ポケットモンスターLets Go ピチュー 作:エグゼクティブ
是非もないよネ。
スピアーの住処で一夜を明かしたユウタとピチュー。1人と1匹は早朝、スピアーたちに見送られながらトキワの森を後にした。前世のラジオ体操のような、そうでないような奇妙な動きを繰り返し行うユウタとその姿を少し離れてジト目で見守るピチュー。夕食も朝食もきのみのみ。ピチューはポケモンだから良いとして、ユウタの胃袋はいったいどうなっているのか。どうしてそこまで元気に溢れているのか、ピチューには不思議で仕方がなかった。
「はい、ここで両腕を上げて〜! 回り狂うカポエラーのようにぐ〜るぐ〜る回しま〜す!」
あと、この妙な動きを人が集まる広場でするのをやめてほしいと切に願うばかりである。ユウタに付き合って一緒に奇妙な動きをする老若男女も、できればそろそろ終わりにしてほしい。
ここはニビシティ。
看板には『ニビは灰色、石の色』と記されている。
周りを見回してみれば、トキワシティでは目にすることのなかった多くの建物。ジムやポケモンセンター、フレンドリーショップは馴染み深い。ニビシティはそれだけではなく、大きな博物館が奥に建っている。
「お待たせ相棒! さぁ、出発すっか!」
気がつけば、良い汗を流した老若男女が広場から解散していく姿が視界に映る。
今日も今日とて1日が始まるようだ。
因みに、カントー地方におけるカポエラーの認知度はほとんどない。
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ニビシティでユウタがやろとしていることは、図鑑を埋めることだけだった。別にピチューを相棒に迎えたからといって、すぐにジム戦をしようとは思わなかった。そもそも、ピチューに戦闘経験があるのかどうかすら怪しい。なにせ、ピチューと言えばベイビィポケモン。ベイビィポケモンといえば、人間でいえば子どもも子ども、むしろ赤ちゃんである。
大事なことはしっかり教育すること。こんなことならば、トレーナーズスクールにピチューも連れて行くんだったと後悔するユウタ。資格を持っていなかった当時のユウタが、ピチューを連れて行く術はない。
とにかく、経験を積んでもらうことは大事なことだ。一番初めがジムリーダーで完敗で自信なくすとかほんとダメ、絶対。まして、ニビジムといえば岩タイプのポケモンばかり。相性は最悪だ。
故に、ユウタはピチューに一番初めに経験させるジムはハナダシティと決めていた。ハナダシティのジムリーダーが繰り出すポケモンは水タイプのポケモン。ピチューからして、相性は抜群に良い。
まあ、それもこれもすべてはピチューがバトルを
「ピッチュー?」
「ん? ああ、今日はお月見山を越えてハナダシティまで向かう予定だ」
「ピッチュ」
「だからこそ聞くんだが、モンスターボールに入らなくていいのか? 結構というか山一つ越える程度には歩くんだぞ?」
ユウタの言葉にピチューは小さな両腕を組んで歩き始める。右へふらり、左へふらり。どうやらこのピチュー、何かを懸命に悩む時は腕を組んで歩きながら考える癖があるらしい。
いや、かわいいから良いんだけどね。
こっそりカメラを取り出して写真を撮る。やがて掌に左手を打ったピチューが、ユウタを見上げる。ユウタが首を傾げたのも束の間、勢い良くジャンプしたピチューがユウタの肩に着地すると声高々にお月見山の方向に指をさす。
そんなピチューの声が『進めーっ!』といっているように思えて仕方がないユウタ。呆れた溜め息を吐きながらも、心の中では悶絶している変態である。
なんと器用な男か。
「なるほど、自分は絶対歩かないぞっていう意思表示だな。ときおり下ろすからな」
「ピ、ピチュっ!」
適当なことを言うユウタだが、呆れたような表情は決壊しニマニマ顔である。尚、カメラの持ち方を変えて、インカメのようにして写真を撮ることは彼の中で決定していた。
ニビシティでの滞在時間、約40分。
ちょっとポケモンセンターによって、フレンドリーショップに寄り、奇妙な体操をしただけである。因みにその時間配分は、ポケモンセンター15分。フレンドリーショップ5分。奇妙な体操20分と何故か一番体操の時間が長い。
ポケモンセンターでは、トキワシティのジョーイとジュンサーに連絡をとった。本来ならば半日もかからない距離だったために、軽くお叱りを受けた。スピアーと鬼ごっこしてましたと答えたら、もっと怒られた。ついでに仲良くなって、お泊まり会してましたと答えたらブチ切れられた。
解せぬ。
ピチューの顔を見てジョーイとジュンサーがドヤ顔をしているのを見て、ユウタ以外みんなグルだったことを知る。若干イラっと来たのは内緒である。何が『まずは手持ちのポケモンを捕まえるところからね』だ…なんて思ってないんだからね。
フレンドリーショップで主に買い込んだのは傷薬と食料、なんでもなおし。申し訳なさ程度にしか買ってないモンスターボール…僅か3個。
