「ぎゃああああああ! たすっ、助けてくれアクアああああああ!」
「が、頑張ってカズマ! 今の貴方なら倒せるはずよ! 私が掛けられるだけの支援魔法掛けたんだから!」
「そうは言っても怖いもんは怖いんだよ! ダメだ食われる! 俺の新たな人生土木工事やってカエルに食われて終わっちまう!」
ここ二週間、俺達はクエストを受注することなく、街でひたすら土木工事のバイトを行っていた。
何故って? お金がないからです。
アクアの財布には、確かにいくらかお金は入っていた。
俺達二人なら、三カ月は働かなくても生活ができるほどの金額だ。
だが、それを頼って生活していくとなると、完全に俺がヒモになってしまう。
アクアは、せめて初期装備のお金ぐらいは出すと言ってくれたものの、これから甘えるであろう相手に、最初から最後まで面倒を見てもらうのは、俺にわずかに残っていた男のプライド的に許せない。
なので、アクアには悪いが、俺が初期装備を買える金額を溜めるまで待ってもらって、そこから二人で討伐クエストを受けようと提案したのだ。
その間、俺は馬小屋、アクアは宿にでも泊まってもらおうと思ったのだが、アクアが『カズマが馬小屋なら私もいっしょに泊まる』と言ってきかなかったのは閉口した。
……まぁ、結果的に、二人で馬小屋に泊まることになったのだが。
この女神はどこまでお人好しなんだろうか。それとも母性が強いのだろうか。
本人曰く『どこぞの神の子だって馬小屋出身なんだから、神的にはあり』だそうだ。
しかし、なんとか装備を整えたはいいものの、簡単にこなせるクエストなんか一つもないのには、唖然とした。
町の外に出て、初期レベルの冒険者でも倒せるようなモンスターがうろついているんなら最初っから駆除しておくってのは道理だけども、いくらゲームの中の世界ではないとはいえ、そんなところで現実に忠実でなくてもいいと思う。
しかたがないので、俺達にできるクエストで、一番割がいいものを選んだのだが……。
「デカすぎんだろあのカエル! 何喰ったらあんなにデカくなるんだ!?」
ジャイアントトード――いわゆる巨大なカエルの討伐だ。
字面だけなら弱そうに見えるこいつらだが、実際に目の当たりにするとビビるしかなくなってしまう。
なんせでかい。3mは余裕で超えている。そんなのが自分に向かってビョコビョコ跳ねながら迫ってくるのだ。滅茶苦茶怖いに決まってる。
「大丈夫よカズマ! カエルの舌の動きに注意してれば、例え下敷きになっても致命傷で済むから!」
「致命傷って全然大丈夫じゃねえだろ!? ええいコナクソっ!」
なんとか勇気を振り絞りカエルに向かって跳躍、全体重をかけたショートソードを脳天めがけて振り下ろした。
予想外のジャンプ力に自分で驚きながらも、なんとかその攻撃はジャイアントトードの眉間に突き刺さる。
どうか、この一撃で倒れてくれていますように……!
そう祈りながら見やると、まだピンピンしているカエルの姿が。
……うん。
「やっぱ駄目だあああああああ!」
もう、脇目もふらずに一目散に逃げだした俺を、誰が責められるだろうか。
俺は半泣きになりながら、背後から迫ってくるであろうカエルを見る。
しかしカエルは、すでに俺とは別の方向へと飛び跳ねていった。
そこには……。
「わああああああああ! やめて! こっち来ないで!? でもカズマの身代わりになれるなら……いややっぱり無理無理無理無理! 助けてカズマさーーん!!」
「だらああああああ!! お前の敵はこっちだクソカエルうううううう!!」
アクアに手を出すんじゃねえ!!
