「おや? 今、魔力の反応が途絶えたような……?」
「……マジで?」
ダンジョンもどきをやり過ごし、幾たびの戦闘を超えたあたりで、めぐみんが何やら不吉なことを宣いだす。
これまでめぐみんの変態的とも言える魔力探知能力を当てに行動していたのに、その対象が消えたら八方塞がりも良いところだ。
「……む、でも再び元の場所に戻りましたね……。何だかやたら巨大な魔力の塊も一緒に引き連れて」
「それ絶対にダメな奴じゃない!?」
ゆんゆんの叫び声がダンジョン内にこだまする。
でも、ゆんゆんが口に出さなければ、代わりに俺がツッコミを入れていただろうことは想像に難くない。
だって、明らかに向こう側にいた奴が俺達が近づいたことを察して防衛ラインを築いたようにしか受け取れないもの。めぐみんの言ってる内容が。
「落ち着けゆんゆん。ここは心苦しいが、一旦退き返して態勢を立て直そう」
「あぁ、カズマ。そんなことをしていられる余裕もないみたいです。なんか新たに現れた奴がものすごい勢いでこちらに接近してきていますから。いや、これ本当に絶体絶命というか、戦ったらダメな感じがするレベルで嫌な予感がビンビンになってるんですが!?」
とうとうめぐみんまでも半ば慌てだした。
めぐみんの主張を一蹴できれば苦労はないが、これでもめぐみんの状況判断能力には幾度となく助けられているのもまた事実。
このような場所で無駄に不安をあおるような真似をめぐみんがするわけがない、と信頼できるほどにこいつは爆裂魔法を撃つ以外でも俺達を助けてきてくれているのだ。
こうなったら、なんとかこちらも態勢を整えて迎え撃つしかない。
「めぐみん落ち着け! とにかく安全第一で行動するぞ! ゆんゆんは俺のすぐ後ろで魔法をいつでも撃てるように準備しろ! 俺とめぐみんで前方からくる敵の様子をうかがうから、俺の指示に注意を傾けておいてくれ!」
「りょ、了解です! えーっとえーっとカズマさん達を巻き込まない魔法は……」
「めぐみんは、俺のすぐ傍で待機! お前の魔法分析能力で、相手がどんな魔法を使ってくるのか見極めてほしい! ちょっとでも危険を感じたら即座に逃げてくれて構わないから、一瞬だけでも堪えてくれ!」
「だだ、大丈夫です! 今からでも相手の魔力に探りを入れてみます!」
めぐみんが強がりを言っている横で、俺は久しく使っていない剣を防御するように構える。
俺一人だけであったなら、『潜伏』だの『死んだふり』だので隠れるのだが、今この状況においてそれをやってしまうと、俺は良くてもめぐみんとゆんゆんが犠牲になってしまう。
故に、ここは俺が盾役にならざるを得ないということだ。
クッソ! ダクネスが居れば、なんてことをこんなところで思い知らされるとは!
「……あ、カズマ、やっぱりそこまで警戒しなくても大丈夫です。むしろ武器をしまったほうがよろしいかと」
先ほどの慌てようから一転して、敵の出方を窺っていためぐみんがとんでもないことを言い出した。
恐怖で頭がおかしくなっちまったんだろうか。
「何言ってんだ! そんなことをしたら呆気なくやられちまうだけだろうが! 気をしっかり持て!」
「そのー、私から言い出しておいて撤回するのも恥ずかしいのですが、多分大丈夫な奴です。魔力の性質とかを改めて確認したら、非常に見知ったものだったというか……」
めぐみんは、ばつが悪そうに頬をポリポリ掻きながらそう呟く。
見知ったものってどういうことだ。
まさかあのデュラハンが復活したとかじゃないだろうな?
