「ダメだ。こっちも崩落に巻き込まれてて道が塞がってやがる。別の道から迂回するぞ」
「またですか……。爆弾魔への恨みゲージがまた増えてきたんですが。ここから出たら、絶対に一発は入れてやりますよ!」
「出られたら……ね?」
思った以上に探索は進まない。
なにせ、爆発の振動で、ダンジョン内のあちこちで天井が崩れているのだから。
ったく、あのクソ領主、こういう要らんところにまで俺達に迷惑かけやがって。
脱出した暁には、むしり取れるもんは全部むしり取ってやる。
「今の時刻は……うわっ、もう夜の19:00か。太陽が見えないから体内時計まで狂ってきてんな……」
「……道理で疲れてきたと思いましたよ。カズマは見えてるからマシかもしれませんが、私達は松明頼りなのでなおさらです」
「…………うん、さすがに私も、一休みしたいです……」
そうか、こいつらは暗闇の中で行動してるから余計に疲弊しやすいのか。
戦えないめぐみんは、戦闘の最中は松明を持ってもらっていたし、魔法を使って支援してくれているゆんゆんならなおの事。
仲間の体調の変化に気づけなかったなんて、軽く自己嫌悪に陥りそうだ。
「悪い、二人のことまで深く考えられてなかった。無暗に危険な橋を渡る必要もないし、今日の所はこれで切り上げて、体力の回復を図ろう。明日からは、ちょっとでも疲れたと思ったらすぐに報告してくれ」
めぐみんもゆんゆんも負担になるまいと弱音を吐かなかったのだろう。
でも、それは俺が一番困る。限界まで動いていざという時に動けないのはまさに命取りに繋がるのだから。
「夜の見張りは順番交代でやろう。最初は俺がしとくから、お前らは晩飯を食ったらしっかり寝て、魔力と体力を回復させておけよ」
「了解です。……ところでカズマは疲れてないのですか? 戦闘で一番矢面に立っていたのはカズマでしたし、残りの魔力もほとんど底をついているようですが」
「そりゃ、前衛は俺だけだし『罠感知』も『千里眼』も持ってんだしだからしょうがねえだろ。だけど言うほど疲れちゃ……」
「ダメです! まずはカズマさんが休んでください!」
いつになくゆんゆんが大声で吠えた。
でも、本当にそんなに疲労感はないんだけど。
これくらい、ベルディアの城に篭ってた時と比べたら、敵の量も質も劣っている分やりやすかったくらいだ。
「アンデッドが出た時は『ターンアンデッド』も使ってたし、休憩の時も『クリエイト・ウォーター』で水も作ってたんですから、その疲れが絶対にあるはずです! なので、カズマさんが一番に睡眠をとるべきだと思います!」
「だから、そんなに大袈裟なほど、」
言いかけて、途端に俺の身体がガクンッと崩れ落ちた。
……あれ? なんだ、この感覚?
意識ははっきりしているのに、体に力が全く入らないんだけど。
「ほら、やっぱり魔力切れを起こしてるじゃないですか! 冒険者なのにあれだけの魔法を使ってたら当然ですよ!」
「無理をするなと言っている本人が一番無理をしてどうするのですか。そのまま寝そべったままという訳にもいかないですし、とりあえず『ドレインタッチ』で私から魔力を吸ってください。今日は一回も爆裂魔法を使ってないので有り余ってますし」
「……悪い」
俺に差し出されためぐみんの右手を掴み、『ドレインタッチ』を発動させた。
……心なしか、体のけだるさが取れたような気がする。
「どうです? 立てますか?」
「ああ、なんとかな」
「今日はカズマが先に休んでください。魔力を回復させたとはいえ応急処置みたいなものなのですから、しっかり寝て疲労解消もしないと、明日に響きますよ」
「……その言葉に甘えさせてもらうわ。悪いな、めぐみん、ゆんゆん」
「何を言っているのですか。私達は仲間じゃないですか、こういう時は謝るのではなくて、ありがとうと言えばいいのですよ」
「そうですよカズマさん。少しは私達に頼ってくださいよ。いっつもカズマさんには助けてもらってばっかりですしね」
そう言って二人はにこりと微笑を浮かべた。
そうだよな、俺達は仲間なんだし頼ってもいいんだよな。
……てことは、少しはここで良い目を見ても良いんじゃねえか?
