五席目の少女 作:今更とじみこにハマったマン
特に何もしてないのに急にお気に入りが増えて「なんだこれは……」ってなったんですが、どうやらランキングに載っていたようですね。ありがとうございます。今後も精進します。
刀使が貼る写シというものは非常に頑丈で、かつ剥がされても貼り直しが効く。
貼り直しの回数は個人の精神力に左右され、なおかつ精神的に大きく消耗するということに目をつぶればだが、その防御性能はどんな盾よりも優秀である。
刀使が若い女子達で結成されているのに、現代装備を配備された機動隊よりも強い理由の割合を、この写シが大きく占めていた。
そんな写シを利用すれば、刀使を手早く現場に運ぶのに多少手荒で無茶な方法を取ることも可能になる。
「降下地点に到着しました!」
「分かりました!新田京奈、行きます!」
一例を挙げるとするなら、ヘリから結構な高さを飛び降りるという無茶な行為がそれだ。普通なら唯の自殺行為であるそれは、刀使の写シがあってこそ成り立つ輸送方法なのである。
そんな方法で京奈が戦場に降り立つのは、今日で10回目。最初は突き落とされる形で飛び降り(絵面的には殺されているように見えた)ていたが、今では自分から飛び降りて着地まで決められるくらいに慣れていた。
……慣れざるを得なかった、とも言える。
やっと上手く着地できるようになった京奈を見て、機動隊員達は一斉に色めき立った。
「おお……京奈様だ。京奈様が御降臨なさった」
着地してから聞こえた第一声に、早速京奈の頬が引き攣る。京奈が治療のために御刀を抜き放つと同時に、1人の隊員が恭しく一礼をして近づいてきた。
「お疲れ様です京奈様」
「そういうの良いんで、さっさと案内してください。そして様を付けるのを止めてください」
「とんでもない。京奈様は我々機動隊の守護天使です。そんな京奈様に様を付けないのなら、紫様にも様付けが出来なくなってしまいます」
「いいんですかそんな事言って。一応ですけど私、親衛隊ですからね?紫様に告げ口できるんですからね?」
彼ら機動隊員の所属は特別祭祀機動隊であり、その実質的なトップは折神紫である。
言ってしまえば社長にタメ口を聞くレベルの暴言に、京奈は冷や汗が止まらない。
(というか、なんで私と紫さんが同列に扱われてるのさ!?)
こんな事を言われるのは今回が初めてではないが、なんか現場に出る度に発言の危険度合いが上がっていっているような気がしている。
いや、それよりサラッと流しそうになったけど守護天使って何だよ。とか思いつつも、それを聞くのは止めた。やぶ蛇なのが目に見えているからだ。
負傷者の中には、京奈の姿を見て両手を合わせる者もいた。まるで敬虔な信者が己の信ずる神を見たかのような反応に、京奈は微妙な表情を浮かべるしか出来ない。
「おいしっかりしろ!京奈様が来て下さったぞ!」
「もうちょっとだ!お前言ってただろ、死ぬ時は京奈様に頭を抱かれて死にたいって!」
「はぁ!?なんだそれ許さん!お前、傷が治ったらシバいてやるからな!」
「俺たちだって死ぬ時は京奈様に看取られて死にてぇのに!」
もう帰っていいかな。
狂信者達が作り出す頭のおかしい空間から今すぐに逃げ出したい。しかし、目の前で助けを求める人を見捨てるわけにもいかない。
二つの思いに板挟みにされた京奈が取れる選択は、無心で御刀をぶっ刺して治療を手早く済ませるという事だけだった。
「ありがとうございます京奈様!!そして起きろお前ぇ!」
「はい次の方ー」
まあ、戦場でこんなに余裕があるのは良いことだよ。きっと。
そう自分を納得させながら次々に治療していく京奈の目は、あらゆる光を飲み込めるくらいにドス黒く濁っていた。
「君は新興宗教でも始める気なのかい?」
「勝手に担ぎ上げられたんですよ」
そんな有様を見た真希の当然の感想に、京奈は声のトーンを低くして答えた。
グッサグッサとコーンフレークをスプーンで突き刺している様子には、まだ黒いものが見え隠れしている。
あのようなキチガイじみた光景は、いつの間にか出来ていたものだった。といっても、京奈が何か特別な事をした訳ではない。
