今年もよろしくお願いします。
「無理ですね」
不動産屋の店員に、一言で切り捨てられた。
「何でですか? これだけの金があれば、普通に大きめの一軒家ぐらいは土地代込みで買えるはずでしょう。……まさか、俺達が一時期指名手配されてたから、前科持ちにやる家はないと……」
「そういうのじゃありませんよ。むしろあんな与太話をまともに受け取ってる住民の方が少ないくらいなんですから。単純に、売れる物件が無いんです」
クソ領主に仕立て上げられた冤罪を払拭され、大手を振ってアクセルに戻ってきた俺は今、晴れてからの念願である拠点を手に入れようと不動産に赴いていた。
これからは冬の寒さも厳しくなってくるだろうし、ベルディアを討伐したときの報酬と、ハンスの懸賞金の一部――もちろん最初は遠慮したが、ゼスタさんがどうしても受け取ってくれと言うので――もあるので懐事情は問題なし。
いい加減活動拠点も欲しいので、街に戻って来るや否や、五人で住めるような物件を探しに来たんだが。
「……どういう事です?」
「……実はこのところ、悪霊が増えておりまして…………」
「悪霊?」
なんでも、一週間ほど前から、なぜか様々な悪霊が空き家に現れ始めたらしい。
しかも困ったことに、悪霊の討伐クエストを出して退治してもキリがなく、討伐したはずの翌日の夜には、別の悪霊が現れ、襲われかけたということも。
「ギルドの方に相談しては見たのですが、このような事例は初めてらしく対処法が分からないんだそうで。それで、今は物件を売るどころではなく、物件の除霊をするので精一杯でして。ウィズさんに相談しようにも外出中だったのもあって中々……」
店員が、疲れた表情でため息をついた。
真面に商売もできず、原因の分からないトラブルに頭でも痛めているのだろう。
だが、そういうことなら問題ない。
三日もすれば、そんな騒ぎも収まっているはずだ。
なぜなら。
「悪霊関係でお困りなら、我らがパーティに是非お任せを。そこで相談なんですが……」
こちらには、世界一と言っても良いほどの、アンデッドのエキスパートがいるのだから。
―――………
「……この屋敷か」
そんなこんなで俺達は、この間討伐したばかりのハンスほどの大きさの屋敷の前に佇んでいた。
見た目の割には部屋数はそうでもないらしいので、掃除をするにしてもそこまで大変にはならなそうなくらいの規模。
火力が足りないがために、色々とアイテムを貯めこんでおく必要がある俺にとって、それを保管しておけるだけのスペースがあるこの屋敷は中々に好都合だな。
「カズマ、本当にこんな立派なお屋敷に住んでいいの? 私だったら、悪霊騒動の解決なんてそこまで難しくないんだし、ちょっと好待遇過ぎる様な……」
「いいんだよ。本来必要な労力を考えたら、これくらいは妥当らしいし」
アクアが申し訳なさそうに呟くが、女神様の力が無ければ相当に手間な問題なのだから遠慮する必要はない。
『その騒動の原因を一週間以内に突き止めるから、悪霊問題は関係なしに俺達に住めそうな物件を紹介してくれ』
俺は不動産屋にそんな提案したのだ。
そしたら、向こうから色々とサービスしてくれて、問題が解決するまではこの屋敷に無料で住んでいい上に、気に入ったのなら格安で譲ってくれるとまで。
遠慮はしたものの、売り物に悪霊が住み着くというのは商売人にとって致命的な騒動であり、それをどうにかしてくれるならと、この屋敷を紹介されたわけだ。
「冬の間は宿屋を借りて冬ごもりをするつもりだったけど、この屋敷が手に入るならもろもろの問題が即座に解決。不動産屋も頭を悩ませていたトラブルが消える。互いにとって良いことづくめだろ」
「……そういうことなら、まあ、いいのかな?」
渋々ながらも納得してくれたらしい。
別に俺も正規の値段で購入することに関しては、やぶさかじゃない。
貯蓄してある財産を考えれば、この屋敷を一括購入するのだって余裕なのだし。
けれど、諸経費を削減できるなら、それに越したことはない。
魔王を討伐するには、良いアイテム、良い装備が必要であり、それには莫大な費用が掛かる。
