「えーっと、つまり……」
「自分の部屋に入り込んできた悪霊たちを、自分と一緒に遊びたいんだと思い込んで構い倒していたら、逃げられてしまい、こうして追いかけているところでカズマの開ける扉に頭をぶつけたと?」
「そ、そう、なります……」
ゆんゆんは、俺の想定していた以上にタフだった。
あの人形達を相手に恐怖することもなく、ただただ受け入れるとか並大抵の精神力ではない。
……そこ。鬱屈した精神力の間違いだとか言うなよ。
「で、でもでも! 折角枕元まで来てくれたんだから、私と仲良くなりたいと思ってるって考えてもおかしくはないでしょ!? 昔からモンスターにも動物にも植物にも逃げられてきたんだから、それでも近づいてくるなんてそういうことだって……」
「頼むから周りへの警戒心をしっかりと持ってくれ。ゆんゆんのパーソナルスペースが狭すぎて俺達が不安になってくるから」
「というか、なんでゆんゆんはあの人形を見て怖がらなかったんですか?」
そんなめぐみんの疑問に、ゆんゆんはキョトンとしながら。
「だって人形じゃない。悪口は言わないし、表情も変わらないし、こっちの心を傷つけるようなことなんかしないんだもん」
「おい、お前の友人だろ。何とかしてやれよ」
「私に丸投げしないでいただきたい!」
掘れば掘るほど、ゆんゆんの闇が深くなっていくんだけど。
大丈夫? 将来的にメンヘラになったりしない?
今でも片足どころか両足の膝くらいまでは浸かってそうな感じではあるというのに。
「で、あっちに行った人形達が、ゆんゆんから逃げ出してきた悪霊共という訳ね……」
ただの女の子であるゆんゆんから必死な様子で逃げ出していく人形の姿を見て、さっきまであれほど怖かったはずのそれらが、俺達の安寧を脅かす腹立たしいものという印象に切り替わっていく。
全く、仕方が無い。
ああ、あの先が行き止まりで、逃げ場がないのも仕方が無いと言えよう。
俺は一歩一歩、悪霊達の逃げた先の方へと歩みを進めていく。
あんな奴らが闊歩しているなんて、精神衛生上よろしくないんだ。
という訳で。
「アクアがいないからって調子こいてんじゃねーぞコラあああああ! 夜が明けるまで浄化し続けてやっからなあああああ!!」
手始めに、目の前の奴らから片付ける!
―――………
「はぁ……これでよし……。……結局一睡もできなかったな」
日差しが差し込む窓を眺めながら、俺はポツリと呟いた。
いかん、滅茶苦茶眠い。魔力も体力も底をついてしまっている。
こんなことなら、アクアに残ってもらうんだったな……。
「カズマにはいつも負担ばかりかけてしまって申し訳ない……。屋敷の片づけは私達に任せて、カズマは一旦ゆっくり休め。ギルドにも報告はしておいた方がいいが、それも誰かに……」
「いや、ちょっと出かけるくらいだから俺が今から行ってくる。浄化してたの俺だし、当事者が報告した方が良いだろ」
ダクネスが心配そうにしてくるが、俺はその提案を断った。
どうせなら、こうして悪霊がわんさか出てくるようになった原因とかも知りたいし。
こりゃ、アクアに任せっきりにしてたら解決しないくらいに根深い原因がありそうだ。
何か手掛かりになるようなものでもあればいいけど……。
「あと、ダクネス、お前凄いな。一晩中走り回って人形を捕まえてたんだろ?」
案の定、物理的な破壊しかできないダクネスは、溢れんばかりの体力でもって悪霊達を捕獲していたそうだ。
縄で縛られた大量の人形の姿を見た時は、一瞬気絶しそうにもなりはしたけれど。
そんなこんなで、七割近い人形は、ダクネスの成果であったりもする。
「ダクネスなら、悪霊ごと人形を粉砕してそうだなって思ってたんだけど」
「人形を破壊しても別の物に乗り移られそうだったからな。なるべくそのままの状態で捕らえていたのだ」
なるほど、そうなったら除霊をする時間も余計にかかっていたかもしれない。
良い判断をしてくれて助かった。
「じゃあ、屋敷の後片付けは頼んだ。ついでに墓場まで行って、アクアも出迎えてくるから」
「ああ、了解した」
