爆薬の準備をしているときに警報が鳴っていたのか、店で使うエプロンを付けたままのウィズがギルドに入ってきた。
その恰好と雰囲気からは、あまり頼もしいといった空気を感じられないはずが。
「店主さんだ!」
「いっつも貧乏な店主さんが来た!」
「店主さん、夢の方ではいつもお世話になっています!」
「アクセル最強の魔法使いが三人も……これは勝てるぞ!」
と、ギルドの皆が途端に歓声を上げだした。
そういえば、ウィズは凄腕のアークウィザードとして知られていたんだっけか。
この間の逃亡生活でそんなことを聞いたような気がする。
というか、貧乏店主は止めてやれよ。
聞いてるこっちが悲しくなってくるだろ。
「ど、どうも、店主です。はい、お店の方もよろしく……。ありがとうございます。店主です。ウィズ魔道具店をよろしくお願いします。最近は、カズマさんが爆薬を買ってくれているので何とか切り盛り出来てますけど、また赤字になるかもしれないので……」
そう言って、ウィズは盛り上がる冒険者たちに自らの店の宣伝をする。
今度、爆薬以外のアイテムも買ってみようかな……。
「お久しぶりです、ウィズさん! あなたがいるだけで百人力ですよ! さあ、どうぞこちらへ!」
お姉さんから歓迎の声を聞き、ウィズは引き続いて周りにぺこぺこと頭を下げながら、ど真ん中の席に座った。
なんとも腰の低いアンデッド族の王である。
「では、ウィズさんも来られたので、改めて作戦の概要を説明します! ……まず、アクアさんが、デストロイヤーの魔力結界を破壊。そしてそれが成功すれば、めぐみんさんとゆんゆんさんが、守りの力を失ったデストロイヤーに全力の魔法を叩き込む、と言う話になっていました」
それを聞いたウィズが、気を引き締めたような顔つきで考え込む。
「……それなら、まずは私とめぐみんさんでデストロイヤーの脚を破壊しましょう。左右に分かれ、それぞれに爆裂魔法を撃ちこむんです。デストロイヤーは脚さえ止めてしまえば、その脅威度は大きく下がるでしょうし。そして機動を停止させた時を見計らって、ゆんゆんさんに攻撃してもらえば……」
確かに機動要塞が機動でなくなるのなら、ただただでかい障害物になり果てる。
その後に、ゆんゆんの合体魔法で配備されているゴーレムを破壊するか、なんならいつかのように爆裂魔法を毎日叩き込んだって良いわけだ。
デストロイヤーを操っているらしい研究者だって、毎日爆裂と災害の被害にあえば、ベルディアと同様にこちらに乗り込んでくるかもしれないし。
そういう風に、話がまとまりかけた時。
「だったら、万が一に備えて、先ほど佐藤和真が述べた作戦のことも考慮するべきだ」
おもむろに、ミツルギがそんなことを言い出した。
「佐藤和真。君なら良く知っているだろう。大抵こういう巨大メカには、追い詰められた時のために、自爆装置か、第二形態が隠されているものだということを!」
「本当、マジでそれな! ……って、待てよミツルギ。確かにそりゃお約束だけど、こいつは俺達の常識外の奴らが作ったんだぞ? そんな男心をくすぐるようなドッキリ機能なんて……」
ロマン全振りの種族である紅魔族じゃないんだから。
「いや、実は僕も以前からデストロイヤーについて調べてもいたんだけれど……どうも、その研究者は、僕達の故郷出身らしいんだよ」
なんだと?
デストロイヤーなんてはた迷惑な機械を作った研究者が、俺達みたいに地球から転生してきた奴だって?
そんな奴が、魔道大国で、巨大な、機動要塞を作ったと?
…………。
「ダメだそれ! 絶対自爆スイッチつけてるわ! 動力源を暴走させての大爆発とか100%起きるって確信できる! だって、もし俺が製作するって立場になったら、ついついつけたくなってくるもの!」
「そうだろう!? やはり強大な機械の最期は、巨大な爆炎と共に散るというのが、男のロマンと言うものだ!」
「変身機能とか、可能だったら間違いなく搭載する。多少スペックが落ちたとしても、やらいでかって強行するのが目に見えるようだぜ! くっそ、研究者の野郎! やりたい放題やりやがって!」
「もしかしたら、ドリルを取り出したり、人型に変形したりとか……! くっ! なんてことだ! そうなる前に対処しなければいけないのに、是非とも見たいって気持ちが溢れそうになってくる!」
男子高校生のノリで盛り上がり始める俺達を、訝し気な目で見てくる周囲の人達。
お前らには分かるまい。こうした馬鹿げた話題を共有することのできない俺達の苦しみを。
「あ、あのー……確かに変形機能とかは、紅魔族的にとても琴線に触れる話題ではありますが、そんなこと想定する必要があるのでしょうか?」
「バッカお前! その研究者は恐らくだが、一回死んだ気になってデストロイヤーなんてものを作り上げたんだぞ! だったら、自分の趣味をありったけ詰め込んでもおかしくはないだろうが! その証拠に、実際にこうして全世界から災害と扱われるまでに、暴走させたままにさせてるじゃねえか! 普通の感性なら破壊活動を行ってる最中で、ふとした瞬間に『あ、ヤッベ、やりすぎた……』って我に返って死にたくなってくるだろ! それがないってことは、研究者は周りに迷惑をかけることも気にしないまま自己満足し続けてる相当なド変態だということだ! 変態の思考を常人が読み切れると思うなよ!」
そんなバカなと思うなかれ。
だって、その研究者は、デストロイヤーが完成したその時に、その大国を一晩で滅ぼしてるんだぞ?