幸い、今の二人なら、俺の軽いお願いくらいならほいほい聞いてくれそうだ。
めぐみんもゆんゆんも、目を見張るような美少女なわけだし、ちょっとくらいは男の夢的なものを叶えてもらっても罰は当たらないのではなかろうか。
前の世界では異性との触れ合いなんぞに縁がなかった俺だが、こういった極限状態なら役得なことをしてもらっても、なんて下心が出てくるのは男なら自然なことであって、むしろ、命の危機だからこそ、そう言った欲望も出てくるのだとネットで読んだ気もする。
つまり、俺が今から二人にお願いすることは人間の本能に基づいたものであって、何ら後ろめたさを感じる必要もないという訳だ。
「そうだな、二人にはいつも助けてもらってばかりだからつい謝っちまった。……めぐみん、ゆんゆん、本当にありがとう」
「いえいえ、これくらい我々がカズマに世話になっていることを考えれば朝飯前ですよ」
「むしろカズマさんは私達にしてほしいことはないですか?」
「…………そうだな」
よし、カモがネギを背負ってやってきやがった!
待て、焦るな俺、ここでいきなり難易度の高い要求をしても突っぱねられるだけだ。
まずは無理のないお願い事から徐々に段階を上げていくのがベスト!
「じゃあさ、俺はもうくたびれちまってるから、二人には晩飯を作って欲しい。保存食と簡単な調味料しかないから本格的なものでなくていいしさ」
「そんなこと言われるまでもないですよ。……どれ、ここは一つ我々の女子力の高さを見せつけてやろうではありませんか!」
予想外なことに、めぐみんがノリノリだ。
こいつ、料理とかするんだな。魔法の研究ばっかりで、そう言ったことに興味なんかないのかと思ってたんだけども。
……いや待てよ。大体、こうやってやる気十分な奴に限ってメシマズだったりするのがお約束というもの。
マズイ、飯でとどめを刺されるだなんて笑い話にもなりゃしねえ!
「お、おいめぐみん? その……乗り気になってるところ悪いんだけど、お前って料理できるのか? ゆんゆんも、その、ちゃんとしたものを作れるんだよな? 料理だってのになぜか錬金術みたく、貴重な食料から未知の物体Xとかをクリエイトしたりしないよな?」
「おい、我々の料理の腕に不満があるのなら、そのあたりしっかりと話し合おうじゃないか」
「大丈夫ですよカズマさん。私もめぐみんも料理には自信があるんですから」
そう言いながら腕をグッとやるゆんゆんを見て、少し安心した。
ゆんゆんなら、できないことならはっきり言ってくれるだろうし、その彼女がめぐみんの腕を保障してくれるなら、大丈夫だということだ。
……ただのとり越し苦労ならいいんだけど。
―――………
結論から言うと、めぐみんの料理は、思った以上に美味しかった。
こんな限られた条件の中で、あれほどの味を出せる料理人はそういないだろう。
「めぐみんは、昔からサバイバル料理は得意だったもんね。ザリガニとか他にも……」
「止めてください。あまり思い出したくはないんです」
食い気味にめぐみんが制止する。
ああ、貧乏だったから、そういう料理が得意になったのか。
しかし、他に一体どんなものを料理していたのかが気になってくる。
「それにしても、悪いな、体を拭いてもらって」
「これくらいどんとこいです! むしろ痛かったりしませんか?」
「いや、むしろすっげー気持ちいい……」
食事のあと、俺はまだ体の痺れが残っているから。と嘯いて、ゆんゆんに体を拭ってもらっている。
ゆんゆんの手つきは非常に心地よく、一瞬でも気を緩ませればそのまま睡魔に襲われそうなほどだ。
……ここまで素直だと、本当に罪悪感が芽生えてくる。
女の子の手料理を食べさせてもらって、自分の体を洗ってもらって……もう、ここまでで相当いい思いをしているような気がしてきた。
というか、冷静になって考えると、どうして俺は自分のせいで巻き添えを食らわせた二人にこんなことをさせてしまっているのか。
彼女たちは純粋に俺を心配してやってくれているというのに、そこに付け込むってのはどうなんだ?
……うん、ここはこれくらいで切り上げてもらおうそうしよう。
「あ、あのゆんゆん。もうそろそろやめても良いぞ?」
「いえ、まだまだ全身は拭き終われてないので、最後までやらせてください」
「うん、その奉仕精神は嬉しいというか、だからこそ余計に心が痛いというか、いやほら俺は男でゆんゆんは女の子なわけじゃん? 流石に体の隅から隅まで見られるっていうのも気恥ずかしいというか、な? 分かってくれよ」
「大丈夫ですよ、私はカズマさんの事を信じてますから!」
止めろ! そんな曇りなき笑顔を俺に向けないでくれ! 心が焼け焦げてしまいそうになる!
いかん、このままでは俺の精神力が持たない。
現在進行形でゆんゆんからの信頼を裏切っているというのに、これ以上は……!
