次からはここまで早くは投稿できないのであしからず。
ずっと何かに耐えていたが、とうとう我慢できずに切れてしまった様な、追い詰められた様なデュラハンの絶叫に、俺の周りの冒険者達がざわついた。
というか、俺達も周りの冒険者達も、一体何が起こっているのかが理解できない。
とりあえず、俺達が緊急で呼び出されたのは目の前にいる怒り狂ったデュラハンが原因の様だった。
「災害?」
「災害ってなんだよ……? 最近そんな話あったか?」
「いや、俺は聞いたことないけど……」
集った冒険者達が何事かとざわつくが、デュラハンはさらに声を張り上げ、
「とぼけようとしても無駄だぞ! 最初は突然のゲリラ豪雨と爆裂音! その次は大火災と再びのゲリラ豪雨と爆裂音! その次は騒音と眩耀! 振動、漏電、土石流、地盤沈下に挙句の果てに地震まで起こしおって! あと、何故いつもいつもいつもいつも一度の例外を除いて爆裂音をおまけのようにつけてくる!? というかあの爆裂音、爆裂魔法のものだろう!? その他の災害も大概ひどいものばかりだし……なぜ俺の城にそこまで手の込んだ、無駄にハイレベルな嫌がらせをしてくるのだ!!」
「……爆裂魔法?」
「災害云々は兎も角、爆裂魔法を使えるヤツって言ったら……」
「爆裂魔法って言ったら……」
周りの冒険者達が再びざわつき、そして……。
俺の隣に居るめぐみんへと、皆の注目が集まる。
……周囲の視線を寄せられためぐみんは、居心地が悪そうに帽子のツバで顔を隠しながら俯いた。
それにつられて、俺とゆんゆんも軽くキョドりながらもめぐみんの方を向く。
「……もしかして、あのデュラハンの言っている災害って……」
「私達の実験成果……ですよね……」
「こ、これ……どうしましょう……」
俺達三人は揃って嫌な汗をかきながら相談するが、どうも上手い言い訳が思いつかない。
このまま黙り込んでいてもラチがあかないので、共犯である俺達は、観念して皆の前に出る。
街の正門の前に佇むデュラハン。
そのデュラハンから少し離れた場所に三人横並びで対峙した。
勿論ダクネスやアクアも後に付いてくる。
「お前らが……! お前らが、毎日毎日俺の城の近くではた迷惑な行為をしている大馬鹿者か! 俺が魔王軍幹部だと知っていて喧嘩を売っているなら、堂々と城に攻めてくるがいい! その気が無いのなら、街で震えているがいい! 何故こんな派手でありながらも陰湿な嫌がらせをする! この街には低レベルの冒険者しか居ない事は我々も知っている! 路傍の石だと思って見逃してやっていれば、調子に乗って毎日毎日やけにバラエティ豊かな災害をまき散らしおって……っ!! 頭おかしいんじゃないのか、貴様らっ!」
よほど堪えたのか、怒りのあまりデュラハンの兜がプルプルと震える。
それにめぐみんが若干怯むも、意を決して口を開いた。
「我が名はめぐみん。アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者……!」
「……めぐみんってなんだ。バカにしてんのか?」
「ちっ、違わい!」
めぐみんの名乗りを受けたデュラハンに突っ込まれるも、めぐみんは気を取り直し。
「我は紅魔族の者にして、そしてこの街随一の魔法使い。我らで魔法を放ち続けていたのは、こうして魔王軍幹部の貴方をおびき出す為の作戦……! まんまとこの街に、一人でノコノコ出て来たのが運の尽きです!」
何だかノリノリでデュラハンに杖を突きつけるめぐみんを、その後ろで見守りながら、俺達はヒソヒソと囁いた。
「……おい、あいつあんな事言ってるぞ。俺達、ただ魔法の組み合わせを考えるのが面白すぎて、色々やってただけなのに。いつの間にそれが作戦になったんだ」
「しかもさらっとこの街随一の魔法使いとか言っちゃってますし……あの、ここは無難に謝って帰ってもらった方が良いのでは?」
「魔王軍の事情など我々としてはどうでもいいのだが……さすがにあのレベルの敵では、私だけだと守り切れないし、やはり挑発せずに穏便に事を進めた方が……」