―――………
「な、なんとか倒せた……!」
「ぐすっ、うっ、うええええええっ……、あぐうっ……!」
アクアを狙っている後ろからチマチマと攻撃し、十発目くらいでようやくジャイアントトードは倒れてくれた。
幸い、アクアはカエルに食われることなく済んだのだが、やっぱりデカ物に追いかけられるというのは誰にとっても恐ろしいものだったらしく、子供のように泣きじゃくっていた。
「ぐずっ……ご、ごめん……カズマ、ご、ごめんね……っ、あ、あんなにごわいのに、だだがえっていっで……! うわあああああん!!」
「大丈夫だって気にすんな。その、今日はもう帰ろう。請けたクエストは三日の内にカエル五匹の駆除だけど、これは俺達の手に負えるものじゃない。ほら、俺の装備だって貧弱だし、もっと金を貯めて、良い装備が手に入ったら再挑戦しようぜ」
聞けば、カエルは金属を嫌うらしいので、俺が鎧やらを着込んでいたならもう少し楽にできたのかもしれない。
一瞬、アクアを囮にすれば討伐ができるかもって考えたが、目の前で泣きながらも俺の心配をしている女神にそんな酷なことはできない。
逆に俺が囮になったとしても、アクアの攻撃手段は打撃か水属性の魔法だけらしく、どちらもカエルには有効打にはならないだろう。
「ぐすっ……。女神が、カエルなんかに負けてたまるもんですか……っ! 自分たちが信仰している女神がこんな情けない姿をさらしているだなんて知られたら、私の信者もがっかりしちゃうわ! まだちょっと怖いけど、今度は私がカエルを倒す番よ!」
「いや止めとけって。カエルには打撃系の攻撃は効かないらしいし、返り討ちに合うのがオチだ」
それに、この頑張っている女神の姿を信者達が見たところで、がっかりするどころか庇護欲に駆られそうだぞ。
なんというか、このアクアという女神様は良い意味であんまり神様っぽくない。
俺がバイトしているときも、自分は金を持っているのだからする必要もないのに、俺と一緒に土木作業に勤しんでるし、その仕事終わりには高級でもない宿屋の定食を口にし、ひまわり色の笑顔を浮かべる。
最初の三日間ほどは、神様なのに無理しているのかと戦々恐々としていたが、一週間ほどで心の底からそれらを楽しんでいることが分かった。
なんでも、こうやって毎日を一生懸命に生きるってことに喜びを覚えるとのことで、無理をしているわけではないらしい。
……なんとも、庶民的な神様である。
「……じゃあ止めとく。これ以上迷惑かけたくないし」
「迷惑だなんて何言ってんだ。むしろ俺の方がアクアに手間を掛けさせてるくらいだぞ。お前一人だったら別のまともなパーティに」
「嫌っ! 私はカズマの特典なんだから、カズマと離れるなんてお断りよ!」
あんまりそういうことを恥ずかしげもなく言わないでほしい。
このところ、アクアがこういったことばかり言うもんだから、冒険者連中に殺意のこもった視線を向けられてるんだぞ。
周りからは、俺の姿がバリバリ仕事のできるキャリアウーマンに貢がせているヒモ男のように見えるのだろう。
というか、自分でも客観的に俺の立場を確認したら、そうとしか思えない。
―――………
「アレだ。二人じゃ無理だわ。仲間を募集しよう」
なんとか討伐したカエルを換金するついでに、併設されている酒場でカエルの唐揚げを食べながら作戦会議を行う。
カエル一匹で5000エリスと、バイトしているときに貰えた金額と大差ないが、貰えるもんは貰っておこう。
「仲間を募集するのには私も賛成ね。私達だけだと火力が足りないもの」
俺の提案に、アクアも乗り気なようだ。
ただ、アクアは火力が足りないと言っているが、むしろ俺には何の役割があるのか気になる。
まぁ、考えたところで自己嫌悪に陥るだけだから思考放棄するが。
「ただ、こんな実績も装備もない俺達と組んでくれる奴なんかいるとは思えないんだよなぁ」
「そう? 私がいるから大丈夫じゃない? なにせ私は、回復魔法に補助魔法、状態異常や瀕死にだって対応できるアークプリーストなんだから、誰だって組みたいって思ってるはずよ!」
「……いや、それはそうなんだがな?」
なんともフラグらしきセリフに一抹の不安を覚えながらも、求人の張り紙を受付に貰いに行くことにした。
―――………
「来ねえな」
「…………来ないわね……」
翌日、ギルドの片隅にあるテーブルに腰掛けながら半日以上経過するが、誰一人としてやってこない。
他の冒険者たちに、張り紙を見てもらえていない訳じゃない。
剣士系か魔法使い系、とにかく火力のある職業をターゲットにしているくらいで、募集条件もそう無理難題を課したつもりもない。
ただ、誰も来ない理由について、俺には察しがついている。
「……なぁ、自分から言い出しておいてなんだが、やっぱり仲間の募集は止めないか? お前とは組みたくても、俺とは組みたくないって奴の方が多いんだって」