それを考えれば、少しでも出費は抑えておきたいというのが心情というもの。
……一番金が掛かるのは俺なんだけどね。
冒険者だから火力が微妙なせいで、戦闘では基本的に道具に頼らないといけないから。
「まあ、アクアがいるなら除霊に関しては大丈夫だろう。今でこそ街中で悪霊騒ぎが問題になっているが、本物の女神様がいるのだからな」
ダクネスが、大きく、そして重そうな荷物を背負いながら言った。
大丈夫か、あれ。
なんかあの実家から持ってきたとか言う荷物、ダクネスの体積の十倍はありそうなんだけど。
床が荷重に耐えきれなくなって、陥没したりしないだろうな
「それに、もしも万が一アクアの力が及ばなくとも、クルセイダーである私もいる。悪霊など恐れるに足らずというものだ」
そうだな。ダクネスが居たら安心だな。
クルセイダーだからとかじゃなくて、物理的に最強な筋肉を身に纏っているから。
大体のホラー映画を見ていても、率先してモンスターの被害にあうのは、場の空気を乱すヤンキーか、場を弁えずイチャイチャするカップルなのが相場というもの。
筋肉モリモリマッチョな奴らが、幽霊の犠牲になったところなんて見たことが無い。
というか、そもそも登場すらしないことを考えるに、おそらく、幽霊達はパッション溢れる野郎共の筋肉が嫌いなのだろう。
まあ、幽霊に襲われる人間の中に、元特殊部隊所属のきこりだったり、心に深い傷を負ったベトナム戦争の帰還兵が登場したら、薄暗い恐怖感を漂わせるホラー映画の雰囲気がぶち壊しになるだけだと言われたらそれまでだが。
「でも悪霊騒ぎを解決するからと言っても、これほどの御屋敷をあれほどに勉強してくれるとは……。長いこと人が住んでいた形跡もないですし、もしかして、以前から何かしら問題のある訳あり物件だったり…………」
めぐみんが不安になる様な事を言うが、俺は全然平気だ。
アクアほどではないにしても、俺だって浄化魔法は使えるし、アンデッドに囲まれるのも慣れたもの。
それに。
「大丈夫だよめぐみん。だって、この世で一番怖いのは幽霊なんかじゃなくて、人間なんだから」
「全くだな。直接襲い掛かってくるのが分かってるだけ、幽霊の方が可愛げがあるってもんだ」
ゆんゆんの言葉のとおりだ。
善良な人間がいることは理解しているが、底抜けにあくどい人間だっている。
クソ領主とか、クソ領主とか、クソ領主とかな。
それに比べたら本質的には救いを求めているだけのゴーストなんて、じゃれついてくる子供に等しい。
「……アクア。カズマとゆんゆんにはしばらく休んでおいてもらった方がいいんじゃないか?」
「いえ、ゆんゆんは昔からあんな感じです。カズマの方は、その……」
「二人とも! もうここには貴方達を傷つけるような人はいないから! だから、人間に絶望なんかしないで!」
……なんか、深刻な雰囲気になってきたな。
俺は単に一般論を述べただけなんだけど。
「まあ何にしても、たとえそんな問題物件だったとしても、アクアが居れば安心だ。こいつが家に住んでるだけで幽霊の方から自発的に成仏するさ」
もしかしたら、アルカンレティアへの道中で起こったゾンビ騒ぎのように、却って幽霊たちを引き寄せるかもしれないが、アクアなら即座に浄化するだろうし。
「迷える魂達の浄化に関しては私に任せて! それじゃあ皆、この屋敷に入る前に、この家にいる幽霊を霊視で調べてみるわね」
安全確認は大事だ。
入った瞬間に呪い殺されたりなんかしたら洒落にならない。
そうやって、アクアがしばらく目を瞑りながらウンウン唸っていると。
「……どうやら、この屋敷には貴族が遊び半分で手を出したメイドとの間に出来た子供、その貴族の隠し子が幽閉されていたみたいだわ」
酷いお貴族様もいたものだ。
まるで、この地に住まう領主様のようだ。
「病弱だったその子のお父さんは病死、お母さんのメイドも行方知れず。自分の親がどのような人かも知らないまま、この屋敷に軟禁されていた女の子は、まだまだ幼い時にお父さんと同じ病気にかかって、両親からの愛情を受けることも無く、孤独なまま寂しく息を引き取ったみたい。……可哀そうに」
ちょっと残酷すぎねえか。
