この話と次の話はオリジナル要素が強くなるのでご注意ください。
「……またカズマ、どこかに行ってる」
この一週間。正確にはデュラハンが出没してから毎日、カズマはどこかに出かけてる。
それも、私が目を覚ますよりも前に。
何度か何をしているのか気になって早起きをして見たものの、それでもカズマの布団はもぬけの殻。
時間を逆算すると、少なくとも五時ごろには馬小屋を出立しているようだ。
「それでも、お昼には帰ってくるからいいんだけど。何してるんだろ」
カズマはお昼ご飯の時間になればギルドの酒場に戻ってくる。これも、毎日の事だ。
いつも疲れ切った様子で帰ってくるから、心配でしょうがない。
そうやって尋ねても、誤魔化すように苦笑いしながら『実入りの良いバイトをしてるんだ』って返される。
……せめて、私にくらい何をしてるのか教えてくれたっていいのに。
怪我とかはしてないし、そもそもとしてデュラハンのせいで依頼がないんだから、一人でクエストをこなしているようでもない。
そういうことで今日まで黙ってたけど、そろそろ本格的に問いただすべきだろうか。
そこまでして私に内緒にしたいことって、何なのか。
考えてみる。うんうん唸って考えたところ、
「まさか、いよいよもって私に愛想が尽きたんじゃ……!」
私にとって最悪の考えが頭に思い浮かんだ。
でもあり得る。
だって、この世界に来てからというものの、私はカズマに迷惑しかかけていない。
――最初の討伐では、私は何もできなかった。
――その次のカエルでは、私が余計なことをしてカズマの作戦を失敗させた。
――私の都合のために、魔王を倒す決意をさせてしまった。
――カズマの指示がなければまともに動けなかった。
――ウィズを浄化させてしまうところだった。
――キャベツでの報酬を減らしてしまった。
――私が来たせいでデュラハンがやってきてしまった。
――湖の浄化の仕事を無理やり手伝わせてしまった。
――私が魔剣をあげた子が、カズマに危害を加えた。
…………。
「…………これって、本格的にまずい気がしてきたんですけど。捨てられる要素しか見えないんですけど!」
いくら私が天界にいた時から『ドジ』とか『おっちょこちょい』だとか『天界一のトラブルメーカー』とか『だがそれがいい』とか言われているからって、これはひどすぎるんじゃないかしら? ……最後のだけ意味がよく分からないんだけども。
私が失敗するたびに謝って、そのたびにカズマは笑って許してくれたけど、それでも悪いことをした事実は覆らない。
いくらカズマが優しいと言えど限界は必ず来るもので、最近になってついに怒りが頂点に達してしまったんじゃ。
こうして朝から出かけてるのも、新しい仲間を探すのが目的なのかもしれない。それも私をクビにするためだったら……!
「こ、こうなったら女神であることがばれないように気を遣ってたけど、少し本気を出すべきね!」
恣意的に力を抜いていたのは事実だ。
だけどそれは、私が本気を出すと、魔王軍がそれを察知してしまって全力で私を排除しにかかってくると予想できるからで、決して怠けたくてやってたわけじゃない。
でも、事ここに至ってはそうも言ってられない。
カズマに見捨てられたら、もうどうしたらいいのか分からなくなっちゃうんだし。
私、今日から本気を出します!
「そうと決まれば――」
―――………
「…………あの、アクアは何を言っているのですか?」
「…………えっと、間違ってたりしないですよね? 相談すること」
「え? 相談内容がいまいち伝わりにくかった?」
めぐみんとゆんゆんに相談に乗ってもらうことにした。
ダクネスはどこかに行っていたから聞けなかったけど、とにかく早く解決法を出さないといけない以上断腸の思いで諦めざるを得ない。
そして、相談したは良いものの、なぜか二人ともおかしなものを見るような目で私に問い返してくる。
……なんでかしら?
「いえ、そうではなく。色々とツッコミどころがあることを言いませんでしたか? 新しいギャグなら私達ではなく、酒場での宴会で披露した方が……」
「めぐみん、さすがにそれは失礼だよ! ……でも、アクアさん、本当にそれで悩んでるんですか?」
「うん。もちろん」
そんなにおかしいことかな?