「カズマのことも受け入れてくれない仲間なんて、こっちから願い下げよ!」
アクアがあまりにも、俺にべったりだからだ。
俺はもちろん、アクアが異性的な意味でなく神様としての義務感から俺に付き添ってくれているのは十二分に理解している。
しかしだ、そんな内情など周りからは決して見ることはできないわけで、なんというか、ダメ男に引っかかる美人さんという構図になってしまっている。
アクアほどの美少女なら、ちょっといいところを見せていい雰囲気になってやろうと試みる野郎共もいるだろうが、当の本人はダメ男に夢中――に見えるだけだが――なわけだ。
やる気なんか出てくるわけねえだろ。殺る気しか出てこねえわ。
頑張っても、目当ての女の子はこちらに気を掛けず、自分の頑張りがダメ男の報酬にもなっちまうんだし。
「まだ俺達は討伐クエストを請けるには何もかもが足りなすぎるんだ。仲間の募集も、俺がまともな装備を手に入れて、カエルを安定して倒せるようになるまで一旦保留にしておいてだな……」
俺がそう言って、張り紙をとり下げに行こうと立ち上がった時。
「冒険者募集の張り紙を見て来たのですが、ここで良いのでしょうか?」
俺達に話しかけてきたのは、全体的に黒マントに黒いローブ、黒いブーツに杖を持ち、とんがり帽子まで被った、典型的な魔法使いの――ロリっ子であった。
こんな小さい子でも働いているんだな、と感心していると、その少女は突然バサッとマントを翻し、
「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者……!」
その、あんまりにもあんまりな自己紹介を受けて、
「……冷やかしに来たのか?」
「ちがわい!」
つい、こう返してしまったのも仕方がないことではなかろうか。
当の本人は、必死で否定しているけれども。
「その赤い瞳。もしかして、あなた紅魔族?」
アクアの問いにその子は頷くと、再び謎のキメポーズで見得を切る。
「如何にも! 我は紅魔族随一の魔法の使い手めぐみん! 我が爆裂魔法は山をも崩し、岩をも砕……く…………」
切ったはいいが、その途中でフラフラしだし、最終的にはぶっ倒れてしまった。
「おい、大丈夫か!?」
「もう三日も何も食べてないのです……図々しいとは思いますが、何か食べさせていただけませんか……? あと、できれば、あちらの柱の陰に隠れている子の分もお願いします……」
そう言って、めぐみんは悲しげな瞳でこちらを見、少し離れたところに立っている柱に、人差し指を向けた。
言われた通りにそちらを見ると、確かにその柱の向こう側に誰かが立っている気配がする。
「……なんで向こうの奴は隠れてるんだ?」
「とんでもなく人見知りなんです。初対面の人と会話なんかできないくらいに」
あぁ、ボッチ体質なのか。
「飯を奢るのは良いけどさ、その眼帯はどうしたんだ? 怪我してるんなら、こいつに治してもらったらどうだ?」
「……フ。これは我が強大なる魔力を抑えるマジックアイテム……。もし外されることがあれば、この世に大いなる災厄がもたらされるであろう」
「封印……みたいなものか?」
「まぁ嘘ですが……。たんにオシャレでつけてるだけ。アーごめんなさい引っ張らないでください! やめっ…ヤメロォー!」
「……ええと、カズマに説明すると、彼女達紅魔族は、生まれつき高い知力と強い魔力を持ち、大抵は魔法使いのエキスパートになる素質を秘めているわ。紅魔族は、名前の由来になっている赤い瞳と……そして、大抵変な名前を持っているわ」
からかってたわけじゃないのか。
変なこと言うし、変な名前だし、中々仲間が見つからない俺達を煽りに来たのかと思っちまった。
いつまでもそのままにしているのもあれだったから、眼帯を解放してやると、気を取り直しためぐみんが抗議してきた。
「変な名前とは失礼な。私から言わせれば、街の人たちの名前の方がよほど変わってると思うのです」
「……ちなみに、両親の名前を聞いてもいいか?」
「母はゆいゆい。父はひょいざぶろー」
「…………とりあえず、この子の種族は質のいい魔法使いが多いんだよな? 仲間にしてもいいか?」
「おい、私の両親の名前について言いたい事があるなら聞こうじゃないか」
顔を近づけてくるめぐみんに、アクアが尋ねる。
「それはいいんだけど、向こうにいる子はどうなの? あなたと同じ紅魔族?」
「ええ、彼女は我が実験どう……もとい、我が友にして、肩を並べるアークウィザード、上級職が二人もついて来るなんて、お買い得だと思いませんか?」
「おい、今なんて言いかけた」
実験道具か、実験動物か、どちらにせよ人間に使っていい呼称ではない。
こいつ、向こうの奴に普段何をやってんだ。
めぐみん→
out 些細なことでも全力を出す
in 変態