このおかしな仲間に祝福を!   作:俊海

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この素晴らしい淫魔に祝福を!

 遂に自分達の拠点を手に入れることができた俺は、人影もまばらな街中を、雪を踏みしめながら歩いていた。

 冬の間は凶暴なモンスターしか活動しないため、冒険者である俺達は、春がやってくるまでやることが無くなってしまったからだ。

 なにせ、あのダクネスが『冬の間はクエストを請けるつもりはない』と言ったのだから、寒い時期に討伐をするような奴らは、ミツルギのように、日本から来たチート持ち連中ぐらいなのだろう。

 あの屋敷でめぐみんたちとボードゲームに興じるのも悪くはないが、長い期間暇になることを考えると、何か暇つぶしになるようなものでもないか、と探索しているのだが。

 

 その果てに見つけたものが、なにやら不審な動きを見せている知り合いだったときの俺の気持ちよ。

 どうも、裏路地にある一軒の店が気になっているようで、道のど真ん中で行ったり来たりしている二人の知人に声を掛けた。

 

 

「キースとダストじゃないか。お前らこんな所で何やってんだ?」

 

「「うおっ!?」」

 

 

 背後から声を掛けられた不審者二人が飛び跳ねた。

 何か隠しておきたいことでもあんのか、こいつら。

 

 

「な、なんだよカズマか、驚かすなよ。全く、潜伏スキル持ちはこれだから……」

 

 

 キースが俺を見て胸を撫で下ろしながらそう言ってくる。

 あと、街中で理由もなく潜伏スキルなんか使わない俺に、妙な言いがかりをするんじゃない。

 

 

「よ、ようカズマ。今日は他の四人は一緒じゃないのか?」

 

 

 ダストが辺りをキョロキョロ見回す。

 こいつ、またうちのメンバーに余計なちょっかいをかけたりとかしてないだろうな。

 

 

「今は俺一人だ。これから長いこと休暇期間に入るから、何か面白いもんでもないかって思ってな。で、お前らはこんなところで何してんだ? なんかエロ本を初めて買いに行く、思春期の男子みたいな挙動をしてたけど」

 

 

 俺の言葉のどこかに引っかかったのか、ダストが肩をビクッとさせて。

 

 

「い、いや、中らずとも遠からずっていうか……。まあ、お前が女連れじゃないなら何でもいいんだ。何の問題もない」

 

 

 要領を得ない。

 精々が、こいつらは女がいると拙いことをやらかそうとしているってのが伝わってきたくらいで。

 そんな不思議そうな顔をしている俺に、キースがだらしない表情を浮かべながら言ってきた。

 

 

「へへ、いつもアクア達みたいな美人に囲まれてるお前には縁のない話だよ。俺とダストは寂しく負け犬なりの特権を行使してくるだけさ」

 

「そういうこった。そうだ、ついでに聞かせろ。お前、どいつとよろしくやってんだ? そんで、どれくらい男女の仲を深め合ってんのかも、同じ男のよしみで教えてくれよ」

 

 

 それに続いてダストも締まりのない顔で肩を組んでくる。

 とは言っても……。

 

 

「いや、お前らが想像しているような関係には、誰ともなってないぞ。さらに言うなら、そういう男女のあれは完全に未経験ですけど、何か?」

 

「またまた冗談を。あんな見目麗しい女性たちに囲まれて、何も起きない訳が……」

 

「…………」

 

「……マジか」

 

「マジだ」

 

 

 笑いたくば笑えばいい。

 こっちの世界に来た時は、よっしゃ、ハーレムでも作ってやるぜ! とか思ってたりもしたが、現実はそう甘くもなく。

 冒険者としてはかなりの活躍をしていると言ってもいいだろう俺は、逆にそう言ったプライベートな余裕なぞ持てなかった訳で。

 毎日を必死に生きてきたせいで、そういうのには全く縁がないままここまで来てしまった。

 

 

「え、いやいや、流石にそれは嘘だろ! ほら、アクアなんか、いっつもお前にべったりじゃねえかよ」

 

「……なんかさ、アクアはそういうのじゃないんだよ。見た目も性格も好みだけど、汚しちゃいけない存在っていうかさ」

 

 

 出過ぎず足りな過ぎずな完璧な躰を持っているアクアだが、どうにもそういう目で見れない。

 間違いなく魅力的で、俺にそれなりの好意を持ってくれているであろう美少女なのにだ。

 アクアがあまりにも純粋過ぎて、どう頑張っても庇護欲しか湧いてこないんだよなぁ。

 

