ポケットモンスターLets Go ピチュー 作:エグゼクティブ
ユウタがトキワシティを出発してから早数時間。
出発した頃には登りかけていたお天道様も今では真上で眩い輝きを放っている頃合だろう。だが、ユウタの頭に太陽の光が降り注ぐことはなかった。辺りを見回してみれば、草、木、草、木…時々花。ときおり木々の隙間から太陽の光が溢れることはあれど、眩しいほどの光を浴びることは叶わない。
察しの通り、彼が今いる場所はトキワの森。
トキワの森をある程度知っているユウタに森を抜けることなど容易いことだ。それこそ迷わない限り、40分もあれば子どもの足でも十分に踏破できる。
ユウタがトキワの森で立ち往生をくらっている理由は、攻略云々の問題ではなかった。
「ピチュー先輩、カムバック…」
暗い森の中、負のオーラを醸し出しながら四つん這いでぶつぶつと呟く姿は正しく怨霊。通り過ぎる短パン小僧たちはふと思う。『夜でもないのにいつからゴーストタイプのポケモンが出るようになったのか』と。
幻覚である。
何を隠そうこの少年、トキワの森に入り込んで尚、手持ちのポケモンがいないのだ。
そしてこの場所は、例の色違いのピチューと初めて出会った入り口付近。当然、トキワの森に立ち寄る誰しもが彼の姿を目撃することになる。
ひとしきり呪詛を撒き散らして諦めることにしたのか、ユウタがよろよろと立ち上がる。
「手持ちのモンスターボールはたった1つ。この広い世界の中で、たった1体のポケモンしか捕まえることができない。正しく運命の出会い…果たしていつ、どこで、誰に使えたいうのか」
モンスターボールを両手で包み込み、祈るように真上と掲げる。因みに多少の所持金は持っているので、数個のモンスターボールを購入できるのだが本人はそのことをすっかり忘れて旅立ってしまった。
だが、迷うのも納得がいく。
トキワシティから旅立つトレーナーの多くが最初に訪れるフィールドは2番道路か1番道路。そこに生息しているポケモンといえば、コラッタやポッポ、ナゾノクサだ。だが少し足を伸ばしてトキワの森まで行けば、2番道路に生息するポケモンだけでなくビードルやキャタピー、果てはバタフリーやピカチュウなど多種多様なポケモンが生息している。無論、見かける多くは虫ポケモンとなるが…。
そんな
「目があったらポケモン勝負! さぁ、僕のビードルとバトルしよう!」
「手持ちのポケモンなんていませんけど、なにか?」
「え?」
「は?」
「…こ、ここは虫ポケモンたちがいっぱい生息しているよ! 頑張って良い相棒と巡り合ってね!」
こんなやりとりもすでに何度したことか。すれ違うトレーナーは皆、『目があったら』などと言うが、断じてユウタと目は合ってない。どちらかと言うと、もうユウタの目の焦点があってない。お先真っ暗な目をしている。
『やっちまったぜ』と言いながらもアドバイスしてくれるトレーナーたちの優しさが、これまたグサリとユウタの心に突き刺さる。泣きそうになりながらもユウタは天を仰ぐ。
「わかった。俺も男だ。相棒、お前のことは諦める。だから頼む、卵でもいいから出てきてくれチョゲプリィィィィ!!」
もっと非現実的である。
当然、生息地不明なポケモンがこの森にいるはずがない。
「おっと!?」
手に持っていたモンスターボールをユウタが突然落とす。不思議な感覚にユウタは自分の手を見て、何度も閉じたり開いたりを繰り返す。不思議そうに手を見つめて、モンスターボールを拾う。
何事もなかったかのように大きく伸びをすると、ユウタは一度溜め息を吐いてからトキワの森の出口に繋がる道に向けて歩き始める。
その背中を茂みからピチューが見ていることに、気づくことはなかった。
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「…そろそろあの子気づいたかしら?」
「もう気づいてるころでしょ。だってあの子、手持ちのポケモンいないのよ?」
「あの子がピチューしか眼中になくてトキワの森をさまよっているなんてこと…」
「「容易にあり得る」」
そんな会話がトキワシティのポケモンセンターであったとかなかったとか。
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「へっくしゅん!?」
