五席目の少女   作:今更とじみこにハマったマン

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剛剣

 

「はあッ!」

 

 振り下ろされた御刀が、受けの姿勢でいる京奈に襲いかかる。

 振り下ろしという最もパワーの乗る行動が上乗せされ、更に受けることが困難になった真希の一撃は、しかし斜めに構えられた御刀の表面をなぞるようにして流された。

 

(やはり、やる!)

 

 真正面から流されるというのは初めてではないが、その受け流しを崩すビジョンが見えないというのは初めての経験だった。

 

 真希は流された御刀を即座に切り返し、胴体という広い箇所を狙って薙ぐ。

 今までの相手であれば、ここで何かしらの反応を見せる。一撃目は流せたが二撃目は流せないと後退する者もいた。逆にカウンターを喰らわせてやろうとする者もいた。肉を切らせて骨を断つと言わんばかりに捨て身の攻撃を仕掛けてくる者もいた。

 

 だが少し踏み込んでくる程度で、他には何もない。ただ受け流された。確かに御刀同士がぶつかり合っているのに、まるで湖面に映る月を斬っているかのような手応えのなさは、真希にとって初めてだ。

 ひらりひらりと掴みどころのない結芽の柔らかな剣とはまた違う、幻のような剣。

 

(これが紫様や結芽の認めた実力か!)

 

 強い。

 真希は純粋にそう感じた。一切攻めてこないで、ただ受けられているだけなのに、それを超えられる気がしない。

 無傷なのにも関わらず、真希の息は上がっていた。それは真希をして息が上がるほどの苛烈な攻めを展開していたという事であるし、その猛攻を京奈が受けきっているという事でもある。

 

 その京奈も無傷ではない。本当に致命的な一撃こそ通していないものの、写シは細かい傷だらけで、やはり息が上がっていた。

 

(熊みたいだ……)

 

 真希の剛剣を京奈は内心でそう評価していた。

 マトモに受けたら上から潰されかねないという威圧感の篭った一撃は、以前に戦っていた熊のそれと酷似しているように思えたのだ。

 

(今は何とか持ちこたえてはいるけど、あとどれくらい持つか……)

 

 真希の剛剣は一撃一撃が致命傷を与える鋭い剣だ。そして重く、受け流すのにも相応に体力を持っていかれる。

 そこら辺が決めにくる一撃以外は軽く流せる結芽とは違い、結果として10分という比較的短い時間で体力が底をつきそうな原因であった。

 

「……もはや、意地の張り合いですわね」

 

 その光景を眺めている寿々花は、呆れ半分と感心半分でそう言った。

 2人の目からは闘志はまだ消えていない。むしろ"相手より先に倒れてなるものか"という気持ちすら感じられる。

 

「私もだけど、京奈ちゃんも凄く負けず嫌いだからね。例え初見の真希おねーさんでも、負けたくないんだと思うよ」

 

「それ自体は大変よろしい事だと思いますけれど……」

 

 敢闘精神が豊富なのは良い事だ。良い事なのだが……

 

「これだけ注目を集めてしまうのは、まあ仕方ないとはいえ、そろそろ解散させないと迷惑になりますわよね」

 

 結芽と普段から立ち合っている中庭での戦いは、職員達の目に入る場所だ。それ故に休憩時間に入った元刀使の職員達が、あらゆる場所から2人に注目している。

 今日に限らず、結芽と立ち合っている時から見られてはいたが、今日は相手が真希というのもあって前日の比ではないくらいに人が多い。

 

「でも、どうやって止めるのさ。あの2人に私と寿々花おねーさんで割り込む?」

 

「結芽は暴れたいだけでしょう?却下ですわ。そんな事したら収拾がつかなくなりますもの」

 

 明らかに暴れたそうな結芽の意見を却下して、ではどうすればいいかと頭を悩ませる。

 目の前で御刀をぶつけ合う2人を止めるのに、言葉では届く気がしないのは確かだ。しかし、では自らも御刀を、とするのは愚の骨頂だろう。

 なにせこの2人、スタミナ切れを起こしている今でも寿々花と互角に戦えそうなポテンシャルを持っているのだから。最悪返り討ちにあうかもしれない。

 

「ならば!」

 

 そんな事を考えられているなど露知らず、真希は京奈の受けを分析しながら苛烈な攻めを続けていた。

 

(威力が出る瞬間を外されているんだ。だから手応えが無い)

 

 攻撃の威力が出る前のタイミングで受け流されているから、手応えを感じない。

 微妙にスカされて満足に威力が発揮できないから、剛剣と称される己の一撃を受け続けられるのだと真希はおおよそアタリを付けていて、それは当たっていた。

 

(まあ分かったところで……)

 

 ならばと、こちらからタイミングをズラしてみても、まるで分かっているかのようにズラしたタイミングに合わされた。

 どうやら前へ飛び込んでみたり、逆に後退したり。そんな風に移動する事で受け流しに最適な位置へ動いているらしかった。

 

 試しにやってみたフェイントにも引っ掛からない。真希はフェイントがあまり得意ではないとはいえ、それでも並よりは上手いのにだ。

 思考を読まれているのではないか。そんな錯覚さえ感じさせられる。

 

(崩せなきゃ意味ないけどね!)

