「……あれ? なんだこれ、依頼がほとんどないじゃないか」
キャベツの報酬を分配し終わった数日後。
俺達は新調した装備を試すのもかねて、クエストを受注しようと掲示板を覗き込んだところ。
普段は所狭しと張られている大量の依頼の紙。それが、今は数枚しか張られていない。
しかも……。
「ブラックファングと呼ばれる巨大熊の討伐……マンティコアとグリフォンの討伐……山を陣取ったドラゴンの討伐……。あの、どれもこれも高レベルのモンスターばかりなんですが……」
「おい、なんだよこれ! 高難易度のクエストしか残ってないぞ!」
ゆんゆんの読み上げた依頼には、RPGをやっていたら分かるぐらいの強敵共が名を連ねていた。
残されているものは、俺達の手には余るものばかり。
「いや、我々なら可能性があるのでは? めぐみんの一撃を当てられたらそれでクエストは達成できる。なに、モンスターの攻撃は私が全て受け止めてやろうではないか」
「本音は?」
「強いモンスターの攻撃でも耐えきれるところを証明したい」
「却下な」
時折、ダクネスはめぐみん以上の変態ではないかと思うことがある。
誰が好き好んで死ぬかもしれないようなクエストを請けなくっちゃいかんのだ。
しょんぼりしたダクネスをよそに、ギルド職員がやってきて、
「ええと……申し訳ありません。最近魔王の幹部らしき者が、街の近くの古城に住み着いてしまって、その影響か弱いモンスターが軒並み姿を見せなくなったのです。来月には討伐隊が来ますので、それまではそこにある高難易度のお仕事しか……」
「魔王の幹部……? そんな大物がこんなところに来たってのか?」
それはまたビッグネームが飛び出してきたな。
なんだってこんな初心者のためにあるような街に、ゲーム終盤に出てくるような魔王幹部がやってきたのか。
はた迷惑も良いところである。
「はい、街のはずれにある丘の上の城に、なぜかやってきまして……。本当になんででしょうね? あのレベルの魔王軍が動くとなると、魔王を倒す勇者か、はたまた神が降臨したかぐらいの事態じゃないと……」
……嫌な予感がしてきた。
だって、降臨してますもん。女神様が。
アクアも気づいたのか、少し冷や汗を流している。
「ま、まあ一ヶ月待つだけなら問題ないしな! 幸いこの間のキャベツで金もあるし、長期休暇がもらえたと思ってゆっくりしようぜ!」
「そ、そうよそうよ! あ、私も宴会芸で新しいの思いついちゃったし、それの訓練期間が欲しいところだったのよ! いやー渡りに船ってこの事ね!」
事実、無理してクエストを請ける必要は俺達にはない。
なんなら三カ月は余裕で生きていけるくらいの金が俺達にはあるんだから。
せっかく買った弓の威力も試したかったのだが、それはそれ。
俺達みたいな低レベルの冒険者が、魔王の幹部と戦っても勝負にすらならないだろう。
―――………
「つまり、国の首都から腕利きの冒険者や騎士達がここに来るまでは、暫くは仕事が出来ないって事か」
俺はぶらぶらと歩きながら。
「ですね。……となると、クエストの無い間はしばらく私達に付きあって貰う事になりそうですが」
「すみませんカズマさん。私達の訓練に付き合わせちゃって」
そんな事を言ってくるアークウィザード達と共に、街の外へと散歩していた。
街の近くには危険なモンスターはいない。
幹部が現れたせいで。弱いモンスターは怯えて隠れてしまっているから。
俺は、魔法の訓練をしているという二人に付き添って、街を出て散歩していた。
ひょっとして、俺はこれから毎日、腕利きの冒険者達が魔王の幹部を倒すまでこれにつき合わされるのだろうか?