そうだ、寝るための準備を頼んでおいためぐみんに助けてもらおう。
準備が終わっているなら、眠くなったからという建前でこの場から脱出できる。
そうと決まれば、
「お、おーい! めぐみん、寝る準備……は…………」
「どうしたのですかカズマ? まるで鳩がエクスプロージョンを食らったかのような顔になってますが」
「……それって、鳩の顔が原形を留めていられないような気がするんだけど?」
ゆんゆんのツッコミは置いといて、だ。
その、寝袋の配置がまずい。
三つ分が並べられてるのはまだいい。
問題はその三つの間の距離だ。
「……なんでそんなに隙間なく敷き詰めてんの?」
「何言ってるんですか。今は真冬ですよ? なるべく熱を逃がさないように、一塊になって寝ないと寒さで死んでしまいます。この寝袋、そんなに厚みはないですし、毛布も一つしかないんですから」
「…………俺だけ離れて寝るから、お前らだけで、」
「ダメです。自力で体が動かせないぐらいに体力の落ち切ったカズマが、一人でこの薄い寝袋に包まって寝ようものなら、そのまま永久に眠り続けることになります。モンスターに襲われる可能性の事を考えても、なるべく傍にいた方が安全ですし、そのためにも真ん中にカズマの寝袋を配置したんですよ?」
なんで向こうから俺の欲望的なものを叶えようとして来てるんですかね?
めぐみんの言う通り、こんな命の危機的状況で羞恥心だの日常生活での常識だの言っていられるほど贅沢な立場ではないってことは分かってはいるけれど、その、こういうのは良くないと思う!
「めぐみんの言うことにも一理あるんだが……あ、そうだ! ゆんゆんは嫌だよな? いくらなんでも家族でも何でもない野郎と密着して寝るだなんて、そんなの生理的にも気持ち悪いだろ? だから、遠慮なく断ってくれていいんだぞ?」
「いえ、全然平気ですよ? 友達なんだし、これくらいは余裕です!」
そうだった、こいつ、友達との距離感とか図り切れてないような奴だったんだ。
普段であれば男は狼だということをアクアと共にみっちり教えているところだが、ここにその救世主は存在しない。
個人的には嬉しいんだけど、それでも、なんか……。
――いや、むしろ、ここまで向こうが言ってくるなら、それでいいんじゃねえか?
合法的に女の子に添い寝してもらいながら休めるんだ、受け入れよう。
体力も底をついてることもあってすぐ眠れそうだし、変なこともしないだろう
「……そっか、じゃあ寝るわ。俺の見張りの番になったら起こしてくれよ」
俺はそう言うと、即座に寝袋に包まり目を閉じた。
どこかの射撃の得意な小学生ほどではないが、なるべく意識を飛ばすように……!
「では、一番体力も残っていますし、私が先に見張りをしておきましょう。ゆんゆんも、先に寝ておいてください」
「はーい、じゃあめぐみんよろしくね」
あ、なんか温かくて柔らかい感触が……。
というか、二人の息遣いが耳元に聞こえてくるんですけど。
普段もアクアと馬小屋で寝ているけれど、ここまで近くに女というものを感じたことは……。
……普通に有るな。向こうからよく寄ってくるし。
朝起きて目を開けると、真っ先にアクアの顔が飛び込んでくることもよくある。もう慣れたけど。
最近は寒くなってきたこともあって、俺の身体に抱き着いて来ていることもあったくらいだしな。それも慣れたというか、飼っているわんこが寒がって飼い主の布団に寄ってきた印象が強くて、そういう感情が出てきたこともあんまりない。
なんだ、女子に添い寝されるなんてこんなもんか、緊張して損した。
「お休み二人とも、もうこのまま寝るわ。風邪ひかないように気を付けろよ」
「……この男、急に態度が変化しましたよ。さっきまで緊張していたのは何だったのですか」
「ねぇめぐみん。なんでか知らないけど今私、理由もなくすっごい敗北感を味わってるんだけど……」
「奇遇ですね、私もです。……あれ、なんで私まで?」
―――………
なんだかんだあって三日目、俺達は特に何か大きな事故もなくダンジョン内を探索できていた。
落盤のせいで地形が変わって、中々先に進めないのが非常にもどかしい。
「なあ、めぐみん、本当にこの先に誰かいるのか? 実はモンスターだったりするんじゃねえの?」
「その可能性もありますが……何も目印もないまま彷徨い続けるよりははるかにマシでしょう?」
二日目の朝、一人で見張りをするのも暇だっためぐみんが、洞窟に閉じ込められた際に最初に俺達に披露した『魔力探知』をダンジョン内に意識を向けて行ったところ、どうやらこのダンジョンの中にとてつもない魔力を保持している『何か』がいることを突き止めたらしい。
それも、こんな初心者向けのダンジョンに生息するモンスターが出せるようなものではなく、それこそウィズのようなアークウィザードほどの魔力量だとか。
