五席目の少女 作:今更とじみこにハマったマン
刀使というのは分類としては国家公務員であり、広義的には警察組織である。
そして世間一般から見れば、彼女達は荒魂をやっつけるヒーローのような存在だ。
荒魂が如何にも怪物然としたデザインであり、刀使が超常的な力を操る事も、そういう認識になる一つの原因だろう。
そんな刀使を題材にした漫画・アニメやドラマは多く、また、ニュースやワイドショーなんかでも刀使に関する話題が1度は絶対に出る事から、刀使は常日頃からカタチを変えて人々の目に触れている。
要は、かなり話題性が高い職業であると言えた。
そんな刀使だが、本来の業務である荒魂討伐の他にも、アイドルのようにメディア露出の役回りをする事も多い。
これはしばしば荒魂との争いで欠員が発生する刀使の負の方向を誤魔化す為のプロパガンダ的な意味合いを多分に含んでいて、数の多さが大切な刀使を欠かさないようにするという意図がある。
そして、刀使の頂点に立っている折神家の親衛隊は、そういった話が回ってくる事が特に多かった。
「なんで僕まで……。こういうのは寿々花の役割だろう?僕より寿々花の方がウケはいいんだから」
「あなた、それ本気で言っていますの?」
写真撮影を終えて休憩時間、真希のボヤきに寿々花はそうツッコミを入れた。
異性同性を問わない人気の真希は、こういった場に呼ばれる事が多い。が、その人気の高さを本人は全く理解していなかった。
だからこそのボヤきであり、それを分かっているからこその寿々花のツッコミである。
「ねー京奈ちゃーん。私もう飽きたんだけど。外に出て御刀振り回してて良いかな?」
「あと少しだから、ね?」
こういった事に慣れていない結芽は早くも飽きが来ていて、それを京奈に宥められていた。
「…………」
そして夜見は普段通り無言でじっとしていた。
今日は、京奈を迎えて新たに5人となった親衛隊へのインタビューを受けるのと5人の集合写真を撮ってから、個別に何枚か撮るのが仕事である。
しかし、親衛隊が居ないなら紫の護衛は誰がするのかという話だが、どこから嗅ぎつけたのか鎌府の高津学長が自慢の刀使を一名護衛として用意していた。
こういうのも初めてで落ち着かないらしく、しきりに指で髪をクルクルさせながら京奈は寿々花に言った。
「それにしても、親衛隊ってこんな事までしてるんですね。初めて知りました」
「わたくし達だけでは無いですわよ。伍箇伝の優秀な刀使達は、皆がやっている事ですわ」
世界的に少子化が進む近年、人員の確保は何処も頭を悩ませる難題だった。
そんな御時世でも刀使を集めようと、伍箇伝と呼ばれる刀使訓練学校の5校は、様々な取り組みを行っている。
その一つが、このメディア露出だった。
例えば折神家と併設されている鎌府女学院の場合、鎌府の学長が気にかけている
彼女も天才と持て囃されていて、結芽が密かに戦ってみたいと思っている刀使の1人だ。
「それにしても、なんか私にばっかりカメラが向いてたような……」
「当たり前でしょう。今回の主役は京奈なのですから」
「え?……なんでですか?」
「何故って、親衛隊の新たな入隊者ですし。それに最近は、戦場での活躍も目覚しいではありませんの」
京奈は最近、荒魂討伐の度に戦場に駆り出されていた。
理由は単純で、彼女の医療剣術が隊員達の死亡率をほぼ0%にまで下げたからだ。
彼女と患者の気力さえあれば、どんな傷だろうと即座に全回復する医療剣術は、今までなら助からなかった重症の隊員の命を助ける事に成功している。
そんな事を何度も繰り返しているから、京奈の人気は親衛隊の中でも特に現場に出る男性から高い。
命を救うという観点だけで見れば他の刀使と同じ事をしているが、機動隊員達にとって刀使というのは会話も交わせない隔絶した存在である。
身近にやって来て献身的に声がけまでしてくれる京奈とでは、有り難みの度合いが違ったのだった。
特に後者は、瀕死から蘇生させてくれるという事実が大きい。助からないが助かったに変わった時、命が救われたという歓喜と感謝の念は、留まるところを知らないウナギ登りである。
「ああ、京奈の評判は聞いてるよ。同じ親衛隊として、僕も鼻が高い」
「そんな大した事はしてないんですけどね。この力が無かったら、私なんて……」
「だけど、その力が京奈にしか扱えない以上、その力は間違いなく京奈のものだし、人を救っている事実は変わらない。誇っていいと思うよ」