「えっと、つまりアクアは、こう言いたいわけですか。『カズマに迷惑をかけすぎたせいで見捨てられるから』……」
「『女神であることがばれない程度に全力を出したい』と……」
「それで、あれですよね? 『今までも頑張って女神的な行動はセーブしてたけど』……」
「『どこまでの女神ムーブなら許容範囲か』って内容でしたが……」
「あら、ちゃんと伝わってるじゃない」
そう言うと、二人は机に突っ伏して、
「「無理です。あらゆる意味で」」
「な、なんでよおおおおおっ!?」
投げやりに返されてしまった。
でも、ここで二人にまで見捨てられると本気でマズイわ!
なんとか話だけでも続けないと!
「お願い教えて! 私の正体が女神だって勘付いてた二人なら、どうすれば女神っぽさを隠せるかとか分かるでしょ!? そのテクニックを教えてくれたらいいからー!」
「むしろ、あれで女神っぽさを隠してるつもりだったことに驚きなんですが」
「え、そこから駄目だったの?」
「自覚……なかったんですね……」
あれ? なんでゆんゆんが愕然としているの?
あたふたしている私を見て、やれやれと言った様子で溜息をついためぐみんは、
「分かりました。それではお教えしましょう」
「あ、ありがとうめぐみん! これでカズマに――」
「アクアが勘違いしているということをです」
「…………はい?」
勘違い? どういうこと?
もしかして、さっきめぐみんが言ってた『ツッコミどころ』ってやつ?
そうやって悩んでいる私をよそに、めぐみんはどこからか取り出した黒板に、私の相談内容の全文を書き記した。
そのままコツコツとチョークで黒板を叩きながら、
「まずはアクアの相談内容からして、我々とアクアで認識の齟齬があるのです。その間違っているところを指摘できる人は挙手にて口頭で述べるように」
「はい!」
「ゆんゆんさん早かった。ではお答えをどうぞ」
「『カズマさんに迷惑をかけすぎて見捨てられる』ということと、『女神的な行動はセーブしていた』というところです!」
「正解です」
「えっ!?」
間違ってるの!? 一番の問題点だと思ったんだけど!
そんな私の驚きなど知ったものかと、めぐみんは該当箇所に赤いチョークで下線を引く。
「ではアクア、この『カズマに迷惑をかけすぎて見捨てられる』という箇所について注目してください」
そして最初の赤線を指さしながら、めぐみんは私に黒板への注意を促して、
「はい」
「ありえません」
即座にその一文にチョークでバツをつけた。
「嘘ぉ!?」
「アクアは迷惑なんてかけてないのです。アクアが何かと失敗していることは否定しませんが、それを迷惑だと感じている人は私達の中には誰一人としていません」
「それを言いだしたら私達だってカズマさんに迷惑をかけてることになりますし、カズマさんも私達に迷惑をかけているって思うんじゃないでしょうか?」
「そんなこと……!」
「ではアクア、私は爆裂魔法を撃つためにカズマを街の外に連れ出して、結果としてデュラハンがここに攻め込んできた原因を作り出しましたが、カズマは今でもそれを怒っているように見えますか? というか、怒ってすらいないと思うのですが」
そう言われると、そうなの……かも?
もしかして、私の気にしすぎの可能性が?