 

「それは確かに……、あ、もしかしてロリっこ好きだったり?」

 

「俺は胸はデカい方が好きだ。そうでなくてもめぐみんは、俺の事を男とは思ってないだろうしな」

 

 

 めぐみんはしっかり者な妹枠だ。

 おそらくだが、めぐみんの方も、俺の事は兄に近しい存在だと認識していることだろう。

 めぐみん自身、人生の全てを魔法に捧げてるようなものだし、俺がそういうことで入り込む余地はちょっと……。

 

 

「巨乳が好きなら、あのクルセイダーの姉ちゃんなんかどうだよ。あいつなら他の奴らにはない色気もあるしさ」

 

「は? 俺に死ねって言いたいのかお前? そういう感じで迫って見ろ。即座に俺の骨が粉砕するぞ」

 

 

 ダストの言う通り、ダクネスには、俺が時折見惚れてしまうほどの色気がある。

 それだけでなく、初心な乙女っぽいギャップなんかも溜まらないと言えばそうなのだが。

 ……でも、ダクネスだからな。もう一方のギャップなんて可愛らしいものではない闘争本能が恐ろしい。

 

 

「……じゃあ、ゆんゆんは? かなりお前に懐いてるっぽいしよ」

 

「むしろ無防備すぎて困ってる。何も知らない子供に付け込むような真似は流石に……」

 

 

 アクアが聖域的扱いなら、ゆんゆんは娘的扱いだ。

 この娘は、俺達がしっかり育ててやらないといけないと思わせる様な、そういうあれであって、異性としてはなぁ。

 なにより、あれでめぐみんと同い年だというのだから、犯罪感マシマシである。

 

 

「よーし分かった。とりあえずその話の続きは酒場でしようぜ。いくらなんでもここで話し込んでると寒くなってきちまうからな」

 

「そうだな。おいカズマ、今日はお前らの仲間は酒場には来ないんだよな?」

 

「ああ、アクアのバイトもないし、めぐみんは魔法の研究。他の三人もボードゲームをしているころだ」

 

 

 俺の言葉を聞いて、ダストとキースがいやらしい笑みを浮かべる。

 

 

「酒を飲めば、その口も軽くなるだろうしな!」

 

「ああ、カズマの本音、聞かせてくれよ!」

 

 

 ……こいつら、俺が嘘をついてると思ってやがる。

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 

「最初はさ、結構そういう目で見てたりもしてたんだよ。俺の真横で無防備に眠り込んでるアクアの躰とか、おんぶしているときに少しだけ感じられためぐみんの感触とか、薄着なときのダクネスの胸についてる凶悪な塊とか、距離が近いせいでちょいちょい触れるゆんゆんの柔らかさとかさぁ。でも、あんなに無邪気に無警戒に信頼を寄せられたら、なんかもう、そういうことを考えてるだけで死にたくなってくるじゃん!」

 

 

 ギルドの酒場へと場所を変え、酔いがそこそこ回ってきてしまった俺は、二人に愚痴っぽく言った。

 

 

「なんだよお前、とっくの昔に手を付けてんのかと思ったら、変なところで律儀なんだな! それともあれか、大義名分が無けりゃ中々踏ん切りがつかないってか!? ほれ、飲め飲め!」

 

 

 俺にグイグイと酒を注ぎ、キースはうひゃひゃひゃと笑い出す。

 キースは笑い上戸な所がある様だ。

 

 

「うるせえよ! どうせ俺はへたれです! しょうがねえだろ! 女の子と手を繋ぐのだって、ガキの頃から最近までなかったんだよこっちは! なんなら、これまでがあまりにも上手くいきすぎて、後々とんでもないしっぺ返しが来るかもって戦々恐々としてるくらいだ!」

 

「じゃあ上手くいっている今のうちにやりたいことをやっとけよ。俺だったら、チョロそうなゆんゆんって奴を狙うところだわ」

 

「ダスト、お前、これから先ゆんゆんの半径50m以内に近づくなよ。絶対に近づくな! もしも近づいたら、俺のこの『スティール』で裸になるまで引ん剝くからな!」

 

「冗談だよ冗談。俺だってあんなガキに興味はねえっての」

 

 

 そうやって俺の話をダシにしながら、男三人で酒盛りに耽っていると。

 

 

「はあー……。冬になると、人肌恋しくなるよなあ……。本当に、カズマの境遇が羨ましいぜ」

 

 

 ダストが、そんな事を言いながら深々とため息をつく。

 しかし、リーンも、ダストがいるというのに、よく女一人だけでこのパーティに居られるな。

 女と言うのは、同性が居なくても集団生活を苦としない生命体なのだろうか?

