紆余曲折があったものの、どうにかこうにか立派な拠点を手に入れることができた俺達。
この屋敷を紹介してくれた代わりの条件については、とりあえず一晩寝てから考えることにした。
というのも、アクアがこの街の墓場の除霊に行ってしまったからだ。
なんでも、一週間以上放置してるし、そんなにも長い間待たせちゃったら迷える魂達が可哀そうだ、とか。
浄化魔法であるなら俺だって使えるわけで、いくら曰く憑きっぽいこの屋敷でも一晩くらいなら何とかなるだろうと許可は出したのだが。
「で、なんでめぐみんが俺の部屋に来てんだよ」
「あえて濁さずはっきり言いましょう。悪霊が怖いからです!」
なんか変態ロリっ子が俺の部屋の扉の前で、無い胸を張って情けないことを堂々と言い放ちやがった。
「お前、この間のダンジョンでも平気そうだっただろ。なんならウィズを危うく浄化しかけたクエストの時だって、何の文句も言わないで平然とついて来てたじゃねえか」
「あの時と今では状況が違うので」
何が違うってんだ。
「別に私も悪霊自体が怖いわけではないのです。もしも幽霊が呪いを私にかけてこようものなら、逆に解析して研究材料にしてやろう。というくらいの気概はありますし」
ああ、うん。
こいつの場合なら何食わぬ顔でやりかねん。
下手すりゃ悪霊を標本か実験体にしてしまいそうだ。
「カズマならよく理解してくれていると思いますが、私は予想外の事が突然起こると、高確率でバグってしまいます。それはもうビビります。間違いなくテンパります。有り体に言ってパニック状態に陥ります」
……まあ、その節はあるなぁとは思ってた。
一番最初に出会いの際、俺がめぐみんをパーティから追い出そうとしていると勘違いしていた時も。
キャベツ狩りで想定以上の報酬が貰えて、新しいマナタイト製の杖を手に入れた時も。
件のダンジョン攻略のパーティに強制的に入れられてしまった時も。
普段の冷静さは何処へやらと言った具合に、めぐみんはマシンガントークを発揮していたし。
その割には、本来ビビるべきであろう時には妙に冷静だったりもするのが不思議なところである。
「もしも私が割り当てられた部屋で一人で眠っているところ、物音か何かで頭が十分回っていない状態で覚醒した時に、私の眼前に悪霊的な存在がいるとしましょう」
「ああ」
「恐らく私は何の躊躇もなく爆裂魔法を悪霊に向かってブッパします。物理的な方法で解決できないとなると、緊急避難的措置でそういう流れになってしまいますから」
……なんて?
「おい、今お前爆裂魔法を撃つって言ったか。普段はあれだけ自重出来てるお前が、反射的に破壊活動を行うと? そんな危険物が近くにある状態だったら、俺が安心して眠れねえだろうが」
「そこはご安心を。カズマが傍にいるなら、カズマに浄化魔法を撃ってもらえれば解決する、と判断することはできると思うので」
それでも確定じゃないのがなんとも言えない。
「最悪、ドレインタッチか何かで私の魔力を吸い取れば、爆裂魔法は撃てなくなりますし。どうかお願いします」
「あー、もう、分かったよ。布団持ってこい。それと、寝る時は絶対に杖を遠くに置いてから寝ろよ」
年頃の女が、そうホイホイと異性の近くで無防備な姿を晒すなと忠告したいが、これ以上言っても聞かないだろうし。
なにより、無理に一人で眠らせた結果、折角の新居を瓦礫の山にされた。なんてことになったら堪ったもんじゃない。
……というか寝ぼけ眼なめぐみんの視界に入れば攻撃される可能性があるってことは、実はこの間のダンジョンでの夜営って、さり気に結構俺の命が危なかったりしたのか?
とんでもなく恐ろしい変態だなコイツ!
―――………
「カズマ、寝てますか?」
「寝てる」
「……起きてるじゃないですか」
他の二人が寝静まっているだろうというくらいの時間。
俺とめぐみんは、なんともありきたりなやり取りを交わしていた。
「つーか眠れない。いつ悪霊に襲われるかも分からないし、アクアがいない以上、俺が本格的に寝てたらあれだしさ」
本来なら、聖騎士であるクルセイダーなダクネスだって、神聖な力だの魔法だのを使えてもよさそうだが、あの狂戦士がそんな気の利いたスキルをとってるとは到底思えない。
そもそもダクネスなら。
あの物理攻撃を無効化する体を持っているはずのスライムに、僅かとは言え剣でダメージを与えてしまえるとかいう、世界の法則に真っ向から叛逆し続けているダクネスなら、そのフィジカルだけで、悪霊なんぞ消し去ってしまいそうだが。
「……なんとも、カズマは責任感が強いですね」
「責任感だの言う問題じゃねえよ。悪霊の前で意識なんぞを飛ばしてたら、そいつらの格好の獲物になっちまうだろうが」
「それだけの話ではないです。これまでだって、カズマは皆のために頑張ってくれてたじゃないですか。私も、カズマのそういうところに救われてきましたし、これでも結構感謝してるんですよ?」
え?