「それと、カズマがアクアを見捨てる? 天地がひっくり返ってもあり得ません。迷惑をかけていないから、というだけではありませんよ? おそらくですが、カズマは迷惑をかけられていたとしても、アクアを……いえ、貴女だけではなく、私達だって見捨てることはないでしょう」
「……普通、迷惑をかけられたら見捨てるんじゃないの?」
「いえ、私はカズマと出会ってまだ短いですが分かります。あの男は本当に困ってる人や親しい間柄の人間を見捨てることができない人間ですよ」
――知っている。
勘違いだったとはいえ、カズマは自分の命と引き換えに見知らぬ誰かを助けようとしたことを、私はすでに知っている。
だって、そうでなかったら、私はカズマに出会えなかったんだから……。
「もし、その人のせいで借金を作られようが、厄介な人物に目を付けられることになろうが、恐らく死ぬことになったとしても、口では悪態をつきながらも見捨てはしない。助けを求められたら応えてしまうんじゃないですかね」
「……えらく具体的だね?」
「……まぁ、その悪態がえげつない攻撃力を持っていそうですが」
うん。納得できた。
カズマが私を見捨てようとしているんじゃないってこと。
……それでも、少しでもいいから助けにはなりたいけれど。
「ふむ、その表情から察するにアクアの悩みは解決したようですね」
「ええ。めぐみん、ゆんゆん、相談に乗ってくれてありが――」
二人に感謝の言葉を伝えるために立ち上がろうとして、
「何勘違いしているんですか?」
「へ?」
「まだ私の授業時間は終了していないですよ。ほら、席を立とうとしないで、座ってください」
「アッハイ」
そのまま座らされた。
……そういえば、赤線、もう一本あったんだっけ。
「『女神的な行動はセーブしていた』……アクア、貴女には自分の行動を鑑みてもそう思えるということでよろしいですね?」
「うん。だって勇者を導いてみたり、魔王とかと戦って、勇者が一人前になるまで魔王を封印して時間を稼いだりしてないじゃない」
「え、アクアさん、そんなことできるんですかっ!?」
「……今のこの状態ではできないです」
いや天界でもできないんだけどね?
でも、そんな感じで勇者をサポートするのが、皆がイメージする女神だと思う。
うん、私には無理ね。私は回復とか支援とかそっち方向だもの。
「私、そういう風にかっこいいことできないもん。だから女神っぽさはないんじゃないかなって思うんですけど?」
「アクアの思う女神の理想形は戦乙女なのですか?」
「えっと……違うの?」
「私は、皆の心を落ち着かせたり、優しく心や体を癒してくれるような女神様の方が好きですよ」
確かに、それも女神っぽいかも。
あ、ていうかそれってあれじゃん!
「ああ、エリスの事を言ってるのね! あの子、本当に優しくて癒し系で……」
「「…………ハァ」」
「え、なんで『ダメだこの人』みたいな溜息をつくの?」
―――………
『とりあえず、アクアは普段から女神っぽいんですよ。女神だってバレたくないのなら、少しだけ悪いことでもしたらいいと思います。あ、ガチな犯罪はダメですからね。笑えるレベルで悪事を働いてください』
あの後、女神だってバレないようにすればどうすればいいのかと聞いたら、そんな感じのアドバイスをもらった。
そんなにいつも女神っぽいかしら? でも知り合いの神も、二人組で日本に滞在したとき何度か正体がバレそうになったって言ってたっけ。
ふとしたことが、神様オーラを出してしまうってことなのね。これからはしっかりと気を付けないと。
「でも、悪いことかぁ……」
そんなの、普段からやってるのに。
あれ以上の悪事となると、ちょっと思いつかないわね。
「夜中にこっそり夜食を食べに行ったり……」
「寝る前に食べると太るぞ。いや、女神だから体型が変わらねえのか?」
「お店で値段交渉して値切った上におまけの品を貰ったり……」
「あのおまけつけてる時の店員さんの顔、完全に孫娘にお小遣いをあげてるじいさんばあさんのそれだったから、逆に喜んでるんじゃねえか?」
「回復魔法をかけてあげるだけでお金をとったり……」
「むしろ安すぎるんだよなぁ……」
「…………あれ? カズマ、いつの間に?」
「……お前、気づいてなかったのかよ」
いつの間にか私の横に立っていたカズマが、ガクリと脱力する。
気が付けばもうお昼ご飯の時間だ。それで帰ってきたって訳ね。
「そういや、アクアはもう昼飯は食べたのか? まだならダクネスが席をとってくれてるし、一緒に食べようぜ」
「うん、行く行く!」
今日はダクネスと出かけてたのね。それなら心配はいらないかな?
