このおかしな仲間に祝福を!   作:俊海

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この素晴らしい旅立ちに祝福を!

「……異世界だ。本気で異世界だ。えっ? 本当に? 本当に俺ってこれからこの世界で魔法を使ったり、冒険したりするの?」

 

 

 俺は目の前に広がる光景に、興奮で震えながら呟いた。

 車や自転車ではなく、目の前を馬車が通り過ぎていく。

 コンクリートや鉄筋で固められたものでなく、レンガで積み上げられた家が建ち並んでいる。

 空を見上げると、電柱や高層ビルなどに遮られずに、何処までも広がる青い空。

 

 

「あ、獣耳だ! あれって獣耳だよな!? あっちにはエルフまで! さようなら引き篭もり生活! こんにちは異世界! この世界なら俺ちゃんと外に出て働くよ!」

 

「ちょ、ちょっとちょっと! そんなに大声で叫ばないでよ。周りから変な人達って思われるじゃない」

 

 

 俺は隣から制止してくる女神様の方を振り向いた。

 

 

「あ、すみません。こう、夢見てたことが現実になった衝動が抑えきれなかったといいますか。テンションが上がりすぎてどうしたらいいのか分からなくって」

 

「その気持ちは分からなくもないけどね。……ところで、なんでまた敬語っていうか、丁寧な喋り方になってるわけ? 旅立つ瞬間にタメ口で喋ってたじゃない」

 

「いや、さすがに女神様にタメ口は悪いかなと思いまして」

 

「そんなの気にしなくていいわよ。これからは貴方と私は対等な仲間なんだから、遠慮とかそういうのは邪魔なだけよ。一応、私ってこの世界で崇められてる神の一柱だし、できれば女神様じゃなくてアクアって呼んで」

 

 

 なんと出来た女神だろうか。

 あんな不躾な要求をしてきた相手に対等な存在として扱ってくれるとは。

 

 それはともかく、まずは魔王に対抗するための組織――いわゆる冒険者ギルドに行かなくっちゃな。

 大体のチュートリアルはそこで教えてもらえるだろう。

 

 

「ああ、分かったよアクア。ところでアクア、冒険者ギルドってどこにあるか知ってるか?」

 

「……? 知らないわよ。この世界の常識は知ってるけど、担当してない世界の街の事なんか分からないわ。カズマだって、よその国の地方都市の詳細なんてわからないでしょ? それと同じね」

 

 

 そう言われると納得せざるを得ない。

 仕方ない、ちょうどそこにいるおばさんに尋ねることにしよう。

 

 

「すいませーん、ちょっといいですか? 冒険者ギルド的なものを探してるんですが……」

 

「あら、この街のギルドを知らないなんて、ひょっとして他所から来た人かしら?」

 

「いやぁ、ちょっと遠くから来たもんでして、ついさっきこの街についたばかりなんですよ」

 

「あらあら、それなら駆け出し冒険者の街、アクセルにようこそ。ここの通りをまっすぐ行って、右に曲がれば見えてくるわ」

 

「まっすぐ行って右ですね、ありがとうございました! ……よし、行くぞ」

 

 

 駆け出しの街からスタートとは、なかなかいい滑り出しだ。

 いきなりラストダンジョン手前の村なんかに送られてたら、あっというまに俺はこのチャンスを不意にするところだった。

 おばさんに礼を言い、教わった通りに道を進んでいくと、後ろからちょこちょこついて来るアクアが俺の袖をクイクイっと引いてきた。

 

 

「ねえねえ、あの咄嗟の言い訳とか手際の良さとか、一体どこで習ったの? そんなに出来る男だったら引きこもりなんかしなくたって、元の世界でもうまくやっていけてたんじゃないの?」

 

「……いろいろ事情があるんだよ。そんなこと気にしなくったっていいだろ」

 