 

 ここが京奈が結芽と並び立っている理由の一つだろう。

 意識の裏をかいてくる結芽の変幻自在の太刀筋を、分かっているかのように殆ど全て防ぎきれる直感。そして血筋の影響なのか、凄まじいその防御センス。

 この2つが合わさった結果、既に守勢では並ぶ者なしとさえ言われているのだ。

 

(やばい、体力がもう持たない……!)

 

 だが、如何に守勢が得意とはいっても、受けるたび体力をガリガリと削ってくる剣を何時までも受けきれるほどの体力は京奈には無い。

 それは直感もセンスも関係の無い、京奈という個人の根本的な問題だった。

 

「「く、うっ……!」」

 

 どちらからともなく、そんな声が漏れる。そして、その思わず漏れ出た声で、体力が尽きかけている事を互いが悟った。

 

 動くなら、この辺りか。

 

 真希は勝負に出る事を決意した。これで失敗すれば負けだが、リスクを負わないで倒せるほど京奈の守備は脆くない。

 勝つためには、どこかでリスクを背負う必要があり、それはきっと今だ。

 

「その姿勢を崩す……!」

 

 以前、結芽が話していた勝利パターン。その殆どは体勢を崩してから必殺の一撃を叩き込むというもの。真希はそれを狙っている。

 他の方法も無くは無かったが、ちょこまかと動くのが好きではない真希でも取れそうな方法といえばそのくらいだった。

 

 残り少ない体力を振り絞り、全力で御刀を叩きつける。なんの技もない野性味のある力だけの一発は、この場面では非常に有効な一手だった。

 

 疲れから反応が鈍っていた京奈は、受け流す事が出来ずにそれをマトモに受けた。

 

「なん、とぉ……!?」

 

 ぐぐっと足を踏ん張って辛うじて耐える。その踏ん張りは芝生を踏み抜き下にある土にまで到達していたが、その足がザリザリと後ろに下がっていった。

 

 単純な力と力のぶつけ合いにおいて、京奈は圧倒的に不利だ。何故かといえば、それは体格や成長期の肉体が出せる力の上限に大きな差があるからである。

 受けてしまった後で京奈は自らの失態に気付いたが、今更不利は覆らない。

 

 真希も最後のチャンスだと分かっているのだろう。逃がさないように御刀に込める力が凄まじく強い。どこからこんな力が、と驚くほどだ。

 

「ぐっ、ぅぅぅ……!」

 

 向こうも全力。こちらも全力。

 ここが正念場。ここさえ耐えきれれば(攻めきれれば)、勝ちが自分のところに転がり込んでくる──!

 

「これでぇぇ……終わりだぁ!」

 

「まだ……まだぁ!」

 

 ここまで来れば、もう意地と意地の張り合いになってきていた。

 

 ガクッと京奈が圧されて片膝を着いた。ああっ、と野次馬たちが息を呑む。

 だが、まだ押し切れない。京奈を倒すのには、これでも足りないか!

 

「京奈!もう耐えなくても、良いんじゃないか……なっ!」

 

「そういう真希さん、こそっ!諦めた方が……いいですよ!」

 

 ここで再び均衡する。が、それはいつ傾くか分からない危ういもの。

 

 ハラハラしながら野次馬たちが生唾を飲み込んで見入っている2人の終わりは、唐突に訪れた。

 

「あっ……」

 

 力の均衡が崩れた。そして、そこで限界が訪れたのだろう。京奈の身体から力が抜けていく。ふらっと左側に倒れていった。

 

「まずいっ……」

 

 そして力が抜けた事で、均衡する事が前提で力を込めていた真希が思いっきりつんのめった。

 なんとか顔から落ちる事は避けられたものの、勢い余って地面に倒れてしまい、そのまま動かなくなる。

 

「………………この場合、どっちが勝ちなんですかね」

 

「…………引き分けで良いんじゃないかな。倒れたタイミングも殆ど同じだったし」

 

「……そうですね」

 

 お互い動けない。まだ仕事が残っているというのに、もう心身共に疲れ果てていた。

 

「……2人とも、もしかしなくても軽い手合わせだという事を忘れていたのではありませんの?」

 

「燃えちゃってたんだろうね。うんうん、分かる分かる」

 

「昭和の熱血マンガじゃないのですから……まったく」

 

 そんな2人にどこかジトーっとした目を向けなから軽く嘆息する。なんとなく危惧してはいたが、まさか本当にやらかすとは……。

 こんなに全力を出されては、本日も恐らく襲ってくるであろう荒魂の対処に問題が生じる可能性が高い。寿々花としては、それは看過できない問題だ。

 まさか真希の指揮能力に疲れが原因で陰りが出るとは思わないが、京奈の方は精神力が能力の強弱に直結する。それは由々しき問題だ。

 