一際大きなくしゃみを零し、ズビズビと音を立てて鼻をすする。非常に残念なことにジョーイとジュンサーの勘は的中していた。暗がりの中、生い茂る草を掻き分けるようにして進む眩い光源が一つ。
ユウタである。
リュックサックの中から夜用の装備を取り出して着替えたその姿は、工事現場のおっさんによく似ている。暗がりの中で少しでも自身を明るく見せるため、光に反応しやすい素材でできた青と黄色の服。頭には黄色いヘルメットを被るだけでなく、ベルトで固定したライトを装着している。先ほどから光っている光源はこれである。ときおり木々の隙間をぬって入ってくる月の光を浴びると、某ガンダムのサイコフレームかと錯覚するかもしれない。
「お前ら、飛べるってずるいな!!」
ぜぇぜぇと息を切らしながらも、後ろを振り向いて怒鳴るように声を上げる。ユウタの後ろには、編隊を組むようにして空を飛ぶスピアーの姿。
スピアー。
ビードルの最終進化系に当たるポケモンだ。まさかあの小さな虫がここまで巨大な蜂になるなど、誰が想像しただろうか。個体によって大きさは違うが、平均的な大きさは約1m。今チラリと後ろを見て確認した中でも、ユウタの身長と同じ大きさの個体が数匹いる。badエンド待ったなしである。
ともあれ、ユウタは一体何をしたというのか。
トキワの森の出口を目指していた際、怪我をしたスピアーを発見したユウタ。
たった一つの傷薬を惜しみなく使い、リュックサックの中から取り出した包帯で迅速に、ドヤ顔で処置を行なっていく。伊達にポケモンセンターで居候していたわけではない。ジョーイさん直伝の応急処置の効果は劇的だった。
こうしたジョーイさん直伝シリーズが、『トレーナーよりもブリーダーやドクターの方が良い』と講師に言わしめる所以となっているのだ。
別にジュンサーさん直伝シリーズも存在しているが、いつか使う日も来るだろう。
さて、そんなユウタの運のつきは、傷の手当てが終わった直後にスピアーの群れと出会ってしまったことである。傷を負った仲間のスピアーと
最初は数匹だったはずが、逃げていくうちに通りかかったスピアーたちも参戦していきここまで大所帯となったわけだ。これがゲームだったならばユウタは今すぐにでも見ず知らずのプレイヤーに擦りつけて逃げただろう。
「ええい! 怪我を負ったスピアーを処置したのが俺だと何故気付かん!」
喚いていてもどうしようもない。少し離れてついてくるスピアーの群れの羽音を背中で聞きながらユウタは考える。
作戦その1…出口まで逃げ切る。俺の体力がもつ気がしない。却下。
その2…この群れの1匹を相棒にし、説得を試みる。ただし、今走りを止めた途端、俺は文字通り蜂の巣になる。却下。
その3…怪我を負ったスピアーの下に戻り、説得を試みる。
「SO・RE・DA!!」
幸いなことに、トキワの森は天然の迷宮。元いた道に戻ることなど、わざわざ逆方向を向いて走り直す必要はない。次の曲がり角を左に曲がり、もう一度左に曲がれば間違いなく先ほどいた道まで戻ることができる。
全速力で左に曲がり、もう一度左に曲がる。やがて見えてきた怪我を負ったスピアー。まだ処置の途中だったこともあって、包帯がビロビロに伸びてしまっている。しかも、最悪なことに未だに目を回しているようで、説得を試みるにはもう少し回復を待たなくてはならない様子だった。
怪我を負ったスピアーの下にたどり着いたユウタは、未だにこちらを追ってくるスピアーの群れを見て苦肉の策にでる。
「いいか! 良く聞けお前ら!! このモンスターボールの中にはめっちゃくちゃ強い、さいっきょうのポケモンがいるんだぞ!」
大嘘である。
某海賊王の鼻長くんのような、ありもしない嘘を吐き捨て、高々とモンスターボールを掲げる。
睨め付けるのは群れの先頭で飛んでいるスピアー。他のスピアーと比べて明らかに大きな身体を持ったスピアー。おそらくあのスピアーが群れのボスなのだろう。
呆れたような表情を無理矢理作っているが、ユウタの背中は流れる冷や汗でびっしょりである。
「ええい! ままよぉぉぉぉ!!」
ボスの後ろで編隊を組んでいたスピアーたちがユウタを囲うように展開していくのと、ユウタがたった一つのモンスターボールを投げるのは同時だった。
投げられたモンスターボールが綺麗な軌道を描いてスピアーのボスへと向かっていく。全力投球で投げられたモンスターボールに反応できなかったスピアー。他のスピアーたちはユウタを包囲しようと群れのボスから離れてしまっていた。