でも、俺も一応とはいえ魔法を使う身。スキルは使えば威力が増していくとのことだし、鍛錬としても悪くはないだろう。
「もうその辺でいいだろ。訓練なんだし、そんなに離れたところまでいかなくったっていいだろ」
だがめぐみんが首を振る。
「駄目なのです。街から大分離れた所じゃないと、また守衛さんに叱られます」
「またって言ったか。怒られたのか、音がうるさいとか迷惑だって」
俺の言葉にめぐみんがコクリと頷く。
しょうがない、丸腰なのでちょっぴり不安だが、ここはちょっと遠出するか。
―――………
「この辺りだったら文句は言われないだろ」
心地よい風が吹く丘の上、周りに見えるものといえば、遠く離れたところに佇む古い城くらいだ。
町からは相当離れているし、見晴らしもいいから万が一モンスターが現れても、『敵感知』スキルを持っているからすぐわかる。
うん、中々にいい条件じゃないだろうか。
「そうですね。それでは今日の魔法訓練を行いましょう。今日の所は各々がやってみたいと思うことをやってみることにしましょう。そこに新たな発見があるかもしれませんからね」
「じゃあ質問してもいいか?」
「はい、どうぞカズマ」
「『クリエイト・アース』! ……これって何に使う魔法なんだ?」
俺は手の平に出した粉状のサラサラした土をめぐみんに見せた。
初級魔法の内、この土属性の魔法だけが使い道が分からない。
「……えっと、その魔法で出来た土は、畑などに使用すると良い作物が取れるそうです。……それだけです」
「がっかりだ……。これだったら精々『ウィンドブレス』で相手の目に飛ばして、目くらましにするくらいしか思いつかないんだが……」
「…………その発想はなかった」
え、マジか。
「こんなの、誰かが思いついてそうな手法だけど」
「忘れたのですか? 初級魔法を戦闘に用いようなどと考える冒険者はカズマくらいだと。組み合わせて使うという考え方は出てきませんでしたよ。いやはや私も頭が凝り固まっていたようです」
「すごいですねカズマさん! めぐみんが魔法に関して素直に褒めるってなかなか無いんですから!」
自分の事のようにはしゃぐゆんゆんに癒されながら、めぐみんの言葉を頭の中でリフレインする。
魔法を組み合わせるというのはなかなか思いつかないこと、ということは……。
「もしかして、ゆんゆんの魔法も、組み合わせ次第じゃとんでもないことになるんじゃないか?」
「それです! 私もまさに今その結論に至りました! 確かに同時に魔法を使うとなると、魔力の消費はバカになりませんが、それでも有益な効果をもたらす魔法があるはず! こうしちゃいられません、早速組み合わせを考えなくては!」
あ、めぐみんが変態モードに入った。
こうなると、向こう一時間はこのままだ。
……しょうがない、俺とゆんゆんで魔法の訓練をするか。
「ところでゆんゆん、俺弓矢を使うつもりなんだけど、矢の先に油を塗って『ティンダー』で着火させてから撃ったらどうなるかな?」
「……よくそんなにポンポン魔法の組み合わせが浮かびますね」
―――………
…………こうして、俺達の新しい日課が始まった。
それからと言うもの、俺達はその丘へと毎日通い、あらゆる魔法の訓練を行った。
それは、寒い氷雨が降る夕方でも。
「まずは王道中の王道! 炎と氷の魔法の融合です! 炎と氷、相反する呪文を対消滅させ純粋な対消滅エネルギーの塊を生み出すというコンセプトです!」
「うわっ、なんかすっげえワクワクしてきたぞ! よし、ゆんゆん早速やってくれ!」
「は、はい! えーっと、『インフェルノ』と『カースド・クリスタルプリズン』で……えいっ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「……対消滅エネルギーとかできませんでしたね」
「……ああ。一瞬ですさまじい蒸気が出来ただけだったな。密室で使ったらサウナとかになりそうだ」
「……あ、なんか雨雲が出来ましたよ。蒸気にあおられて生成されたんでしょうか?」
「あれだけの量の水蒸気が出れば、当然と言えるでしょう。濡れたくありませんし、今日はとりあえず帰りましょうか。あ、爆裂魔法は撃ちたいので、もうちょっとだけ待ってください」
