ポケットモンスターLets Go ピチュー 作:エグゼクティブ
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ピチューが来たことによって、ユウタの生活は大きく変わった。朝起きてピチューの寝顔を拝み、朝食の席でピチューの頬についた食べカスを拭おうと試みる。昼には警戒しながらも後ろについてくるピチューと一緒に散歩に行き、夜寝入ったピチューをそっと両腕で抱いて寝る。
そして『でんきしょっく』に襲われる。
散歩に関しては、もはや散歩ではなくダルマさんが転んだである。
『あの寝坊助だったユウタがこんなにも早起きするなんて…!!』と感動しているジョーイ。『あのユウタがイタズラをしなくなるなんて…!』と驚愕するジュンサー。
変態になりつつあることに関してはノータッチらしい。
この生活の変わりようが良いか悪いかは誰にもわからない。
そんなユウタとピチュー。
今日はお互いに距離を取りつつも原っぱで寝転がり流れる雲と青空を見上げていた。時刻は昼過ぎ。別段手伝いもすることもなかったユウタ。ポカーンとしたいかにも何も考えていないように見える表情だが、ユウタはしっかりと考えていた。
珍しく今回はピチューのことだけではない。
「やっぱ、来年の4月になったら旅に出ようと思うんだけどさー。お前はどうするよ」
「ピー?」
ピチューの鳴き声が『何言ってんの?』に脳内変換されたユウタは、苦笑いを浮かべる。
「そりゃそうだよなぁ〜」
ユウタはすでに10歳の誕生日を迎えている。つまり、もう成人しているのだ。
マサラタウンのサトシくんのように旅に出ようとしても止められたはしないだろう。だが、ポケモントレーナーとして旅に出るには、どうしても必要なものがある。
免許だ。
ポケモン保護法に基づいて資格とされている免許を取得しない限り、野生のポケモンをゲットすることはできない。その資格を取得するために、ユウタのようなトレーナーを目指す子どもはトレーナーズスクールに通うのだ。
すでにトレーナーズスクールの卒業試験も合格しているユウタに残されているのは、申請書の提出のみ。
そうして手に入るのが、そう…ポケモン図鑑である。
ポケモン図鑑は、ただポケモンの生態を記録する図鑑にあらず。ポケモントレーナーとしての身分を証明するもの機能が搭載されている。ゲームでは主人公とライバル以外もってないイメージがある。サイキッカーにしろ格闘家にしろ、あいつら実は隠し持っているかもしれない。
来年の4月まで、残り数ヶ月。
別に、10歳になったからといって旅に出る必要はない。トレーナーズスクール出身の子でも旅に出る者は少なからずいる。成人したならば成人したで、生き方は多様にあるのだ。
だが、ユウタは違った。
ユウタは孤児だ。
この街に友や育ての親のジョーイやジュンサーこそいるが、本当の両親はいない。成人して尚、ジョーイとジュンサーに頼って生きていくのは違うんだろう。トキワシティで生計を立てることも考えたが、難しいだろう。
今まで無条件で借りていたポケモンセンターの宿泊施設もこれからは毎日使用できなくなるかもしれない。只でさえ問題児として扱われていることもある。
前世よりも10年も早い成人の壁に戸惑いつつも、これからの身の振り方を考えるのだが、頭が痛い。
「やっぱ、お前は森に帰るのか?」
「ピチュッ!?」
ブンブンと勢い良く首を振るピチュー。
随分と長い家出なんだなー。
「そっかー。ならやっぱ、お前の好きなところにいろよ。新しい住処を探すもよし、このままポケセンに住み着くもよし。ジョーイさんとジュンサーさんは悪いようにしないだろうしさ。なんなら、俺についてきたって全然良いんだぜ」
「…チュー」
ものすごく微妙そうな顔をされた。
自分から誘っておいてなんだが、メンタルにくるものがある。
「お前がどんな理由で俺についてきたのか知らないけど、色違いのポケモンは悪ーいやつらから狙われることもあるんだってさ。気をつけないとな」
「ピチュピッチュ!」
威嚇するように頬に電気を帯電させるピチューを見て、ユウタは初めて会った時、自分が気絶させられたことを思い出す。
ふと、素朴な疑問が頭を過る。
「お前って、なんで電気使っても大丈夫なんだ?」
「ピッチュー」
『えへん』と胸を張るピチューだが、当然胸はない。ミルタンクの胸がおかしいだけだ。
胸があるかないかはともかく、ユウタは考えた。
ピチューの特性が『ひらいしん』なのではないかと。
ピカチュウに比べて、ほっぺたの電気袋が小さいピチューは電気をたくさん溜めることができない。普通のピチューならば自身の電気で痺れてしまうことがある。
だが、このピチューはそんな素振りを一切見せない。ユウタ自身、すでに十数回電撃を浴びているが、やけに電気の扱いに慣れているように思える。まあ、驚いたり怖がると放電するあたりはピチューそのものなのだが…。
そこで辿り着いたのが『ひらいしん』だ。
ゲームでは夢特性として適用されていたその特性の効果は、2つ。
その1…電気タイプの技の対象を自分にする。
その2…電気タイプの技を受けたとき、ダメージを無効にし、とくこうを1段階上げるというものだ。
本来のピチューならば自身の電気でダメージを受けるはずが、このピチューの場合はあまつさえ無効化し、さらにとくこうを1段階ずつ上げていっていると仮定した。
なにそれ、それどんなチート?