どう見ても、悪の科学者ムーブ全開じゃないか。だったら、それくらい平気でやりそうだ。
何より、それに備えておいても手間が増えるだけで、事態が悪化するわけでもないんだし。
「皆、僕の言ったことは戯言だと受けとって貰っても構わない。けれど、もしそんなことが起きた時、そうさせないためにも、デストロイヤーの機動力を奪ったなら、即座に動力源を断ち切る手段を確保しておいた方がいいと僕は考える」
「それにお前ら、よく考えろ。あんだけバカでかいゴーレムを動かし続けられる動力源だぞ? それ自体がよっぽどヤバい代物って思わねえか?」
俺達の言葉に、ギルドの連中が一斉に考え込みだす。
そして……。
「では、アクアさんによって結界が解除された後、ウィズさんとめぐみんさんの爆裂魔法により脚を破壊。そして、とどめの一撃をゆんゆんさんに任せます」
女神とアークウィザード達が深く頷き。
「それらでも破壊し尽くせなかった場合に備え、前衛職の皆さんはハンマー等を装備し、所定の位置にて待機。破壊し損ねた部位を、集中的に攻撃してください」
筋骨隆々な野郎共が厳つい鈍器を持ち上げ。
「要塞内部に潜んでいる研究者も、何かしらの干渉をしてくる可能性があるので、アーチャーの方達は、ロープ付きの矢を装備をお願いします。そして、その準備が終わり次第、冒険者の皆さんでデストロイヤーに侵入してください」
身軽そうな装備をした連中が立ち上がり。
「さらに、デストロイヤーの完全沈黙を目標とするため、皆さんでデストロイヤーの動力源を捜索し、これを停止させてください。その時のために『テレポート』が使える方達は、今すぐに周囲に人がいない場所の登録をお願いします!」
皆が、一斉に雄たけびを上げた。
―――………
街の前には、冒険者たちだけでなく、勇敢にも街に残ってくれた住人達も集まって、急ごしらえのバリケードを作っている。
それだけでなく、落とし穴や網、巨大なトラばさみと言った罠までも、無駄になることを知っていながら設置されていく。
デストロイヤーを迎撃するのは、正門の前に広がる平野なのだが。
「おいダクネス、そんなところで突っ立ってるなよ。いくらお前が馬鹿力だからって、デストロイヤーの前じゃ完全に無力だろ。アクア達がデストロイヤーをちゃんと停止させるから、それから乗り込めるように準備してろって」
そんなバリケードの遥か前で、ダクネスはデストロイヤーが来るのを待ち構えていた。
剣を地面に突き立て、北西の方角を睨みつけながら。
「……カズマ。何も酔狂でこのようなところで待ち構えているわけではない。ちゃんと、私なりに考えて、こうして立っているのだ」
「たった一人で、強敵に襲い掛かられる危険の高い最前線で堂々としているって状況に喜びを覚えているとかじゃなくてか?」
「…………おお! 言われてみればカズマの言う通りだ! い、いかん、武者震いが……!」
やっべ、余計なこと言っちまった。
自分の発言に軽く後悔していると、何とか興奮を鎮めたダクネスが。
「ふぅ……。いや、めぐみんの計算では、私がいるこの場所よりも手前でデストロイヤーは止まると言っていたはずだ。ならば、真っ先に要塞へと乗り込めるように、なるべく近くまでいられればとな」
「何の意味があって、そんな馬鹿げたことを……」
「自爆するのかもしれないのだろう? デストロイヤーが機能不全に陥れば」
真剣な表情で、ダクネスが静かに続ける。
「そうなれば、デストロイヤーを停止させた意味がなくなる。ならば、一刻でも早く動力源まで辿り着き、それを取り除く必要があるではないか。そのため、私ここに立っているという訳だ」
「お前、あんな与太話を信じるのかよ。信じるにしても、もう少し安全な方法をとるってのはできねえのか? それにゆんゆんの攻撃だって……」
「安心しろ。その程度のことで、私は死なんさ。……それに、私はカズマ達の事を信じてるからな」
そう言うと、ダクネスはフッと笑った。
……ああ、そうかい。
全く、筋肉と同じように頭まで固い奴め。
