易な事ではなく、更に京奈が母親の形見でもある今の御刀を手放すとは思えないが……。
「……ん?」
主任が設置している監視カメラの映像を幾つも映したモニターに、珍しい来客の姿があった。
その姿を見た主任が急いでデータを片付けると、ノックも早々に扉が開かれる。その来客は入ってくるなり、軽く鼻を鳴らした。
「ふん。あいも変わらず辛気臭い場所だな、ここは」
「入ってくるなりそれとは御挨拶じゃないか高津学長。コーヒーでも飲むかい?」
珍しい、という単語で分かるように、普段は高津学長が此処を訪れる事は無い。そんな彼女に主任がコーヒーでも淹れようかと提案するが、その提案に高津学長は顔を顰めた。
「いらん。それよりアンプルを一本、プロトタイプを」
「プロトタイプを?……なるほど、入れ込んでいる彼女を近衛にする気か。
しかし今の彼女が使い物になるかね?あれは恐怖心を完全には消せないぞ」
「うるさい!どうせ出来ているんだろう?さっさと出せ」
「はいはい」
言われるがまま主任は中身入りの注射器を一本出すと、それを高津学長に向けて軽く放った。
片手で受け取った高津学長はまじまじとそれを見つめると、それをポケットに仕舞ってから身を翻す。
「では失礼する」
用事は終わったと言わんばかりに足早く出て行く高津学長の後ろ姿を主任はコーヒーを淹れながら見送った。
「そういえば近衛兵なんてのもあったなあ……」
至極どうでも良さそうに、そんな事を呟きながら。
「まず聞きたいんだが、貴様たちは何者だ?ファインマンの仲間……という大雑把な情報ではなく、もっと詳しい説明を寄越せ」
街灯が疎らにしか存在しない夜の山道を4人が歩く。アスファルトで舗装されているものの、時間が遅いからか、そこを通るものは他に存在しなかった。
「一言で言えば、折神紫率いる変革派に喧嘩を売っている保守的な組織、というところデス」
「つまり、姫和ちゃんとやってる事は同じってこと?」
「折神紫を打倒する、という目的は同じですネ。私達は、御刀と刀使の関係を昔ながらの在るべき姿に戻す……それを目標に掲げていマス」
「要は、折神家の中央集権制を潰したい奴らの集まりって事だ」
薫の身もふたもない乱暴な物言いに姫和は微妙に嫌そうな顔をしたが、言っていることそのものは間違っていない。エレンの言い方がオブラートに包まれているだけである。
「その折神家の中央集権制を打倒するための戦力として、私達を欲している……といったところか」
「yes!流石ひよよんは察しがいいデスね」
「……ひよよん?」
「十条姫和だから、ひよよん。わかりやすいデショ?」
姫和とエレンは先程まで斬った斬られたの戦闘を行っていた敵同士だった。にもかかわらず、まるでそんな事は無かったと言わんばかりのフレンドリーさに加えて、あだ名まで付けてくる。そこの辺りにエレンという人間の破天荒さを感じずにはいられない。
「…………まあ、それはいい。それより私達を匿ってくれた恩田さんは、やはり貴様たちの仲間なのか」
「モチロン!グラディは舞草の一員ですよ」
「舞草……それが組織の名前か?」
「保守派が名乗るネーミングとしては、これ以上ないほどフィットしているでしょう?」
ここでようやく、姫和の中で勢力図のようなものが大雑把に完成した。
日本刀源流の地と呼ばれている場所の名を持つ組織が、折神紫率いる改革派に抗っている。どうやら舞草とやらは折神家に存在を上手く検知されずに今日まで潜んでいたらしいが、そろそろ反旗を翻そうとしていたようだ。
「まあ、オレ達の出鼻を挫くように動いた馬鹿共のお陰で、大幅に作戦の修正をせざるをえなかったんだが」
「ね〜〜」
「仕掛けるにはあのタイミングが最善だと思っただけだ!今まで接触すらしてこなかった奴らの作戦や事情など分かるはずがないだろう!!」
薫の発言に少々イラッときた姫和がそう言い返し、続いて薫の横を浮遊しているねねを指さした。
「というか、貴様は刀使ではないのか!?何で荒魂と行動を共にしている!」
「ねねっ?!」
「むっ、こいつをそこらの荒魂と一緒にしてくれるな。ほら」
そう言って薫が姫和に突きつけたのは、刀剣類管理局から支給されているスマートフォン。そこにインストールされている荒魂の存在を感知する刀使の必需品、スペクトラムファインダーは『NO DETECTION』と画面に表示していた。
「反応無し?……私のもか」
まさかと思った姫和が懐からコンパスのような見た目をした旧式のスペクトラム計を取り出してみるものの、そちらも反応が無い。
「こいつはねね。刀剣類管理局からも正式に認められてる
「貴重なサンプルとして、その道の人達からは大人気なんデスよ?」
「うっわー!姫和ちゃん姫和ちゃん!見て見て、この子の頰っぺた凄い柔らかいよー!」
浮いていたねねに恐れることなく近寄り、迷うことなく頬を指でつついて喜んでいる可奈美は、ここだけ見れば普通の女学生にしか見えなかった。
「ちなみに一部の女子にも結構人気デス。ちょうど、あんな感じで」
「おい可奈美。今はそんな事をやっている場合では……」
只今絶賛逃走中だというのに、それを全く感じさせない気の抜けた光景に姫和が苦言を呈そうとしたところで、ねねが見つめてきている事に気がついた。
「ねー」
「な、なんだ?」
その目に悪意は感じられない。ただ純粋に何かを見極めようとしているかのような目線に姫和が僅かにたじろぐ。
少しして、ねねは姫和から目線を外して目を閉じた。
「ねっ」
……どういう訳か、「あ、これダメだわ」みたいな鳴き声と一緒に。
「は?」
「ああそうだ。ねねはデカい胸が好きでな。今デカい奴はモチロンだが、将来デカくなる可能性のある奴らにも懐くんだ」
なんだそのエロ獣。そんなツッコミを心の中でしてしまった姫和は間違っていないだろう。
いや待て。じゃあ今ねねが可奈美に抱き抱えられて幸せそうにしているということは、そういう事なのか?
いやいやそれよりも、姫和に対する今の反応。可奈美との態度の差が露骨すぎるが、つまりこれは……
「私に希望が無いとでも言いたいのか?!イヤミか貴様……ッッ!!」
「ちなみに、ねねの見分ける力は的中率100%だ」
無慈悲な薫からの追撃で更にダメージは加速した。
同時に納得する。だから"一部の"女子にしか人気が無いのだろう。一部分のみとはいえ、知りたくもない現実を突きつけてくるのだから。何が悲しくて自分の胸の貧しさを将来性含めて突きつけられなければならないのだ。
やはりコイツ、討伐した方が世の平坦な女子達のためなのでは?と半ば本気で姫和が思っていると、ねねが可奈美の腕から飛び降りた。
「ね"っ!ね"ね"ーっ!!」
「おい、どうしたねね?」
小さな身体で精一杯威嚇している様子は、どう見たって普通ではない。エレンが咄嗟にスペクトラムファインダーを覗いてみても無反応。
何なんだと首を傾げていると、姫和が焦ったような声をあげた。
「んなっ!?」
「姫和ちゃん?」
「スペクトラム計があらゆる方向に反応している……囲まれているぞ!!」
姫和の掌にある旧式のスペクトラム計は確かに反応を示している。どういう事だ?とエレンの目つきが厳しくなった直後、
「来る!」
──夜が溢れた。