アシストパワーかなにかかな?
そんなピチューに、純粋な興味でユウタは問いかける。
「なぁ、ピチュー。お前、わるだくみってできるか?」
「ピチュ?」
わるだくみ。
自分のとくこうを2段階上げることのできる補助技。なんとピチューが生涯覚えるだろう技のうち、終盤に覚える技である。
終盤にわるだくみとは、なんとも世渡りの難しさについて考えさせられる。
当然、『わるだくみ』なんて抽象的なことを言ってもピチューは首を傾げるしかない。
もっと具体的に説明が必要だ。
だが、トキワシティの問題児にこの手の壁は問題にもならなかった。
「そうだなぁ〜…こんな顔してイタズラのこと考えるんだよ」
ユウタはいつもトキワシティでイタズラをするときのゲスい顔を浮かべてピチューを見る。
流石は常習犯、なんとも黒くゲスい顔である。
某名探偵の真っ黒な犯人のようだ。
ドン引きするピチューに、『ほれほれ、やってみやってみ』と迫るユウタ。
やがて顔に影を落としたようなどこぞの悪役の表情を見事に作り上げる。
途端、ピチューの頬の電気袋が大きくバチリと弾ける。
『おー』と感嘆の声を上げるユウタは、ちょっと出来心で言ってしまった。
「なぁ、そのままあそこに電気ショックしてみてよ」
「ピッチュ!」
頬を一際強くバチリと弾かせたピチューが黒い笑みをこぼした気がした。
そこを最後に、ユウタの記憶はしばらく途切れることとなる。
▼ ▼ ▼
若干痺れる身体に鞭打って立ち上がり、手を閉じたり開いたりする。その後、キョロキョロと辺りを見回す。
頬を触ってみれば、飛んできたであろう葉っぱがいくつもくっついている。
木の葉をベリベリと剥がしながら、ユウタは隣に座っていたピチューに白い目を向ける。
いや、やらせたユウタが悪いのだが。
「……」
「ピ、ピッチュ…」
「あぁ、身体は大丈夫。なんともなさそう」
「ピ、ピチュ…」
驚いているピチューは果たしてなにに驚いているのか。自身の『でんきしょっく』がここまで強力になったことか、それとも直撃とはいわずとも巻き添えをくらったユウタがなんともなかったように起き上がったことに対してなのか。
「あっrrrrるぇーおかしいな…ピチューってこんなに強かったっけ?」
テレビで幾度となくポケモンバトルの映像を見ていたユウタにはわかる。すなわち、レアコイルだろうとこんなに強力な『でんきしょっく』は使えないはずだと。
「なにはともあれ、自分の身を守るときはそれくらいやってやるんだぞ」
「ピチュ」
頷いたピチューに満足気に頷くユウタ。
それからしばらく寝転がったり、ピチューを撫でようとして避けられたり、鬼気迫る顔で追いかけたりとじゃれ合う1人と1匹。果たして本当にじゃれあっているかどうかなんて些細なこと。
大事なのは愛さ。
やがて逃げ続けて疲れ果てたピチューを見て、ユウタは大きく伸びをする。
ちょうどいい大小の木の葉を見つけると拾う。大小の木の葉を十字になるように重ねて降り、口に合うように木の葉に2箇所の穴を開けて咥える。
ポカーンとした表情のまま、ユウタは空に向かって咥えた木の葉に息を吹きつける。
「〜〜♪」
鳴り響くのは力強くも綺麗な草笛の音。
ポカーンとした顔のせいで、若干悲哀に満ちているような気がしないでもない。
驚いた顔をしたピチューだったが、次の瞬間には輝かんばかりのキラキラとした瞳でユウタの周りを駆ける。その様子が『自分にもやらせて!』と言ってるように見えて仕方ない。ピチューに合いそうな木の葉を探し、拾う。
「やってみるか?」
「ピチュピッチュ!!」