「私もそうした方がいいと思うわ。今のめぐみん、冒険者が大勢いるから強気になってるだけで、実際にどうしたらいいのかは分かってないでしょうし」
その俺達のヒソヒソが聞こえていたのか、片手で杖を突きつけたポーズのまま、めぐみんの顔がみるみる内に赤くなる。
デュラハンはと言えば、何かに納得した様な雰囲気だ。
「……ほう、紅魔の者か。なるほど、そのイカれた名前は別に俺をバカにしていた訳では無かったのだな」
「おい、両親から貰った私の名に文句があるなら聞こうじゃないか」
何かヒートアップしているめぐみんだが、デュラハンはどこ吹く風だ。
めぐみんがその気になれば、爆裂魔法を真正面から受けることになるというのに。
そもそも、街中の冒険者が集っているこの現状に対しても、まるで意に介していないようにも見える。
魔王軍の幹部だけあって、文字通り俺達は背景のようなものにしか見えていないのだろう。
「……フン。まあいい。とにかく、俺はお前ら雑魚共に何かするためにこの地に来た訳ではない。この地には、ある調査に来たのだ。しばらくはあの城に滞在する事になるだろうが、これからはあの災害をまき散らすのは止めろ。爆裂魔法も撃つんじゃない。いいな?」
「それは、私に死ねと言っている様なものなんですが。紅魔族は日に一度、爆裂魔法を撃たないと死ぬんです」
「お、おい、聞いた事ないぞそんな事。貴様、嘘つくなよ!」
「嘘をつくというならお互い様でしょう! 先程からあなたはあの城のことを『俺の城』と言っていますが、別にあなたがあの城を買い取った訳ではないじゃないですか。それをさも当然かのように自分の所有物であるかのように振る舞うとは、それでもあなたは騎士なのですか!?」
「そ、それは言葉の綾というものであってだな……」
「そもそも! あの城にいるというのであれば、最初から住んでいることをアピールするなり、初日から我々に文句を言うなりしてきたらどうなんですか? 我々は毎日所定の位置で魔法実験をしていたのですから、わざわざ街に来ずともその場にいる我々に注意すれば済む話ではないですか!? それをこのような公衆の面前で私達に恥をかかせるような真似をするなんて……」
「あ、いや、その……待て! 一瞬納得しかけたが、迷惑行為を働いているのは事実ではないか! どの口でそんな偉そうなことを!」
「チッ、騙されませんでしたか」
「おい聞こえたぞ! 貴様今舌打ちしただろ舌打ち!?」
どうしよう、もう少しめぐみんとあのモンスターのやり取りを続けさせたい気分になってきた。
見ればアクアも、めぐみんがデュラハンに噛み付いているのをワクワクして眺めている。
……でも、これでめぐみんに何かされたら後味が悪いしな。しょうがない。
「おい、めぐみん、ちょっと引っ込んでろ」
「何を言うのですか、私はまだ……」
「ここはカズマさんに任せておこう! ねっ!?」
「な、何をするのですかゆんゆん!? はな…ハナセェー!」
無理矢理めぐみんを抑え込むゆんゆんを尻目に、俺はズイッと前に出て、
「えーっと、とりあえず、デュラハンさん? でいいか? 今回ここに来たのは調査のためで、別に俺達に何かやらかそうって訳ではないってことで良いか?」
「むっ……? お前はなんだ?」
「ああ、さっきの奴のリーダーをやらせてもらってるカズマだ。今回は、俺達の悪ふざけでそちらに迷惑をかけてしまってたようで、そこは謝罪したい。軽率だった」
そう言って、デュラハンに頭を下げる。
魔王軍に頭を下げるだなんてプライドはないのかだと? プライドじゃ世の中生きていけねえんだよ。
頭を下げるだけで命が助かるなら、俺はいくらだって頭を下げてやるぞ。
デュラハンは片方の手の平の上に首を乗せながら、そのまま器用に、やれやれと肩をすくませた。
「全く、最初から貴様が出てきてくれればよかったものを……いや、本当に。さっきの紅魔族が相手だと話も進まないし、無駄に頭がいいせいで煙に巻かれてしまうからな。……ところで、本当に爆裂魔法を撃たないと死んでしまうのか、あの小娘は?」
「いや、そんな話は聞いたこともない。事実無根のガセ情報だ」
「クソがっ!」
……あれ? やっぱりこの人結構いい人では?