現代科学では説明できない凄まじい治癒能力によって死の淵から生還した者達が、京奈の姿を勝手に神か天使のように見たてて、それが広まっていったのである。
消耗率および死亡率が相当高かった機動隊にとって京奈の存在は大きい。それは物的・人的両方の損失という観点でもそうだが、精神的にもかなり楽になっている筈だった。
"出れば殆ど確実に死ぬ。あるいは瀕死の重傷を負う"よりは、"運が良ければ殆ど確実に助かる"方が良いに決まっている。
…………だが精神を安定させるために自分を守護天使として崇める、というのは無いはずだ。と京奈は信じている。一過性のブームみたいなものだと、そう思わなければやっていけない。
「まあ、いいじゃないか。人徳は無いより有った方が良いに決まっている。それはリーダーに必要不可欠な物だからね」
「こんな人徳なら無い方がマシでした」
「そもそも、あれは人徳と言えるのでしょうか……」
真希の真っ当なフォローの言葉も届かない。まあ、集まってきたのが神の如く信奉する信者であるのだから、それも当然なのだろう。少なくとも真希なら御免こうむる。
そして夜見が言ったように、あれを人徳というのは少し違うような気がする。教祖と信者と言うのならば、まだ分かるのだが。
「それにしても、守護天使ですか。確かに京奈さんの力は、人間のものとは思えぬ超常の力ではありますけれど」
「新田家にのみ……というのも不思議な話ですよね。他に類似の能力が世界で確認されても良いはずですが」
超常の力を扱う刀使の目線から見ても……いや、刀使の目線だからこそ、その異常度合いが良く分かった。
この世の物とは思えない、人間に扱う事が許されていいのかという気さえしてくる力。正しく使えば人を救える力は、往々にして悪い方向にも扱えるものだ。
この時の彼女達は知らないが、現に研究棟では秘密裏に対刀使専用の写シを貫く装備の開発が進んでいた。
本来の流れでもいずれ実用化されていたそれは、京奈の存在によって少し早く実用化に至ろうとしている。
……そして世界に類を見ないという事は、その研究は万の金塊よりも貴重な資産になるという事でもある。それが刀使という、絶大な力を持つ生体兵器に関するものであるのなら尚更のことだ。
母親がとんでもない知名度の刀使だった事もあり、京奈の姿は既に誰もが1度は見た事のある、というところまで来ている。
その存在は今更隠せない。当然、能力の事も。だから他国の人間も能力は知っている。その研究が行われているであろう事も、また。
研究棟では連日連夜、合法非合法を問わず研究成果を抜き取ろうとする活動が盛んに行われており、それを抜かせまいとする研究者及び警備員達との熾烈な攻防が物理的にも電子的にも繰り広げられていた。
既にあらゆる国のスパイらしき人間や不審者が拘束されており、その数を合わせれば数ヶ月で100人にも到達する。そして不正アクセスやハッキングの数は万を超えていた。
「僕もそう思う。だけど、各国からその力に類似したものの発見報告は出ていない。秘密裏に匿われている線もあるが……」
「今のわたくし達が気にしても仕方のないことですわね。そもそも、それを知ったところで何が出来る訳でもありませんし」
「ああ。……ところで」
真希はそこで言葉を切って、さっきからチョロチョロと動き回っていた結芽に目を向けた。
「結芽、さっきから何だ?というか、いつまで起きてる気だ」
「いーじゃん別に。暇だし、眠くないもん」
「もう9時ですわよ。早く寝なさい」
「まだ9時だよ!もうっ、子供扱いしないでー!」
と結芽は言うものの、結芽の年齢は11歳。世間ではランドセルを背負う年頃である。これを子供扱いするなとは、少し無理がある。
「もう9時ですよ燕さん。早く寝ないと、明日の業務に滞りが出ます」
「どーせ明日も出撃ないもん!だから夜更かししててもいいんですー!」
いくら京奈という遊び相手が増えて昔よりは落ち着いたとはいえ、そう簡単に扱いが変わる訳がなく。未だに結芽は慎重に扱われていた。
結芽はやけくそ気味にそう言うと、続いて夕飯代わりのコーンフレークをムシャムシャしていた京奈を指さす。