 そんなことを考えながら、俺は先ほどから気になっていたことを二人に問いかける。

 

 

「なあ。そういや二人は、あそこで何やってたんだ? あの店には、何か面白いもんでもあるのか?」

 

 

 この二人が入るのを躊躇っていた、あの店が何だったのかが少し気になる。

 異性の目が気になるってことは、スイーツ系統の店なのか、はたまたカードショップみたいに子供っぽい趣味の店なのか。

 

 俺の言葉に、二人は目くばせをして頷く。

 そしてキースが、先ほどまで浮かべていた笑みを消すと、握っていたジョッキを置き。

 

 

「カズマ。俺はこの秘密を共有しても良いと考えている。お前もこっち側に属する同志だと認識したうえで聞くぞ。これから俺達が話す内容を、お前の仲間の女達に、絶対に漏らさないって約束出来るか?」

 

 

 やたらと真面目な面持ちなキースに押されながらも、俺は頷いた。

 相手に恨みがない限り、誰かに秘密を言いふらすような趣味もないし。

 

 それを見たダストが、キースの話の後を引き継いで。

 

 

「……カズマ。この街には、サキュバス達が経営してる、まさしく夢のような夢を見せてくれる店があるって知ってるか?」

 

「知らない。だから詳しく聞かせろ」

 

 

 俺は二つ返事した。

 

 

「実はこの街には、ひっそりとサキュバス達が住んでるんだ。というのも、奴らは男の精気を餌に生きている悪魔だからだ。彼女たちは生きていく上で、どうしても人間の男が必要になってくる」

 

 

 なるほど。

 日ごとの糧を得るにしても、狩場は近い方が都合がいいと。

 俺は酒場の喧騒が聞こえなくなるぐらいに、ダストの言葉に傾聴する。

 

 

「それで、彼女たちは俺達から精気を吸い取るわけなんだが……。この街に住む男性冒険者たちとサキュバスたちは、昔から互いに利のある関係を続けている。ほら、俺達って基本馬小屋生活をしてるだろ? 周りには見ず知らずの奴らが大勢いるような、そんなところじゃ溜まっていくものをうまく解消するのも一苦労じゃないか」

 

「そ、そうですね」

 

 

 俺は焦りながら頷いた。

 別に俺は悪いことなんかしていない。

 こっそりと処理をしていたのは悪いことなんかじゃない。

 最初の方は、そういうものを発散しないととんでもないことになりそうだったから、仕方なしではあるはずだ。

 ……仕方ないよな?

 

 

「だからって、馬小屋で寝てる女冒険者に迫ることもできやしない。この間のアクアにちょっかいかけてた野郎みたいに周りに袋叩きにされるか、あるいは完全にキレた相手から反撃されて、あれを使い物にされなくなってもおかしかない」

 

 

 言って、ダストが青い顔でブルリと身震いした。

 ……もしかしてこいつ、一回実行したことがあるのか。

 そんな俺の予想を裏付けるかのように、キースが。

 

 

「お前、まだリーンにアレを切り落とされそうになった時のトラウマ、治ってなかったのか」

 

「う、うるせえ!」

 

 

 ……やっぱりかよ。

 

 

「……で、そこで役立つのがサキュバス達だ。俺達が寝ている間に、それはもうすごい夢を見せてくれるって寸法よ。俺達は欲求不満を解消できて、彼女達は俺達の精気を食べられる。心配しなくても、彼女達は俺達が日常生活をちゃんと送れる程度にまで手加減してくれる。サキュバスのせいで、冒険者が干からびたって例もない。……どうだ、互いに利益のある話だろ?」

 

 

 ダストのその言葉に、俺は深く頷いた。

 

 なんとも素晴らしい共存関係だろうか。

 サキュバスが人類の敵になる必要がなく、寂しい独り身の冒険者も満足することができる。

 きっと、男の欲望の被害にあう女性の数も減ることだろう。

 

 思い返せば、この街はとても治安が良い。

 めぐみんとゆんゆんが、馬小屋生活をしていた時に、そういった被害に一度もあっていないのが何よりの証拠だ。

 この世界に来るまで、冒険者と言うのは社会に適合できないチンピラが大多数を占めていると思っていたのに、この街では冒険者が犯罪を犯したという話をそうそう聞かない。

 それもこれも、欲求を満たしてくれる存在がいたからということか。

 

 最高じゃねえかよ! ありがとうサキュバスさん達!