そんな突拍子もないことを考えていたら、突き当たりの壁の一部が、クルリと横に回転し、突然開く。
俺達が何かした訳じゃ無い。
それは、向こうから開いたのだ。
その奥からは、ドタドタと何かが駆け寄ってくる音が聞こえてきて、
「カズマーーーー!! 無事だったのねーーーー!!」
「ウゲっ!?」
こっちに向かって飛び込んできたそれに押し倒された俺は、しめやかに後頭部を床に叩きつけることとなったのであった。
「いてて……ってあれ? なんでアクアがここにウプ!?」
「めぐみんにゆんゆんも! 三人とも無事で本当に良かったわ!」
「むぎゅっ!?」
「あうっ!?」
飛び込んできたそれ――アクアが、俺を抱きしめたまま、俺の背後に回っていた二人もまとめて抱きかかえた。
どうしてアクアがこのダンジョンに潜り込めているのかが分からないけれど、そんなことよりもこの状況はマズイ、非常にマズイ。
俺は今、アクアの胸に頭を抱きかかえられたまま、背後から少女二人の身体が押し付けられているわけで、このままでは変態の誹りを受けてしまう羽目に……。
…………。
「『バインド』!」
「きゃっ!?」
感極まっているアクアに声をかけても無駄と判断した俺は、早急にアクアを物理的に引きはがすことにした。
おそらくアクアは俺達を助けにここまで来てくれたんだろうけれど、それでも、こう、俺が男であるということに配慮をして欲しいと思う。
女神様にそこまで人間の感性を求めるのは酷な話なのかもしれないが。
「アクア、まずは落ち着け。助けに来てくれたのは嬉しいけど、今の俺達には何が何だかさっぱりなんだ。ちょっと情報を共有しようぜ」
「……ごめんなさい。私もちょっと興奮してたわ。その、三人とも無事なのを確認できたのが嬉しすぎてつい……」
自分の行動に今になって羞恥心を覚えたのか顔を赤くするアクア。
……こういうのを見ると、こいつは母性が強いのか、子供っぽいのかが分からなくなってくる。
今までのアクアの態度を見るに、その両方なんだろうけど。
「まず、アクアはどうやってここまで来られたんだ? どっか別の抜け穴でも見つけたのか?」
「ううん。私達も最初はどこかから入れないかなってダンジョンの周りを探してたんだけど……」
「そんな彼女を、私が見つけたんだよ」
アクアの出てきた回転扉の向こうから、くぐもった低い声が聞こえてきた。
「やあ、初めましてこんにちは。今しがた外の様子も知ることができたからこの挨拶で大丈夫だろう」
そいつは、目深にローブを被った、干乾びた皮が張り付いた骸骨だった。
「私はキール。このダンジョンを造り、貴族の令嬢をさらって行った、悪い魔法使いだ」
―――………
その昔、キールと言う名のアークウィザードが、一人の貴族の令嬢に恋をした。
しかし、身分違いであるこの恋は実らないことを知っていた彼は、ひたすらに魔術の研鑽に没頭する。
月日は流れ、いつの間にか国一番のアークウィザードになっていた彼は、その国の王に告げられた。
『その功績に報いて、どのような願いでも一つだけ叶えよう』と。
その言葉を聞いて、キールは言った。
『私が愛する人の幸せを』と。
「そう言って、私は貴族の令嬢を攫って行ったのだよ」
「つまりなんだ。あんたは、悪い魔法使いじゃなくて良い魔法使いだったって事か? その貴族の令嬢は、親にご機嫌取りの為に王様の妾として差し出され、でも王様には可愛がられず、正室や他の妾とも折り合いが上手くいかず。で、虐げられてる所を、要らないんなら俺にくれと言って攫っていったと」
「そう言う事だな。で、その攫ったお嬢様にプロポーズしたら二つ返事でオッケー貰ってなぁ。お嬢様と愛の逃避行をしながら、王国軍とドンパチやった訳だ。……いやあ、あれは楽しかったな。おっと、ちなみにその攫ったお嬢様が、そこにいる方だよ。どうだ、鎖骨のラインが美しいだろう」
骸骨が指す方を見ると、小さなベッドに白骨化した骨が、綺麗に整えられて横たわっている。
この人がこのダンジョンに立てこもってから長い年月が過ぎただろうに、それでもこうして原形を留めているということは、それほどまでに大事にここを守っていたからなのだろう。
何から何まで、行動がイケメンすぎるだろ、この人。
「で、長いことここで眠っていたら、突然爆発音がしたものだから飛び起きてしまってね。どうしたものかと途方に暮れていたら、とてつもない神聖な力を感じた私は、思わず彼女の元にテレポートしたって訳さ」
ああ、アクアがどうしてこのダンジョンの中にいるのかもようやく分かった。
ダンジョンの近くまで来ていたアクアの傍にテレポートしたキールに頼み込んで、ダンジョン内にまで連れてきてもらったということか。
それにしても、ダンジョンの外からでも察知できるアクアの神々しさは化け物レベルか。
……うん? 待てよ?