一晩経っても、アクアが帰ってこなかったことを考えると、墓場には相当な数の幽霊がいたのだろう。
いくら女神でも疲れてはいるだろうし、労ってやらないとな。
家の事はダクネスたちに任せて、ギルドへと向かう道中、昨日アクアの言っていた幽霊の事を考える。
「昨晩のあれは、屋敷に幽閉されていた貴族の隠し子の幽霊の仕業っぽいんだけど、なんか話が違ってくるよなぁ」
アクア曰く、その隠し子は、人形が好きで、おてんばな少女だったとか。
割と昨晩の悪霊騒動に合致しているものだけど、何とも腑に落ちない。
一人の幽霊が、あれだけの人形を操れるとは思えないし、なによりアクアが危害を加えるつもりはないって言ってたんだ。
アクアが適当なことを言うわけがないし、そういうことなら、あれらは野良幽霊的な奴らの仕業ということに。
……考えても仕方が無い。アクアにもう一回霊視をしてもらおう。
一先ず、考え事は心の棚に乗せてから、ギルドの中にへと入っていくと。
「ごめんなさい! 私の……私のせいで皆さんに迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ありませんでしたああああ!」
「止めてくださいアクアさん! と、とりあえず頭を上げて……」
そこには、受付のお姉さんに向かって泣きながら土下座をしているアクアの姿があった。
……何? どういうこと?
なんでアクアが謝ってんだ?
「おいアクア。何してんだよ朝っぱらからこんなところで。」
「か、カズマ!? 貴方は大丈夫だった!? 頭は? 体は? 悪霊達にどこかやられてたりしてない!?」
声をかけるや否や、アクアが掴みかかってくるかのように俺のボディチェックをし始めた。
パニックになっているのか、普段ならそこまではしないだろう所までやたらとじっくりと触ってくる。
……あ、ちょ、そこは、そこは触るな!?
「待った待った! 大丈夫だ! 俺は大丈夫だからちょっと離れろ! まずは説明してくれよ。一体なんでお前がそんなに謝ってんだ?」
「えっと……それは……」
「それが……私がアクアさんに、悪霊が急に増えた原因をお伝えしたら、急に頭を下げ始めたんですよ……。私達もどうしたらいいのかと……」
言い淀むアクアに代わって、受付のお姉さんが話を続ける。
「原因が分かったんですか?」
「はい。街の共同墓場があるじゃないですか? 何故か、あの墓場に、この街だけではなくて、街の外でモンスターの被害にあわれた方々や、果てには遠く離れた別の街からも幽霊達が集まってきていたんですよ。それで、あの墓場だけではキャパシティが足りなくなり、街の中の、人の居ない空き家等に住み着いたみたいで……」
それを聞いたアクアが、ビクンと震え、どんどんと項垂れていく。
あれ? アンデッド騒ぎで似たようなことが最近にもあった気が。
確かあれの原因は……。
…………おい、まさか。
「ちょっと失礼」
俺は受付に言って、落ち込むアクアの手を握り、ギルドの隅へと誘導していく。
「……おい。もしかしてこれって……」
「…………はい。私って、ウィズに頼まれた、墓場の霊たちを成仏させる仕事をしているじゃないですか。道半ばで果ててしまった子供たちが、せめて死んだ後くらいは安らかな眠りにつけるようにと、可能な限り慰めてあげたり祝福したりして見送ってたんですよ。それで、その評判を聞いたらしい他所の幽霊たちが、どうせなら私の手で成仏されたいって考えたみたいで」
つまり、手抜きなんかせず、全力で浄化していた女神様がいるってことで、この街にあちこちから霊が迷い込んでいた訳だ。
それだけならいいけど、俺達は領主の手から逃れるために二週間ほどこの街にはいなかった訳で。
おかげで共同墓地がパンク。ひいては街中に悪霊が溢れかえることになったと。
要するに今回の騒動は、女神様の善意と領主の悪意が重なって生まれた事故ということになる。
…………なんというか、本当に不運な事故だなぁ。
俺はそうは思わなけれど、見方を変えればアクアが原因の片棒を担いでいるとも言えなくもないのが……。