「そこまで言うならもう知らん。好きにしろ。それと乗り込むんなら、もうちょっと軽装にしとけ」
「忠告ありがたいが、この装備のまま登れる自信はあるので大丈夫だ」
その重装備で登るつもりかよ。
どうなってんだ、ダクネスの筋力は。
「へいへい。……じゃ、デストロイヤーの後始末は頼んだぜ。俺こそ、お前はちゃんとやってくれるって信じてるからな」
「……任された!」
気合の入った返事を聞きながら、俺はその場を立ち去った。
巻き添えになんかされたら堪ったもんじゃねえし。
ま、ダクネスだったら大丈夫だろ。
「悪い、ダクネスを撤退させることはできなかった。そんな訳で、あの堅物のウォーモンガーの命を散らせないためにも、絶対に成功させろよ」
俺は、配置されている所定の迎撃地点まで戻り、何かをひたすらに書き綴っているめぐみんに声をかけた。
「そうですか。ならばより正確な距離と時間を割り出す必要がありますね。カズマ、紙が足りなくなったので、追加の紙があれば頂けると助かります」
「あるけど……、何書いてんの、それ?」
傍目には、やたらと複雑そうな計算式と、図形が描かれているように見えるけれど。
「これですか? デストロイヤーの移動速度に対しての、魔法が着弾するまでのタイムラグの兼ね合いや、脚部を破壊するために、爆裂魔法のダメージを効率的に伝えるための角度、脚を失ったデストロイヤーが制止するまでのおおよその時間、そして、それまでのどの瞬間にゆんゆんが魔法を炸裂させるべきで、どうすればそのタイミングをゆんゆんに測らせることができるかを、空気抵抗、重力、風力、地形、摩擦、転向力、その他もろもろも含めて計算しているだけですよ」
うん。
少なくとも『だけ』って範疇ではないと思う。
めぐみんって、本当にこういうところは変態チックだよなぁ……。
「お前、緊張とかしないのか? 予想外の事が起きたらどうしよう、とか」
「緊張しても成功確率は上がりませんし、まだ起こってもいないことに対して取り乱す必要なんかないじゃないですか。実際に思いもよらないことがあればパニックになるとは思いますが、そうならないためにも、事前に把握できそうなことは把握できるように、こうして計算しているんですし。私が今すべきことは、成すべきことをする、ただそれだけです」
計算式を書く手を緩めないまま、めぐみんは俺からの質問に返答する。
そんな、およそ13歳とは思えないほどのめぐみんの知能の高さに、軽く感動を覚えていると。
「……あれ? なんかデジャヴじゃね?」
今しがたの状況が、俺の記憶のどこかに引っかかった。
めぐみんが、こうやって早口で、捕らえようによっては強がりにも聞こえる物言いになる時って。
……試してみるか。
「……実は、デストロイヤーに異変が、」
「は? 異変!? デストロイヤーに異変ですか!? ちょっとやめてくださいよそういうの! そんなことされたらこの計算が全部無意味になるじゃないですか! こっちは何度も何度も繰り返して計算して、どこかにミスがないか確認し続けてるっていうのに! 何があったんですか、計算しなおすので正確に教えてください! と言うかもう面倒ですし、こっちから直接デストロイヤーの方に赴いてやりましょうか!!」
俺のボソリと言った言葉に、過剰に反応するめぐみん。
そしてすぐさま、気まずそうに俺から目を逸らした。
……はい、確定。
「めぐみん。お前、実は未だかつてないほど緊張してるだろ」
「……はい」
緊張するのも無理はない。
魔王軍幹部と相対した時ですら、あそこまでめぐみんが取り乱すようなことはなかったが、今回の作戦で割り当てられためぐみんの役割は、多くの命を背負っている分、今までに比べてかなり責任重大なものだ。
むしろ正常な反応ですらある。
「失敗しても気にするな。その時はダクネスが体を張ってデストロイヤーを止めてくれるだろ」
「それは流石に無理……だと…………うーむ……?」
悩むな悩むな。
いくらダクネスでもそれは……。
……いや、アクアの支援があれば、もしかしたらワンチャンあるか?