「ですけど……」
真希の言葉に京奈は黙った。そんな京奈に背中から体重をかけながら、結芽は京奈の頬に指を突っ込んだ。
「うりうり」
「結芽ちゃんやめて」
「やめれませーん」
最初は片方の人差し指だけだったのが、直後に両方から頬に指を突っ込まれている。
離そうにも背中に乗られているし、しかも腕をまわされて密着しているから逃げる事も出来ない。
「やめてってば。もう……」
「京奈ちゃんって頬ぷにぷにだねー。なんか、ずっとつついていたくなっちゃうよ」
ほれほれと突っついている結芽と抵抗する京奈。京奈の顔からは、いつの間にか困ったような笑顔が零れていた。
「……ふふ」
「どうしたんだい。なにか変なところでも?」
「いいえ。ただ結芽があんな風に、誰かを気遣うところなんて初めて見ましたから」
どちらかというと、人を煽る方が得意なはず……というか、煽る姿しか見た事が無い寿々花にとって、不器用ながら気遣う結芽の姿は初めて見るものだった。
「つまり、それくらい京奈を大事に思っているって事だろうね。結芽にとっては初めての友達だし……ああいう事を出来る人も、今まで居なかっただろうから」
寿々花と真希はそれを見て嬉しく思う。
刀使としての力だけを見ていると忘れがちだが、彼女はまだ11歳の少女。しかも幼い頃から病に伏せっていて、更に両親からも見放されている。
とある事情から体は動けるくらいに回復したが、心の隙間は埋まっていなかっただろう。むしろ年月を重ねる度に開いていっていたのかもしれない。
そんな時に初めて出来た友達は、色んな意味で特別な存在になっていったに違いなかった。
「……なんで笑ってんの?」
「結芽は素直じゃありませんのね」
「ちょ、寿々花おねーさん何いきなり言ってるの!?」
「素直?」
「京奈ちゃんはいいの!えいっ!」
明らかに図星な反応。この手のやり取りに慣れていない事を身体で表現しながら、バレたという事実から目を逸らすように結芽は京奈の頬を指で連打しはじめた。
位置の都合で京奈は見えていないが、結芽の顔は真っ赤である。滅多に見られない照れ隠しに寿々花は更に笑みを深くして、その様子を見続けた。
「ちょっと、流石に少し痛いって!」
「知らなーい!えいえいえいえいえい!」
「本当に、仲睦まじくて何よりですわ」
「ああ。全くだ」
「見てないで止めてくださいよー!」
休憩時間めいっぱい、京奈は頬をつつかれ続けたのだった。
「まったく、結芽ちゃんのせいでほっぺたが赤くなっちゃったじゃん」
「文句は寿々花おねーさんに言ってよ」
そして撮影終わりの帰り道。5人は敷地の中を歩いて帰っていた。
「それにしても、昨日は社長で今日は撮影かぁ……。なんか、芸能人の苦労が少し分かる気がする」
「あ、昨日のって社長さんだったんだ」
「うん。お母さんに命を救われたって言ってたけど」
京奈の母親は刀使として引退する原因となった20年前の大災厄までの間、刀使の間はもちろん世間一般にもその名を轟かせていた。
もともと刀使は注目されやすい職業であるが、それを差し引いても凄まじい──紫に勝るとも劣らない──人気を持つ刀使であったのだ。
そんな彼女に救われた1人であるのが、京奈が昨日面会した有名製薬会社の社長であった。
過去に荒魂化した経験のある、彼は若干30歳と社長としては若いものの、その手腕は若いながらも優秀だと言われている。
「私に期待してるって言われちゃったし。なんかプレッシャー感じるなぁ……」
「そう気負う事はありませんわよ。いつも通りにやっていればいいんですわ」
「それに、いざとなったら僕達もいる。何かあれば支えるよ。全てを京奈1人だけが抱える必要は無いんだからね」
この数ヶ月の付き合いで、京奈は抱え込みやすい性格である事を真希は知った。適度にガス抜きをしてやらないと、気付いたら潰れる寸前だった。なんて事もありそうな性格だ。
だが、ガス抜きに関しては真希はそれほど危惧していない。結芽がほぼ毎日一緒にいるからだ。
彼女は勘がいいから、京奈に違和感があれば気づけるだろう。さっきみたいに、それとなく慰めてあげるに違いない。
「ありがとうございます。……それで、プレッシャーといえばなんですけど」
京奈はチラッと僅かに目を動かして周囲を見ながら言った。
「……さっきから、なんなんでしょう」