「なんでアクアが近づいてきたからって、アクアに近寄ったりしたんだ? あんたはリッチーになったんじゃないのか?」
キールはお嬢様を守り戦っていた際、重傷を負い、そのままお嬢様を守り抜く為に、人をやめてリッチーに成ったとのこと。
であるなら、ウィズの時もそうだが、基本的にアンデッド系のモンスターは神聖なものを嫌う性質があるはずだ。
なのになぜわざわざ自ら天敵の所に向かって行ったのか。
「それは、その女性に頼みがあってね」
「頼み?」
「私を成仏させて欲しかったんだよ。そこの彼女は、強い力を持ったプリーストなのだろう?」
―――………
キールのテレポートによってダンジョンの外に抜け出した俺達だったが、ある意味ではここからが今回の冒険の本番とも言えただろう。
アクアが、普段よりも朗々と魔法の詠唱を行なう中、元は偉大な魔法使いだったその男は、ダンジョンから一緒に連れ出したお嬢様のその腕の骨に手を置く。
お嬢様の方はとっくに成仏しているらしく、本来はこの骸骨を浄化できるだけの大きさの魔法陣で良いのだが、アクアは気合を入れて浄化の魔法陣を大きめに描いていた。
「いや、助かるよ。アンデッドが自殺するなんてシュールな事は流石に出来ないのでね」
柔らかな光に包まれながら、キールが骨をカタカタと鳴らしながら笑う。
……本当にこの世界のアンデッドは良い奴らばかりなんだな。
そんなとりとめのないことを考えているうちに、アクアが唱え続けていた詠唱を終えた。
そして、俺達が今までに何度も拝見してきた慈愛に満ちた表情で、キールに笑いかける。
いつものように女神然としながら、アクアが優しげな声で言った。
「神の理を捨て、自らリッチーと成ったアークウィザード、キール。水の女神アクアの名において、あなたの罪を許します。……目が覚めると、目の前にはエリスと言う儚げながらも美しい女神がいるでしょう。例え年が離れていても、それが男女の仲でなく、どんな形でも良いと言うのなら。彼女にこう頼みなさい。再びお嬢様と会いたいと。優しい彼女はきっと、望みを叶えてくれるわ」
女神様のお墨付きだから、おそらくアクアの言っていることは実現されるのだろう。
ほんの少ししか邂逅していないというのに、俺はどうもこのリッチーの事がいたく気に入ってしまったようだ。
アクアのその言葉に、傍観者であるはずの俺が安堵してしまうほどに。
俺達がいつも通りのアクアの振る舞いを見守っていると、キールは、光の中、深々と頭を下げた。
「『ターンアンデッド』!」
昼間だというのに輝かしく感じられた光が消え、そこには、あのリッチーの姿も、そしてお嬢様の骨も、消えて無くなっていた。
俺達は、何とも言えない雰囲気の中静まり返る。
俺はアクアに静かに言った。
「……帰るか」
―――………
「それにしても、あそこまで綺麗に成仏してたなんて、お嬢様もとても幸せな人生を送れたみたいね」
「……そうなのか?」
不幸な王宮生活よりは幾分マシだろうが、それでも不自由な逃亡生活だったんだ。
少しは、もっと大手を振って、誰からも咎められない生き方をすることを望んでも不思議じゃないはず。
「私でも何となくわかりますよ。あれほどまでに自分のことを想ってくれる男性と、あらゆるしがらみから解放されて、自分の思うがままに生きることができたのですから。きっと、あのお嬢様も幸せだったに違いありません」
『…………』
「……あ、あの、何ですか、皆さんのその視線は?」
だって、そういう感情からは一番遠い存在であろうめぐみんが、それっぽいことを言ったら戸惑うに決まってるじゃないか。
俺はてっきり、本人に聞かなきゃわからない。とか、第三者が考えても分かるわけがない。とか言い出すのかとさえ思っていたし。
「ゆんゆんとしても、ああいうのは憧れたりするのか?」
おそらくこの中で一番少女らしい感性の持ち主であるゆんゆんに意見を求める。
すると、ゆんゆんは少しだけ照れたような表情をして、
「え、えっと……私も、あんな風に愛されたら、とっても嬉しいなって思います。まあ、そんな相手が居ないのが現状ですけど……」
徐々に死んだ目になっていった。
まずい、このままでは空気までもお亡くなりになってしまう。
残った一人に話題を振ってしまおう。
「ダクネスはどう思う? お嬢様は幸せだったと思うか?」
「そうだな……」
ダクネスは、一瞬だけ黙り込み。
「……幸せだったさ。幸せだったに決まってる。断言できる。彼女はその逃亡生活の間が一番幸せだったに違いない」
そう、寂し気な笑顔でつぶやいた。
……あれ、もしかしてこの三人って、意外と乙女願望とかあったりするのか?
男の身である俺としては、この空気にはちょっと耐えられないんだが。
ええい! こうなったら丸ごと話題を変えちまえ!
「あ、そうだ。アクア達の方で何か異変とか無かったか? なんだかんだ三日経ってるわけだしさ」
俺のその言葉に、アクアがポンと掌を叩いて。
「そうだったそうだった! キールさんのことに気をとられてすっかり忘れてたわ!」
よし、何とか話題転換に成功できた。
このまま元の空気に――
「カズマ、早くこの街から出るわよ! すぐそこでウィズも待機させてるし、一緒にどこか遠くまで逃げましょう!」
「……なんですと?」