何、俺死ぬの?
完全に死亡フラグじゃん。
普段は生意気で口喧嘩もするような年下の女友達的存在が、そんな鳴りを完全に潜めて素直に感謝してくるとか、なんかもうどっちかが死ぬ前兆にしか思えないんだけど。
……いかんいかん、あまりの出来事に思考回路が変な方向にスパークしてしまった。
「大体、俺なんかで責任感が強いとか世迷い言も良いところだわ。そうやってあんまり過剰に持ち上げすぎないでくれ。そうでないなら調子に乗った俺が何をしでかすか分からんぞ」
「……斬新な脅迫ですね?」
「実際、こうやって冒険者になるまでは、俺ってニートだったしなぁ。本当に責任感のある男なら、そんな風にはならんだろ」
「冷静になって考えてください。アクアのためだからと魔王軍幹部の二人を命がけで討伐するような男が無責任扱いされたら、立つ瀬がない人がどれだけいると思ってるんですか」
……言われてみれば確かに。
仲間には恵まれているという事実はあるが、それでも冒険者になってから忽ちの内にやるべきことではない。
大丈夫か俺。
一回死んで、頭の構造でも変わってたりしないだろうな。
「そうでなくても、あんな方法で仲間になった私にも良くしてくれてますし。実家への仕送りなんかは、母がそれはもう喜んでいましたよ」
「うん、それは俺も知るところだけど、その件に関しては、一回ちょっとお前の母親と真面目にひざを交えて話し合わなくちゃいかんと考えてるところだ」
めぐみんは13歳。
俺は16歳。
めぐみんの母親の手紙に書かれた内容を実行するには、あまりにも俺達は若すぎる。
なにより、そんな年齢云々より、めぐみんも不本意だろうし、俺にだってその気は全く、これっぽっちも、一欠けらだってないのだから。
「あれだぞ。俺がこうしてお前らの世話を焼いてるのは、魔王を倒すなんて妄言に近いことを吐く俺に付き合ってくれてることへの申し訳なさとか、爆裂魔法しか使えないでどうやって冒険者として生きていくつもりだったんだみたいな憐れみとか、お前らが見てくれのいい女子だからって下心とかも多分に入ってんだからな。お前らがガワだけ良くて何の役にも立たないパーティメンバーだったら、ここまで丁重な扱いなんぞ絶対にしていなかったと断言してやろう」
「今こんなことを言っておいてなんですが、カズマってわりかしゲスなところがありますよね。女性を女性扱いしないくせに、変にスケベ心があるところなんかが特に」
めぐみんが何やら余計なことを言ってくるが気にしない。
年頃の男なんて皆そういうもんだし、男が変態で何が悪いというんだ。
野郎共のそう言った欲望がこの世から消え失せてしまえば、人類の数は減少していく一方になるんだぞ。
「それでも、私の家族がカズマに感謝したいのは間違いないことですから、今度紅魔の里に来て……くださ……い……………………」
途端に尻すぼみになっていくめぐみんに、俺は不審に思い、めぐみんを見る。
どうやら、俺の背中側にある部屋の隅を凝視しているようだ。
なんか変な物でもあったかと、振り返ろうとした時。
――カタンッ。
俺とめぐみんが沈黙してしまったこの部屋に、やたらと響くような物音が聞こえた。
ますます蒼褪めていくめぐみんの顔貌から、とんでもなく嫌な予感がしながらも振り返る。
はたしてその視線の先には。
一体いつからそこに居たのか、小さな西洋人形が立っていた。
「……め、めぐみん、お前って人形趣味があったんだなー。あれか? 人形が一緒じゃないと眠れないとかそういう系?」
「どちらかと言うと、人形よりは杖を抱えて寝るタイプですよ私は。というか、人形を抱えてたら眠れない体質になりそうです」
奇遇だな。
俺も人形があったら安眠できなくなりそうだ。
あとあれ、どうやって立ってんの? 吊り糸とか見えないんですけど?