自分に言い聞かせるように、ユウタはレジで言った『背に腹は変えられねぇ…』と。
「ああ、そうだ相棒」
ニビシティと3番道路の境目に辿り着くとユウタは肩に乗ったピチューをそっと掴んで地面に下ろす。
「チュ?」
首を傾げるピチューにユウタはしゃがんでピチューに向かって語りかける。
「お月見山とか3番道路は、俺以外のポケモントレーナーがわんさかいるんだ」
「ピチュ」
「それでな。多分回避しようにも、数回はポケモンバトルを申し込まれると思うんだ。お前、バトルとかやりたいか?」
「チュー?」
頭を抱えて、右へ左へ傾くピチュー。その仕草が、アニメ版のコダックに見えてくる。まだ現実で見たことがないが、もしかするとリアルコダックもこんな感じなのかもしれない。
リアルコダック…なんて響きだ。
「んとな。俺がバトルするわけじゃなくて、お前がバトルしなくちゃいけないんだ。だから、攻撃するのもお前だし、攻撃されて痛いのもお前なんだ」
「ピッチュ!?」
大げさな仕草で驚くピチューを見て、ユウタは首を何度も縦に振る。
「そうそう。だからもしもバトルなんてやりたくないなら言ってくれていいからな。俺的に、ホウエン地方にずらかってポケモンコンテストで頂点目指すのもありな気がするし」
正直、ポケモンコンテストで頂点を目指すのもありだとユウタは思った。
なぜかって?
ボクのピチューが世界で一番かわいいんじゃぁぁぁ。
マジレスすると、愛らしい瞳にチョコチョコと可愛い仕草。覚える技には『天使のキッス』もある。バトルよりもコンテストの方がある意味向いている気がしてならない。
そこで、ユウタはふと思った。
そういえば、相棒は一体どんな技を覚えているのだろうか。そこまでレベルが高いとは思えないが、生まれたてのレベル5でもなさそうだ。確か、ポケモン図鑑で覚えている技も見れたはず。
後で確認しておこう。
「ピチュ」
ピチューが小さな頭を振って頷く。
「ん? やるって?」
「ピッチュ!」
やる気十分な様子で頬の電気袋に電気を帯電させるピチュー。そんなピチューの様子を見て嬉しそうに頭を撫でる。だが、ニッコリとしたなんとも綺麗な笑みで無慈悲に告げた。
「なるほど。しかしだな、俺はお前の可愛さを世界に知らしめたいので、そのうちホウエン地方でコンテストやろうな」
「ピッチュ!?」
「人生、そんだけでっかい夢持った方が良いんだって。よし、いざいかん、ハナダシティへ」
「ピ、ピチュ!?」
『ふははは』と笑うその姿には、気品の欠片もない。お月見山に向かって歩き始めたユウタを、ピチューは抗議の鳴き声をあげながら追いかけていくのだった。
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3番道路はお月見山の麓に向かって伸びている。伸びているとはいってもトキワの森同様に天然の道路である。道中はゴツゴツとした岩場やいくつもの段差。歩いているトレーナーも山男ばかり。バトルをしようものならまず勝てないだろう…そう思っていた。
ついさっきまでは。
「い、いしつぶてぇぇぇッ!!」
遠い目をしながら、ユウタは山男がイシツブテを介抱している姿を見る。次に、褒めてもらいたいけど恥ずかしくて言えない子どものようにユウタをチラ見するピチューを見る。無論、ユウタに褒めちぎらない選択肢はない…ないのだが。
ピチューに罪はない。むしろ、『天才か!?』と驚いているくらいである。
とにかく、ユウタは全力でピチューを褒め讃え、頭を撫でまくった。撫でられて気持ちよさそうに目を細めるその姿はいつものツンツンとした態度からは想像できない。一連のフィードバックを終えてから、ユウタは改めてポケモン図鑑をピチューへ向ける。スマートフォンがQRコードを読み取るが如く、ピチューの姿から読み取った内容を画面に記してくれる。
でんきしょっく
甘える
天使のキッス
わるだくみ
でんじは
ここまではいいのだ。普通のピチューならば絶対に通る道である。
ただ、問題はこの次からだった。
めざめるパワー。
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ノーマルタイプの威力60。命中率は100でPPは15。『ただのノーマル技かよ』と侮るべからず。ノーマルタイプとは言ったが、攻撃する時タイプが変わらないとは言ってない。というか、ノーマルタイプで攻撃するとは言ってない。
そう…この『めざめるパワー』は、技を使用する個体によって、タイプが変化するのだ。前世のゲームにおいては、もはや廃人御用達。ライコウめざパ氷とか飯ウマですわ。ガチ勢達は皆、こぞって個体値を調整し、弱点となるタイプへの対抗策として技のレパートリーに加えていた。
え、ノーマルタイプとフェアリータイプには変化しないよ、ごめんね?
