五席目の少女 作:今更とじみこにハマったマン
コソッ
(……ああ、やっとか)
御前試合の時から殆ど変わらぬ2人を視界に収めた時、真希が最初に思ったのは"待ちくたびれた"だった。
よりによって紫を襲った犯人を取り逃がすという失態を演じてしまったあの日から、やけに一日が遅く過ぎたような気がする。1時間が1週間に匹敵するほどといえば、その体感時間の遅さが分かることだろう。
その体感時間の遅さは、真希が溜め込んだ自分への怒りと失望に比例しているのだが、それを本人は気づかない。
気づけないほど溜め込んでしまっているからだが、やっと、やっと自らの手で彼女達を切り伏せられる。そう思うと、今まで溜め込んでいたフラストレーションが何処かに消えていくようだった。
「ようやくですわね」
寿々花もまた同じ心持ちであるようで、その顔には隠しきれない闘志が伺える。その様子からは普段の淑女らしさが欠片も見当たらない。
「ああ」
「ふふっ。真希さんは待ちきれないご様子ですわね?」
いつにも増して硬い返事。それが緊張からでなく、もっと別の感情から生じている事など寿々花には分かっていた。
「当然だ。紫様に御刀を向けた愚か者を誅するこの日を、どれほど待ちわびた事か。それは寿々花が一番良く分かっているだろう?」
「ええ。わたくしもまた、それを待ちわびていた1人ですもの」
親衛隊という役職に誇りを持っている2人は、今回の反逆者騒動では特に尽力していた。
親衛隊に、そして紫の評判に泥を塗った2人を決して逃がしはしないと深く意気込んでいたからだが、その様子は結芽から少し引かれるほど。と言えば凄まじさが伝わるだろうか。
とにかく、真希と寿々花は今非常にやる気があった。行き過ぎて"殺る気"に変わってしまうほどに。
「随分と好き勝手やってくれたね」
そんな真希が発し、夜見の操る荒魂によって分断させられた可奈美と姫和に届いた声には、感じ取れるだけでも相当な怒気が込められている。
「お前達は!」
「親衛隊の……!」
その眼光に射抜かれた時、咄嗟に御刀に手をかけた可奈美の背筋に凄まじい寒気が走った。
(なに、これ)
一目見ただけで飲み込まれそうになるほどの怒り。それが可奈美と姫和にのみ向けられている。しかしその立ち振る舞いからは一欠片の隙も見つけだせない。普通、これだけ怒れば少しくらい隙が出来るはずなのに、それが無いのだ。
己の心を律し、感情を発露させながらも所作は冷静そのもの。その様子からは、怒りで手が狂うというようなミスは期待できそうにない。
「お陰で此方は休日返上ですわ。まったく」
「君たちには二つの選択肢がある。抵抗した上で僕たちに斬られるか、それとも大人しく斬られるかだ」
「それは選択肢とは言わん……!」
どうやら真希と寿々花の中では、可奈美たちが逃げ切れるという可能性なんて存在しないらしい。
なんて傲慢だと姫和は憤ったが、そんな傲慢が許されるほど親衛隊の力量が凄まじいことは身を以て経験している。
向こうのコンディションは完璧。対するこちらは先の戦闘の消耗もあり、6から7割といったところ。
勝ち目がないとは言わないが、それは一筋の光よりも細いものだろう。
「まっ、待って!姫和ちゃんの話を聞いてください!!」
張り詰めた空気の中、それでも言葉による対話を試みた可奈美が声をあげた。
いきなり何を言い出すのか、と姫和が眉を顰める。この様子を見れば、何をどう間違えても言葉で退いてくれるとは思えないだろうに。
「折神家の御当主様は──」
だがそれでも、と可奈美は姫和が知っている紫に関する真実を話そうとするが……
「親衛隊第一席、獅童真希」
「同じく第二席。此花寿々花」
これ以上、無駄な時間を過ごす気は無い。とでも言うかのように可奈美の言葉を遮って名乗りを上げた。
それを聞いて戦闘が避けられない事を悟った可奈美と姫和が写シを纏うと、それに呼応するように真希と寿々花も写シを纏い、御刀を構える。
「どうして……!」
「では──行きますわよ!」