「だいたい、京奈ちゃんも悪いんだよ!」
「えっ私!?」
「そうだよ!1回くらい私を連れて行ってくれてもいいじゃん!」
「そんなこと言われてもな……出撃メンバーを決めてるのは私じゃないし」
防御極振りである京奈は、常に攻撃を行う誰かしらと組まなければ荒魂を倒せない。流石に小型くらいなら1人でもなんとかなるし、動けなくなった荒魂にトドメを刺すことも出来るが。
しかし中型が2体とかの複数戦になると京奈単体では退治不可能になってしまう。ド下手な攻撃を仕掛けている間に横からどつかれるからだ。
写シ貼ってても痛いものは痛いんだ、とか思いながら穴の空いた腹を見たのは比較的記憶に新しい。
だから荒魂退治における京奈の運用は、基本的に誰かとセットでなければならないという暗黙のルールが既に出来上がっていた。
……とは言うものの、一般的な刀使は多対一の状態で10分も持たせる事が難しいので、それが出来る京奈は攻撃要員が居なくても避難誘導のための時間稼ぎに単独投入される事も多い。
機動隊を展開するより京奈1人を投下した方が掛かる時間が短く、あらゆる費用が安く済むのだから仕方ないのだ。荒魂は刀使を優先して狙う傾向があるから周辺に被害が拡散する事も少ないし、理には適っている。
「じゃあその人に言って!このままだと私、干物になっちゃうよ!」
京奈は誰がメンバーを決めるかを知らない。だが、ただ1人の同年齢の友人の頼みは無下にできない。
紫さんに言えば何とかなるかな。とか思いながら、コーンフレークを浸した牛乳まで飲み干した。
「わかった、わかったよ。頼んでみる」
「ほんと!?やったー!」
「でもダメだったら諦めてね」
「じゃあ私、先に部屋に帰ってるね!おやすみ!」
「って、聞いてないし……」
喜びのあまり本当に聞いていなかったのか、それとも意図的に無視したのかは判断がつかないが、とにかく結芽はダッシュで部屋に戻っていった。
「全く、騒がしいな」
「夜なのに元気ですよね……私ももう寝ます。おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい。ゆっくり身体を休めて、また明日も頑張りましょう」
「おやすみなさい。食器の片付けは、こちらでやっておきます」
「すいません夜見さん。お願いしますね」
まだ書類仕事が残っているらしい寿々花や真希より先に京奈は部屋を出た。そして1歩踏み出し、2歩目3歩目と行こうとして、そこで足を止めた。
そうしてから閉じられた扉を振り返って、独り言ちる。
「ほんと、いい人達だよね」
ここに来てから暫くの間は、ホームシックに罹ると思っていた。見慣れぬ土地、初めて会う人達と、初めての慣れぬ仕事をする。ホームシックに罹るには充分すぎる。
だけど、そうはならなかった。昔の自由気ままな生活が懐かしいと振り返る事はあったが、不思議と帰りたいとは思わなかった。
それは
特に夜見は、塩むすびの一件からやけに気にかけてくれるようになった気がする。やはり自分の嗜好に合う人と一緒にいるのは、夜見にとっても居心地がいいのだろう。
自分には勿体ないくらいの良い人達だと京奈は思っていた。
そして、そんな人達に自分は何が出来るだろう。
夜だからか少し涼しい廊下を足早に進みながら、京奈はそんな事を考えた。
話は変わるが、この世界にはイチゴ大福ネコというマスコットが存在する。
大福のように白くて丸い顔に、イチゴの耳。そして間の抜けた可愛らしい表情が人気のマスコットだ。
その昔、ケーキなどの洋菓子に客を取られた和菓子屋が起死回生を狙って作ったマスコットであり、それが見事にヒットした。という経緯がある。現在でも多数のメディアでも紹介されており、勢いのあるマスコットだ。
「ただいまー」
そんなイチゴ大福ネコが、京奈の部屋いっぱいに転がっている。といっても、それは京奈の趣味ではなく同居人の趣味である。
その同居人である結芽は、ベッドで何かマンガを読んでいた。そして京奈が戻ってきたのを確認すると、片手をマンガから離してソファの上で逆さまに転がっているイチゴ大福ネコを指さした。