隠し子が産まれちまったのが面倒だって思う気持ちは分からなくもないが、それでも、実の子供への愛情というものが湧いたりしないものだろうか。
貴族だから、そのあたりの感性が俺達とは違うのかもしれないけれど、それでもなんだかやるせない気持ちになる。
こんな立派な屋敷をくれてやる前に、一回くらいは親の顔を見せてやれよ。
「名前はアンナ=フィランテ=エステロイド。好きなおもちゃはぬいぐるみや人形だけど、冒険者達の冒険話を聞くのも好きな、ちょっとおてんばなところもあるようね。うん、この子は悪い霊じゃないわ。私達に何かしようだなんて思ってないから。むしろ、私達が冒険者だから、歓迎してるくらいだもの」
そうだよな。
屋敷に軟禁されてたんだから、そりゃ外の世界の話が楽しみになるよな。
よし、これからは、なるべくクエストで起こったことはこの屋敷で話してやろう。
意識しなくても、ここで夕食をとっていたら自然に語り合いそうだけど、少しは頭の隅に留めておくか。
「でも子供ながらに結構ませてたみたいでコッソリ甘いお酒を飲んでたみたい。……ねえねえカズマ、この場合のお供え物って、お酒かぬいぐるみかどっちがいいと思う?」
「今度両方とも買って来てやるよ。それにしても」
俺は、ダクネスとめぐみんの方を振り返って。
「……やっぱり幽霊なんかよりも、人間の方が怖くねえか?」
「「……………………」」
二人は返す言葉が無かったのか、俺の質問には答えてくれなかった。
―――………
「しかし、なんで幽霊なんかが溢れかえってるんだろうな。共同墓地の魂は、アクアが定期的に浄化してるってのに」
「さてな。でも、我々がいない間に起こったことなのだ。おそらく私達には関係はないだろう」
引っ越し早々、それぞれの部屋の家具などの配置のため、俺はダクネスを引き連れて屋敷の中を練り歩いていた。
力仕事だけなら、ダクネスに任せておけば、俺の助けなんかいらないんだろうけれど。
「ここはめぐみんの部屋だから……あ、もうちょい手前だな。そう、その二番目の内袋に……よし、それだ」
「……ん、これか」
ダクネスが俺の背負っている鞄の中に手を突っ込む。
そこでしばらくゴソゴソして目当ての物を見つけると、それを一気に引っ張り出した。
「ふむ、では、
「ベッドの近くに置いといてやってくれ。寝る直前まで、調べ物をしときたいらしいし」
今ダクネスが手にしているのは、めぐみんの魔導書がぎっちり詰まった本棚。
まあ、俺が連れ添っている理由と言うのは、つまりはそういうことだ。
本当に『収納』スキルって便利だわ。
使いまくってるおかげか、中に入れられる容量も増えたし、重さも感じないし、ドラ〇もんの四次元ポケットみたいになってきている。
……この鞄の中って、一体どうなってるんだろうか。
「こうして落ち着いて拠点を構えられるのも、あのダスティネス家ってところが便宜を図ってくれたからなんだよなぁ。先入観とかで貴族って連中はろくでもない奴らばかりかなって思ってたんだけど、ちゃんと民草の事を考えてくれている人達がいてくれて助かったわ。アルダープとか言う野郎もダスティネスって人を少しは見習えばいいのに」
「そ、そうか……! いや、なに、無実の罪を着せられそうになった民を救うくらいなんのその! ダスティネス家は貴族として当然のことをしたまでだ!」
何となく振った話題に、えらい勢いで食いついてくるダクネス。
どうしてこいつは、顔を赤らめながらも、ちょっと誇らしげにしているんだろうか。
別にこの女騎士を褒めたわけではないのに。
「……それで、俺達の恩人とも言えるダスティネス家について、入院中暇だったから色々調べてたんだけど、あそこってすごいらしいな。この国の懐刀とか言われててかなりデカい家だとか、王家に次ぐ権威があるだとか。そこらへんの木っ端貴族だったらお礼とかも直接できただろうに、ちょっと残念だわ」
「いやいや、そこまでしてくれなくとも、感謝をしてくれるだけであの家の人達はきっと喜んでもらえると思うぞ。うむ!」
だから、なんでお前が嬉しそうにしてるんだ。
……まさか、こいつ、ダスティネス家の関係者か?