いや、まあ、とりあえず。
「うわあああああああああ!? タ、『ターンアンデッド』!」
突如現れた人形に向けて、俺は絶叫しながらも全力で浄化魔法を叩き込んだ。
眩いばかりの光に包まれたそれは、糸を切られた操り人形のようにクタリとして座り込んでしまった。
や、やっぱりこれが……。
「なあ、これって絶対悪霊の仕業だよな。普通人形が二足歩行なんてしないもんな。いや待ってくれ、ちょっと整理させろ。え、そういう感じ? そういう感じで来ちゃう感じ? え、え、え、え? いやそりゃそういうホラー映画もあるけどさぁ! 悪霊っつったらもやもやしたのをイメージするだろ! 確かに人形が動く系だって大体は怨霊の仕業だけども! でも、そりゃねえだろ!」
恐怖のあまり混乱したまま、八つ当たりのような何かを喚き散らしてしまう。
ヤバイ。
ゾンビとかゴーストなら平気になった俺だが、人形に来られるのはマジでヤバいって理解した。
怖さの質が違うというか。なんか、こう、ジャンル違いです!
「お、落ち着いてくださいカズマ! 人形はちゃんと浄化されてますから問題なしですよ!」
「落ち着けるかよこんなの! いや甘かった。俺の想定が甘かった! 幽霊は見慣れてるし、ゾンビとも結構戦ってきたからホラー系は全般いけると思った俺が間違ってた! いつの間にか部屋に入り込んでるとか理解不能すぎて怖いんだけど! どうやって入ってきたんだよこいつ! 扉も開いた気配なんかしなかったのに、侵入してくるなんてどういう原理なんだ!」
こいつ、俺の『敵感知』にも、めぐみんの『魔力感知』もすり抜けて現れたってことだ。
どういうことなの、本当に。
なんで、そういうビックリドッキリスキルを悪霊が持ってんの?
「! そ、そうだ! ダクネス……は、ほっといても大丈夫として、ゆんゆんが危ない! ちょっとこの部屋まで避難させてくるから、めぐみんはここで待っててくれ!」
滅茶苦茶怖いけど、ゆんゆんを放置するわけにはいかない。
幽霊なんか人間よりは怖くないとは言っていたものの、同じようなことを口走っていた俺でさえもこの有様だ。
もしかしたら、慌てふためいて魔法を乱発してしまってるかも……。
いかん、ますます救助しなくちゃいけない理由が出来てしまった。
めぐみんほどではないにしても、ゆんゆんだってこの屋敷を倒壊させるくらいの力があるんだもんな……。
ダクネス?
いや、なんかあいつは、一人だけ見えてる世界が違うっていうか、あのガッチガチのバーサーカーが悪霊なんかにやられるところを想像できないっていうか……。
見かけたらもちろん声はかけますよ。うん。
かけたところで『今こそ聖騎士の力を示すとき! 邪魔をしてくれるなカズマ!』とか言われそうなのが容易に想像できてしまうけど。
魔法使い組の片割れと、そいつの魔法の被害にあう可能性があるこの屋敷を救出するために、なけなしの勇気を振り絞って、扉のノブに手をかけ、部屋を出ようとすると。
「待ってくださいカズマ。一人でなんて行かせませんよ。私達は仲間じゃないですか、ゆんゆんのところだろうとトイレだろうとどこだろうと、行く時は一緒です」
俺の服の裾を、藁にでも縋る様に後ろからめぐみんが掴んできた。
なんかこいつ、微笑みを浮かべながら仲間の絆的なものを説いてはいるものの。
「カッコつけて言ってるけど、お前がトイレに行きたいだけだろうが。勝手にトイレを目標地点に付け加えるんじゃねえよ。怖くて一人じゃトイレに行けないからついて来てくれって素直に言え」
「何言ってるんですか、カズマが怖がるだろうと思って折角だから付いて行ってあげようという親切心ですよこれは。たった今人形相手にビビり倒していたカズマの姿を見て哀れに思ったからしょうがなしに、ええ、本当にしょうがなしに付き合ってあげようとしただけですから。まあ、その道中で恐怖に駆られたカズマの尿意が限界に来るかもしれないからわざわざルートを追加しただけですので」
こいつ、この部屋で寝かせろって言った時はあんなに素直に言ってたくせに何をぬけぬけと……!