ノーマルタイプなのにノーマルタイプで攻撃しないとかいい加減にしろ。
攻撃するときのタイプの決定は、先ほども言ったが個体値で決まる。
HP〜素早さまでの全てのパラメータ。その数値が偶数か奇数で決まる。
内心『まっさかー』と思いながらも、ユウタは実戦で使ってみた。するとどうしたことか。腕を組んで仁王立ちするピチューの小さな身体からいくつもの球体が輪を作り、広がっていく。広がりは徐々に範囲を増していき、ある一定の範囲に到達した途端、球体の一つ一つが氷の粒となって一斉にイシツブテを襲った。
某サッカーゲームの無限の壁のようなドヤ顔で仁王立ちするピチューの心境は果たしてどのようなものなのか。少なくとも、ユウタは遠い目をした。遥かかなた、ここからでは決して見えるはずのないハナダシティを見通すように、遠くを見た。
倒れ臥し、目を回したイシツブテを見て全てを察したユウタは考えることをやめた。
そうして今にいたる。
目覚めてるよ、ほんとに目覚めちゃってるよこの子。
めざパ氷ですね、わかります。
ニビジム、なにそれ楽しいの?
「フォースの導きがあらんことを…」
祈るように手を合わせるユウタをピチューが不思議そうに見つめている。
ユウタは賞金として、400円入手した。
「次は俺とやろう!」
その様を見ていた別のトレーナーがユウタに勝負を仕掛けてきた。どうやら、先ほどの短パン小僧とはお友達らしい。幸い、確認しておきたいことはまだまだたくさんある。
「無理しなくていいぞ? 行けるか?」
「ピチュピッチュ!!」
肩から勢いよく飛び出したピチューが電気袋に電気を帯電させて声をあげる。
相手はナゾノクサ。
なるほど確かに電気タイプからしてやりづらい。結局、めざめるパワーで解決するのだが、それは後でいいだろう。今回の検証は、自分ではなく、相手に影響する技だ。
「ナゾノクサ、すいとる!」
『すいとる』は草タイプのポケモンが序盤に覚える技。相手にダメージを与えつつ、自身の体力を回復する技。上位交換としてメガドレインやギガドレインがある。
ユウタは相手のナゾノクサが攻撃のモーションに入ったことを確認する。ピチューは別段焦りもせず、冷静にユウタの指示を待っていた。やはり、普通のピチューではない。
もしかして、戦闘経験豊富だったりした?
「かわしてアンコール!」
俊敏な動きでナゾノクサの『すいとる』をかわす。攻撃をかわされたナゾノクサとかわしたピチューの間に静寂が走る。そして次の瞬間。
「ピッチューーー!!」
キラキラとした瞳でピチューはナゾノクサを賞賛した。小さな両腕で拍手するように何度も手を叩く。あからさまなピチューの様子にユウタは口元を抑える。面白いが3割、残りの7割は可愛さ故である。
『すっごーーい!!』
『?』
『それどうやったの!? もう一回見せて!!』
『そ、そんなに見たい?』
『お願い!』
『し、仕方ないなぁ』
ユウタの頭の中でこんなやりとりが頭を過る。ポケモンの言葉でわからないが、きっとこんな会話をしているに違いない。
やがて、ナゾノクサはトレーナーが命令する前に、『すいとる』を行おうとする。慌てふためくトレーナーだが、もう遅い。ナゾノクサはピチューに向かって『すいとる』を発動した。
アンコール。
約3ターンの間、相手は最後に使用した技しか使えなくなる。
『めざめるパワー』同様、レベルアップでは決して覚えることのない技である。卵技と呼ばれる、遺伝によって継承される部類の技。
実はこのピチュー、図鑑で確認したところ『めざめるパワー』以外の卵技を数多く覚えていた。かの有名な『ボルテッカー』は覚えていなかったが、後に修行してみようと思う。
現実だもの、やってできないことはない。
直後、電気袋に帯電した電気が一際強くバチリと弾ける。ピチューの表情を見た相手のトレーナーは戦慄した。
悪役の笑みをそのまま貼り付けたような真っ黒な笑み。
そしてこう思ったに違いない。
『可愛い顔して、なんて表情しやがる…!』と。
背中ごしで見えないものの、ユウタはなんとなくわかっていた。故に、ユウタも戦慄した。
やだこの子ったら、勝手に『わるだくみ』してるんだけど…恐ろしい子!?
直後、3番道路で異常な威力の『でんきしょっく』がお月見山の麓のポケモンセンターを騒がせることになる。