前々からお嬢様っぽいところが、ウォーモンガー風味なダクネスの立ち振る舞いの端端から感じ取られたし。
ダスティネス家に連なる貴族の内の一家だったりして……。
「なあ、ダクネス。今更になって気になってきたんだが、お前の実家はダクネスが冒険者をやり続けることには反対してないのか?」
「んんっ!? ……な、何故いきなりそんなことを?」
「だってあれじゃん。アクアは俺の付き添い。めぐみんとゆんゆんは親からの許可をもらってるけど、そういやお前だけそういった話を聞いてなかったなって」
めぐみんの実家が結構貧乏な家だと知っていた俺は、デュラハンの討伐に成功したときに一度だけ、親御さんへ仕送るようにと、ある程度の金銭と食料品や日用品などを詰め合わせた箱をめぐみんに押し付けたことがある。
そしたら数日後に、めぐみんの母親から俺宛てに郵便が届いた。
簡単なお礼の手紙かと思って封筒を開けると、そこには予想通り、感謝の言葉と…………めぐみんには決して見せられないような内容が書かれた手紙が入っていたのには閉口したものだ。
……お母さん、もうちょい娘さんを預けている先の男には、警戒した方が良いですよ。
俺がろくでもない男だったらどうするんですか。
それはさておき。
「めぐみんたちはまだまだ子供だけど、ダクネスは違うだろ? そろそろ娘の将来とか心配しだすだろうし、俺がお前を両親の許可なく冒険者として縛り付けて、そんな中でお前に万が一があったら、ダクネスの親御さんに申し訳が立たないじゃないか」
別に、俺はダクネスをこのパーティから追い出したいわけじゃない。
むしろ、抜けられたら非常に困るし、可能であるなら魔王を倒す最後まで仲間でいてほしいとさえ思っている。
だからこそ、周りからの理解をちゃんと得た方がいいと言うだけだ。
決して、『あんまりにもダクネスが男勝りどころかモンスター勝りにバーサーカーしすぎて、嫁の貰い手が無くなった』ってな感じで、ダクネスの親に文句を言われたくないなどとは考えていないのである。
俺がそう問うと、ダクネスは目を逸らし、
「……まあ、そのあたりは大丈夫だ。きっと」
「おい、今『きっと』って言ったか。本当に許しは出てるんだろうな」
ダクネスはさらに俺から顔を背け、
「いや心配するな。こうして引っ越すことも父にはちゃんと報告しているし、引っ越し祝いも送ってくれるそうだ。認めていなければこんなことなどしないだろう。……多分」
「『多分』ってなんだ。何か気がかりなことがあるってことだよな、その反応は。断言できないってことは、親父さんに冒険者を止めて戻って来いって言われる懸念材料があるってことだよな?」
最早ダクネスは、俺に背を向けながら続け、
「何も問題ない! 私はあらかじめ父に『私と一対一で勝負をして、私を完膚なきまでに叩きのめせるような男でなければ生涯の伴侶として認めない。どうしても私を結婚させたいなら、最低でもその条件をクリアしている男を連れてくるんだな』と伝えてあるからな!」
「別の問題が浮上してきたわ! お前のその条件に見合う男がこの世にどれだけいると思ってんだ! そんな高望みしてたら嫁の貰い手が無くなるぞ! つーかそこまで行って最低ラインかよ! 求める水準が人類最高峰過ぎて無理難題になってるわバカたれ! もうちょっと妥協しろ!」
遂に掴みかかってきた。
「私のこの条件のどこが無理難題なんだ! 何も無傷で倒せなどとは言っていないではないか! 女であるこの身を打倒するだけという簡単な作業だろうに!」
「お前、それをクリアするのがどれだけ難しいかを理解してる上で言ってんだろ! そうじゃなきゃ冒険者を辞めて仕方なしに結婚する条件として出すわけないからな! そこまで自覚して何で怒ってんだよお前は!」
「頼りがいのある男を旦那にしたいという乙女心も少なからず含まれているのに、それをお前が無理だと断言したからだ! 察しろ!」
「面倒くせぇよ! お前メチャクチャ面倒くせぇ!」
「なんだと!!」
ひねくれた結婚観を持ったバーサーカーとのタイマンは、その後10分ほど続いたのだった。
勝者は俺。
決まり手は『バインド』による拘束からの『ドレインタッチ』。
……虚しい勝利だった。