「……ねえ、私どうしたらいい? とりあえず商売の邪魔をしちゃったし、不動産の人には慰謝料を払っておいた方が良いわよね? あと、今回の騒動で怪我した人にも謝って、ギルドの人にも……」
「待て。まずはその人達と話をする方が先だろ。とにかく、俺と一緒にギルドのお姉さんに謝りに行こうぜ」
この自罰的な女神は、放っておくと一人で自分を追い込んでしまう。
俺がちゃんと付き添ってやらないと……。
申し訳無さそうな表情で、コクリと頷くアクア。
「後、今回の件で謝りに行くなら、俺もアクアについてくからな。パーティの責任はリーダーである俺の責任なんだし。アクア一人で背負おうとしないでくれ。それと、その際で出る出費なんかは気にしなくて良いから、自分の所持金だけで賄おうとするんじゃないぞ」
「……………………はい。本当にごめんなさい」
その後俺達は、ギルドのお姉さんや、悪霊騒動で負傷した冒険者の皆さんに、事情を説明し、頭を下げ続けることになった。
結果としては予想通りと言うか、お姉さんや、大半の冒険者の人達からは、『普段からアクアには世話になってるし、気にしないでほしい。むしろあれだけの幽霊を浄化してたなんて、こっちこそアクアに負担をかけてて悪かった』という温かいお言葉と共に赦しを貰うことに。
大半、と言ったのは、一部には性根が腐った奴もいるもので。
朝から酔っぱらってたのか、これに託けて、アクアに何かしらの要求をする輩が現れたのだ。
結構長ったらしく耳に入れるのも苦痛な内容だったが、要約すると『そんなに謝りたいなら、一晩俺の相手をしてくれよ』みたいな、ふざけたことを抜かす奴が。
どうなったかって?
俺が手を出す前に、ギルド中の奴らが袋叩きにしてましたよ。
あれは本当にすごかった。
プリーストっぽいヨボヨボなおじいさんが、手に持っていた杖で滅多打ちにしたり、穏やかそうなおばあさんが、拳で怒りの十六連打を決めてたり。
あと受付のお姉さんの顔がマジで怖かった。養豚場にいる豚を見るような目だった。
そんな光景を見て、怒る間もなく、アクアは皆から愛されてるなぁとか感傷に浸ったものだ。
結局、アクアの執り成しのおかげで男はなんとか許された。
アクアの起こしたトラブルで誰かが突っかかるも、周りがそれに怒り心頭になり、最後にはアクアが突っかかってきた奴を庇う。
……なんか、こうして列挙すると、悪役令嬢物のテンプレみたいだな。ちょっとギャグっぽいけれど。
まあいいや。
俺とアクアはそんな乱痴気騒ぎが起きたギルドを後にし、一旦屋敷に戻ってくると。
「これはこれは。どうなったか心配で、屋敷の様子を見に来たのですが。無事、除霊は済んだ様ですね」
昨日の店員が、屋敷の前に立っていた。
ヤバイ、すっごくいたたまれなくなってくる。
しかも向こうはこっちの心配もしてたみたいだし、俺はともかくとしてアクアの精神が……。
罪悪感に押し負けたアクアが、店員に叩きつけるように事情を話し、除霊の済んだ屋敷を引き払うか、許されるなら適性の値段で購入する事を店員に告げる。
しかし。
「なるほど。……けれども、できれば今後もあなた達に、この屋敷に住んで頂ければと。なにせこの屋敷は広い分、悪霊の被害が酷かったもので。以前からも幽霊屋敷と言われ続けてきたのもあって、随分と悪評が…………」
「「すみませんでした!!!」」
俺とアクアが地に頭を付けて土下座すると、店員が慌てて言ってきた。
「ああ、いいですいいです! お気になさらないでください! こちらの言い方も悪かったですね。その、こうしましょう。あなた達はこのまましばらく、この屋敷に住んでください。この屋敷の悪霊を除霊できたということは、さぞかし力のある冒険者なのでしょう。有望な冒険者の人達に貢献するのは、この街の住民の義務ですから、これ以上のお支払いも結構です。悪霊屋敷の評判も、皆さんが暮らしているうちに消えると思いますので」
店員さんの慈悲深い条件に、俺とアクアは再び地面めり込む勢いで土下座する。
