このおかしな仲間に祝福を!   作:俊海

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この素晴らしい浄化に祝福を!

「……ふー、疲れた」

 

 

 魔王の幹部襲撃から何事もなく五日目経ったある日。

 少し私用で街の外に出かけていた俺は、疲れ果てた体に栄養補給をするため酒場に向かう。

 ギルドに併設されてる酒場のメニュー、やけに美味いんだよなぁ。

 そんなことを考えながら、ギルドの扉を開くと、

 

 

「あっ! カズマ、聞いて聞いて! ちょっと私、あるクエストを請けたいんだけど、いいかしら!」

 

「……あんまり難しいクエストだったら無理だぞ」

 

 

 久しぶりにクエストを請けようとするアクアが視界に飛び込んできた。

 今はデュラハンがいるせいで、高難易度の依頼しか残っていないはずだが、この疲れ切った体ではまともに戦えないだろうし。

 

 

「そんなに難しいものじゃないわよ。ほら、これ見てこれ見て!」

 

 

 そう言って、アクアは出来上がった自分の作品を親に見せつける子供みたいに、依頼書を俺に渡してくる。

 

 

「……『湖の浄化。街の水源の一つの湖の水質が悪くなり、ブルータルアリゲーター等の凶暴なモンスターが住みつき始めたので水の浄化を依頼したい。湖の浄化ができればモンスターは生息地を他に移す為、モンスター討伐等はしなくてもいい。※要浄化魔法習得済みのプリースト。報酬は30万エリス』……アクアって水の浄化なんて出来るのか?」

 

 

 俺の疑問にアクアが困ったように笑う。

 

 

「カズマって私が何の女神か知らなかったっけ? と言うか、私の名前や外観やイメージで、私が何を司る女神かぐらい分かるでしょう?」

 

「……………………慈愛の女神では?」

 

「違うわよ! というか、私のどこにそんな要素があるのよ!? 水よ水! 髪だって瞳だって水色でしょ!」

 

 

 どこにそんな要素があると言われても、そこかしこにあるとしか言えないんだが。

 それはさておき、なるほど。水の浄化だけで30万か、確かに美味しいな。

 討伐をしなくていいって所がポイント高い。

 

 

「じゃあそれ受けてもいいんじゃないか? てか、浄化だけならお前一人で事足りるだろ」

 

 

 俺の言葉にアクアが、

 

 

「え、ええー……。だって、多分湖を浄化してるとモンスターが邪魔しに寄ってくるわよ? 私が浄化を終えるまで、それから守って欲しいんだけど……」

 

 

 そういう事か。

 しかし、ブルータルアリゲーターって、名前から察するにワニ的なモンスターだろ?

 凄く危険そうなんだが……。

 

 

「ちなみに浄化ってどれぐらいで終わるんだ? 五分くらい?」

 

 

 短時間で終わるなら、一度くらいならめぐみんの爆裂魔法で何とかなるだろう。

 最悪一時間でも、ゆんゆんの魔法とダクネスの膂力があればとうとでもなるし。

 アクアが小首を傾げて言ってくる。

 

 

「……半日ぐらい?」

 

「長えよっ!」

 

 

 こんな危険そうなモンスター相手に半日も防衛なんかしてられるか。

 俺は張り紙を元に戻そうとする。

 

 

「ああっ! お願い、お願いよおおっ! 水の女神として、水の問題で困ってる人を見過ごせないの! 報酬も私はいらないから協力してよカズマー!」

 

 

 張り紙を戻そうとする腕にしがみついて泣きつくアクア。

 報酬とかそういう問題じゃない。こうも人のために動こうとする女神の頼みだし、聞いてやりたいのはやまやまだが、そんな長時間防衛し続けろってのは……。

 

 

「……なあ、浄化ってどうやってやるんだ?」

 

「……へ? 水の浄化は、私が水に手を触れて浄化魔法でもかけ続けてやればいいんだけど……」

 

 

 なるほど、水に触れなきゃいけないのか。

 ちょっと思いついた事があったんだが、それじゃ……。

 

 いや待てよ?

