「ん? ダクネス、鎧の形状少し変わったか?」
「おお、気づいてくれたか! この鎧、修理を頼んでおいていたのだが、報酬が良かったからな。少しばかり強化して見たのだ!」
数日後、キャベツ狩りクエストの報酬が支払われることになった。
ようやく収穫されたキャベツが売りに出されたらしい。
その報酬で鎧を強化したダクネスは、嬉々としてその鎧を見せびらかしてくる。
……なんだろう、このダクネスに今尻尾がついていたら、振り切れんばかりにブンブン振ってそうだ。
「どうだ!? この鎧、どう思う!?」
はっきり言って、成金趣味のボンボンが着けてる鎧みたいだ。
けれど、こうも褒めてほしそうにしているダクネスを前にそんなことはとてもじゃないが言いにくい。
……しょうがねえな。
「ああ、なんだかかっこよく見えるぞ。煌びやかさの中に堅牢な雰囲気が漂っているというか、ダクネスにぴったりだ」
「そ、そうかそうか! いや、カズマは見る目があるな! それでこそ我らのリーダーだ!」
取り繕いまくった俺の言葉に、無邪気にはしゃぐお姉さんの姿がそこにあった。
……いかんいかん、ギャップで萌えそうになった。
「だからって無暗矢鱈と敵に突っ込むなよ。クエストに行くたびに金がかかるんじゃ、バカみたいだろ」
「それは……なるべく善処しよう!」
無理だってか。
もう、そのあたりは個人の責任だから、大きな問題が起きない限りは干渉しない。めんどいし。
それよりも、今は我らがパーティーが誇る変態の行動がやばすぎる。
「ハア……ハア……。た、たまらない、たまらないです! 魔力溢れるマナタイト製の杖のこの色艶……。ハア……ハア……ッ!」
「め、めぐみん、ちょっと落ち着こう? ね? あの、周りの人たちも見てるから……」
「何を言いますかゆんゆん! そんなだから貴女は私を超えることができないのです! 魔法使いである以上、自らの魔法の威力、精度、詠唱の速さ、その他もろもろが上昇するこの事態に興奮を覚えずにいられようか! いや、ないっ! さあゆんゆんも、新たな杖に頬ずりをしてみるのです! 新たな世界が拓けますよ!」
「た、助けてカズマさーーーーん!!」
めぐみんが、新調した杖を抱きかかえて頬ずりしていた。
何でもマナタイトと言う希少金属は、杖に混ぜると魔法の威力が向上する性質を持っているらしい。
ダクネス同様、キャベツの報酬で杖を強化してからというものの、めぐみんは朝からずっとこの調子だ。
何でも、爆裂魔法の威力がこれで何割か増すらしい。
唯でさえオーバーキル気味な爆裂魔法をこれ以上強化してどうするのか、非常に疑問に思うのだが、そんなことよりゆんゆんの救出の方が先決だ。
美少女二人の絡みであるはずが、悪質な酔っ払いに絡まれて飲めない酒を無理やり飲まされそうになっている女学生の構図にしか見えない。もちろん酔っ払いは変態の方だ。
「やめてやれ、この変態」
軽くめぐみんの頭を小突いた。
言って聞くのなら殴る必要などないのだが、この変態は自分の世界に入ると、こうでもしないと止まらないからな。
「あいたっ!? 何をするのですかカズマ!? うら若き乙女の頭を殴るとはとんだ鬼畜ですね! その上変態などとは人聞きの悪い! 謝ってください!」
「ほーん? 俺の近くのどこに乙女がいるんだよ? 俺の目には、訳の分からない気色悪い儀式を、あろうことか自分の友人に無理やりやらせようとする変質者しか視界に入ってこないんだが?」
「言うに事を欠いて開き直りですか!? そもそも人の下着をスティールするような変態に変態呼ばわりなどされたくありません! この変態! 鬼畜男!」
