「それでは、どうぞごゆっくり。ぜひこの温泉街を楽しんでいってください! いや本当に助かりました、ありがとうございました!」
商隊のリーダーが何度も頭を下げて去って行く。
あの後に、モンスターの襲撃は俺達が原因だ。と言っても信用してもらえず、何だかんだしているうちに、お礼としてアルカンレティアで一番大きな宿屋の宿泊券を頂いてしまった。
あの人はその宿屋の経営者でもあるらしい。
当の本人は次の街まで行くようだが。
「そう言えば、結局あのドラゴンの名前は何と名付けたのですか?」
色々助けてもらった俺達に、一緒の馬車に居たドラゴンの名付け親になって欲しいと頼んできたお客さんがいた。
最初はめぐみんが名前を付けようとしていたが、『じゃりっぱ』とかいう独特すぎる名前を与えようとしていたため、なんとか俺が命名権を分捕る形になったんだが……。
「とっさに言われても思いつかなかったからな。俺が知ってる双子のドラゴンの名前を混ぜて、ウーラスって付けといた」
「……カズマは、ネーミングセンスがないのですね」
「お前に言われたくねえよ! お前にだけは!」
それに、その双子のドラゴンは滅茶苦茶強いんだからな!
片方なんかラスボス級の扱いを受けてるぐらいだし!
「カズマはそんなにカッコいい名前を貰っているのに嘆かわしい。将来カズマに子供が出来た時は私が名付け親になってあげましょう」
「お前にだけは名付けさせない……いや待て、紅魔族的には俺の名前はイケてる部類なのか? それ、かなり凹むんだが。……なあ、ゆんゆんは俺の名前の事、どう思う?」
「え? 別に私もカズマさんの名前は変だとは思わないですけど?」
よし、ゆんゆんが大丈夫なら全然セーフだ。
紅魔族なのに感性が一般人のそれであるゆんゆんの判断なら間違いない。
「それはともかく、ようやく来たわね、水と温泉の都、アルカンレティアに」
出立前は結構嫌がっていたアクアだったが、今では少しテンションが上がっているように見える。
あーだこーだ言っても、結局アクアは自分の信徒がどのようになっているのかが気になっていたようだ。
――水の都アルカンレティア。
澄み切った湖に隣接するこの街は、街中に水路が張り巡らされている。
建物は青を基調とした色で統一され、その街並みは美しく、そして誰もが活気に満ち溢れた大きな街。
魔王軍にとっては憎き相手を奉っている本拠地であるにもかかわらず、この街は平穏だった。
一度だけ魔王の手先と事を構えたことがあったらしいが、それ以降、魔王の魔の字も見受けられないほどにこの街には近付いてこないらしい。
曰く。プリーストを数多く抱えるこの街は、魔王軍の者にとって戦い辛い相手だからだ。
曰く。この街は、水の女神、アクア様の加護に守られているからだ。
曰く。
「アルカンレティアにようこそ……と、言いたいところですが、貴方達の中にアクシズ教ではない方はいますか? そうであれば、この街に入る前にこのアクシズ教団仮入信書にサインをしていただきたいのですがよろしいでしょうか。ここに書かれている十戒をしっかり音読し、アクシズ教の戒律を守ることをアクア様に誓ってください」
――この街は大量の逞しいアクシズ教徒がいるから、それに関わりたくないからだ、と。
「おいアクア、なんか無理矢理入信させようとして来てるんだが。本当にお前を崇拝している宗教なのか?」
「あ、あれー? おっかしいわねー……?」
これにはアクアも戸惑っている様子。
と言うか俺も若干戸惑っているくらいだ。
前にアクアから聞いた話では、アクシズ教の教義自体は結構フワっとした感じのものだったきがするが。
少なくとも、ここまで形式ばった雰囲気ではなかったはず。
「……あ、あの……私は一応アクシズ教のプリーストなんだけど……?」
冷や汗をかきながらも、アクアが街への入り口にて俺達を足止めした門番の人に話しかける。
おかしい。
アクア曰く、『何を信仰しようと構いません。本人が幸せならそれでいいじゃない』らしいのだが、どうしてこんな強引な勧誘を受けているんだ。
もしや、変な伝わり方でもしたのだろうか?
