「先日は申し訳ありませんでした!」
「あ、あの、そんなに何度も謝られても困ると言いますか……、こちらこそ謝らなくちゃいけないような……」
墓場での件の数日後。俺とアクア、そしてめぐみんを引き連れて、ウィズの営んでいるという魔法店にやってきた。
アクアは上述の通り、無理矢理浄化したことへの謝罪をするためについてきたわけだが。
「あの後、一応魔法陣に怪しいところはないか調べたけど、本当に魂を成仏させるためだけの物だってわかったから、正式に謝ろうと思って……あ、こちらつまらないものですが」
「いえ、お気持ちだけで結構ですので……」
「本当に遠慮せずに受け取ってください! 自分を戒めるためのものでもあるんだから!」
「で、ではありがたく……!? こ、これって霜降りガニの詰め合わせじゃないですか!? こんなお高いもの本当によろしいんですか!?」
「お願い受け取ってー! こうでもしないと私が私を許せそうにないのよー!」
「ああああああ、あの本当に私なんかのためにこのような物を買わせてしまって申し訳ありません!」
あれから一日中アクアはめっきり落ち込み続けていた。
罪のないリッチーを浄化しようとしたこともそうだけれど、クエストを失敗したことによって、俺達が『初心者でも達成できるクエストに失敗した上級職の多いパーティ』とバカにされたものだから、自分がクエストを受注したことに責任を感じてしまっていたのだ。
元よりはみ出し者の寄せ集めであった俺達は気にしていなかったのだが、このお優しい女神様は、すっかり自信を喪失してしまっていたって訳で。
そして、なんとか持ち直したアクアがまず取った行動が、今差し出しているお詫びの品を買いに行くことだった。
「ほうほう、この棚にあるのは全て爆薬ですね。一度マジックアイテムでの爆発と、我が爆裂魔法の威力の違いを検証してみたいと思っていたのですが、これは非常に都合がいい。いずれお金を貯めたら、この棚にある分を纏めて買い上げたいものです」
「……なんでお前は見ただけで爆薬だって分かるんだよ」
「漂っている魔力の形と匂いからですが?」
なんだよ、魔力の形って。そもそも魔力に匂いってあるのかよ。
「それよりもカズマ、貴方はウィズに用があるのではなかったのですか?」
おっと、そうだった。
俺は別に魔法の道具が欲しいわけでも、ましてやめぐみんの変態性を再確認しに来たわけでもない。
互いにぺこぺこしている美女二人の間に割って入り、俺は本題に入ることにした。
……このまま終わるのを待っていたら、日が暮れちまいそうだしな。
「なあウィズ、何か、使えるスキルを教えてくれないか? リッチーならではのスキルとかあるんだろ?」
―――………
「……私を特典に選んだ時と言い、カズマって本当に突飛な発想がすごいわよね。普通モンスターのスキルを覚えようだなんて思いつきもしないわよ」
「こうでもしないと冒険者の唯一の利点が活かせないだろ。他の奴にできないことができるようになるには、普通じゃ教えてもらえない奴からスキルを教えてもらうしかないじゃん」
ウィズを見逃す代わりに――もともと見逃すつもりではあったが――戦力強化を図ろうという訳だ。
アンデッドのボス、リッチーのスキルを覚えられたら、その分戦術の幅も広がるしな。
「リッチーの魔法、私も興味があります。リッチーはいわば魔法のエキスパートのようなもの、ぜひ拝見したいです」
「え、えっと。それでは、一通り私のスキルをお見せしますから覚えて行って下さい。見逃してくれた、せめてもの恩返しですので……」
そこまで言って、ウィズはハタと何かに気づいたように、俺達三人の顔を順繰りに見ておどおどしていた。
「えっと、どうした?」
問いかける俺に、ウィズは困ったように二人を見る。
「そ、その……。私のスキルは相手がいないと使えない物ばかりなんですが、つまりその……。誰かにスキルを試さないといけなくて……」