「止めるならもう少し早く、でしたわね」

 

「だーから言ったのに。私と寿々花おねーさんで割り込めば良かったって」

 

「それをやったら収拾がつかなくなるのが目に見えてますもの」

 

 止める人間が誰もいなくなって、そのまま4人で倒れているか……いや、結芽だけは立っていそうだ。

 とにかく、この後の業務に支障をきたすのは間違いなかっただろう。

 

「真希さん」

 

「寿々花……もしかして怒ってる?」

 

 近づいてきた寿々花の笑顔に、なにか恐ろしいものを感じたのだろうか。真希に運動の後にかく汗とは違う種類の汗が流れはじめた。

 

「まさか。後先を考えずに全力を振り絞って、立つこともままならない真希さんに怒ってなんていませんわよ?」

 

「怒ってるじゃないか……」

 

「何か仰って?」

 

「……なんでもない」

 

 明らかに怒っている。が、そこを指摘してしまうと間違いなくキレられる。

 真希は黙って寿々花の威圧感に当てられながら、それから逃げるように目を逸らす事しか出来なかった。

 

「お疲れー」

 

「結芽ちゃん……今疲れてるから止めて」

 

 京奈の顔の近くにしゃがみこんで頬をぐにぐに弄る結芽と京奈は微笑ましいのに、なんでこっちは殺伐としているんだ。

 ちょっと理不尽なんじゃないかと嘆いた昼間の一時であった。

 

 

 そもそもこんな事になった始まりは、真希が京奈を鍛錬に誘ったからである。「結芽とばかりでは経験が偏るだろう?どうだい、僕ともやらないか?」と誘う姿は、何故かちょっと危ない感じだったと後に結芽は語る。

 京奈としても、それは願ったりだった。結芽は確かに天才で全国でも一、二を争う猛者ではあるが、動きが少しトリッキーすぎる。

 正面から正攻法で攻めてくる人との経験は、意外な事にまだ無かったのだ。

 

「しかし、よく真希さんの攻撃を耐えられましたわね。わたくしは真正面から受け流し続けるのは厳しいんですけれど」

 

「それは僕も気になっていた。京奈は僕みたいなタイプの戦闘経験は無いと言っていたけど……」

 

 それにしては、やけに受け流しが綺麗だった気がする。ぎこちない部分もあったが、それは経験不足からくるのではなく、何かの違いに戸惑っているような……噛み合っていないとでも言えばいいのか。

 とにかく、初めての動きではないのは確かだった。

 

「真希さんみたいなタイプの刀使とはやった事ないんですけど……その、熊とはあるので」

 

「「熊?」」

 

「熊って、あのガオーって奴?」

 

「そう、それ」

 

 ……なぜ熊が?と3人は不思議に思った。真希と熊、そこに共通点が見いだせなかったのだ。

 

「受けてて思ったんですけど、真希さんって熊みたいに力強いんですよ。それで、私は常日頃から熊とやり合ってたのでその力強さへの対処は心得てまして……刀使のスピードに合わせるのは苦労しましたけど」

 

「京奈ちゃんって熊と戦ってたの!?ずるい、私もやってみたい!」

 

「いやズルいって言われても……そんないいものじゃないよ?生きるためにやってたんだし」

 

 しかもいっぺん死にかけてるんだけどなぁ。と思いながらズルいズルいと言う結芽の相手をする京奈の発言を、真希は脳内で咀嚼していた。

 

「……野生の熊は人間より遥かに力があるし、過酷な環境で生き残っているから頭も良く回ると聞く。常日頃からそんなのと立ち合っていれば、その剛力を受け流すコツを掴んでいても不思議ではないか」

 

「その経験が元となって、真希さんの剛剣を受け流せたと?」

 

「僕はそう考える。寿々花は違うかい?」

 

「……野生動物との立ち合いなど正直、眉唾物かと思っていましたけれど。嘘をついているという訳でもなさそうですものね」

 

 そしてその説明なら、初めてではなさそうだが噛み合わない動きに一応は納得できる。

 ……熊とやり合うという事態そのものが信じられないという一点を除けばだが。

 

「それにしても初めてだよ。熊みたいだって言われたのは」

 

「そうでしょうね。真希さんといえば、貴公子だとか守られたい刀使NO.1の紳士なんて呼ばれていますもの」

 

「ちょっと待て。初耳だぞ、それは」

 

 今月の月刊刀使の内容である。特集トップの髪を軽くかき上げた真希の写真は全国の女子をキャーキャー言わせるのに十二分な破壊力を持っていた。

 

「……まあそれはいい。それより寿々花、僕も明日から野生の熊との手合わせを日課にするべきだと思うんだけど」

 

「この近所に熊は居ませんわよ」

 

 京奈の影響か、どこか悪い方向に進み始めようとしている真希を止めながら寿々花はため息をついた。

 


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