 

 まだ見も知らないサキュバスに思いを馳せていると、キースが言った。

 

 

「実はその店の事を知ったのは、つい最近なんだ。で、さっき俺達もそこの店に行こうって事になってな。そこでお前と出くわしたって訳だ」

 

 

 ダストが先ほどのように肩を組み、俺に言ってくる。

 

 

「と、言う訳だ。……どうだ? なんなら一緒に」

 

「行くに決まってんだろ、心の友よ」

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 

 酒場から出た俺達は、若干の緊張を滲ませながら、先ほどの大通りに戻って来ていた。

 俺達の目の先には、路地裏にぽつんと建つ小さな店。

 外から見ると、どこにでもありそうな、何の変哲も無い飲食店に見えるのだが……。

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

 

 多くの男の理想をそのまま体現したような、そんな魅惑の体をした女性。

 そんな綺麗なお姉さんの出迎えを受けて、俺達が店に入ると、そこかしこに見える男性客の姿が。

 店内では、出迎えてくれたお姉さんと同様に、男を魅了する肢体のお姉さんたちがうろうろと。

 

 横にいる二人は鼻の下が伸び切っているが、俺は思ったよりは耐えられている。

 ……アクアやダクネスで見慣れていなかったら致命傷だったな、本当。

 大丈夫かこいつら、サキュバスのお姉さんに魂持ってかれてない?

 

 心ここにあらずと言った二人と俺を引き連れ、お姉さんが空いてるテーブル席まで案内してくれると。

 

 

「お客様は、こちらのお店は初めてですか?」

 

 

 その言葉に俺達三人は同時に頷く。

 それを見たお姉さんは続けて、

 

 

「……では、ここがどういうお店で、私達が何者かもご存知でしょうか?」

 

「……はい、知ってます」

 

 

 どうにか俺は、お姉さんの質問に返事が出来た。

 その答えに満足したのか、お姉さんはメニュー表を持ってくる。

 

 

「ご注文はお好きにどうぞ。勿論、何も注文なされなくても結構です。……こちらのアンケート用紙に、ご希望のほどを書いていただいたなら、会計の際に渡してくださいね?」

 

 

 アンケート……アンケート、ねぇ。

 これで、気に入ったお姉さんを指名すればいいのか?

 そう思いながら、用紙の方に視線を落とすと。

 

 

「すみません。夢の中の自分の状態とか、性別とか外見って、どういう意味ですか?」

 

 

 相手役の指定なら分かるけれど、自分の性別とか外見ってどういうことだ?

 状態っていうのは、多分シチュエーションのようなものだろうけど。

 

 

「状態とは、王様や英雄になってハーレムを作りたい、とか、四肢を拘束された状態で楽しみたい、とか、そういったものですね」

 

 

 こちらは思った通りだ。

 

 

「性別や外見は、たまに、自分が女性になって楽しみたいと言う人や、幼い少年になって、強い女性に無理やりに、と言う方もいらっしゃいましたので」

 

 

 ……すごいな夢。

 そんなところまで自由自在なのか。

 そうか、夢だもんな。

 人間に想像できることは何でもできるんだな。

 

 と、そこで、先ほどまで黙り込んでいたキースが手を挙げ。

 

 

「……あの、この相手の設定ってのは、どういったところまで?」

 

「あなたの想像できる限り、どこまでもです。性格も外見も、あなたにどのような感情を抱いているのか、どういう関係なのか。何でも、誰でもです。実在しなくても、構いません」

 

 

 ……じゃあ、二次元の女キャラとかでもいけるってことか。

 すごいな夢。

 次元さえも自由自在なのか。

 でも、夢だもんな。

 自分の頭の中で起こりうることだからな。

 

 さらに、ダストが口を開いて。

 

 

「……相手がどんな年齢でも大丈夫ってことですか? その、俺はそういうのを指名するつもりはないんですけど、念のために……」

 

「大丈夫です。上でも下でもお好きなように」

 

 

 すごいな夢。

 時間さえも自由自在なのか。

 だって、夢だもんな。

 未来にも過去にも思いを馳せることができるからな。

 

 ……最強すぎるだろ、サキュバスの淫夢サービス。

 これ以上のクオリティを提供できる店など、この世には存在しないだろう。

 

 自分の望む限りの欲望をアンケートに書き連ねた俺達が、それらを会計に手渡すと。

 

 

「では、皆様三時間コースなので、それぞれ五千エリス頂きますね」

 

 

 やっす!?

