新暦126年。管理局崩壊より50年が過ぎた。
現在の次元世界は安定していた。かつて言われていた治安維持組織の初動の遅さや戦力不足は解消されていた。
軍隊や警察などの危険を伴う職業は、満18歳以上でないとなれないと法律で規定され、管理局の様に才能があるからと10歳にも満たない少年少女がデバイスを持って戦うという非道な事も無くなった。子供を守るという健全な社会として当たり前な事が、やっと常識として守られるようになったのだ。
管理局時代の過剰なまでに才能に依存した社会から、やる気があれば誰でもできる社会への変換。
かつての旧管理世界の多くは、次元世界連盟という次元航行技術を有する世界間の協力組織に所属している。これは地球の国連を参考に、複数の次元世界の協力を円滑に進めるための世界間組織であった。これに地球を初めとする世界が加入していた。
俺、エリオ・モンデリアルは自問する。これで良かったのかと、フェイトさん達が目指した管理局再興は結局実現しなかった。
しかし次元世界は、管理局時代よりも良くなっている。下手に管理局を再興させるよりも現在の方が良い世界だ。今の世界は魔法に重きを置かれていない。
かつては広域犯罪が横行していたが、現在の世界の首脳陣は犯罪を未然に予防する社会作りをしていて、犯罪件数は劇的に下がり、検挙率は飛躍的に伸びていた。
あの時、フェイトさんは自分たちに国連軍に降伏するように伝えて去った。自分たちも同行すると言ってもフェイトさんに止められた。きっとあの時には、勝ち目がないことを悟っていたのだろう。
それでもフェイトさんが戦いを止めなかったのは管理局の理想に殉じるためか、それとも養母と義兄の敵討ちなのか? それは結局分からなかった。
その二年後に、フェイトさん達が死んだことを知って、とても悲しかったけれど自分たちはそれを受け入れた。
敵討ちをしようとは思わなかった。フェイトさん達はそれを望んでいなかっただろうし、フェイトさん達も死ぬことは覚悟の上だった筈だから敵討ちなどと言うのは、フェイトさん達の戦いを汚すことになる。
フェイトさん達の戦いに意味があったのか、と聞かれれば俺には答えられない。客観的に見れば無意味でしかなかっただろう。現在の教科書を見ても管理局は悪として書かれている。
元々、管理局の利益の為に暗部が色々とやっていたし、強硬派の暴走が酷かったのだ。質量兵器廃絶を名目に科学者達が圧迫されて、邪魔な者は管理局法の下で犯罪者として裁かれていたことも白日に晒されている。
人造魔導師や戦闘機人の不法研究や様々な不正も暴かれており、最早管理局は歴史上では高ランク魔導師による選民思想の組織で、質量兵器という魔法以外の力を規制して、魔法の力を持たない一般人を支配していた悪役になっていた。確かに傍から見ればそういえたので、その意見が広まるのに時間は必要ではなかった。
今の俺は孫に囲まれた好々爺でしかない。幸せかと聞かれれば、幸せであると答えられる。唯一の心残りは、できればフェイトさんには生きて欲しかった事だ。
あの人は、結婚どころか恋人もできずに死んでしまった。あまりにも若くして死んでしまった。エリオにはそれが残念でならなかった。
[完]
後書き
ブリタニア帝国記if編はこれで終わりです。あっけないと思いますが、シドゥリが合理的に動くと、管理局があっさりと潰れると思うんです。話を長引かせると逆に不自然なので、あっさりと片づけました。