五席目の少女   作:今更とじみこにハマったマン

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確立

 

「ふーん。ふんふんーふん♪」

 

 たったかたったか。たんたんたーん。

 

 そんな調子の軽さで、結芽は鼻歌と共に長い廊下をスキップで進んでいた。

 薄い紫っぽい髪を上下に揺らしながら時々くるりと横に一回転して、まだ陽光が眩しい時間帯の廊下をぴょんぴょんと跳ねていく。

 

「ぴょんぴょんぴょーん」

 

 1回飛び跳ねる度に長いスカートがフワッと浮かび、その細い足を包む白いストッキングが煌めいた。

 

「どこかなどこかなー?」

 

 たまに目についた窓を開け放って外をキョロキョロを探してみたりするが、お目当ての人物には一向に巡り会えていない。

 

「部屋は見たでしょー?外には出てないって紫様が言ってたしー、後は……うーん。どこだろ」

 

 もう10分ほど探しているが、未だに影も形も掴めていなかった。これは単に自分の運が悪いのか、それとも自分から意図的に逃れ続けているのか。

 ……後者は無いか、と結芽は思い直した。今までそんな事が出来る素振りは見せてこなかったし、もし出来るのなら、とっくの昔にやっているだろうから。

 

「……みーつけた」

 

 だからさっき見た筈の外にその姿を見つけた時、やっぱり自分の運が悪かっただけか。と納得した。

 そして結芽は開け放った窓の枠に足をかけて飛び出し、空中へその身を踊らせた。

 

 普通であれば数秒と経たずに地面に落ちる行為だが、結芽はあらゆる意味で普通とは程遠い存在だった。

 およそ少女とは思えぬ──そして刀使であれば一般的な脚力をもってして、普通では考えられない距離を飛んだ結芽は、肌身離さず身につけている愛刀の柄に手をかけながら大声でその名を呼んだ。

 

「きょーーなちゃーん!」

 

 京奈が反応するのと同時に、結芽は愛刀であるニッカリ青江を抜き放った。

 

「あーそーぼーっ!」

 

 刀を向けて降下しながら言う言葉ではない。が、結芽にとっての遊びといえば、御刀を使った立ち合いこそがそれである。

 

「うわっ!?っとと、危ないなぁもう!」

 

 飛び退いた場所に、もはや着弾という表現が適切な勢いでもって結芽が突き刺さる。驚きながらも身に染み付いた動きで京奈も刀を抜くと、それを見計らったかのように土埃の中から結芽が飛び出してきた。

 

「あはっ!」

 

 突き、横薙ぎ、逆袈裟から袈裟斬り。右から、と見せかけて左からの攻撃。その全てが常人には見えない速度で繰り出され、それを受け流す。真昼間から少女に似合わぬ刀を振り回す2人は、いつしか写シを纏っていた。

 切り結び、立ち替わり、互いの刃が何度も何度も交差していくにつれて、結芽の口元は気付けば自然とつり上がっていく。

 

 多くの年上の刀使は遊んでいてもすぐに倒れていくのに、守勢に徹してさえいれば、こうまで自分についてこられる同年代がいる。その事実が、結芽の心の中に歓喜をもたらしているのだ。

 

 ニッカリ青江を、いつもの癖で手の中で素早く一回転させてから、持ち前の身軽さでもって相手の疲労を誘う。

 疲れから防御に綻びが見えたら即座に仕留めようと、虎視眈々と必殺の瞬間を待つ様子は、獲物に跳躍するために雌伏している野獣のそれと類似していた。

 

 彼女の見た目は野獣ではなく美女の方だが、その見た目にそぐわない攻撃の苛烈さは、まさしく野獣の如き荒々しさをもっていたのである。

 

 そんな荒々しさと、しかし攻撃一辺倒ではなくフェイントを織り交ぜた巧みな攻勢は、結芽が11歳である事を忘れるような鮮やかさであった。

 そして、それを防ぐ京奈もまた、11歳とは思えぬ守勢の名手である事に疑いの余地は無い。

 

「温まってきたから、ちょっと早くするよ!」

 

「えっ、ちょっ、とっ!」

 