「だって、たまーに私が送り出した人間がこの世界でどうやってるのか気になって、ちょろっと見てたことあったんだけど、大体の人は誰かに話しかけるってことが出来なかったり、あんまりに横柄な態度をとって総スカンされるかってオチが多かったから」

 

 

 うん、そいつらの気持ちは痛いほどわかる。

 よく創作の中では、引き篭もりだったりいじめられっ子だった奴が異世界に行くと、何故かやたらと元気になって、それまでのお前の人格はどこに行ったんだってレベルでコミュ力が上がっているのをよく見かけるが、現実はそう上手くいくわけがない。

 元の世界でも上手く馴染めなかった奴らが、いきなり見ず知らずの世界に放り込まれたところで、果たして人とコミュニケーションが取れるだろうか。

 大体、元の世界の時と同じようにボッチになるか、それまでの鬱憤を晴らすように偉ぶったりしてしまうもんだ。

 

 

「……まぁ、そのうち話す。そんなことよりあの看板じゃないか? あそこが冒険者ギルドって奴だろ?」

 

 

 俺の事情については軽く流し、ギルドらしき建物の中に入っていく。

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー。お仕事案内なら奥のカウンターへ、お食事なら空いてるお席へどうぞー」

 

 

 

 荒くれ者に絡まれると思っていたら、ウェイトレスのお姉さんが愛想よく出迎えてくれた。

 こういう時って、新参者に対してガラの悪い奴らがからかい目的で脅してくるものだと思ったんだが。

 それでも、そこまではいかなくても、やけに俺達は注目を集めているように感じる。

 が、その原因はすぐに分かった。

 

 

「ねぇねぇカズマ、何だかすっごい見られてる気がするんですけど。もしかして私が女神だってばれちゃったのかしら? それとも単に新入りが珍しいだけ?」

 

 

 おう、ある意味女神だとは思われてるだろうよ。

 なんせアクアはテレビなんかで見るアイドルの可愛らしさとは一線を画す美貌を持っている。

 見目麗しい女性が、冒険者ギルドなんかにやってきたら、そりゃ注目されるってものだ。

 

 

「あんまり気にするな。アクア、登録すれば駆け出し冒険者が最低限生活出来る様にはいろいろと教えてくれるのが冒険者ギルドだ。駆け出しでも食っていける簡単な仕事を紹介してくれたり、寝床の準備くらいはしてくれるはず。今日の所は登録と収入を得る方法を知り、拠点となる場所の確保を目標にしよう」

 

「ほぇ~~……カズマって段取りをとるのが上手いわね、本格的に気になってきたんだけど、なんでそれだけのスペックを持ってるのに引きこもりなんか」

 

「さあアクア、さっさと受付を済ませようか!」

 

 

 またも余計なことを聞いてこようとする女神を半ば無理矢理押し黙らせて、一番美人なお姉さんのカウンターの列に並ぶ。

 

 

「カズマ、別の受付の方が空いてるわよ。あっちで手続きとか済ませましょうよ」

 

「ギルドの受付の人と仲良くなっておくのは基本だ。そして、一番美人な受付のお姉さんってのは、なぜかギルドの冒険者達に恐れられてたりだとか、実は凄い実力者だとかで、一目置かれている可能性が高い。そのフラグを立てるためにわざとここに並んでるんだ」

 

「あー、ゲームや漫画でもそういう展開って多いわよね。なるほど分かったわ!」

 

 

 この子、悪人に騙されたりしないだろうか。

 すこしばかり、アクアの将来が不安になってきた。

 素直なのは美徳かもしれないが、もうちょい人を疑うということを覚えた方がいいのではないだろうか。

 

 

「はい、どうぞ。今日はどうされましたか?」

 

 

 アクアの危機管理の無さについて考えているうちに、俺達の番が回ってきた。

 受付の女の人は、冒険者たちの巣窟であるギルドの受付にしては、おっとりした感じの美人さんだ。

 ……ゲームとかなら、おっとりした女キャラって何故か尋常じゃなく強かったりするんだが、もしや先ほどの俺の言葉は正しいものだったのではないだろうか?