今もめぐみんが死ぬのかどうか確認してきたし。もしかして、アンデッドは優しい人じゃないと強くなれない世界なのか?
「……まあいい。あの小娘の代わりに貴様が頭を下げるというのなら、その謝罪を受け入れてやる。俺は魔に身を落とした者ではあるが、元は騎士だ。弱者に手を出す趣味は無い。これ以上城の近辺であの迷惑行為をしないのであれば、今回の件は不問にしてやろう」
やっぱ優しすぎない?
俺だったら一生根に持って、事あるごとにそれを引き合いに出して利用しようとするかもしれないのに。
「だが! このまま貴様らを見逃したのでは魔王軍の名折れ。ここは一つ、その責任を貴様に負ってもらおうか!」
……おや? なんだか不穏な空気が漂ってきたぞ?
そう戸惑っている間もなく、デュラハンは左手の人差し指を俺に突き出し、そして叫んだ。
「汝に死の宣告を! お前は一週間後に死ぬだろう!!」
デュラハンが呪いをかけるのと、ダクネスが俺を抱きかかえ、身代わりになったのは同時だった。
「なっ!? だ、ダクネス!?」
俺が叫ぶ中、ダクネスの身体がほんのりと一瞬だけ黒く光る。
くそっ、やられた、死の宣告か!
「ダクネス、大丈夫か!? 痛い所とかは無いか?」
俺が慌てて聞くも、ダクネスは自分の体をペタペタ触り、体の調子を確かめるために軽く身振りをするが、
「……ふむ、何とも無いが」
平気そうに言ってのけた。
だが、デュラハンは確かに叫んだ。
一週間後に死ぬ、と。
呪いを掛けられたダクネスを何故かアクアが触る中、デュラハンは勝ち誇った様に宣言する。
「その呪いは、今は何とも無い。本来はそこの男に当てるつもりだったが、これもまた面白かろう。このままではそのクルセイダーは一週間後に死ぬ。ククッ、それまでその女騎士は己の死の恐怖に怯え、苦しむ事となるのだ。めぐみんと名乗った紅魔族の娘よ。一週間のあいだ、仲間の苦しむ様を見て、自分の行いを悔いるがいい。俺の城にちょっかいをかけなければ何事もなく平穏に過ごせたというのになぁ!」
そのデュラハンの言葉に俺達三人が青ざめる中、ダクネスが慄き叫んだ。
「な、なんてことだ! つまり私は、この場で貴様をぶちのめす大義名分を得たと! つまりはそういうことなのか!」
「えっ」
突然のダクネスの言葉に、何を言っているのか分からなかったデュラハンが素で返した。
俺にはダクネスの心境がなんとなく察しがつくので理解は出来る。
出来るが、理解したかったわけでは決してないことを心に留めて頂きたい。
「くっ……! 呪いぐらいでは私は屈しない……! なにせ解決手段はあるのだから! そう、これは私が助かるために戦いを挑むのであって、強者と斬り合って自らの強さに陶酔する機会を手に入れたから喜び勇んで斬りかかるのではない! ああ、ゾクゾクする! 魔王軍幹部とは、どれほどの強さなのだ!」
恐怖か怒りの表情が見られると思った相手から、まさかの満面の笑みでの殺意を向けられた可哀そうなデュラハンは、ぽつりと言った。
「……えっ」
気持ちは分かる。
「女だからと甘く見るなよ! 魔王軍幹部だからと怯むような軟な心臓は持ち合わせていないのでなっ! 私の敵である以上、そこにそれ以上の意味は持ち合わせないのだから! ああ、どうしよう、どうしようカズマっ! 予想外に滾るシチュエーションだ! 本来ならクルセイダーである私は、皆の安全のために不用意に強敵に斬りかかってはいけない、いけないのだが、向こうがその気ならば騎士としては挑まざるを得ない! ギリギリまで粘ってみるから無理せず後からゆるりと来てくれ! では行ってくる!」
「ええっ!?」
「止めろ、行くな! デュラハンの人が困ってるだろ!」
ギラギラと目をぎらつかせながら敵に斬りかかろうとするダクネスを羽交い絞めにして引き止めていると、デュラハンがほっとしている姿が見えた。