 そう結芽が告げると、迅移でその姿がかき消えた。何処へ、と考える間もなく、己の直感に従って片足を軸に180度近く回転しながら刀を横に薙ぐ。

 すると、刀同士がぶつかり合う音と一緒に京奈の斜め後ろに回り込んでいた結芽と目が合った。

 

「おお、やるねぇ」

 

「まあ、何百回と打ち合ってれば嫌でもねっ!」

 

 刀を振り抜き、今度は京奈が結芽に反撃する。唐竹、切り上げ、右薙ぎ、左薙ぎ。

 それも普通の人間には目で追えない速度だったが、結芽は刀で受けもせずに、ただ避けて避けて避けまくる。

 結芽は暫くそうしていたが、やがてぴょんと飛び退くと、思った事をそのまま口にした。

 

「でも京奈ちゃんってさあ……やっぱり攻めるの下手だよね」

 

「やめて、言わないで」

 

 歯に衣着せぬ物言いに京奈はガックリと肩を落とした。もしこの場を他の刀使が見ていたら、なんと下手な攻めかと逆に感心されるだろう。

 防御という1点のみを見れば、それは紫にすら食い下がれる稀有な才能であると誰もが言う。だが、それとは裏腹に攻めという観点のみで見れば、きっと誰もが"これより下を探すのは難しい"と言うに違いない。

 

 というか、紫にそのような事を既に言われていた。

 

「紫さんにも、お前は攻撃をしない方がいいって言われちゃってるし……やっぱり家系が関係してるのかなぁ?」

 

 京奈の、新田家の家系を遡っていけば、いずれは代々朝廷の門番をしていた家系に行き着くという。

 またそれだけでなく、かつての折神家も守護していたという記録が残っている。そして歴史書には、新田家の者は守備に定評があると主からの信頼も厚かったと書かれていた。

 

 しかし、室町時代くらいの歴史書から先、新田という単語は出てこなくなる。

 一体、新田一族に何があったのかという推測は歴史家達の意見が分かれるところだが、なんの記述も残っていない為に全て憶測の域を出ない。

 

 が、彼女と彼女の母親が現れた事で、どんな事情があったかは知らないが、人目を隠れるように山奥の集落に移動したという説が非常に有力となった。

 歴史書の新田一族と京奈の家が同一であるという物的な証拠は存在しないものの、彼女の家にのみ伝わる剣術は、歴史書に語られるものと非常に似通っているのだ。

 

 歴史書に曰く、門番を務める者に求めるのは、侵入者を撃退するまではいかなくとも門は通さない、あるいは捕縛できるだけの人員が到着するまで時間を稼ぐこと。

 そして、病に倒れぬ丈夫な肉体を持っていること。

 これら二つを望んだ通りに成し遂げる新田家は、最高の門番を輩出する家である。と。

 

 そして京奈が自然に扱っていた剣術は、時間を稼ぐという事に特化している。

 自らは攻めず、しかし相手の目的は妨害する。耐えて耐えて耐え忍び、増援が来るまでひたすら待つ。

 

 そもそもの目的として集団戦が前提となっているため、剣術大会などではまるで役に立たないが、その防御力は紫や結芽が攻めきれないくらい高い。

 ……その代償なのか、攻撃面は新米刀使にすら劣る才能の無さという体たらくだが。

 

 防御に尖りすぎている。それは彼女と手合わせをした者なら誰もが感じる事実であった。

 それを自覚しているから、より一層結芽の言葉が突き刺さる。

 

「そういえば、京奈ちゃんのお母さんも刀使だったんだよね?お母さんはどうだったの?」

 

「紫さんに聞いたら、攻めは苦手だったって。私と同じくらいですか?って聞いたら、無言で目を逸らされたけど」

 

「……じゃあそれ、やっぱり京奈ちゃんの才能が無いだけなんじゃ……」

 

「言わないでっ!」

 

 会話は終わりだと御刀を構える。結芽もそれ以上は追求する気が無いのか、再び迅移を使った高速機動で京奈を翻弄しにかかった。

 

「……うん。慣れてきたかな」

 

 が、もう京奈の目は結芽の機動に追いついてきているらしい。親衛隊入りした当初は何となくで受けていた剣が、今はキッチリと受けられている。

 