「……確かにアクシズ教徒のようですね。これはすみませんでした。では、貴女にはこちらの入信証明書を差し上げます。この街に滞在する間は常にそれを身に着けておいてくださいね」
「あ、はい、ありがとうございます。……それで、他の五人は? この子たちはアクシズ教徒じゃないけど、決して悪い子じゃないのよ? そんな無理にアクシズ教には……」
何やらベルのようなものを見た門番が納得したかのように頷くと、証明書らしいものが入ったカードホルダーをアクアに手渡してきた。
それを頭を下げながら受け取ったアクアが、そのまま俺達の処遇について門番に尋ねる。
だが……。
「いくら貴女がアクシズ教のプリーストと言えど、お連れの方を見過ごすことはできません。貴方方がアクシズ教徒でないのなら、例外なくこちらの入信書のサインを頂く決まりになっておりますので」
……どうも見逃してはくれないようだ。
しかし困った。
俺はアクシズ教に入信しても一向に構わないんだが、ダクネスはれっきとしたエリス教徒だ。
他の宗教の信徒を無理やり改宗させるのはなぁ……。
そんなことを考えていると、ダクネスが毅然とした態度で宣言した。
「すまない、私はエリス教の信徒でな。おいそれと改宗する気は微塵もないのだ。それでも無理に改宗を迫るのであれば、私だけこの街から立ち去ろう」
お、おい! 何もそこまで言わなくても!
俺が内心焦っている横で、それを聞いた門番は……。
「ああ、別に構いませんよ。エリス教徒であるならそのままエリス様の教えを守っていただいても。何も我々は嫌がる者に改宗しろなどといった残酷なことを言うつもりはありませんからね」
朗らかに笑いながらそう告げてきた。
……あれ?
なんか食い違っているような?
「私達が貴方達に求めるのは、この十戒を守っていただくことだけなのですよ。このアルカンレティアでこれを守っていただけるのであれば、貴女が心の内でエリス教を信奉していてもマイナーな宗教を信じていても、何なら悪魔崇拝していようと構いません。この街を出たなら、忘れてくださっても結構です。本音を言えば、アクア様の教えを皆に知っていただきたくはありますが……」
そう言って、門番は入信書を俺達に渡してきた。
そこに書かれている十戒とは……。
『一、汝、無暗に他者を傷つけることなかれ。
二、汝、意図的に公共物を破壊することなかれ。
三、汝、他者を人種、或いは種族で貶めることなかれ。
四、汝、隣人の主義や主張、性癖を馬鹿にすることなかれ。
五、汝、アクア様を侮辱する行為は慎むべし。
六、汝、だからと言って他の神をバカにするのはダメである。
七、汝、せっかく観光地に来たのだから全力で楽しむべし。
八、汝、この街にいる間だけでも悩みや自らの責任などは忘れるべし。
九、汝、できる限り笑顔になるように心がけるべし。
十、上記の事はできる範囲で構いません。貴方の良心に従ってください。』
……なんというか、当たり前の事しか書いてない。
というか、後半になるにつれて雑にさえなっている気がする。
最後の一文とか、威厳的なものも取り繕えてないし。
「あの、これって本当にアクシズ教の十戒なのですか? 何というかえらくピンポイントと言うか……」
「もちろん、これだけがアクア様の教えではありませんよ。しかし、そこまでの事を観光客の方たちに押し付ける気など毛頭ありません。最低限、この街で守っていただきたいことのみを抜粋して、誓っていただいてるということになります」
「どうして、このようなことを?」
めぐみんの疑問に、門番の人が苦笑する。
「そうでもしないと、他の信徒の方達との衝突が起きてしまうからですよ。その、悪し様に言うのは憚られるのですが、他の宗教の熱心な信徒の中には我々の考えを受け入れることができない人たちもおられますし……」
ああ、過激派とか狂信者とかそういう類の連中の事か。
以前に聞いたことがあったが、エリス教ではアンデッドや悪魔なんかは絶対に滅ぼすべし。みたいな教えになってると聞いたことがある。
ダクネスはそのあたりは柔軟だけれど、極まった人なんかだったら……。
「宗教間での価値観の違いはどうしようもありません。なので、この街にいる間だけは、貴方達もアクシズ教徒として扱わせていただきたいのです。そうすれば宗教関係の面倒ないざこざを減らすことができますしね」
要は、郷に入っては郷に従えってことか。
この街に入ってから、『他の宗教ではこれが正しいんです』などと言って言い訳をされないために、事前に紙面に書き起こして万が一問題を起こした場合はアクシズ教の教義の元に裁かれることに同意してもらうと。
そういうことなら、こういった形式になったのも納得がいくな。
「なら、アクア以外の五人分サインします」
「はい。それでは一人当たり二千エリスになりますがよろしいですか?」
……金取るのか。
そんな微妙そうな俺の顔を見て察したのか、門番の人が、