なるほど、そういう事か。
俺がスキルを覚えるには、誰かがそれを受けなければといけないと。
「だったらあんまり殺傷力の高いスキルは無理だな。手ごろな奴で頼むよ」
「それなら私が被験者になるわ。私だったらそう大事にはならないでしょうし」
予想外の贈り物をもらった申し訳なさと、前回浄化されかかったトラウマがあるせいか、ウィズが怯えたように身を引きながら。
「そ、その……。ドレインタッチなんてどうでしょう? ああっ、も、もちろんほんのちょっぴりしか吸いませんので! スキルを覚えてもらうだけなら、ほんのちょっとでも効果があれば覚えられると思いますので!」
「平気平気! なんなら思いっきりやってくれても構わないわ! リッチーが相手でも私の魔力は吸いきれないから」
慌てたように口早に言うウィズに、アクアがにっこりと快活な笑みを浮かべながら自分の手を差し出した。
しかし、あれだけリッチーに憎悪の念を向けていたアクアがここまで気を許すなんて。
アクアがお人好し過ぎるせいなのか、それともウィズが底抜けに善人だからか。
…………この二人のどっちかがリッチーのはずだよな? もう両方女神で良いんじゃないか
「で、では失礼します………………。…………? あれっ? あ、あれっ……?」
俺には何が起きているのかは分からないが、ウィズにとっては予想外の事が起きているらしい。
「力を、力を吸い取ってるはずなのに……なぜか逆に力が抜けていっているような…………あ、でもなんだか気持ちよくって……このまま、この身体を預け切ってしまいたく……………」
「ちょ、ちょい待ち! ウィズ、貴女身体がちょっとずつ透けてきてるわよ!? …………あ、私の魔力のせいか!? ちょっと一旦ストップ! 魔力を吸うの止めなさいっ!?」
慌てた様子のアクアとは対照的に、身体が消えつつも、今すぐにでも安らかに眠りそうなほど穏やかな表情を浮かべているウィズ。
というか現在進行形で永遠の眠りにつきそうだ。
「ていっ」
「きゃっ!? うぷっ!」
めぐみんが、杖でウィズを引っかけて転ばせた。
その拍子にドレインタッチのために繋がれていた手も外される。
「……はっ!? わ、私は一体、何を!?」
「な、ナイスよめぐみん! もう少しでウィズが成仏するところだったわ!」
「どうやら、アクアの魔力はウィズとは相性がよろしくないみたいですね」
アクアの魔力はウィズにとって毒にも等しい物のようだ。
それもそうか、女神の力を直接体内に取り込んでいるわけだから、そりゃもう拒絶反応が起こるに決まってる。
「ご、ごめんねウィズ。私の魔力って、アンデッド系に致命的だったの忘れてたわ……」
「悪いなウィズ、どうもこいつは職業柄、アンデッドとかみ合いにくいというか……」
そろって謝る俺達に、ウィズがとんでもないとばかりに首を振った。
「い、いいえ! そ、その、私がリッチーなのが悪いんですから……。と言うか、その、以前私を簡単に『ターン・アンデッド』で消し去りかけたり、普通じゃない魔力を持っていたり……。ひょっとして、アクアさんって、女神様なんですか?」
あ、ヤバイ。
流石にリッチーにもなれば、アクアが本物の女神だと分かるのか。
この人にバレるだけならまだいいかもしれないが、この場にはめぐみんが――
「ああ、やっぱりそうだったんですね」
「……あら?」
そこには、むしろ合点がいったとばかりに頷いているめぐみんの姿が。
え、知ってたの?
「あんな『ターン・アンデッド』を見せられたら、自ずと答えは導き出せますよ。リッチーに効く浄化魔法を、アークプリーストとはいえ、低レベルの冒険者が使えるはずもありませんからね。人間ではないってところまでは推測できました」
「……めぐみんってば、魔法のことに関して優秀過ぎない? その調子で他の魔法を覚えたりは」
「ないです」
「あ、はい」
くそ、上手く乗せられなかった!