キラキラとした瞳に見つめられながら、先ほどと同じ手順でユウタは木の葉の重ね笛を作っていく。重ね、降りたみ、最後のピチューの口に合うように2つの穴を開けて渡す。
渡された草笛を小さな両腕で大事そうに抱えて感嘆の声を漏らすピチュー。ひとしきり草笛を眺めると、穴の空いた部分がふさがるようにしっかりと口に咥える。
「ピッ…チュゥ〜…」
草笛を破ってしまうことが怖いのか、瞳を閉じてそぅっと息を吐き出すピチューの様子を心のシャッターに収める。本人は悶えそうになる心を抑えているつもりだが、正直すぎる身体がクネクネしている。控えめにいって変態である。幸いなのは、一生懸命なピチューの瞳が閉じられていること。
しかし、ユウタが吹いたような音が出ることはなかった。か細く弱々しいピチューの吹いた息が『ぷしゅー』と草笛から抜けていく。
不思議そうに首を傾げる。
「弱すぎだな。もうちょい強く吹いても破けないよ。後、しっかり咥えないとダメだぞ」
「ピチュ!」
頷いたピチューが、再度挑戦を始める。
吹いては音が出ず、吹いては破け、新しい木の葉を探し始めるピチュー。作り方は見て覚えたようで、小さな手を器用に扱っている。
作って吹くたびに失敗するのだが、ピチューは諦めない。悔しそうに地団駄を踏みながら、また新しい葉を探しにトコトコと走っていく。
その姿を見て、ユウタはピチューの性格を考える。
出会った時の瞳をウルウルさせる姿から連想されるのは、臆病な性格。だが、あのツンツンした態度や草笛を何度もトライする姿からはいじっぱりな性格が連想される。いや、負けず嫌いか?
ピチューを眺め続けて気がついた頃には、日が落ちようとしていた。そろそろ帰ろうと座り続けて重い腰を持ち上げた時、ピチューがユウタに向かって嬉しそうな表情で草笛を見せびらかす。
見せびらかすように草笛を掲げ、口に咥える。
そして一吹き。
「〜〜♪」
綺麗な草笛の音が響く。
「ピッチューーーー!!」
興奮した様子で何度も飛び跳ねるピチュー。吹けたことが嬉しいのか、それとも葉っぱから音が出ることが面白いのか。ピチューは草笛を吹いては嬉しそうに瞳を輝かせる。
「〜〜♪」
そんなピチューの草笛に合わせるようにユウタも草笛を吹き、音を重ねる。1人と1匹の綺麗な草笛の音色が、夕日に照らされた原っぱに響き渡る。
目を丸くしたピチューの頭に手を置いて優しく撫で、悪戯をした子どものような笑みを浮かべる。
ピチューが草笛を吹く。
ユウタが音色を重ねる。
そんな1匹と1人の様子を木陰で見守っていた人物が2人。ジョーイとジュンサーはお互いに溜め息を吐いて、ポケモンセンターへと帰っていった。
その顔には優しげな笑みを浮かべていた。
この日を境に、トキワシティ郊外のはらっぱで異常な威力の『でんきしょっく』がジュンサーを困らせることになったのは余談である。
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その日の夜。
「なぜだ!? さっきは撫でさせてくれたじゃん!?」
「ピッチュ!?」
「雰囲気か!? やっぱ雰囲気なのか!?」
「ピ!? ピッチュピッチュ!?」
先ほどの輝かんばかりの笑みはどこへやら。数日前と変わらないピチューのツンツン具合に、このピチューの性格がツンデレであると決定された。
▼ ▼ ▼
4月1日。
まだ午前6時を過ぎたばかりの彼の部屋には大きなリュックサックのみ。今まで散らかしていた道具も、本もリュックサックの中に詰め込まれていた。
もともと、ユウタの所有している物はほとんどない。誕生日の際にジョーイやジュンサーから貰ったものを除けば、生活に必要なもの以外は何もない。