「それは仕方ない。僕達は何かと注目を集める立場だからね」
親衛隊は普段から折神家の内部で仕事をしている。そしてその都合上、外に出る事は滅多にない。
それだけでなく、親衛隊の──特に真希が女子からの人気が高い事も合わさって、5人は周囲の人間からの注目の的だった。
今歩いているのは鎌府女学院の生徒が使うような施設の無い場所だが、既に多くの女生徒が左右を塞いでしまっている。
左右から断片的に聞こえてくる話を聞いていると、わざわざ練習を中断してまで真希を見ようとやって来ている人もいるくらいだ。
それほど人気である事の証明だが、当の本人は頭が痛い。
「……まったく。なんで僕なんだか」
「に、人気なんですね……」
「特に何もしていない筈なんだけどね。いつの間にか、こうなっていたんだ」
何もしていないわけはない。その紳士的な振る舞いとナチュラルに「君を守るよ」とか言ってしまう天然ジゴロなところがウケているのだから。
狙ってやってると言われても仕方ないが、それを無自覚にやってのけるのが獅童真希という者だった。
「まあ、そんな事はいいよ。それより、この後の予定は?」
「わたくしは荒魂の調査に、夜見は再び紫様の警護……でしたわよね?」
「ええ」
「私はこの後、研究棟の方に行くことになってます」
医療剣術が発生させる現象の研究は急速に進んでいて、それは凄まじい恩恵を齎していた。この数ヶ月だけでも、既に既存の枠を超えた技術が幾つも誕生している。
今日は、その恩恵で製作されるという試作装備の実験データを取るのが仕事だと聞いていた。
「えー!この後は京奈ちゃんと遊ぼうと思ってたのに」
「ごめんごめん。帰ったら遊んであげるから」
「ぶーぶー」
「そう拗ねない。僕でよければ相手になるよ」
これは珍しい。と京奈は思った。この数ヶ月だけでも、真希の並外れた忙しさは知っている。
その真希が、手合わせを出来るくらいの時間が空いているのは非常に珍しかった。
「真希おねーさんが?珍しいね」
「最近は忙しかったからね。でもこの後は少し余裕があるんだ」
「じゃあ真希おねーさんでいいや!あ、もし京奈ちゃんが早く帰ってきたら混ざってもらうからね!」
「はいはい。早く終わったらね」
京奈も真希と1度は立ち合ってみたいと思っている。それは、まともに戦って来たのがまだ結芽しかいないから、他の人はどんな風に戦うんだろうと気になるからだ。
「じゃあ、私ここだから。お菓子の食べ過ぎはダメだよ」
「はいはーい」
「真希さんも、お願いしますね」
「分かった。結芽にはキツく言っておこう」
「ちょっと京奈ちゃん!真希おねーさんに言うのは卑怯だよ!」
生真面目な真希は加減を知らない。だから、必要以上にお菓子の摂取を口うるさく言ってくるのは容易に想像できた。
今日はお菓子を満足に食べられなさそうだ。そう悟った結芽は微妙に肩を落とした。
研究棟の中を歩く京奈は、一番奥にある最重要区画の方へ向かっていた。
彼女の能力は他国でも類を見ないオンリーワン。まだ調べなければならない事は沢山あるが、その研究から生まれる技術は革命的だと研究者は語る。
彼女はイマイチ凄さが分かっていないが、血走った目でヒャッハーしている研究者達は余程興奮しているのが分かった。
それ故に、他の国から研究成果を抜かれないようにするためにも警備は特に厳重で、刀使が数人常駐は当たり前。場合によっては機動隊すら警護に回すほどだ。
国もこの研究に期待の目を向けていた。それがどれほどの期待度なのかは、追加の研究予算が大きく出た事で分かるだろう。
「……それで、今回の装備はこれです」
「見たところ、普通のS装備に見えるんですけど」
「似てるのは見た目だけですがね」
ただ違うところを挙げるとするなら、所々オレンジ色に輝く筈の部位が今は点灯していないという事と、謎のバックパックが付いているということ。
少なくとも今のところは、そこしか違いが見えなかった。
「S装備は確かに強力ですが、その稼働時間は通常10分ととても短い。その原因はノロと電力の合わせ技で刀使の並外れた動きをサポートするからです。特に問題なのはノロですね」
「ノロを暴走させないよう抑える為に電力を大きく使うって事ですか?」
「まあそんな感じです」