もしかしたら、俺達より先にここに入って一緒に閉じ込められた誰かがいるのかもと思い捜索を続けているのだが、
「でももう三日も微動だにしてないんだろ? 何の準備もなく、いつ襲われるか分からないダンジョン内で、たった一人ぼっちでそんな状況に耐えられる人間がいるとは思えないんだが」
「え? それくらい普通じゃないですか? 私も小さい頃よくやってましたよ」
「…………ゆんゆん、それ本当の話か?」
「はい。皆がかくれんぼしてる時、こっそり混ざって隠れてたら鬼の子に見つけてもらえるかなって思って。それで見つけられたら、その流れでその後も一緒に遊んでもらえるかなってことも狙ったんですが、なかなか見つけられなくて、そのまま動かず待ち続けること三日……」
「はいやめ! 止めです、この話は止めにしましょう! もう過ぎたことですから今更掘り返しても意味なんかないですよ!」
だんだんゆんゆんのダークサイドの話に流れそうになった時、ギリギリのタイミングでめぐみんがストップをかけてくれた。
その、俺も止めようとしたんだけど、徐々にゆんゆんの瞳からハイライトが消えていくのが怖すぎて……。
「そ、そうだぞゆんゆん! あーあ、もし俺が鬼だったらすぐ見つけられただろうけどな! ほら、俺って『敵感知』スキルあるし、万が一今ゆんゆんがいなくなってもすぐに探し出せるぞ!」
「ほ、本当ですかっ!? わ、私、もう『なんか誰かいない気がするけど気のせいだよな』とか皆が言ってるのを隠れながら聞いたりする必要はないんですね!?」
それは、ゆんゆんが黙って入ったんだから仕方ないことでは。とは思うが、決してそれを表には出さない。
正論は正しいけれど、正論で人を傷つけることが必ずしも正しいとは限らないのだから。
「もちろんだ! あ、でもあくまで敵意を感知するだけだから、はぐれたら即座に俺に対する恨みつらみを強めるために俺への悪口でも言ってくれてたら助かるかも」
「それはそれで難儀ですね……」
俺が必死にフォローしているのを、めぐみんが呆れたように眺めてくる。
うるさい、俺も自分が少し変なことを言っているって自覚はあるんだ。
「……本当に、小さい頃からカズマさんと一緒に過ごせてたらよかったのに。そしたら――」
「そしたら、私と友人になることも無かったんじゃないですかね。ほら、私達って互いにボッチだから惹かれたってところもありますから」
「あ、そっかぁ……だ、ダメ! そんなの絶対ダメだからね!」
「……いえ、むしろ私とカズマ、それにゆんゆんの三人で仲良くなっている確率の方が高いのかも? というかそうなる想定しかできないですね。カズマのような逸材を私が放っておくわけがないですし」
「そ、そうだよ! やっぱりもっと早くから――」
仲良きことは美しきかな。
さっきまでの暗黒オーラはどこへやら。今は女子二人によって和やかな雰囲気が醸し出されている。
……俺も、同性の友達が欲しいなぁ。
「……あれ? ねえねえ、あれって宝箱じゃない? もしかしたら何か役に立つものが入ってるかも!」
暗がりの中にぽつんと落ちていた宝箱を、ゆんゆんが発見した。
そのまま嬉々としてゆんゆんが宝箱に近づこうとし、
「待て、ゆんゆんステイ!」
俺の制止でピタッと止まった。
「こんな何度も探索されたダンジョンに、誰も手を付けてない宝箱があるっておかしいだろ。……うん、やっぱり敵感知スキルに反応がある」
「恐らくあれはダンジョンもどきですね。歩いたりする事は出来ないですが、体の一部を宝箱やお金に擬態させて、その上に乗った生き物を捕食するとかいう。なんでも、場合によっては体の一部を人間に擬態させて、冒険者を襲う様なモンスターも捕食するとか」
モンスターまで食うのか。タチ悪いな。
そういやギルドで、ダンジョンもどきには気をつけろって言われてたな。
『敵感知』スキルがあれば大丈夫とも言われていたが。
そもそも、もしあれが何か貴重なアイテムだったとして、それを持って帰れるほどの余裕は俺達にはないし、俺の用意しているサバイバル用のアイテムよりも役に立つものがあるとも思えない。
無駄なリスクは背負わないに越したことはない、スルーするに限る。
「それはともかく、カズマ、正面から腐った感じの魔力が二つほど近づいて来てます。という訳で『ターンアンデッド』の方、よろしくお願いしますね」
「任せろ。もうゾンビなんか慣れたもんだぜ」
最初はヒーヒー言いながら戦っていたのに、今ではもしも俺が元の世界に戻ったとしても、ゾンビ系の映画やゲームを平気な顔で眺めていられるであろうほどに鍛えられてしまった。
人間、やっぱり適応力ってのは大事だと実感しました。
……本当に、こんな状況じゃなきゃ、アクアを連れてくればよかったかもな。