可奈美の嘆きは静寂に響いた寿々花の言葉にかき消された。思いきり振り下ろされた御刀が狙ったのは、言葉が通じぬ悔しさを見せている可奈美だ。
「くうっ!?」
それをバカ正直に受け止める事などしない。可奈美は咄嗟に受け流したが、それでも思わず顔を顰めるほどの衝撃が手に響く。
「お前はそいつを相手にしろ!私は第一席の方をやる!」
「ッ!分かった!」
大きな岩の上で切り結び始めた可奈美と寿々花を置いて姫和は下に降りた。真希は動かず、ただ姫和を見据えた。
「殊勝なことだ。わざわざ各個撃破されに来るとは」
「ぬかせ。もし私が第二席の方に向かえば、迷わず背後から斬りかかってくるつもりだっただろうに」
その言葉を真希は肯定しなかった。そして否定もしなかった。ただ御刀を構え、次の瞬間には迅移で突撃してくるのみだった。
「重っ……!?」
真希の攻撃は、思ったより速くはない。もちろん姫和目線での話であって、並みの刀使からすれば十分すぎるほど速いのだが、とにかく姫和にとっては対処可能な範囲内だ。
だが重すぎる。たった一太刀、しかも初撃を受けただけなのに、御刀を取り落としそうになる程の重さが真希の攻撃にはあった。
(どれだけの力を持っている!?ゴリラかコイツは!)
「一撃は防いだか。だがその調子では、いつまで耐えられるかな」
「ふざけるな!」
受けるだけでダメージを与えてくるような剛力の持ち主ならば、その攻撃を避け続ければいい。当たらなければどうということはないのだ。
(速度で翻弄するしかない。私が持っている勝ち筋はそれだけだ)
対人経験、攻撃力、守備力。それらにおいて姫和が真希に勝てない事など理解している。
だが速度は、自分の自慢でもある速度だけは、真希に負けているとは思っていない。そして勝ち筋を見出すとしたら、そこにしか無いだろう。
あまりに細く、何かが間違うとすぐに消えてしまいそうなほど頼りないものだとしても、そこ以外に道が無いのだから行くしかない。
「ふっ!」
真希の攻撃に合わせて迅移を発動し、後退して一旦攻撃範囲から離脱する。そして振り切った真希目掛けて突撃するように再び迅移を発動した。
「はあっ!」
選んだのは姫和が最も得意とする突き。狙うのは真希の胴体。
「っ!」
真希が御刀を切り返し、姫和の突きを横薙ぎで弾いた。ただそれだけで姫和の体勢が崩れそうになる辺りに、八幡力の出力の差を痛感させられる。
(ならばっ!)
姫和は弾かれた衝撃に逆らわず、むしろそれを加速装置として真希の左側へと迅移で回り込んだ。
例えるなら、真希は濁流だ。小細工など容易く蹴散らし、逆らう者は全て飲み込んで突き進んでいく激流そのもの。
だから姫和がやるべきなのは真希という流れに逆らう事ではなく、それに乗った上で流れを制すること。
姫和は御刀を斬りあげた。範囲は程々、すぐに止めて逃げられるようにしながらの軽い一撃だ。
臆病だと言われるかもしれないが、大振りな攻撃なんてしようものなら即座に真希からカウンターが飛んでくるであろうと確信しての事である。
「臆したか。ならば……」
「不味っ……!」
だがその一撃は、まるで分かっていたかのように合わせられた真希の攻撃と激突し、当然のように競り負けた。
一手先を行かれた姫和は、真希の攻撃が写シに到達するまでの一瞬で僅かに体を捻る事しか出来なかった。
「切り落とさせてもらう!」
「ぐうううううっ!!」
姫和の写シに届いた攻撃は、いとも簡単に左腕を肩口から切り落とした。写シの上からとはいえ、実際に切り落とされたのと殆ど同じ痛みが姫和を襲う。
歯を食いしばって辛うじて意識を失う事は避けられたものの、気を抜けば膝をついてしまいそうだ。
「姫和ちゃん!!」
「余所見をしている余裕があって!?」
その様子を横目で見ていた可奈美は援護に向かおうとしたものの、可奈美と相対している寿々花がそれを許す筈がない。
歯痒い思いをしながらも、可奈美は自分の身を守るので精一杯だった。
(この人やっぱり強い!多分、今まで戦ってきた誰よりも!)