なぜ注意しただけでここまで言われなくちゃいけないのか。
カチンときた俺は、声を張り上げながら、
「あぁっ!? 朝っぱらからハァハァしながら脇目もふらずに杖を抱きしめて恍惚としている変態様がなんだって!? そのへんちくりんな行動には意味があってのものなんだよな? 魔力でも上がるのか? 新しい魔法でも思いつくのか? だったらいくらでもやってくれ! そして爆裂魔法を撃ってもぶっ倒れないようになってくれよ! もしくは爆裂魔法以外の燃費の良い魔法を覚えやがれ! そうでもないんだったらその周りがドンびいてる行動を即刻やめろ! この変態ロリっ子魔法使いがぁ!」
「上等です! その喧嘩買いましたよ! ええ高値で買ってやろうじゃないですか! 今日という今日は目にものを見せてやりますよ! さあ表に出ようか! ガチで勝負して――」
「やめんか馬鹿者」
グワンっ! という音がして、俺とめぐみんは地に伏した。
「恥をさらすのもいい加減にしないか。めぐみんもカズマも大人げないぞ。こんなところで喧嘩をするなどみっともない」
「あの……ダクネスさん?」
「めぐみんは注意されたくらいで挑発するな。カズマも、いくら言われたからと言っても言い返し方に限度がある。そこのところを二人は反省してだな」
「ダクネスさん! すみません、ダクネスさん!」
「うん? どうしたゆんゆん?」
「二人とも聞いてないです。というより多分聞けてないです…………気絶してますから」
「…………お、おい大丈夫か二人とも!?」
―――………
「申し訳ない! 自分のバカ力加減を忘れていた! 瘤とかはできてないか? 記憶の欠如は!?」
「あ、ああ、大丈夫だダクネス! もう、すっかりピンピンしてるぜ! なあめぐみん!」
「そ、そうですとも! むしろ我々こそすみませんでした! あんな些細なことで喧嘩をするとは恥ずかしいにもほどがありましたし! カズマにも謝罪します。逆切れしてごめんなさい!」
「いやいやいやいや! もう、俺は全然気にしてないから! こっちこそ、言いすぎちまったよ! 悪かったなめぐみん!」
必死でめぐみんと仲直りする。
決して、喧嘩の仲裁のために脳天に叩きつけられたダクネスの拳骨にビビっているわけではない。
心の底から申し訳なさがあふれてきて仕方がないだけだ。
そう、決して、一撃で俺達を昏倒させたダクネスの拳に恐れを抱いているわけじゃないのだ。
「それにしても、アクアさんの換金遅いですね。何かあったんでしょうか?」
ゆんゆんの言う通りだ。
俺達はとっくの昔にキャベツの報酬を受け取り終わっているのに、アクアだけ何故か帰ってくるのが遅すぎる。
キャベツ狩りで得た報酬は、全員で頑張って捕まえた成果ということで均等に分けることになっている。
それは今まさに話題に上がっているアクアが言い出したことだ。
アクアが戻ってこないことには俺達はここから解放されない。
もしかして何かしらトラブルに巻き込まれているんじゃ……。
「ただいまー……」
「おう、お帰りアク……ア?」
ようやく戻ってきたかと声の方に振り替えると、少し落ち込んでいる様子のアクアが。
おかしいな? キャベツの換金が終わったのなら、それは喜ばしい出来事のはずだ。
だって、間違いなく誰もが大金を得られる機会なのだ。むしろ歓喜してしかるべきだ。
別に、アクアは禁欲的な神様ではない。
お金を稼ぐことは良いことだと言っているし、それを使うことを渋るような性格でもない。
むしろ、楽しいことのためなら積極的に支払っていくタイプだ。
なのになぜ?