……あれ? ダクネスと二人っきりってことだったってことは……。
「えっと、私、お邪魔じゃない? 二人で食べる予定だったんでしょ?」
「何をいまさらそんなことを気にしてんだよ。もしかして俺とダクネスがデートでもしてるとでも思ったか?」
「違うの?」
ダクネスと一緒に出掛けてたってことは、そういうことだと思ったんだけどなぁ。
あの子も美人だし、カズマがそういうことをしたがる年頃だっていうのもあるから、結構自信があったのに。
「そんな可愛らしいもんじゃねえよ。……そうだ。それにも関係あるんだけど、ちょっと頼みたいことがあるんだ」
「うん、任せて!」
「いや、まだ内容も喋ってないだろ」
「私がカズマのお願いを断る訳ないじゃない。私にできることなら何でも言って!」
「……そのセリフ、俺だからいいけど、他の野郎には絶対言うなよ」
「カズマだから言ってるの! カズマ以外にこんなこと言わないわよ」
そう言うと、カズマは何やら頭を掻きむしって困ったような表情を浮かべる。
何か間違えたのかしら。思ったことを言っただけなのに。
「ま、詳しくは飯を食いながら説明する。ついでにこの一週間何をしてたかってのもな」
「ほ、本当に!?」
やった! 向こうから話してくれるなら、一気に悩みが解決できるわ!
……あ。でも、そうだ。一応だけど、あの可能性があったんだ。
「……ねえカズマ。カズマは私のこと、見捨てたりしないよね?」
「はぁ? お前が俺を、じゃなくてか?」
「そうよ。それで、どうなの?」
「アクア、お前って本当にバカだな」
カズマは心底呆れたと言った様子で、
「ありえねえよ。何だ、どっかの知らない奴に変なことでも吹き込まれたか? 逆ならまだしも、俺から見捨てるとかどうあっても起こりえねえから」
それでも、私が安心できる台詞を言ってくれた。
「……本当?」
「むしろお前を見捨てたら俺が他の冒険者の奴らに後ろから刺されるからな、そんなのお断りだ」
「…………のに」
「うん?」
「……本当は、カズマは魔剣を使えたのに? グラムの所有者の変更、実はできたのに?」
もう、黙っていられない。
実は、あの時ミツルギに言ったことは嘘ではなかった。
私は無理でも、クリスに頼めばカズマを持ち主として変更することはできたのだ。
それを、後になって『あれは嘘だ』と嘘をついてしまった。
もちろん、あの子から本当は魔剣を取り上げたくなかったって気持ちもある。
でも、それ以上に、個人的な感情でつい嘘をついてしまった。
……だって、魔剣を手に入れてしまったら、カズマはもう私なんか必要としなくなるかもしれないじゃない。
私の存在意義を奪われたくなかっただけで、カズマの事を何にも考えていなかった。
それでも……!
「あ、そうなんだ。……ま、いっか」
「軽っ!?」
予想していた以上に軽いノリで返されてしまった。
「え!? もっとなにかないの!? ほら、俺を騙してたのか。とか、今からでも所有者変更させろ。とか、どうせならそっちの特典を選んどけばよかった。とか!」
「いや、アクアが特典として付いてきただけで魔剣以上の価値があるんだけど」
「……と、唐突に照れるようなこと言わないでくれない!?」
そして、それを嬉しいと感じてしまっている自分が憎い。
この! 勝手に緩むな、私の顔!
「よく考えたら、俺って近接戦苦手なんだよなぁ。魔剣とかもらっても使いこなせる気がしない。というか、『スティール』とかで奪われた瞬間負けそうだから、ない方がマシかも」
「……神器をそこまで虚仮にされたの、初めてかもだわ」
他の子なら喜んで使い倒す特典を、今更とはいえ要らないなんて言いきるのは、カズマが最初で最後の人間のような気がする。
「これ以上は俺には過分ってやつだよ。なんせ、俺には女神様がいるんだからな。……本当、俺の旅路について来てくれてありがとな」
「う、うん……!」
そう言って、カズマは照れくさそうにそっぽを向いた。
多分、私もカズマと同じような顔になっているんだろう。
だって、すごく顔が熱いんだから。