「京奈ちゃーん。そこのぬいぐるみ投げてー」
「これ?はい」
むんずと掴まれ、宙を舞った大きいイチゴ大福ネコは、その先にいた結芽にキャッチされた。
京奈がこの部屋に住むようになってから1週間後くらいに多くのイチゴ大福ネコと共に転がり込んできた結芽によって、今では何処を見てもイチゴ大福ネコだらけという有様だ。
ベッド周りは特に凄く、枕元は大小様々な大きさのイチゴ大福ネコでいっぱいである。
「ありがとー。さ、今日も一緒に寝よ?」
「はいはい。じゃあ少し向こういって」
「あいー」
ごろっと半回転くらいすると、京奈が寝返りを打てるくらいのスペースが出来る。……それにしても、一人で使うには広すぎて、こうして2人で使っても余裕のあるベッドなんか明らかに金の掛ける場所を間違えているとしか思えない。
しかし、その金の無駄遣いとも言える設備のお陰で、こうして結芽と寝食を共に出来ているのだから京奈はそれを批判できなかった。
「……ねえ結芽ちゃん」
「なに?」
「前々から言おうとは思ってたんだけどさ。ベッド広いのに、なんで私との距離こんなに近いの?」
平均的な枕1個分くらいの距離であった。
大きなベッドだし、もう少し感覚が広くてもいいんじゃないかと京奈は思うのだが。もう0.5個分くらい広くても寝返りを打って落ちたりしないだろうに。
「んー、何でだろ?」
「いや何でだろって……」
「だって考えたことなかったし」
なんとなくで決めた距離がこのくらいだったのだ。それに何でと言われても答えようがない。
「まあいいじゃん。近くて困る事でもあるの?」
「無いけどさ、気になったから」
結芽が初めての友達であるから、京奈に友達同士での距離感というものは分からない。そして結芽もまた、京奈が初めての友達であるから距離感なんて分かっていない。
まあ、こんなもんなのかな。
京奈はそう納得すると同時に、眠気がまぶたを重くする。自然と欠伸まで出てきた。仕事終わりで気の抜けた今、蓄積した疲れがドっと出てきたのだろう。
「ふああ……眠いからもう寝るね。おやすみ」
「うん。おやすみー、電気ポチッと」
その会話を最後にリモコン操作で部屋から明かりが消え、程なくして2人分の寝息のみが室内で微かに聞こえる音になる。
そんな部屋のカーテンの隙間から僅かに漏れる月明かりが、枕元のイチゴ大福ネコに紛れた2人の御刀を細く照らした。
結芽のそれとは違って鞘や鍔には何の装飾も成されていない京奈の御刀であるが、何時からかミニサイズのイチゴ大福ネコが結芽のと同じようにぶら下がっていた。
…………それから5分後、音を立てないようにゆっくりと扉が開き、中を覗く者がいる。
その者はベッドで寝ている2人の姿を確認して頷いた後、同じようにゆっくりと扉を閉めて忍び足で離れていった。
部屋から離れて行くにつれて段々と忍び足をやめていき、最後は普段通りに歩いて明かりの点いた部屋へと戻る。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい夜見。2人はどうでした?」
「もう眠っていましたよ」
覗いていたのは夜見だった。まさか本当に夜更かししていないだろうなと少し心配になった真希と寿々花が書類仕事で動けないので、2人の代わりに派遣されたのだ。
そんな夜見の報告を受けた真希は、さっきの結芽の言葉を思い出して小さく笑った。
「……子供扱いするな。なんて言っていたけど、やっぱり子供じゃないか」
「まあ、あのくらいの年頃なら背伸びしたくなるものですわ。わたくしにも覚えがありますもの」
「そうなのか?なんか想像がつかないけど」
「ええ。ちょっと大人ぶって、まだ飲めないブラックコーヒーに挑戦してみたりだとか。ワルぶって、お漬け物とか子持ち昆布のようなものまで電子レンジで温めてみたりとか」
「…………分かるような、分からないような……」
……子供云々なんて、まだお二人が言えた事ではないのでは?
まるで子供か孫を見守る大人のような発言だが、そういう2人だって子供なのに。と夜見は思ったが、いつもの事ではあったので指摘はしなかった。