 こういうのって、最低でも五桁は行くらしいのに、これだけ至れり尽くせりでこの値段!?

 そうやって驚いている俺の表情を見て、察したらしいお姉さんが。

 

 

「……私達にとって、お金は、この街で生きていけるだけあれば、それで充分です。こちらはむしろ皆様に恵んでもらっている立場なんですから」

 

 

 そう言って、俺達に微笑んだ。

 

 なんてこった、コレほどに人類に幸福をもたらすモンスターがいただろうか。

 今ならアクシズ教の『生きとし生きるもの皆友達』の精神が理解できそうだ。

 ありがとう。本当にありがとうサキュバスさん!

 

 

「では最後に、お泊りのご住所と本日の就寝予定時刻をお願いします。その時間帯に、当店のサキュバスが就寝中のお客様の傍へ行き、希望の夢を見せて差し上げますね」

 

 

 そうか、住所は必要だな。

 この素晴らしいモンスターを迷子にするわけにはいかない。

 上機嫌のまま、俺が新しく購入した屋敷の住所を書こうとし、

 

 

「……待った。ちょっと待ってくれ」

 

「は、はい?」

 

 

 そこで俺は、一気に現実へと引き戻される。

 

 やべえ、危ないところだった!

 あそこにサキュバスたちを招くのはヤバすぎる!

 

 サキュバスがあの屋敷にやってきたとなると、確実にアンナにバレてしまう。

 そうなると、連鎖的にアクアに話が伝わり、しまいには俺のパーティの立場がダダ下がりに……!

 しかもそれだけじゃなく、女性たちには秘密と言う約束も破ったことになり、この街で村八分にされる可能性まで!

 

 もしも仮に、アンナが黙っていたとしても、悪魔の気配には敏感なはずのアクアや、魔力探知ができるめぐみんがいるというのに、それらをかいくぐって俺の枕元まで近づくのは至難の業!

 下手すりゃ、アクアがいるってだけで浄化されてしまうような、そんな危険地帯にこの方達を呼び寄せるのは……!

 

 この危機的状況を脱し、なおかつ手早く解決できる方法は……!

 

 

「……すみません。この近くで、男一人が一泊できるところってありますか?」

 

「あ、はい、それでしたらそこの角に宿屋が……」

 

 

 これだあああああっ!

 今日の所は、早めに寝るとか何とか言って自室に戻り、誰にも悟られないうちに屋敷から脱出。

 しかる後に、教えてもらった宿屋に直行すれば万事解決できる!

 ……ふふふ、この天才的な閃き、そうマネできるものじゃあないぜ。

 

 

「最後に、お酒などはなるべく控えてくださいね。完全に意識がない状態では、夢を見せることができませんので」

 

 

 お姉さんの忠告を受けて、俺達は店を出る。

 

 

「じゃ、じゃあこれで解散ってことで……」

 

「お、おう! 達者でやれよ!」

 

「じゃ、じゃあな! また、こいつをネタに酒でも飲もうぜ!」

 

 

 どうにも落ち着かず、俺達はそのまま解散することになった。

 マズイ。期待で胸が膨らんで、何にも手につかなくなってくる。

 とにかくいったん家に帰って気持ちを落ち着けさせよう。

 

 

「…………良かったのかな、これ」

 

 

 そうやって、そわそわしながらの帰り路の途中。

 なんでかは知らないが、徐々にあの四人を裏切ってるような、そんな気持ちが芽生えてきた。

 

 いや、おかしいだろ。俺達はそういうのじゃないじゃん。

 そりゃ、そういう店に行った男なんて、女からすればよろしくない感情を持ってしまうというのは分かる。

 でも夢だし。物理的には接触すらしない。

 しょうがないじゃん。夢なんだから。現実に何かが起こってるわけでもないし。

 何を後ろめたく感じる必要があるのか。

 

 それにあれだ。こうして解消しておけば、あいつらが俺の毒牙にかかる可能性を減らせるというもの。

 ……襲い掛かっても、ダストよろしく返り討ちに合いそうだけど。

 

 うん、そうだ。

 何も問題ないな。

 ……うん、問題、ない。

 

 

「…………何か、土産でも買って帰るか」


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