鮮青6連星外伝 紅日記   作:susu-GT

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元々本編の方に外伝という形で後付けしていたものです。のんびり更新していきます。


Ep.01 紅の日常①

《午前3時30分 東京世田谷区:食事処《紅》》

 

 

篠田レイコの朝は早い。

 

地元の定食屋として、この店を旦那の轍郎(てつろう)が興してから早くも32年。決して目立つ店ではないし、フランチャイズチェーン店のようなにぎやかな店でもない。けれど、レイコはこんな店を非常に気に入っていた。

 

最低限の化粧だけ済ませると、パタパタと少し忙しなく厨房に立つ。朝の通勤時間帯である午前7時から開店するため、基本的に朝は大事な下ごしらえの時間だ。少しの時間も無駄に出来ない。

 

店一番の売りは、自家製タレの織り成す絶妙な豚肉とのコラボが自慢のしょうが焼き定食。夜勤明けのサラリーマンや、レイコの仲間――首都高ランナー――の胃袋を満たす代表選手だ。

 

昨日の夜ふ10時から、特製の漬け込み用タレに軽く漬け込んでおいた豚肉は、朝の営業時間用。早朝に用意するのは、今日の夕方の営業時間に出すものだ。

 

しょうゆ、みりん、酒をほとんど等量で混ぜて、直前におろしたばかりのしょうがと、香りづけにほんの少しのにんにく。出勤前の朝一番に食べに来る人もいるから、あまりにんにくをきかせすぎるわけにはいかない。

 

そして、盛り付け用の千切りキャベツを大量に用意する。この店の看板メニューはしょうが焼き定食とはいえ、から揚げ定食にトンカツ定食も人気だ。もちろん、夕方の方が需要は多いが、これらに使うキャベツの量は結構なものだ。これを朝イチから準備しておくだけで、かなり楽になる。

 

この店で隠れた人気を誇るのは、実は定食には欠かせない存在である、味噌汁だったりもする。その理由は、関東では少し珍しい、関西だしを使っているからだろう。

 

京都生まれで、一時は大阪に住んでいたこともあったレイコにとっては、カツオと昆布でとる関西だしは、関東だしよりも身近なものだった。夫の轍郎はバリバリの関東生まれの関東育ちだったため、彼が店を切り盛りしていた間は表に出ることのなかった味だ。意外とこのだしをふんだんに使った味噌汁も人気を得ていて、今ではすべてのだしを関西だしで統一してしまったほどだ。

 

パンや麺類が流行っているとはいえ、いまだ日本人の大事な主食といっても過言ではないご飯。レイコは大量に炊く一方で、中途半端に残すような量は決して炊かないようにしている。それに、できるだけ炊きたてを食べてもらいたいという気配りから、開店1時間前から炊き始める。

 

 

『どうせ食べるなら、おいしいものを。』

 

かつての店主、轍郎の座右の銘だった。

 

どちらかと言えば自由人だった轍郎。今のレイコの愛車である真紅の1969年式シボレー コルベット C3 スティングレイ は、元は轍郎のものだったし、首都高を夜中までぶっ通しで走り倒していたのも轍郎だった。警察沙汰にはならなかったが、それなりの(・・・・・)こともやっていたため、いくらレイコが気にかけたところで、それはもう無意味な心配だった。

 

しかし、料理にかける情熱は自由人らしからぬ程真面目だった。まずいと文句を言われた日には、珍しく夜遊びしないで、彼の自室でショボくれている姿を目にしたことは1度や2度ではない。

 

そんな轍郎は、長男と長女の二人を独立させる直前に、店と子ども、コルベットを遺してポックリと亡くなってしまった。今から11年前のことだった。

 

それ以来、立派にふたりの子どもを独立させて、5年前には長男が結婚。一昨年には長女も嫁に行き、今ではたったひとりで店を切り盛りしている。

 

 

 

 

《午前7時:開店》

 

 

木製の引き戸がカラカラと軽やかな音をたてて開かれる。店のなかには、すでに食欲をそそる匂いが充満している。

 

 

 

「女将さん、しょうが焼き定食お願い。」

 

「はいな。」

 

「レイコちゃん、こっちもお願い。」

 

「はい、ただいま。」

 

 

 

さすがにひとりでこなすのはなかなか厳しい所があるが、この店に来るのは古株の常連さんと、勝手知ったる首都高ランナーたち位。少し赴くのが遅くても何も文句は言ってこない。昔から轍郎と築き上げた信頼関係の賜物だ。

 

漬け込んでおいた豚肉をサッと取り出し、フライパンで一気に焼き上げる。あまり焦がしすぎると逆に不味くなるから、主婦としての、そして定食屋店主としての経験と勘をフル動員させて料理していく。

 

出来上がったしょうが焼きを、朝イチで準備しておいた山盛りの千切りキャベツの上に大胆に盛り付ける。フライパンに残ったタレをキャベツに少しかかる位にたっぷり注いで、完成。

 

炊きたてのご飯をこれまた茶碗目一杯に盛って、味噌を溶かしたばかりの熱々の味噌汁をよそって、しょうが焼きと一緒に盆にのせれば、後は提供するだけ。

 

別に若づくりしていないのに、とても60代とは思えない容姿に、心からの笑顔を浮かべて料理をはこぶ。

 

 

 

 

「お待たせしました、しょうが焼き定食です。」

 

 

 

 

 

 

《午前10時:一時閉店》

 

 

一旦店を閉めてからが、レイコのお楽しみの時間だったりもする。『買い出し』である。

 

レイコのこだわりは、あくまで身近な素材を使うこと。それこそインターネットなんかで遠方から取り寄せないといけないような高級食材は一切使わない。

 

買い出し先は、近所のスーパーから、市場、はたまたちょっと遠出して地方の地元の農協経営の青果店など、多岐におよぶ。

 

もちろん、アシは愛車のコルベット。V8OHVのドコドコという地響きみたいな爆音を轟かせて買い出しに出かける。

 

一般道だからと言ってノロノロ走ることはしないのがレイコである。轍郎にドライビングテクニックを教わってから、しまいには彼よりもうまくなってしまったレイコ。扱いの難しい旧車を完璧に手の内に入れている。

 

少し位タイヤが減ろうが、レイコには問題外。信号待ちからの発進は、繊細なアクセルワークとクラッチ操作で、若干ホイールスピンさせながら勢いよく加速していく。強化クラッチを組んで扱いにくいはずのコルベットを、さもオートマのように走らせる。

 

交差点でも、少し多目にアクセルを踏んで、パワーオーバーに持ち込んでからドリフト。レイコにサイドブレーキの「サ」の文字はないのだ。D1のようなド派手な白煙はあげないが、細かなスロットル操作でカウンターをちょっぴり当てるだけで、修正舵なしで駆け抜けていく。そしてまた、アクセル全開でリアタイヤを軋ませながら赤い弾丸のように加速していく。

 

 

 

「……♪」

 

 

サングラスをかけた店主……否、ノリノリな暴走女将は、今日も爆音C3コルベットで東京の街をカッ飛んでいく。

 

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