「身分証明書の代わりのようなものですから。そこは手数料と思っていただければ幸いです。その代わり色々特典が付きますよ。飲食店や土産屋では10%の割引を受けられたり、様々な名所に無料で入れたり、一日一回分温泉の入浴許可も貰えますから、決して損はしないですよ」
なんだか、証明書がフリーパスのように見えてきた。
それでも門番の人が言うように、二千エリスを払うだけにしては結構破格な待遇だ。
「あの、アクアさんの分は大丈夫なんですか? アクアさんだけお金を払ってないから特典がなかったりとか……」
「彼女がアクシズ教であるのは、この魔道具で証明されてますから大丈夫です。嘘をついていればこのベルが鳴っていたところ、それが無反応ということはそういうことですし」
あのベル、嘘発見器みたいなものか。
本当に所々、俺が元居た世界よりも発達してるな、この世界は。
「それにしても、貴女のお名前はアクアと言うのですか。その水色の髪と言い、まるで本物のアクア様のような……」
「さあお前ら! 早いところ入信書にサインしてアルカンレティアを満喫しようぜ!」
「そうですね! このようなところで立ち往生などしていられません! 可及的速やかにこの場から立ち去りましょう! ほら、アクアは先に行っておいてください!」
「わ、分かったわ! じゃあね皆! 私は一足先にアルカンレティアの空気を味わってくるわ!」
「う、うむ! エリス教徒の私だが、そういうことなら受け入れよう! この場に居る我々の仲間であるアクアとは同姓同名の女神アクア様と女神エリス様は先輩後輩の関係に当たるのだし、これくらいならばエリス様も許してくださるだろう!」
「わ、わー! 私、早くアルカンレティアの観光に行きたいです! だから、脇目もふらずに素早くサインしちゃいますね!」
「え、えっと、私も温泉にのんびりつかりたいので、このような特典が受けられるならすぐにサインしてしまいます!」
嘘発見器があるこの場で、何やら致命的な質問をしてきた門番の言葉を遮るように一心不乱に声を上げ始める俺達。
アクシズ教の総本山であるこの地で、アクアが女神アクアその人であると判明するのは非常にマズイ。
偽物扱いされるのはもちろんのこと、本物とバレても大問題だ。
そうなったらこの街の住人達は確実に大騒ぎする。なにせ信仰対象の女神様がご降臨成されているのだから。
更には、その連れである俺達にも人々の手は伸びて、良い方向にせよ悪い方向にせよ、かなりぶっ飛んだ待遇を受けるのは想像に難くない。
ここで思い出してほしいのが、俺達がこの街に来た目的は、悪徳領主の魔の手から逃げることだ。
だというのに、悪目立ちも良いところな状況に持っていかれるのは何かと角が立つ。
良くて、俺の身柄の引き渡し。
悪くて、アクアとその仲間である俺達を陥れた領主に対して、この街が徹底抗戦する可能性だってある。
そこまで大袈裟にしたくはない俺達は、一心不乱に入信書にサインをすると、先に行かせたアクアの元に殺到するのであった。
「あ、お客さん! 街に入ってすぐの歓迎にビックリするかもしれませんので気を付けてくださいね!」
門番の人が、何やら気になることを言い残しているのを聞きながら。
―――………
そして俺は、その言葉の意味を身をもって味わうことになった。
「ようこそいらっしゃいましたアルカンレティアへ。初めていらっしゃった方ですよね? 観光ですか? 移住ですか? 冒険ですか? 巡礼ですか? 我らがアクシズ教に興味がお有りなら、まずはこの街の中央にある教会がお勧めですよ。アクシズ教の歴史や教えなどを司祭様が分かりやすくお教えしてくださいます。エリス教の方でもご安心ください。アクア様の後輩であるエリス様の教えも我々は深く受け入れます。お互いにお互いの事を知り合いましょう。さあ、まずは騙されたと思ってレッツトライです!」
「冒険者の方ならギルドはあちらです。初めて討伐する方でもご安心を。アルカンレティアには優秀なプリーストが数多く控えています。皆が心優しい方たちなので、声をかけてくだされば喜んで貴方達の助けになってくれますよ。ただし、クエストが終わったら、お世話になった人にちゃんとお礼を言うのは忘れてはいけませんよ。互いに尊重し合うような関係を結びましょう! 何でしたら、私がお手伝いいたしましょうか? これでも私、アークプリーストですので、きっとお役に立てますよ!」
「お食事の場所をお探しなら、こちらのガイドブックをどうぞ。それなりにコスパの良いところ、景観が良いところ、行列ができるところなどなど網羅しております。アレルギーなどがあるならそちらの情報もお渡ししますよ。せっかくの観光なのに、お食事で台無しになっては勿体ないでしょう? ご安心を。こちらアクシズ教団公式のガイドブックなので下調べも万全です。観光名所も記載しておりますので、ぜひ観光にお役立てください!」