「了解。城には撃つなよ。その脇とか狙っとけ。もし損害賠償とか請求されたら怖いしな」
「……やや不満ですが致し方ありません。それでは『エクスプロージョン』っ!」
「おお、中々の爆発だな。うん、この威力ってのはやっぱり痺れるものがある」
「二人とも、今の爆発で本格的に雨が降ってきそうだから早く戻ろう?」
「ええ、もはや長居は不要です。さらば!」
それは、穏やかな食後の昼下がりでも。
「今日はロマン方向ではなく、実用的な方向で行きましょう。風の魔法と炎の魔法で炎の渦を作り出す! 風を操ることが出来れば、炎の方向性も自由自在! どうでしょうか?」
「中々な発想だな。見た目的にかっこいいのも高ポイントだ。ゆんゆん、頼んだ」
「了解です! 『インフェルノ』と『トルネード』で……てりゃ!」
「よし! 思った通りのものになりました! 見てくださいあの天まで登らんとする炎の渦を! あれでは並大抵のモンスターならひとたまりもありませんよ!」
「すっげー! 滅茶苦茶かっこいい! あの渦の操作もできてるし、さすがだぜゆんゆん! ……ところで、少し熱くなってきたし、木とかに燃え移りそうだからそろそろ消してくんない?」
「えっと…………どうやって消したらいいんでしょうか?」
「…………炎の魔法を使ってるときは普通に消せるだろ? それでいいんじゃないか?」
「それが……トルネードと組み合わせたせいで、私の魔力とは関係なしに勝手に燃え上がっちゃうみたいで……」
「…………」
「…………」
「…………」
「……よし、ここは心苦しいが、あの古城まで炎の渦を持って行ってくれ。あそこ以外燃えそうなものしかないし」
「…………大丈夫なんでしょうか?」
「石造りだし平気だろ。その後で昨日の雨雲を作る魔法で消火すれば問題ない」
「…………それしかないですね。では」
「あ、ゆんゆん、もう少し右です、はいOKです。そのまま真っ直ぐ……よし今です!」
「それじゃあ、『インフェルノ』! 『カースド・クリスタルプリズン』!」
「……うし、雨雲もできたし大事にはならんだろう。じゃあめぐみんも日課の奴やっとくか」
「言われずとも! それではお待ちかねの……『エクスプロージョン』ッッ!」
「うんうん、今日は前もって準備が出来ていたせいか、プロセスが短くコンパクトにまとまってるな。惜しむらくは省略しようとするあまり、本来の威力に遠く及ばないのが残念だ」
「確かに……次の日こそはさらなる爆裂魔法を披露しましょう。では、おぶってください」
「へいへい」
「あの……ちょっと今日は二連続で合体魔法を使ったので疲労が…………すみませんが、肩だけ貸してもらっていいですか?」
「任せれ。めぐみん、もうちょい左に寄ってくれ」
「はーい」
それは、朝起きて、爽やかな目覚めの散歩のついででも。
「今日の組み合わせは俺が考えてみた。光の剣を作る魔法に雷を纏わせて何でも切り裂くって感じだ。ゆんゆん、自分が感電しないようには操作できるか?」
「あ、はい。ライト・オブ・セイバーは使い慣れているので、大丈夫です」
「それではゆんゆん、お願いします!」
「では、……『ライト・オブ・セイバー』! からの『カースド・ライトニング』!」
「おお! 見た目的にはすさまじくかっこいいですよこれ! まるで魔法使いじゃなくて伝説の勇者のようです! もうアークウィザードではなく勇者を名乗ったらいいのでは?」
「な、なんだか褒められてるのか貶されてるのかよく分からない評価だね……」
「見たところ暴発もしそうにないし……これって結構な成功例では? 凄まじく眩しいけど」
「そうですね、威力も申し分ないですし、これが一番ゆんゆんに合ってそうですね。とんでもなく喧しいですけど」
「えっと、それって周りから目立っちゃうから攻撃しようとしたらすぐばれちゃうってことじゃ?」
「…………」
「…………」
「…………あ、も、もう魔力が……あぅ」
「……しかも燃費が悪すぎる。これも失敗だな」
「常に魔力を放出し続けるわけですからね、ガス欠になるのも道理です」