自分の考えが読まれている。
寿々花と打ち合い始めてすぐに可奈美が感じたのが、それであった。
まるで分かっているかのように自分の狙いを尽く妨害されてしまうのだ。自分の剣は勿論の事、
(迅移を──)
「あら、どちらへ?」
「っ!」
迅移の発動タイミングや、その移動距離すらも完全に読まれていた。
迅移を使った筈なのにまるで変わらぬ寿々花との距離。一瞬前を焼き増したかのような変化の無さは、ひとえに寿々花の観察眼があってこそだ。
産まれた家が名家であったが故に出席させられた社交界などで、相手の一挙手一投足から考えを読み取らなければならなかった寿々花からすれば、考えを悟らせずに動くコツを持たない子供の考えなど容易に見破れた。
目線の動き、表情、足回り。それら全てから見る事の出来る行動予測を外したことは無い。
「くうっ!」
「さあ、覚悟なさい!」
今はまだ辛うじて食らいつけているものの、それも何時まで続くかは分からない。姫和の方をチラリと見ると、どうやら向こうも不利な状況に陥っているようだった。
強者ではあるものの折神紫には劣る親衛隊を退けられないようでは、折神紫を打倒する事など夢のまた夢。こんな体たらくで、折神紫を倒す事など本当に可能なのか。
崖っぷちに追い詰められている事を自覚している可奈美の脳裏に、ふとそんな弱気が訪れた。
「なんで、話を聞いてくれないんですっ、か!」
「口より手を動かしたらどうですの?ほうら、防御が疎かになっていますわよ!」
「ッ!!」
咄嗟に身体を捻ることが出来たのは、まさに奇跡としか言いようがない。
一瞬の隙に放たれた神速の突きは、可奈美の脇腹を抉り取ったのだ。
「けほっ……!?」
写シに守られてこそいるものの、もし直撃してしまえば上半身と下半身が泣き別れること必至の一撃は、可奈美の写シを剥がし、更に意識に多大なダメージを与える。
(なん、で──)
それでも辛うじて、朦朧とした意識に活を入れて立ち上がると、今の一撃が如何に異常なのかに気付いて戦慄した。
(──っ!なんで突きだけで身体を抉るほどの威力を出せるの?!)