今、ベッドの前に置かれているリュックサックもジョーイから誕生日プレゼントとして貰ったものだ。
「狭いようで、案外広かったんだなぁ」
綺麗に物がなくなった部屋を見渡して、感慨深げに呟く。
最近はずっと一緒だったピチューの姿は見当たらない。あのピチューは随分賢い。喋っている言葉もある程度理解できているようだし、教えたことはできるようになるまで根気強く実践する。
数日前から『もう旅に出る』と言い聞かせていたし、いなくなることを理解して去っていったのだろう。
別の住処を探しに行くもよし、案外ジョーイとジュンサーの下にいるのかもしれない。
「最後の日くらい、一緒に寝たかったんだけど」
リュックサックを背負い、自分の部屋に対して一礼する。思い返せば、いろいろなことがあった。
先日、郵送で送られてきたポケモン図鑑がチャック付きのポケットに入っていることを確認する。
その感触を確かめると大きく息を吐いて、部屋を出る。
何度も走っては怒られた廊下。つい先ほども朝食を摂った食堂。ゆっくりと歩いて周り、やがてゲームと現実で見慣れた回復マシンがある大部屋に辿り着く。
いつものように回復マシンのメンテナンスをするジョーイと付き添うラッキー、掃除をしているジュンサーの姿が目に入る。
いつもと変わらない光景。
「おはよう」
いつもと同じように挨拶をするユウタに気づいたジョーイが、手を止めてユウタに歩み寄る。
「おはようユウタ…まったく、なんて顔してるの?」
優しい笑みを浮かべて、ユウタの頭を撫でるジョーイ。
「ばっ!? そんな落ち込んでないし!? 寂しくないし!?」
「はいはい。わかったわかった」
後ろから迫ったジュンサーの手が軽く叩くようにユウタの頭を撫でる。
「俺、行くよ」
「ええ、いってらっしゃい」
「これは私たちからの選別よ。まずは手持ちのポケモンを捕まえるところからね」
そういってジュンサーから手渡されたのは3つのモンスターボールと傷薬。初めてではないが、いざ旅立ちの前に渡されたモンスターボールは心なしか重く感じた。
「ありがとう。それと、お世話になりました」
「なにがお世話になりましたよ。まだまだお世話することになるに決まってるじゃない。幸い、私たちはほぼ必ずここにいるわ。たまには連絡しなさい」
「私たちの姉妹には必ず合うわよ。あなたのこと、小さい頃から手紙で送っているから、会ったらよろしく伝えてね」
「うん、ポケモンセンターにつく度にしようかな」
「いつもみたいにはボコスカ『10万ボルト』使うんじゃないわよ? いや、流石に捕まるから」
いや、あれ『でんきしょっく』なんだって。信じてもらえないかもしれないっていうか何度も言ってるけど『10万ボルト』じゃないんだって。
そういえば…と、辺りを見回すが、ピチューの姿は見当たらない。
「あの子なら自分の意思でどこに行くか決めたみたいよ」
「そっか…うん、それじゃ俺も行くよ」
「ええ、いってらっしゃい」
「いってきます」
思い出すのは、旅立つ今日までの日々。一緒にイタズラをした日、はらっぱでポケモンバトルの練習をしてジュンサーに2人揃って説教された日。
なによりもお気に入りだったのは、一度覚えて以来、2人で吹くようになった草笛。
そんな思い出は、ユウタの中で忘れ難い思い出となった。
なにより、ユウタが望んでやまなかった大好きなピチューとの生活である。心残りがないかといわれれば嘘だ。むしろ心残りしかない。
もしもあのピチューと冒険し、バトルをし、ポケモンマスターを目指せたのならば、これほど夢のようなことはなかっただろう。
4月1日。
午前6時45分。
ジョーイとジュンサーに見送られながら、ユウタはトキワシティを旅立った。