今、まさにスピアーの頭部にモンスターボールが当たろうかというとき。
「ピッチューーーー!!!」
ユウタの投げたモンスターボールが眩い光とともに弾けた。
オレンジがかった黄色い身体、大きく特徴的な耳と尻尾。なにより、鳴き声でわかるそのポケモンの名。
ピチューである。
色違いの、ユウタがつい先日まで共に過ごしていた…あのピチューである。
くるくると回転して見事に着地を決め、ポーズをとるピチュー。本人は『最高のタイミングで出てきたでしょ!』とドヤ顔でチラリと後ろのユウタを見る。
「…」
群れのボスをはじめとしたスピアー一同と、ユウタの間に流れる刹那の静寂。
時が止まったような両者に、流石のピチューも表情を変える。
「ピチュ?」
「……」
ようやく動き出したユウタ。
目を丸くしながらも落ちているモンスターボールを拾うと、目をこすりながらピチューにボールを向け、真ん中のボタンを押す。すると、どうしたことか、モンスターボールから赤い光線に似た光が放たれ、ピチューの姿が赤い光となってモンスターボールの中に吸収された。
トコトコと歩いて先ほどまで立っていた場所に戻る
「えいっ」
棒読みしながら投げられたボールが、又してもスピアーの頭部を狙って投げられる。だが、投げられたボールは途中で光を放ちながら開き、見慣れたピチューの姿が現れる。
「あ、あ、あいぼぉぉぉぉぉぉっ!?」
頬をつねったり、目を擦ったりするユウタに『でんきしょっく』が炸裂したのは、それからすぐのことである。
▼ ▼ ▼
実のところ、スピアーたちは全くもって怒っていなかった。害するつもりなど微塵にもなかったが、ユウタが逃げ続けるので仕方なく追いかけていた。道中で合流したスピアーたちに下した命令は『恩人を止めろ』。
要は、ユウタの勘違いという虚しい結果に終わった。
仲間の手当てをしてくれたお礼にともらったきのみを齧るユウタと膝の上のピチュー。美味しそうにきのみを食べているのだが、ユウタが話しかけると頬を膨らませる。
1人と1匹の今いる場所は、スピアーの住処である。
縄張りに入っただけでも群れで襲ってくるほど警戒心の高いスピアーの住処にここまで堂々と立ち入った人間が、これまでいただろうか。
ユウタの目の前には、手当てをしてもらったスピアーと群れのボススピアーの姿。
不思議な人間だ。
改めてピチューはそう感じた。
「なんだよ、それならそうと言ってくれればよかったのに。お前らみんなめっちゃ怖い目で追ってくるし…え、なに? 目つきは生まれつきだって? それはまあ、ごめんって」
話が通じているように見えているが、『ピアッ!』などの鳴き声からユウタが勝手に想像しているだけである。
やはり、頭は悪そうだが…。
それでも、この人間に好感を持っている自分がいる。こうしてモンスターボールの外に出てみれば、トキワの森の暴れん坊ことスピアーも住処に案内しているではないか。
「それにしてもモンスターボールにポケモンが入ってて、しかも相棒だとは思わなかったぜ」
いつの間にか『相棒』呼びになっているのか。ピチューは辛く首を傾げたが、悪い気はしなかった。悪い気はしなかったのだが…ピチューはユウタから『プイッ』と顔を逸らす。
原因は1つ。
トキワの森でユウタが『わかった。俺も男だ。相棒、お前のことは諦める。だから頼む、卵でもいいから出てきてくれチョゲプリィィィィ!!』と言ったから。
あの時、不機嫌になったピチューの電気がモンスターボールを通してほんの少しだけ、静電気として漏れた。その結果、ユウタはモンスターボールを落としてしまった。
茂みから見ていたピチューは、『…なんか変な人間がいる』とドン引きしていた別の個体である。
「いや、まさかついてきてくれてるなんて夢にも思わないじゃん? チョゲプリィも確かにいつか仲間にしたいけど、やっぱお前が一番だって! な? 機嫌直してくれって…」
ユウタが旅立つ前日。
『あなたはどうしたい?』
机の上に置かれたモンスターボールを見て、ピチューは迷わずモンスターボールのボタンを押した。それ以来、ピチューはモンスターボールの中でユウタが自分を出してくれることを待ち続けた。
道はいくつもあった。
しかし、ピチューはユウタと共に進んでいくことを選んだ。
その選択が良かったのかどうかは、きっとこれからの旅でわかるだろう。