 まあ、そんなことを考えていてもしょうがない。早いところ冒険者登録を済ませよう。

 

 

「えっと、冒険者になりたいんですが、ギルドもない田舎から来たばかりで勝手が何も分からなくて……」

 

 

 余計な質問をされたくないときは、無知である風を装えば何となる。

 向こうも、初対面の相手に深く突っ込んだことは聞いてこないだろうしな。

 

 

「そうですか。えっと、では登録手数料が掛かりますが大丈夫ですか?」

 

 

 俺の思惑通りに話が進む。

 後はこの人の指示に従っていけば……。

 

 

「……登録手数料?」

 

「はい、登録料は1000エリスになります」

 

「……アクア、金って持ってる? 俺一文無しなんだけど」

 

「お金ね。10000エリス紙幣しかないけど、おつりって貰えるかしら?」

 

 

 そういってアクアは、懐からがま口財布を取り出して、少しよれよれのお札を渡した。

 ……ありがてえ。どこの世界でも、先立つものって必要なんだな。

 

 

「はい、8000エリスのお返しになります。それではお二人とも、こちらのカードに触れてください。それであなた方のステータスなどが分かりますので、その条件に見合ったうちで、なりたい職業を選んでくださいね。選んだ職業によって、経験を積む事により様々なスキルを習得できる様になりますので、職業を選ぶときはくれぐれも慎重な判断をしてください」

 

 

 えらく分かりやすい仕様になってるんだな。本当にゲームの世界みたいだ。

 こういう時ってのは、大体俺の潜在能力の高さなんかに周りが湧くって言うのがお約束というもの。

 俺はそんな期待をしながらカードに触れた。

 

 

「サトウカズマさんですね。ステータスは知力が高いだけで、後はほとんど平均値……、あれ? 今まで見たことがないくらい幸運値が人並外れて高いですね。ただ、冒険者に幸運ってあんまり影響を与えないステータスなんですが……。あの、カズマさん、本当に冒険者になられますか? これだと選択できる職業は基本職の方の冒険者しかないですよ? これだけの幸運があるなら、商売人だとかギャンブラーだとかになったほうが……」

 

 

 なんかいきなり出鼻をくじかれたんだが、こういう時俺はどういう顔をすればいいんだろう。

 隣で俺にどう声を掛けたものかとオロオロしているアクアを見て、そのやるせない感情に加えてどこか申し訳なさまで味わうことになった。

 

 

「え、ええと、その、冒険者でお願いします……」

 

 

 軽く落ち込んでいると、アクアとお姉さんが慌てた様子で慰めてきた。

 

 

「ま、まあ、レベルを上げてステータスが上昇すれば転職が可能ですしね! 努力次第ではあらゆる可能性を秘めた職業とも言えますし!」

 

「そうそう! それに、初期の職業だからって悪い事は無いわよ? なんせ、全ての職業のスキルを習得して、使う事だってできるんだから!」

 

「……その代わり、スキルを覚えるのに余計な労力が必要だったり、本職よりは見劣りするような感じになってたりするんでしょう?」

 

「「………」」

 

 

 二人がそろって、曖昧な顔をして黙ってるってことは、俺の言葉は図星だったのだろう。

 

 

「だ、大丈夫よカズマ! どうしても冒険者として立ちいかなくなったら、私がカズマの分も頑張って冒険者としての仕事するし! 貴方は家での仕事とかをしてくれても、全然私は構わないから!」

 

「な、なんでしたらギルドの方で働いてみますか? 知力が高いようですし、運がいいというのも躍起なモンスターが襲撃してこないようになるって言う幸運のお守り的な役割も期待できますし……」

 

 