「本当に、それ以上頭を下げないでください! むしろこれまで街中の幽霊を浄化してくださっていたプリーストの方に謝らせていると、こちらが申し訳なくなってきますから!」
―――………
迷惑をかけてしまった方々の人に謝罪に行った俺達は今、
「よし、出来た。ダクネス、一回この雨避け屋根を墓のところに設置して見てくれ」
「分かった。……うむ、大きさも丁度いい。これならばお供え物も雨ざらしにならないだろう」
不動産の人に頼まれて、屋敷の庭の隅にある、小さな墓の手入れをしていた。
「めぐみんとゆんゆん、草むしりは捗ってるか?」
「ええ、あともうちょっとで……いえ、たった今終わりました」
「後はこのお墓を洗ってあげるだけですね」
最初はなんで墓が屋敷の庭なんかにあるんだ、と思っていたけれど、墓石に刻まれた、名前らしき文字を見て、納得した。
その名前と言うのが、
「ただいまー! しっかり買ってきたわよ! 可愛いぬいぐるみと、甘いお酒! あ、あと、おまけでぬいぐるみの着せ替え用の服も貰えちゃったわ!」
「だったら、いつも同じぬいぐるみじゃ飽きるだろうし、定期的に着替えさせてやるか。この家に住む大先輩である
『アンナ=フィランテ=エステロイド』。
そう、アクアが霊視の際に言っていた、この屋敷に幽閉されていた少女の名前が、墓石に彫られていたのだ。
きっと、あの不動産の人も、そう言った事情を知っていたのだろう。
だからこそ、この墓の手入れを頼んできたに違いない。
「ぬいぐるみは墓石の近くに置いてやれよ。……こうして屋根も作ってやったから、雨で濡れる心配もないし」
『クリエイト・ウォーター』で墓石の汚れを落としながら、墓に向かって言葉を続ける。
「何か俺達に伝えたいことがあるなら、アクアに頼んでくれ。こいつならアンナの言葉を一言一句間違えないで俺達に教えてくれるからな。それと、俺達がいるからって屋敷の中に入らないとかそういうのもなしだぞ。俺達なんかの話が聞きたいなら、好きな時に好きなだけ聞いてくれて構わないんだから」
さてと、じゃあ最後に。
「という訳で、これからアンナの屋敷に住ませてもらう、サトウカズマだ。本来なら昨日言うべきだったんだけど、よろしくな」
屋敷の主に挨拶をしないとな。
「同じくお世話になるアクアよ。困ったことがあれば、些細なことでも遠慮なく私に言ってね! どんなことでも大丈夫! 女神である私に任せなさい! ……皆には内緒だけどね?」
いつものように快活な笑顔を浮かべるアクア。
「我が名はめぐみん! アークウィザードにして、最強の攻撃呪文、爆裂魔法を操る者! アクセル随一の魔法使いにして、あらゆる魔法を愛する者! ……というわけで、今後ともよろしくお願いします」
いつものようにキメ顔で見得を切るめぐみん。
「え、ええっと……わ、我が名はゆんゆん! あ、アークウィザードにして、上級魔法を操る者っ! こうっ、紅魔族でも五指に入る魔法の使い手で、やがては紅魔族の長になる者! うう、恥ずかしい……。 あ、その、こっ、これからよろしくお願いします!」
いつものように赤面するゆんゆん。
「最後に私か。私はダクネス。残念なことに私にはアンナを知覚することができないが、武勇伝で良ければいくらでも聞かせてやろう。いや、むしろ聞け! 何も知らない人間に聞いてもらえた方が、私としてはとても嬉しいからな!」
いつものように戦闘狂なダクネス。
……これだけ賑やかな連中なら、アンナが飽き飽きすることもないだろう。
「よし、それじゃあ早速飯にするか。今日の当番は……」
「それならすでに私が用意してますよ。皆さんは席で待っていてください。すぐに出来上がりますから」
マントを翻しながら、めぐみんが駆け足気味に厨房の方へ。
いつの間に準備していたのか分からないけど、この間食べためぐみんの料理は美味しかったから今回も楽しみだ。
……そうだ、最後に確認しておこう。
「なあ、アクア。アンナの様子はどうだ? ちゃんと喜んでくれてるか?」
そんな俺の問いに、アクアは満面の笑みを浮かべて。
「勿論! これからどんな話をしてくれるのかって、とっても楽しみにしてくれているわ!」