「と、とにかく! これに懲りたら俺の城の付近での迷惑行為は止めろ! そして、そこのクルセイダーの呪いを解いて欲しくば、俺の元にやってくるがいい! 城の最上階にある俺の部屋まで来る事が出来たなら、その戦い振りを評価して、クルセイダーの呪いを解いてやろう! ……だが、城には数多くのトラップが仕掛けてあり、俺の配下のアンデッドナイト達がひしめいている。この街にいるような駆け出し冒険者のお前達が、果たして俺の所まで辿り着けるかな? クククククッ、クハハハハハハッ!」
デュラハンはそう宣言すると、俺たちを挑発するように笑い声をあげながら、奴のものであろう首の無い馬に乗り、そのまま城へと去って行った……。
―――………
あまりにも唐突すぎる展開に、俺たち以外の冒険者達もまた呆然と立ち尽くしていた。
だが、当事者である俺達にとってはそれ以上の衝撃であることは言うまでもない。
俺の隣では、めぐみんが気合いを入れるためか大きく深呼吸をし、力強く杖を構える。
そしてそのまま街の外へ出て行こうとした。
「おい、俺たちに何も言わないで、一人でどこに行くつもりだ」
そんなめぐみんの頭を、俺は帽子の上から押さえつける。
めぐみんはそれに観念してか、こちらを見ずにポツリと呟くように口を開いた。
「今回の事は魔法の新たな可能性に目を取られ、後先のことを考えられなかった私の責任です。ちょっと城まで行って、あのデュラハンに爆裂魔法をぶち込んで来ます」
めぐみん一人で行った所で、どうなる物でもないだろうに。
というか。
「俺も行くに決まってるだろうが。お前一人じゃ最初の雑魚相手に魔法使って、それで終わっちゃうだろ。そもそも、合体魔法の組み合わせを考えたのは俺も一緒だし、なによりダクネスは俺をかばったからこうなっちまったんだしな」
「それなら、私も付いて行かないといけないよね。だって、実行犯は私なんだから」
俺とゆんゆんの言葉にしばらく渋い表情を浮かべていためぐみんは、やがて諦めた様に肩を落とした。
「……じゃあ、一緒に行きますか。でもアンデッドナイト相手じゃ、普通の武器は効き辛いそうなので、こんな時こそ私達の魔法を頼りにしてください」
言って、少しだけめぐみんは笑みを浮かべた。
確かにアンデッドナイトというからには、鎧を着た相手なのだろう。
そんなのが相手では、安物の剣がメインウェポンの俺は無力になる。
だが、それならそれで考えがある。
「俺の敵感知で城内のモンスターを索敵しながら、潜伏スキルで隠れながらコソコソ行こう。アンデッドっていうなら俺がスキルポイントを貯めてから、アクアから教えてもらった浄化魔法なりを覚えたっていいし、一週間の期限があるなら、毎日城に通って一階から順にお前らの魔法で敵を削っていってもいい」
「そうだよ。私だって、この一週間で合体魔法のレパートリーは増えたんだから、きっと今まで以上に役に立つもん」
俺達の提案に少しは希望が持てたのか、めぐみんが明るい顔を見せてきた。
俺とゆんゆん、めぐみんはダクネスの方を振り返る。
「おいダクネス! 呪いは、絶対に何とかしてやるからな! だから、安心…………」
「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」
俺とめぐみんが振り向こうとした瞬間、それを遮る形でアクアが魔法を唱える。
淡い光がダクネスに降り注ぎ、ダクネスは残念そうな表情を浮かべ、アクアはばつの悪そうな顔をして言ってきた。
「……えっと、やる気になってるところ悪いんだけど、デュラハンの呪いならもう解いたわよ?」
「「「……えっ」」」
俺達は、なんとも言い難いテンションになってしまったためか、訳の分からない返事をすることになった。