 二人の気遣いで余計に心が痛い。

 何も最初から上級職なんかにはなれなくても良いから、せめて剣士とか魔法使いとか、最低限そのあたりの区別くらいはできる程度にはなっていて欲しかった。

 

 それでも、これで俺はモンスターと戦う冒険者になれた訳だ。その事実だけでも十分というもの。

 それに、最初は最弱職でも、最終的にはとんでもなく強くなったりするのもお約束って奴だ。

 ゲームのモフモフでも、「すっぴん」が最終的には強くなったりするわけだし。

 そうやって自分を慰めつつも、冒険者カードを手に取ると……。

 

 

「えっ!? 何ですか、この数値は!? 知力が平均レベルなのと、幸運が最低レベルな事以外は、全ステータスが異常なほどに高いですよ!? 特に魔力が類を見ないほどに高値なんですが、アクアさん、貴女は一体どういった過去をお持ちなのですか……っ!?」

 

 

 アクアのステータスを確認した受付の人が、そんな大声を上げていた。

 その声に、ギルド内の人々が何事かとこちらに注目しだす。

 ……ああ、成程、そういう訳ね。

 先ほど俺が想定したイベントは、俺ではなくアクアの方のものだったと。

 

 

「え、そ、そう? それは、まあ、うれしいかなーって、ねえ?」

 

 

 さすが女神様である。むしろ高ステータスであって然るべきだというか。

 だとしても、照れくさそうにしているアクアに少しばかり嫉妬してしまう。

 

 

「このステータスなら、高い知力を必要とされる魔法使い職は無理ですが、それ以外ならなんでも選び放題ですよ? クルセイダーにソードマスター、アークプリースト……。ほとんどの上級職になれますけど、職業は何になさいますか?」

 

「そうねえ、私って女が……ゲフンゲフンっ! 沢山の人が救えそうだからアークプリーストにしておこうかしら!」

 

「アークプリーストですね! 高度な回復魔法や浄化の力まで使える上、前衛に出ても専門職並みの強さを誇る万能職ですよ! では、アークプリーストで登録させて頂きますね! 冒険者になって頂きありがとうございますアクア様。今後の活躍に期待させて頂きますね!」

 

 

 お姉さんはそう言って、にこやかな笑顔を浮かべた。

 ……俺の存在なんて無かったことにされてそうな気がするけども、そんなことじゃへこたれない。

 むしろ、知力が高いと言われてホッとしたまである。

 決して、負け惜しみなんかじゃない。ないったらない。

 

 

「よかったわねカズマ! 貴方の冒険者生活は約束されたも同然よ!」

 

「おいコラ、それは皮肉か? 喧嘩を売ってるなら買うぞ」

 

 

 だからと言って、満面の笑みを浮かべて祝福してくるアクアに対して苛立ちを覚えないかと言われたら話は別だ。

 最弱職になった俺にそんなことを言うとは、アクアには人の心が分からないのか。

 だが、喧嘩腰の俺に対して、アクアはキョトンとした表情を浮かべると。

 

 

「? なんで皮肉なのよ。私が高ステータスなら、カズマも嬉しいでしょ? だって、私が評価されるってことは、カズマはちゃんと役に立てる特典を持ってこれたって何よりの証拠になるじゃない。これで私まで弱かったら、申し訳ないくらいだったわ」

 

「…………」

 

「あ、それとも本来貴方が受けるべきだった称賛がこっちに来たことを気にしてるの? それは私にはどうにもできないから、私が褒めてあげよっか? そうでなくっても、カズマはすっごく頭が切れると思うし、頼りにしてるんだけど……」

 

「本当にごめんなさい」

 

「なんで謝るのよ?」

 

 

 こんな素直ないい子に、俺は何を嫉妬していたのだろう。

 穴を掘って埋まっていたい。




ここのアクアは些細なことでも全力を出すので、女神としての振る舞いを全力でします。
猫を被ってるとかではなく、素でこれです。

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