でも本当にもったいないんだよなぁ。いや、爆裂魔法だけでも、かなり頼りがいはあるんだけれども。
「……まあ、めぐみんにもバレてるならいっか。貴女は他所に言い触らしたりはしないでしょうし言っておくけど。私はアクア。そう、アクシズ教で崇められている女神、アクアよ」
「ヒッ!?」
ウィズが少しだけ怯えた顔で俺の後ろに回り込んだ。
リッチーにとって、やはり神って存在は天敵に出くわしたような物なのか。
「おいウィズ、そんなに怯えなくてもいい。アンデッドと女神なんて水と油みたいな関係なんだろうけどもさ。アクアはお前を浄化しようとか、そんなことはもう考えてないから安心してくれ」
なだめる俺の言葉に落ち着いたのか、俺の肩越しにアクアをチラチラ見るウィズ。
「い、いえその……。アクシズ教の方ならよく知っていますので、そこは安心できるんですが……そんな方に高級霜降りガニを買わせた。だなんて流石に恐れ多いと言いますか……」
「アンデッドが安心できる宗教って、それはそれでどうなんだ?」
「ごごごご、ごめんなさいっ! べ、別にアクアさんを馬鹿にしたわけでは決してなくてですね!?」
「分かってる、分かってるから! カズマも余計なことを言わないの!」
だって、アンデッドに怖がられない神様ってありがたみが下がるじゃん。
ヴァンパイアとかに十字架や聖水が効かないようなもんだし。
「とにかく、人に危害を加えない限りは私からどうこう言うつもりはないから。エリス教の人たちにはバレないように。あと、アンデッドだからって食事を抜いたりしちゃだめだからね。食べなくても平気だからって人間らしい生活をしなくなったら精神的にまいっちゃうし。商売もしっかりやって、やりたいことをやりきったらちゃんと成仏する事。いい?」
「は、はい!」
「……本当にアクアってお母さんみたいですよね。見た目とは裏腹に」
めぐみんの言葉には完全に同意する。
見た目的には少女なのに、中身が世話焼きオカンのそれなんだからな。
……俺、アクアのせいでダメ人間になりそうだ。
―――………
「それにしても、本当に女神だったとは。いえ、以前からどうして冒険者なんかになったのか疑問に思うレベルで善人だったので、てっきり悪人に騙されて、泣く泣く冒険者の道を歩むことになった良いところのお嬢様だとも思っていたのですが」
「まあ箱入り娘だったってのは間違ってないけどな」
「別にそんな上等な生まれの者じゃないんだけどねー。見ての通りガサツだもの」
もっと上級な存在な奴が何か言っているがツッコミは入れない。
本人は本気でそう思ってるからだ。指摘したところで理解されないだろう。
「そういう訳だから、めぐみんもあんまり言いふらさないでくれよ。俺達が頭のおかしい連中だって思われちまうし」
「そんなの当然です。言ったところで信じて……うーん、いや、一部の人たちは信じそうなので却って怖いというか……」
「……あー、そうか。それもそうだった」
「なんでよ? 別に私バレるようなことはしてないつもりなんですけど?」
確かにアクアはばれるようなことはしていない。
ただ、普段の行動が女神っぽさ全開過ぎて、他の奴らにすんなり受け入れられそうなのだ。
「……じゃあお前、三日前酒場で何をしてたか覚えてるか?」
「えっと……
「うん。それで『実はアクアは女神です。貴方はそれを信じますか?』ってアンケートをとったら、間違いなく信じるを選ぶ奴らの方が多いと思うわ」
「ですね。そういった善意からの行動が多すぎたのも、お嬢様疑惑を深めた一因なのです」
「へ? 何言ってんのよ。ちゃんと治療にはお金をもらってるし、悩みも、聞いてあげてるだけで私から意見を出してない方が多いわよ? 神が宴会芸をするっていうのも信じられにくくなる要素じゃないの?」
金をとってると言っても高くて500エリスくらいだし、相談なんてものはただ誰かに話を聞いてほしいだけの場合が大半だ。それだけで十分な対応と言えるだろう。
宴会芸にしても、中年オヤジがやるような下品なものじゃなくて、観客達を驚かせる手品のようなものから、即興で芸術品を作り出したりと、ある意味奇跡を見せられ続けてるようなもんだってのにか。
……やっぱり、人間と神では価値観に違いがありすぎるんだろうか。
「ま、アクアはそのままでいいと思うぞ。うんうん、それでこそアクアだ」
「その通りなのです。多分、貴女のそれは、無理に隠せるものじゃありませんから」
「え、なんで二人とも生温かいものを見るような目で見るの? ちょっと? 私また何かドジっちゃったの? え、な、なんでよおおおおおっ!?」
俺とめぐみんの視線を受けて、アクアが絶叫した。
ちょっと予定が前倒しになりました。
というのも、ここのアクアだと、ウィズに謝りに行くのに間をあけないと思ったからです。
おかげで少し、ベルディア戦が変化しそうです。
そこのところがオリジナル展開になりそうなのでご了承ください。