何とか街に入る許可をもらった俺達は、いきなりアクシズ教徒とおぼしき集団に声を掛けられた。
どうしよう。若干アクシズ教贔屓な感じがするのは否めないけれども、入って早々アクシズ教徒の人達が初対面であるはずの俺達の世話を焼こうとしてるんだが。
あまりの圧の凄さに俺以外の四人は少し狼狽えている。
というか……。
「なんて美しく輝かしい青い髪! 地毛ですか? 羨ましい! 羨ましいです! その、アクア様みたいな青い羽衣も良くお似合いで!」
アクアもまた、一人の女性信者に熱烈な歓迎を受けていた。
やっぱりあの風貌では、この街だと良い意味で目立っちまうか。
アクアに近付くと、何よりも先に忠告しなければならないことをその耳元に囁いた。
「アクア、分かってるとは思うけど、間違ってもここで水の女神だとか名乗らないでくれよ。絶対にえらい事になるからな。極力名前も名乗るな、いざという時は偽名を使え」
「分かってるわよカズマ、私もそこまでドジじゃないし……うん、多分……。それより、早く街に行きましょうよ! こんなにも素敵な街をアクシズ教徒の子達が築き上げたなんて! 柄にもなくテンションが上がって来たわ!」
出る前は嫌がっていたのに、到着すると目を輝かせて辺りを見回すアクアを見て、なんとなく小さい子供を想起したのは俺だけではないはずだ。
何の曇りもなくはしゃいでいるところを見るに、アクア的には、門番関係や、この街に入ってすぐの洗礼は特に問題にはしてないらしい。
まあ、俺としてもあれくらいの住み分けなら全然ありだし、このアクシズ教徒達の歓迎の仕方も善意からくるものだと感じられるから悪い気はしない。
そわそわしているアクアを放っておく訳にもいかず、俺達を歓迎してくれた信者に頭を下げ、
「すいません、俺達は街の観光とかに来ているので、これで失礼します。ガイドブックはありがたく頂戴しますね」
そう言って立ち去ろうとする俺達に、満面の笑みでアクシズ教徒達が手を振った。
『そうでしたか! 是非ゆっくり観光していってくださいね! 何かお困りごとがあれば些細なことでもいつでもお尋ねください! 貴方達にアクア様の加護があらん事を!』
大丈夫です。加護どころか直に守っていただいてますので。
それにしても、何とも手厚い歓迎の仕方だな。
崇拝対象がアクアなだけあって、アクシズ教徒の人達は世話を焼きたがる性でも持っているのだろうか。
それに押されていた四人がホッと一息ついたところで。
「ひとまず宿に向かおうぜ。マッチポンプみたいだけど折角もらった宿泊券だ。捨てるぐらいなら有効活用させてもらおう」
「……どこか後ろめたいけど、せっかくの厚意を無下にするのもいけないものね。じゃあ荷物なんかを預けたら観光に行きましょう! 私、教会に行きたいわ、教会に! 私の教えがちゃんと伝わってるか確認したいし、エリス教の人とも仲良くできてるか見てみたいし!」
なんだか珍しくアクアの押しが強いような気がする。
いつもなら俺かめぐみんの意見を聞いてから行動しようとするのに、観光に行く気満々って感じがオーラとして見えそうなくらいだ。
……そういえば、ここのところアクアには迷惑ばかりかけてきた気がする。
ベルディアの討伐、パーティ交換、ダンジョンの件では心配をかけさせ、挙句の果てには犯罪者として追われる立場。
そんな楽しむ余裕も無かったところに、こうしてストレスを発散できる場に来られたのだ。
こうなるのも無理ないか。
「おいおいあんまりはしゃぎすぎるなよ? そんな子供みたいにはしゃいでたら、周りから変な目で見られちまうからな?」
「そ、そこまではしゃいでなんかないしっ! 子ども扱いとかしないでほしいんですけどっ!」
指摘されて恥ずかしがってるのか、顔を赤くして頬を膨らませながらそっぽを向くアクア。
本当にこの女神様は仕草が可愛いな。
綺麗だとか美しいではなく、可愛いという言葉が当てはまる女神と言うのも違和感があるが、実際に可愛いのだから仕方がない。
真面目な話、前の世界にアクアがいれば、俺は引き篭もりなんかにはなっていなかったと断言できるだろう。
……半年前の俺には想像もできなかっただろうな。
引き篭もっていたはずの俺が、異世界に飛ばされて、色々とトラブルがありながらも金持ちになり、今では美女や美少女に囲まれて温泉旅行だ。
……旅行と言うか、逃亡生活なんだけれども、そこはそれ。
今なら前の世界で引きこもっていた原因になった程度の不幸も笑い話にできるレベルである。
というか、小学生の時にした結婚の約束なんて普通覚えてるわけがないだろうに、俺は何を期待していたんだろうか。
「あの、どうしたんですかカズマさん? なんだか遠い目になってましたけど……」
「いや、あの時の俺は子供だったなって思い返しているだけさ」
そういえば、最初にこの世界に来た時、アクアは俺が引きこもっていた原因を知りたがっていたな。
今度、思い切って打ち明けてみるか。