 

 

「おいアクア。多分安全に浄化ができる手があるんだが、お前、やってみるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 依頼されていた湖を見渡す。なるほど、確かに湖の水は何だか濁り、淀んでいる。

 モンスターも清潔な水を好むもんだと思っていたが、違うのか。

 俺が湖を眺めていると、背後からおずおずと声が掛けられた。

 

 

「……ねえ……。本当にこれで大丈夫?」

 

「怖いんなら、今からでも止めるか? あくまで俺の浅知恵だし万が一ってことも……」

 

 

 それは凄く不安気なアクアの声。

 気持ちは分かる。もしも俺が同じような状況になったら怖いに決まっているからな。

 それでも、俺の中では間違いなく最優の選択はしたと思ってる。

 

 

「……いいえ、元はと言えば私が無理を言って頼み込んだんだもの。カズマを信じるわ」

 

 

 アクアが、なんとも健気なことを言ってくれる。

 希少なモンスターを閉じ込めておく、鋼鉄製のオリの中央に体育座りをしながらだが。

 

 

「よし、ダクネス、降ろしてくれ。アクアも止めたかったらいつでも言ってくれよ」

 

 

 オリに入れたアクアをダクネスと共に湖に運び、そのまま湖に投入した。

 最初は安全なオリの中から浄化魔法を掛けさせようと思ったのだが、浄化魔法は水に触れていないと使えないそうなのでこの作戦に。

 アクアは、水に半日浸かっているどころか、湖の底に一日沈められても、水の中で呼吸ができるのはおろか、不快感も無いらしい。

 浄化魔法を使わなくてもアクア自身が湖に浸かっていれば、それだけでも浄化効果があるそうな。

 それだけ神聖な存在だと言う事なのだろう、さすがは女神様だ。

 

 で、このオリだが、凶暴なモンスターの捕獲用に使われるものらしく、相当頑丈にできている。

 これだったらブルータルアリゲーターとかいうモンスターの攻撃も届かないだろう。

 最悪の場合、オリを湖から引き上げるための鎖をダクネスに引っ張ってもらう準備もある。

 

 後はこのまま、俺達四人は離れた所で待つだけだ。

 アクアが、膝を抱えながらぽつりと言った。

 

 

「……ねえ、なんか私、ダシを取られてる紅茶のティーバッグみたいじゃない?」

 

 

 言うな。俺もちょっと連想しちゃったんだから。

 

 

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクアを湖の際に設置して、2時間が経った。

 だが、未だにモンスターが襲ってくる気配は無い。

 

 俺達四人は、オリから二十メートルほど離れた陸地でアクアの様子を見守っている。

 水に浸かりっぱなしのアクアに離れた所から声を掛けた。

 

 

「アクアー、浄化の方はどんなもんだー? ていうか、湖に浸かりっぱなしだと冷えるだろ。トイレ行きたくなったら言えよ? オリから出してやるからー!」

 

「浄化の方は順調よ! 後、トイレはいいわよ! アークプリーストはトイレなんて行かないし!!」

 

 

 昔のアイドルみたいな事を叫んでいるアクア。

 実際どうなんだろう、神様だから本当に行かなくても大丈夫なんだろうか。

 

 

「何だか大丈夫そうですね。ちなみに、紅魔族もトイレなんて行きませんから。ね、ゆんゆん?」

 

「え、そんなの初耳……」

 

「そうですよね!」

 

「う、うん……トイレは……うぅ……」

 

 

 めぐみんが聞いてもいないのにそんな事を言ってくる。

 自分だけ主張するならまだいいが、ゆんゆんを巻き添えにするな。困ってんだろうが。

 

 

「え? さ、三人ともトイレに行かないのか? 私は普通に行くのだが……トイレに行くほうが間違っているのだろうか? いや、しかし……」

 

「ダクネス、お前の方が正常だから心配するな。あと、ゆんゆんも付き合ってやらなくていい。トイレに行かないって言い張るめぐみんとアクアの二人には、今度、日帰りじゃ終わらないクエストを請けて、ほんとにトイレ行かないか確認してやるから」

 

 

 本気で悩み始めるダクネスにツッコミを入れる。あと、お前には恥じらいというものがないのか。

 ダクネスってちょくちょく天然が入るんだけど、なんでだろう。

 もしや本当の箱入り娘だったりして……いやねーか。お嬢様があんなウォーモンガーなわけがない。

 

 

「や、止めてください。紅魔族はトイレなんて行きませんよ? でも謝るので止めてください。……しかし、ブルータルアリゲーター、来ませんね。このまま何事もなく終わってくれればいいんですが」

 

 

 めぐみんが、そんなフラグとしか思えない様な事を言った。

 そして、まるでそれをきっかけにするかの様に、湖の一部に小波が走る。

 

 大きさ的には地球の平均的なワニと比較して、あまり変わらないだろう。

 だが、そこはやはりモンスター。地球のワニとは一味違った。

 

 

「カ、カズマー! なんか来た! ねえ、なんかいっぱい来たわ!」

 