「め、めぐみんって爆裂魔法を撃った後っていっつもこうなるんだね……初めて実感できたよ……」
「……ゆんゆん、どうやって連れ帰る? お前、どうせこの後爆裂魔法を撃つだろ?」
「当然です。撃たなければストレスがすごいですから。……まぁ、ゆんゆんを一旦連れ帰ってからになりそうですが」
「そうするしかないか……ゆんゆん、俺におんぶされても大丈夫か?」
「ゆんゆん、言っておきますけど、割とカズマはセクハラしてきますから覚悟しておいた方がいいですよ」
「してねーよ! 誰がお前みたいなちんちくりんなんかにセクハラするか!」
「だ、大丈夫です……私、カズマさんを信じてますから……」
「…………」
「…………」
「……、なるべく厚着の服を着こんで可能な限り感触は伝わらないようにするから、それで妥協してくれ」
「おやおや、随分紳士的ではないですか」
「こんな純粋な信頼を寄せられたら、無下にできねえよ。とりあえずめぐみんの爆裂魔法はその後だな」
「……往復させるのも悪いですから、今日の所は勘弁してあげましょう」
どんな時でも俺達は、毎日その丘に魔法の訓練を行い。
「水の魔法と雷の魔法の組み合わせで――」
「いやいや、今日は水と土で――」
「あの、私も考えてきたんですが――」
いつしか、より個性的な魔法を作り出した方が勝ち、みたいな訳の分からない勝負になっていた。
「畜生! 水素爆発と漏電がひどすぎて使い物にならねえ!」
「ああ! 土石流が古城の方に!?」
「きゃあっ!? 地震が、とんでもない地震が!?」
「「地震って、どういう組み合わせ方をしたらそうなった!?」」
そして、困ったことに――
「ではめぐみん、よろしく!」
「『エクスプロージョン』っっ!!」
この訓練のシメとして、爆裂魔法を評価する癖が出来てしまっていた。
「お、今日のはいい感じだな。爆裂の衝撃がずんと骨身に浸透するかの如く響き、それでいて肌をなでるかのように空気の振動が遅れてくる。……ナイス爆裂!」
「ナイス爆裂! ふふっ、カズマも爆裂道が段々分かって来ましたね。どうです? カズマもいっそ、爆裂魔法を覚えてみては?」
「うーん、爆裂道も面白そうだがなぁ、今のパーティ編成で魔法使いが二人いるしな。でも冒険者稼業を引退する頃には、最後を爆裂魔法で花を飾るっていうのも悪くないかもな」
俺とめぐみんはそんな事を言いながら笑い合う。
今日の爆裂魔法の音は何点だった、いや、音量は小さかったが音色が良かった等、そんな事を言い合いながら。
「す、すみません……また今日もよろしくお願いします……」
「任せれ。……よいしょっと」
「ではカズマ、街までよろしくお願いします」
「頭とかぶつけるなよ。それじゃ、出発進行!」
あれからというものの、ゆんゆんも倒れることが多くなったので、リヤカーを借りて二人を搬送する仕事を請け負った。
めぐみんならまだしも、ゆんゆんを背中に乗せると罪悪感がすごいからな。ロリっ子にはない二つの塊が押し当てられるし。
―――………
それは魔法訓練と称しながら、中学生のノリで魔法で遊ぶ日課が出来てから、一週間が経った時の事だった。
『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっっ!』
街中に鳴り響くのはお馴染みの緊急のアナウンス。
そのアナウンスに俺達も、しっかりと装備を整え現場に向かう。
街の正門前に多くの冒険者が集まる中、そこに着いた俺達は、凄まじい威圧感を放つそのモンスターの前に呆然と立ち尽くした。
デュラハン。
それは人々に死の宣告を行い、生きる者に絶望を与える首無し騎士。
アンデッドとなり、生前を凌駕する剣技を手に入れたその暗黒の騎士は、脇に己の首を抱え。
街中の冒険者達が見守る中、その抱えていた首を目の前に差し出した。
「……俺は、つい先日、この近くの城に越してきた魔王軍の幹部のものだが……」
その差し出した首がプルプルと小刻みに震え出し…………!
「ままままま、毎日毎日毎日毎日っっ!! おお、俺の城の近くで、毎日欠かさずはた迷惑な災害や公害をまき散らしまくっている大馬鹿は、誰だあああああああーっ!!」
魔王軍の幹部は、それはもうお怒りだった。