あまりに不可解だった。力を溜めていた訳でもない突きで人体を抉るなど、真希のような力を持っていても不可能な筈だ。
しかし現実として可奈美の写シは抉れた。しかもそれをやったのは、とてもじゃないが剛力には見えない寿々花。
ここで、なにかタネがあると可奈美は気付く。もっとも、気付けたところで意味は殆ど無いのが悲しいところだが。
「……おっと。わたくしとした事が、自分で思っているよりも熱くなってしまっているという事かしら」
膝をつくという特大の隙を可奈美が晒しているにも関わらず、寿々花は追撃を入れずに目を閉じて何か呟いていた。
舐められているとしか思えないその態度は、弱気だった可奈美の心に火を灯す。
「……良いんですか。そんな油断した姿を見せて」
「油断?違うわ、これは余裕よ」
近くで御刀を交えている真希と姫和の剣戟音さえ遠ざかるほど集中した2人は、再び同時に迅移を発動した。
◇◇
「──ら美炎。起きなさい、安桜美炎」
「んぁ?はーい……」
美炎が重たい瞼を開けて真っ先に見たのは、どこか険しい表情をしたミルヤの顔だった。
「…………あれ?ミルヤさん、どうして美濃関に……」
「ここは美濃関ではなく伊豆ですよ。それより寝ぼけている場合ではありません、荒魂です」
「あらだま……ああ……荒魂!?」
ワンテンポ遅れる美炎の反応に、これは大丈夫なのかとミルヤの脳裏に不安がよぎる。寝起きということを加味しても、警戒心が足りなさすぎた。
「すぐに準備をしてください。既に瀬戸内智恵と七之里呼吹が戦っています」
「はっ、はい!」
ミルヤがテントから飛び出し、ワンテンポ遅れて美炎も飛び出す。飛び出した2人が見たのは、ちょっと前まで寝ていたにも関わらず元気いっぱいに駆け回っている呼吹の姿だった。
「ハハッ!イイぜイイぜ荒魂ちゃんたち!!もっと満足させてくれよ!」
「ちょっと、あんまり前に出ると危ないわよ!」
「え、えいっ!」
暴れ回る呼吹をフォローするように智恵が追従し、隙だらけな背中を守っている。
その近くで清香はおっかなびっくりといった様子で御刀を振るい、地味だが着実に数を減らしていた。
「お待たせしました!」
「ごめん、遅れた!」
その中に2人が飛び込む。残っている荒魂の数は多くなく、更には弱い事もあって、全てを討伐しきるのにそれほどの時間は必要なかった。
「これで最後か……」
「助かりました。ありがとうございます」
「いえ、当然のことをしたまでです。それより被害状況はどうなっていますか?」
機動隊員の被害はゼロ。拠点の前の道路はヒビ割れてしまったために補修が必要になるが、人的な被害は出なかったのは幸いだった。
「それにしても運が悪い。親衛隊が全員出払っている時に来るとは……」
「でも、なんで此処に……いや、荒魂が来る時は来るっていうのは分かるけど」
「恐らく私たちが居るからでしょう」
「御刀に引き寄せられたのかもね。荒魂が刀使を、厳密に言えば御刀を優先して狙うのは有名な話だから」
ここにいる機動隊員は刀使ではないので、荒魂に対する有効な攻撃手段を持ち合わせていない。現代兵器も足止めにしかならない荒魂は、刀使以外の人間には小型でも絶対的な脅威だ。
もしかすると人的・物的共に多大な打撃を受けていたであろうことを思うと背筋が寒くなるようだった。
「じゃあ……このままここに居るのはマズいってこと?」
「そうとも限りません。人間の気配を感じ取れば、どの道荒魂は向かってきます」
「よしっ!じゃあ荒魂ちゃんをぶっ殺しに行こうぜ!」
「ちょっ!?七之里さん話を聞いてたの?!」
今の話をどう解釈したのか、呼吹が森の方へと歩き出す。美炎が思わずツッコミを入れると、呼吹は歩みを止めずに言った。
「ああ?だから荒魂ちゃんを根こそぎ潰せば良いって話だろ?先行ってるぜ!」
「そうじゃなくて………ああ待って!」
美炎が止めようと手を伸ばしたが、それをひらりと避けて森の奥へと飛び込んでいく。
いきなりの独断行動に絶句していたミルヤは、しかしすぐに指示を出した。
「七之里呼吹の単独行動は今に始まった事ではないとはいえ……とにかく追います!瀬戸内智恵は此処で待機、安桜美炎と六角清香は私と来い!」
「ああもう、なんでこうなるかなぁ……!」
「七之里さんは戻ってきたらお説教ね」
「うぅ。まだ戦うんですね……」
それぞれ固有の反応を返しながら、智恵を抜いた3人は呼吹の後を追って再び山の中へと潜っていくのだった。