ノロに一定の電流を流し続ければ、その動きを制御できる。それがS装備の性能を支える理論だ。そして、その電流を流すためのバッテリーは小型化した超高性能なものを搭載しているが、刀使が現場に立つ時間的にはそれでもまだ不足している。
だがそれでも、10分というのは凄まじい稼働時間であった。他国の類似品は最大5分で強化幅も低く、更に暴走のリスクが高いのだから、その凄さが分かる。
「実のところ、稼働時間の問題を解消する手段はもうあるんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。ただその場合、S装備の背中に大型電源ケーブルが必要になりますが」
知ってますか?エ○ァ。あれと同じです。と主任は言った。
荒魂が暴れる場所の近くに、都合良く刀使の無茶な機動を賄えるほどの電源があれば良いが、そんなものは無いのが殆どだ。
しかも刀使の並外れた動きにケーブルが切断される危険性もあるし、ケーブルを気にしていては刀使もマトモに動けない。ノロが暴走する危険もある。
だから、手段はあるが使えない。という状態だった。
「それは……不便ですね」
「ええ、なのでケーブルは役に立ちません。だから小型バッテリーに甘んじている訳でした。今まではね」
キランとメガネが輝いた。
「ですが!新田さんが齎した能力の研究成果によって、あるていど解決の目安が立ってきたのです!」
「私の……力で?」
京奈の力は人を治すところにある。と本人は思っているし、周囲の人間もそう思っていた。
だからそれがどうして、S装備の稼働時間問題の解決に作用するのか。京奈には分からなかった。
「ええ。新田さんの能力を解析していくと面白い事が分かりましてね。なんと、新田さんは既存の物ではない謎の力を流し込む事で怪我を治していたのですよ」
「謎のって、分からないんですか?」
「謎です。我々はこれを、刀使が御刀を通して使用している珠鋼の神性と仮定していますが、本当のところはどうなのか分かりません。前例がありませんからね」
刀使の事を調査しようと思ったら先ずは写シの解析から入るのが世界中での研究の定石だった。
だが分かったのは、刀使が肉体を一時的にエネルギー体へ変質させるという事くらい。それがどんな成分を持った、どんな力なのかは分からないのだ。
刀使から切り離された写シの力はすぐに霧散してしまうから、何かで採取して研究。という事は出来ず、かといって刀使そのものに機材をぶっ刺すのは倫理的に宜しくない。
写シを貼っている刀使でも人体実験という枠に入ってしまう以上は、大した手段は取れなかった。
「しかし一つだけ言えるのは、これはとても大きなエネルギーを秘めているということです。しかも人体に直接影響を及ぼせるくらいに濃い」
が、京奈のそれは他に移る事が前提となっているからか、採取しても少しだけ消滅しない。
それを採っては解析、採っては解析と繰り返していると、今まで謎だった部分も分かるようになってきたのだ。
「……それが、どうして」
「このエネルギーをどうにかこうにかして電力に変換できれば、稼働時間を大幅に伸ばしたS装備が作れる。という事なんですよ。その変換装置を小型バッテリーの位置に埋め込めれば……!
まあ、その都合上、最初は新田さんにしか使えない装備になりそうですがね」
とにかく、色々とデータを取る必要があります。と主任は京奈に装備を着るように促した。
「一先ずは、その新・ストームアーマー零号機を装備してみてください。データ採取用なので本来の機能は殆どありませんしノロも入ってませんが、着け心地は変わらない筈です」
「背中の大きい奴が、その変換用の?」
「ええ、試作品です。新田さんの能力使用に反応して、理論上はエネルギーを電気に変換してくれます。今日はそれの稼働データが欲しくて呼びました」
京奈は言われるがままデータ採取用アーマーを装備しようと近付いて、初めて気がついた。
背中のバックパックに気を取られていたから気づけなかったが、これ、電源ケーブルが付いている。
「あれ、このケーブルって」
「さっきはああ言いましたが、こういう施設であればケーブルの方が良いんですよ。……かっこいいですしね」
「……これ本当に要るんですか?」
「それを外すなんてとんでもない。ちゃんと実益も兼ねてますよ。それでデータ取りますから」
実益"も"って、つまり趣味が多く入ってるんじゃないの?そう思いながらも、京奈は暫く零号機を着けて指示通りに動き続けたのだった。