「その……カズマ? カズマって今回の報酬はおいくらだった?」
「ん? 200万ちょいだぞ」
『にひゃっ!?』
言いながら札束を取り出すと、全員が絶句した。
話によると、俺の収穫したキャベツは質の良い、経験値の詰まったキャベツが多かったそうだ。
ゆんゆんが追いかけまわしていたキャベツも多かったし、それのおかげでもあるだろう。
これも、幸運値の差という奴か。
「……あの、今回の報酬、やっぱりそれぞれが手に入れた報酬はそのままにしない?」
「は? いきなり何言ってんだよ? 『今回の報酬は皆で頑張ったんだから平等に分けましょう』って言いだしたのはお前だろ」
「えーっと………………そう! 今回、私ってかなりキャベツで稼げたのよ! だから惜しくなっちゃって! うん、そうよ! 皆で頑張ったって言っても、各々の頑張りを無視するわけにもいかないし、全員平等ってのはね!」
「…………」
いつから我らが女神は堕天した設定になっていたのだろうか。いや、実際に堕天してるけど。
お前、そんな銭ゲバみたいなこと言うキャラじゃないだろ。
なぜこの女神は、直ぐに嘘だとバレる嘘をつくのだろうか。
「へぇ、そんなにアクアの報酬は良かったのか」
「ええ、そうよ! カズマの報酬なんか目じゃないくらいにね!」
「で、いくらだったんだ? それくらいは教えてくれてもいいだろ」
「………………300万くらいってことにしとこうかな?」
『しとこうかな』ってなんだよ。
「受付の人に聞いた限りでは、今回のキャベツ狩りで一番稼いだのは俺らしいんだけど?」
「え…………。……ごっめーん! ちょっと見得張っちゃったわ! 実は50万くらいで……」
「おっ、それなら五人で均等に分けた方がお前の取り分も多いぞ! なんせ俺とお前を足して5で割っても50万以上になるからな! そこにめぐみんたちの分も入るから、まぁ80万くらいにはなるんじゃないか? さ、分かったら皆で仲良く分けようぜ!」
「……………………あのやっぱり80万で」
「で、本当は?」
「…………5万です」
思った通りだ。この女神、自分があまり稼げなかったからって遠慮してやがる。
そうやって謙虚なのは美徳だとは思うけど、あんまり自分の中でため込まないでほしい。
「なんでそんなに少ないんだよ? アクアだって、それこそ10や20じゃきかないくらいには捕まえてただろ」
「……私が捕まえてたの、ほとんどがレタスだったんだって。レタスって、キャベツとは比較にならないくらい安いから……」
何でキャベツの中にレタスが混じってるんだ。
というか、飛ぶのか、レタスも。
むしろ、何の野菜なら飛ばないのだろうか。
「それで、気の毒に思われちゃったのか、少しだけ報酬に色を付けるとか言われて……もちろん遠慮したんだけど、2万も上乗せされて結局7万エリスも貰っちゃって……もう、申し訳ないやら、悲しいやらで……」
ああ、それで遅くなってたのか。
そりゃ受付の人も可哀そうだと思うだろうよ。
いっつも怪我人の面倒を見て、宴会芸を披露してくれるアクアが、稼げるはずのクエストで全然儲けられなかったらさ。
しかも受付の人の立場になって考えたら、期待を胸にワクワクした表情を浮かべながら報酬の受け取りを待っているアクアに、そんな事実を突きつけなくてはいけないわけだ。軽く心が死にそうだ。
それでもアクアのことだ。文句を言わず、取り繕った笑顔で報酬を受け取っていたんだろう。
……想像するだけで心が苦しくなってくる。ダメだと分かっていても、少しくらいは報酬の上乗せをしたくなるくらいに。
「それならそうだって素直に言えよ。俺がそんなことで仲間への報酬をケチるような男に見えるか?」
無論、これが最初に『各々が手に入れた報酬はそのままに』とか言っておきながら、後になって個人的な理由でそれを翻されたりした場合だったら徹底抗戦するけどな。
ましてや、クエストで何の役にも立っていないような奴がそれを言った日には、余程のことがない限り再分配なんてやってやらないつもりだ。
「ううん……むしろケチらないから黙ってたのよ。私のせいで、皆の取り分が減っちゃうし……」
「別に、そんなの誰も気にしないだろ? なあ」
俺の言葉に三人がうんうんと頷いた。
誰だって、この女神様を見捨てる気はないようだ。