「というか、カズマは余りにもデリカシーが無さすぎませんかね? いくら女性の扱いに慣れてないからと言って、私の口からそう言ったことを言わせようとするなんて、変態すぎて閉口するレベルです」
「そうかそうか、そんなに俺はデリカシーがないか。じゃあ、デリカシーが欠片もない俺は、お前をこの部屋に置いてけぼりにして、素直に弱音を吐いてくれるゆんゆんのところに行ってこようかね! それに紅魔族はトイレに行かないとか抜かしてた変態もいたことだし、そういう心配はしなくて良いよな!」
この部屋に来た時みたいにひねくれずに言ってくるなら付き添ってやってもいいとは考えたが、こうも突っかかってくるなら放置だ放置!
俺だってわざわざ怖い思いをする時間を引き延ばすような、そんな別ルートは通りたくはないんだっての!
「どうしてもあれだったら、その辺に空き瓶があるから、それで何とか処理してろ! もう付き合ってられん! 俺……は……もう………………」
先ほどのめぐみんよろしく、途切れ途切れになっていく俺の言葉。
めぐみんもまた、血の気が引いて行っているだろう俺の顔を眺め、何かに気づいたようで。
錆びついた蝶番のようにガチガチになった首を何とか動かし、俺の視線の先にあるベランダの窓の方へ視線を向ける。
夥しい数の人形が張り付いている、ベランダの窓にへと。
「「ぎゃああああああああああ!」」
同時に叫びながらも、俺達は全力で部屋からの逃走を図ったのだった。
―――………
「カズマ、ちゃんとそこに居ますよね? 私のことを捨ててゆんゆんのところに行ったりしないですよね?」
「なんか聞く人が聞いたら勘違いしそうなワードを発するのは止めろ」
尿意が臨界点まで達していためぐみんを放置するわけにもいかず、しょうがなしにトイレまで付き添うことになった。
ゆんゆんが悪霊から逃げるために自室から離れている場合もあることを考えると、めぐみんの『魔力感知』があった方が便利ではあるし、一緒に逃げ出してきた以上は捨てていくわけにもいかないし。
「……お待たせしました。先ほどはどうも失礼なことを言ってしまって申し訳ありません。私もちょっとパニックになってまして」
洗面所まで戻ってきためぐみんが、恥ずかしそうに語る。
……普通、パニックになった人間ってどちらかと言うと本音をついつい漏らしてしまうもんじゃねえの?
なんでめぐみんは、逆に強がりとかが口から吐き出されるのだろう。
……深くは考えないでおくか。
「あんまり気にすんな。それより今からゆんゆんのところに行くんだ。お前のその『魔力感知』で、」
そこまで言った時だった。
洗面所の前の廊下から、またもカタカタと人形が近づく音が聞こえてくる。
一瞬で肝が冷える。背筋を冷たいものが伝う。体が硬直していく。
分かってるんだ。俺の浄化魔法で倒せることは分かってるし、あんな人形が俺を殺すなんての無理だってのも分かってる。
でも、夜中の屋敷を動き回る人形なんて視界に入れたくない。
例えるなら、殺虫剤を持っていても、物理的なダメージはないと分かっていても、黒光りするGと対峙するには勇気がいるみたいな感じと言うか。
「待てめぐみん、マジで落ち着け。その爆裂魔法の詠唱を即刻止めろ!」
怯え切っためぐみんが、いつの間にやら爆裂魔法を撃つ準備に取り掛かっていた。
クソッ! これ以上機を窺うのはめぐみんの精神が持たないか!
こうなりゃ覚悟を決めて、悪霊退治にチャレンジしよう!
自分の勇気を奮い立たせるためにも、俺はわざと大声で、
「かかってこいや人の家を不法占拠している悪霊共があああああ! 俺達の女神様直伝の浄化の力を見せつけてやんぞおおおおお!」
そうやって叫びながら、洗面所のドアを蹴り飛ばした。
その拍子に、何かがドアにぶつかる衝撃が伝わってくる。
もしや、扉の前にいた人形達を吹き飛ばせたのかもしれない。
ならば今のうちにと、めぐみんの手を引っ張り、廊下へと躍り出ると。
「いたい……いたいよう…………」
「……あ、あれ? ゆんゆん、なんでこんなところに?」
頭を抱えて蹲るゆんゆんと、そのゆんゆんから逃げるように離れていく人形たちの姿、と言う扉を開ける前には全く想定していなかった光景を見てしまい、ゆんゆんへの言葉もそこそこに、俺とめぐみんは先ほどまでの恐怖心などどこへやら、すっかり棒立ちになってしまった。