 

 そう、この世界のワニ達は群れで行動する様だ。

 

 

「うっわー……すげえ数だな……」

 

 

 数えるのもバカらしくなる。

 とはいえ、いくらオリが頑丈と言えどこのまま黙って放置するって訳にもいかない。

 もしかしたら、無理矢理破壊されてしまうかもしれないんだし。

 ……よし、ようやくお披露目の時が来たようだな。

 

 

「待ってろアクアー! 今そいつら追い払うからー!」

 

「そうは言いますが、どうやってですか? あれだけ密着していると、私の爆裂魔法はおろか、ゆんゆんの魔法でも巻き添えになってしまいますよ?」

 

「ま、そこは俺に任せとけって」

 

 

 俺は早速、用意しておいたそれを手に取り、スキルを使うために集中しながら弦を引く。

 このスキルは、運が高ければ高いほど効果を発揮する、俺にうってつけの遠距離攻撃法。

 そう、今から俺が使うのは――

 

 

「『狙撃』!」

 

 

 そう、弓矢だ。

 俺の弓から放たれた矢は、綺麗にブルータルアリゲーターの眼球に突き刺さる。

 そのワニはしばらくのたうち回った後、ピクリとも動かなくなったので、どうやら一撃で仕留められたようだが、そんなことに喜んでいる暇はない。

 即座に次の矢を番えて、別のワニに狙いを定める。

 

 

「『狙撃』! もういっちょ『狙撃』! さらに『狙撃』! ダクネス、一匹こっちに来たから壁役をよろしく。ゆんゆんはそれを撃ってくれ」

 

「任された!」

 

「分かりました!」

 

 

 次から次へと、矢はワニの弱点に吸い込まれるように突き刺さっていく。

 時折、こちらに狙いを定めるブルーゲルアリゲーターもいるが、そんなものダクネスに盾をしてもらえばゆんゆんの魔法の餌食になるだけである。

 だが、奴らもなかなかに執念深い、これだけやっても撤退する様子が見えない。

 ……矢の数、足りるだろうか。

 

 

「わ、わああああああああーっ! メキって言った! 今オリからしちゃいけない音がした!!」

 

「頑張れアクア! こっちも頑張るから!」

 

 

 アクアの泣き声を聞いて、何とかやる気を元に戻す。

 ……決して、サディスティックな意味ではなく、助けなければという意志からくるものだから、勘違いしないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浄化を始めてから6時間。

 湖の際には、ボロボロになったオリがぽつんと取り残されていた。

 ブルータルアリゲーターに齧られたオリは、所々にワニの歯型が残されている。

 1時間ほど前になってようやく俺達の攻撃には付き合ってられないと判断してくれたのか、ブルータルアリゲーター達はオリから離れ、湖の中を山の方へと泳いで行ってしまった。

 都合、3時間も戦っていたことになる。

 ……よく体力持ったな、俺達。それ以上に、あんだけの数のワニ、何処に隠れていたんだ。

 

 

「……おいアクア、無事か? もう浄化は終わってるぞ」

 

 

 俺達はオリへ近づき、オリの中のアクアをうかがう。

 

 

「……ぐす……ひっく……ひっく……」

 

 

 膝を抱えて泣くぐらいなら、とっととクエストキャンセルすればいいのに……。

 それでも女神としての意地が勝ったのか、それともあの状況では助けを呼べなかったからなのかは判別できないけれど。

 

 

「ほら、浄化も終わったんだし帰ろうぜ。アクア、お前はよく頑張ったよ。それでこっちで四人で相談したんだけど、俺達は今回、報酬はいらないから。報酬の30万、お前が全部持っていってくれ」

 

「……ダメ。……皆必死で私を助けてくれてたし……せめて、ちゃんと5等分じゃないとダメ」

 

 

 それでも体育座り状態で膝に顔を埋めたアクアは、絞り出すような声で主張してくる。

 自分がいっぱいいっぱいだってのに、どこまで他人の事を考えてるんだ、この女神様は。

 ……なお、オリから出てくる気配がないが。

 

 

「……そろそろオリから出てくれないか?もうアリゲーターは居ないし、そこから出ないと帰れないだろ?」

 

 

 俺のその言葉に、アクアが小さな声で呟くのが聞こえた。

 

 

「……まま連れてって……」

 

 

 …………?

 

 

「……なんて?」

 

「……オリの外の世界は怖いから、このまま街まで連れてって」

 

 

 ……どうやら、今回のクエストは、カエルに続いてアクアにトラウマを植えつけた様だ。


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