「そもそも、均等に分けた時、損をするのは俺だけなんだぞ? その俺がいいって言ってるんだから遠慮せずに受け取れよ」
「でも……だって……」
そうは言っても、素直に受け取ってはくれないだろう。
良心の呵責とか、そう言ったもんがまぜこぜになってそうだし。
……しょうがねえな。
「……そこまで言うなら、俺の報酬は俺が受け取るぞ。無理強いするつもりはないからな」
「…………うん、むしろそうして――」
「ところでアクア、実は俺も嘘をついててな」
「へ?」
「俺の報酬って本当は70万なんだ」
「え? でも、そのお金……」
「あれ!? なんでこんなに俺の手元に札束が!? でも俺の報酬は70万だからなぁ! 残りの130万は一体何なんだ!?」
「いや、だから、それはカズマの……」
アクアが何かを言う前に、無理矢理口をはさみ、
「そう言えばめぐみん、お前の報酬も確か70万だったよな?」
「え、いえ、私は50万ですが……」
「いや、そんなはずはない。きっと、70万のはずだ。そうでないなら、その差額がどこかに落ちているに違いない。……例えば、
「…………!」
とっさにめぐみんとアイコンタクトをとる。
めぐみんも勘付いてくれたようで、こくんと顔を頷かせた。
「ええ! 確かに70万でした! おかしいですね、20万はどこにいったのでしょうか? 何となくですが、そこの札束の山の中に埋もれている気がするのですが!」
「奇遇だな、俺もそう思う。というわけでめぐみん。20万持っていけ」
「分かりました!」
これで残りは110万。
「なあダクネス、ゆんゆん。お前らの報酬も70万だったはずだよな?」
「うむ、その通りだとも。何故か手持ちとの金額と差はあるがな」
「私も、ちょっとだけ足りないですけど、確かに70万だった気がします!」
めぐみんが先んじてやってくれたおかげか、二人とも察してくれたようだ。
「きっと、めぐみんの時と同じように、札束の中に埋もれてるんだな。だから、遠慮せずに足りない分を持っていけ」
「うむ、それでは…………。やはり、ここにあったな。いやはやうっかり失くしてしまうとは私もしっかりせねばな」
「私は本当に少しだけでしたので、うっかりさんじゃなくてよかったです」
さらに札束の体積が減り、残りおよそ70万。
と、ようやくここで俺達が何をしようとしているのかアクアは気づいたようで、
「ちょ、ちょっと四人とも……!」
「おっとー!? なんてことだ! かなり持って行ったはずなのに、まだまだ札束が余ってるなんてなあ?」
だが言わせない。
アクアを相手にするには、多少強引に行かないと受け取ってもらえない。
「俺のものじゃない。他の三人のものでもない。だったらこの金は、アクア、お前のものだ」
「でもそれはカズマので……」
「特に否定する言葉が思い浮かばないなら無理すんな。言っとくが、この金はもう俺のじゃないからな、受け取らんぞ」
先手を打った俺の言葉に、アクアがシュンとする。
「お前の報酬も70万のはずだ。だったらその差額をしっかり持っていけ。ちゃんとリーダーの言うことを聞くのもパーティメンバーの役割だぞ」
「……うん、分かった」
「それに、霜降りガニって結構高いんだろ? あれをお前は一人で払ったんだから相当財布もきついんじゃないのか? 遠慮する必要なんかないさ」
後日気になってあのカニの値段を見た時、目玉が飛び出そうになったものだ。
あんなものを、よくお詫びの品とはいえパッと手渡せたな、アクアは。
そして俺は、女神様を金欠な状態になんかさせたくない訳で。
「……カズマ、拠点が欲しかったんじゃないの? お金、足りる?」
「どっちにしろ足りないしな。ま、のんびりクエストをこなしながら貯まるのを待つさ」
いつまでも馬小屋生活も嫌なので、俺達の拠点となる物件を手に入れるためにお金を貯めているのをアクアは知っている。
そのことを気にかけているんだろうが、それもどちらかといえば俺に付き合わせているアクアをまともなところで寝かせてやりたいという思いの方が強い。
それに固執して、アクアを悲しませるのなら本末転倒というものである。
そんな本音、絶対に言うつもりはないが。
「…………カズマ、ありがと」
「へいへい、どういたしまして」
こうしてアクアから感謝の言葉が聞けるなら、50万でも100万でもお安いもんだ。