「あっそう?じゃあ、ちょっと味を変えてみよっか!」

 

 八幡力を発動して筋力を底上げした結芽は、渾身の足払いを仕掛けた。

 

 結芽の流派である天然理心流は確実に敵を仕留めるということを重視しており、そのために手段は選ばない。

 なので、足払いといった卑怯卑劣と罵られるような事も平然と出来るし、その辺の物を投げつける事もあった。

 

「そう来ると思ってた!」

 

 しかし、京奈は足払いをかけられそうになった足に金剛身を発動して防御力を得る。

 

「その言葉、返すよ!」

 

 結芽からすれば、そんな事は織り込み済みだ。過去何度もある負けパターンのうちの一つが、金剛身で防御力を上げられて、更に不動の姿勢と呼ぶべき姿勢固定を崩せなかった事なのだから。

 

 だから結芽は足払いのために鞭のようにしならせていた足を折り曲げて戻し、短時間しか持たないのが欠点の金剛身を不発に終わらせてから*1思いっきり脇腹を蹴っ飛ばした。

 

「──!?」

 

 結芽は気付いていないが、京奈との立ち合いは自然と彼女の気の短さを矯正する一助となっていた。

 

 京奈との立ち合いは、殆どの攻撃を受けきられてしまう都合上、必然的に長時間に渡る。

 が、そこで焦ったり苛立ちを抑えないで攻め立てれば必ず受けきられて、スタミナが無くなって戦闘不能になり京奈に勝ちをくれてやる事になる。なった。

 

 子供ながらの負けず嫌いを持つ結芽にとって、どんな理由であれ負けるというのは嫌な事だった。

 だから最初に負けて以降、京奈に付き合うように長時間の立ち合いを繰り返していると、自然と気は長くなるしミスを誘う立ち回りなども考えるようになる。

 

「そこッ!」

 

 そして、戦いの最中に見つけた一瞬のチャンスに、自らの全てを叩き込む事も出来るようになるのだ。

 

 京奈を吹っ飛ばした後、一段階目の迅移から一気にトップギアの三段階目に加速した結芽は、もはや縮地と呼べるような速度で突きを繰り出した。

 

「くっ……!」

 

 京奈は辛うじて受ける。が、先程までのように受け流すという事はとても出来ない。

 しかもまだ目が慣れていない三段階目の迅移を使われた事で、形勢は一気に結芽有利に傾いた。

 

 結芽は本当なら一発目の突きで倒す筈だったのだが、倒れていないのは京奈が経験から生じる身内読みをしているのと結芽の気配を感じているからだ。

 だが、脇腹への八幡力全開蹴りに加えて速度の暴力が乗った突きを受けた京奈の体勢は、もう崩れていた。

 

「これで……」

 

 そして、それを逃すほど結芽は甘くない。

 

「終わりぃ!!」

 

 二回、三回とニッカリ青江が閃いた。

 三段突きと呼ばれる創作物でも見られるそれを、結芽は一瞬のうちに放っていたのだ。

 

 必殺の一撃を受けた京奈の写シに二箇所も風穴が開き、バタッと倒れたところで結芽も地面にへたり込む。

 お互いに、もう限界が訪れていた。

 

「〜〜〜〜〜っ!疲れたーーーー!!でも勝てたぁ!」

 

「三段階目の迅移は卑怯だよ……」

 

「へっへーん。勝てばいいんだよ勝てば」

 

 そう言いながら、結芽の心中はスカッと晴れ渡っていた。

 今まで呆気なく手にしていた勝利の美酒というものが、まさかこれほどまでに甘美なものだったとは、京奈と出会うまでは思いもしなかった。

 

 結芽と京奈は6:4で結芽が若干有利なくらいだ。攻めと受けのレベルは同じくらいだが、攻め手の豊富さが結芽に有利をつける理由になっている。

 そんな2人は、暇な時は昼間から剣を交えており、その時間は平均で20分くらい。長い時は30分に迫るくらい動き続けているから、終わった後は決まって凄まじく空腹になる。

 

「あー……お腹減った」

 

「もう食堂行く?お昼には少し早いけど」

 

「そだねー。混んでくる前に行こっか」

 

 お昼のピーク時になれば食堂は凄まじく混むから、その前に行って食事を済ませておくのも、2人のお決まりの行動パターンだった。

 

 そよそよと優しく吹く風が、歩き出した身体から戦いの余熱を奪っていく。

 空きっ腹を抱えた2人は、その風に背中を押されるようにして食堂へと向かっていった。

 

 

 数ヶ月も経てば、折神家の中での京奈の定位置も大体決まってくる。

 

 それは例えば昼間に居る場所だったり、食事の時はどこら辺の椅子に座るかだったり、誰と行動を共にするかだったりというものだ。

 

「あ"あ"ーじみ"る"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"」

 

「ダミ声やめなよ、みんな見てるじゃん」

 

 窓際は眩しいからという理由で窓からは遠い出入り口の近く。そこが2人のいつもの場所。

 たまーに真希とか寿々花と食べる時は違うところに座る事もあるが、基本的にはそこにしか座っていなかった。

 

「仕方ないじゃん。スポドリ飲むと疲れた身体に染みるんだから。はい」

 

「ありがとう。でもやらないからね……そんな目してもダメ」

 

 そして結芽とは歳が同じという事もあって共に行動する事が多く、結果として2人はワンセットとして扱われるようになっていた。

 京奈の守備ガン振りの尖ったステータスが、結芽の暴走を抑制する働きを持っていた事が一因にあるだろう。

 しかし何より、それを差し引いても2人の仲が良かった事が一番大きな理由だった。

 

 身近な同年代がお互いしかいない上に、まともに立ち合えるのもお互いだけ。

 そんな2人の仲が深まるのは、もう必然と言っても過言ではなかった。

 

「……ピーマン」

 

「食べなきゃ大きくなれないよ」

 

「苦いからやだ」

 

「だめ。食べて」

 

 とはいえ、いくら仲が深まったといっても譲れない一線というものは存在する。結芽にとってはピーマンやにんじんといった野菜類がそれだった。

 

 じっと見つめ合う2人。見えない刃の攻防の末、負けたのは結芽の方だった。

 

「うう……分かったよぉ。あむっ!」

 

 御刀を用いた立ち合いはほぼ互角だが、食べ物が絡んだ場合、結芽は絶対に京奈には勝てない。

 集落育ちの京奈からすれば、食べ物を粗末にするという行為は殺人に並ぶ悪行である。いくら結芽の頼みといえど、それだけは絶対に見過ごせなかった。

 アレルギーなどのやむを得ない事情があるならまだしも、ただの好き嫌いは許さない。それが京奈の譲れない一線なのである。

 

「よく出来ました。さ、あと少し」

 

「苦い……。なんでピーマンってこんなに苦いんだろ」

 

「それはー……なんでだろうね?」

 

 うぎゃーと悶えながらピーマンを碌に噛まないでどうにかこうにか飲み込んでいく結芽を、京奈は味噌汁を飲みながら見守っていた。

 

「ああ、やっぱりここに居たんだ」

 

 そんな時、真希が食堂にやって来た。この時間では珍しい来客に、京奈は味噌汁のお椀を置きながら聞いた。

 

「あれ、真希さん。どうしたんですか?お昼ご飯にはまだ早いですけど、食べに来たとか?」

 

「残念だけど、それはまだだね。今来たのは、京奈を紫様がお呼びしているからさ」

 

「紫さ……まが?」

 

 さん、と呼びかけたのを無理やり様に直したから、一瞬言葉の間に隙間が空いた。

 

 折神家の内部では、紫の事は様付けしないと不敬扱いされるらしい。

 そう気づいたのは、さん付けした時に周囲から微妙な顔をされてからだった。

 

「詳しくは聞いていないけど、会わせたい人がいるらしい」

 

「じゃあ急がなきゃダメかな……分かりました。結芽ちゃん、ピーマン残しちゃダメだからね」

 

「大丈夫。いってらっしゃーい」

 

「不安だなぁ……」

 

 残り少ない味噌汁を飲み干して手早く食器を片付けてから、京奈は紫が待つ執務室へと向かっていった。

 

 ……その後、残された結芽がピーマンを残したのは言うまでもないだろう。

 

*1
この時の京奈は気力が尽きかけていたため、唯でさえ短い持続時間が更に短くなっていた

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