「それは置いといて。他にも、ウィズにゆんゆん、アクアもいるんだ。お前一人がミスってもどうにかできるさ。なんなら、ダクネスがどうしても撤退しないってんなら、バインドしてからミツルギの奴に引っ張ってもらえばいいしな」
「……ま、そうですね。カズマもいますから、運の良さでどうにでもなるでしょう」
この場において俺が何かしらの役に立てるとは思えないが、めぐみんが落ち着けるならそれでいいか。
実際、俺ってかなり幸運だし。
「そういうことだ。……それより、ゆんゆんはどうだ? あいつは緊張してないか?」
「ゆんゆん、ですか? 彼女は……」
少し複雑そうな顔をしながら、めぐみんは離れた場所を、というか、樽を指さし。
「あそこで隠れてます」
……なんで?
「おいゆんゆん。お前なんで樽なんかに入ってんだ。瞑想でもしてんのか?」
「……周り、人いっぱい……怖い……」
樽の中からそんなうめき声が。
コミュ障だから人前に出るのが恥ずかしいって言いたいんだろうか。
「そんなこと言ってられる場合かよ。ゆんゆんだって攻撃の要なんだから、そりゃあもう、作戦の最中なんかには注目を浴びまくるんだぞ」
「ひいっ!?」
今度は怯えたような悲鳴までも。
「……ゆんゆん、ベルディアの時だって色んな奴に話しかけられてただろ? 今じゃ、ダスト相手にも口げんかで負けないくらいにまで成長してる。お前はもう人間とのコミュニケーションを怖がる必要がないくらいにはレベルアップしてるんだ。だから、そうやって」
「だって……どさくさに紛れて、セクハラしてくる人が……」
「おいコラてめえら! うちの娘に何してくれてやがんだ! デストロイヤーより前に俺がお前らをぶっ飛ばしてやろうか、ああっ!? その腐った根性叩きなおし、て……」
ぶっ殺。
いくら極限状態だからって、こんないたいけな女子にセクハラするとは紳士の風上にも置けない奴らだ。
全く、俺だったら、そんなこと、
……してましたね。キールさんのダンジョンで。
「……うちのゆんゆんは、とっても繊細な子なんで、冒険者の豪快なノリについていけないんです。なので、皆様にはそのあたりを配慮して頂ければ幸いかな、と」
「どうして急に遜り始めたんですか!?」
ごめん、ゆんゆん。
俺も割と同じ穴の狢だったわ。
でも、もうそういうことをするつもりはないから!
……多分。
「その、ゆんゆんも、セクハラされたら全力で反撃していいんだからな? なんなら、尻でも触ってきた野郎の手首なんか、そのまま捻って骨折にもっていくくらいなら正当防衛だから」
「そんなひどいことしませんよ!?」
ゆんゆんが優しい心の持ち主で良かったような、不安なような。
「今はまだ籠ってても良いけど、デストロイヤーが来たら頼むからな」
「それは勿論! めぐみんには負けないくらいの実力を見せてあげますから!」
なんとも心強いばかりである。
……樽に引きこもったままの状態で豪語しなければだけど。
「ただいま戻りました」
「ああ、お帰りウィズ。うん? ウィズ、頭とかから、軽く煙が上がってるけど大丈夫なのか? なんだそれ?」
「これはその、この晴天の中、長時間お日様の下にさらされたせいで……」
テレポートの登録を済ませたウィズが戻ってきた。
吸血鬼みたいに、太陽光で浄化されながら。
「場所の選定はばっちりか? こう、めぐみんの『エクスプロージョン』が炸裂しても被害が発生しないような場所だよな?」
「ええ。誰も寄ってこないような凶暴なモンスターが蔓延る大きめの山の頂上を登録してきましたので。他の『テレポート』が使える人達も、一緒に連れて行ったので、どの人が『テレポート』を使っても問題はないかと」
それなら安心だ。
それにしても、この短時間でそんなところまで行って、見たところ無傷で戻って来られるあたり、規格外の強さだなウィズって。
「しかし、なんだってウィズみたいな人が、……えっと、そういう存在になったんだ? 普段のウィズを見る限り、そういうのには興味なさそうな気がするんだけど」
いきなりで不躾だったかもしれないが、以前から気になっていた。
普段から温厚で、元は高名な冒険者だったウィズが、自然の摂理に背いてリッチーになる理由が思いつかないのだ。
しかも、名ばかりとはいえ、魔王軍幹部の座になんかについて。
そう尋ねると、ウィズは少しばかり悩んで、
「そうですね……。それは、込み入った話になるので、またいずれ私のお店などでお話ししたいと思います。それこそ、アクア様も交えてなんてどうでしょう?」
屈託のない笑顔で、そう返してきた。
……確かに、こんな大人数の前でするような話でもなかったな。
じゃあ、その時にはよろしくと伝えると。
「ええ、お茶やお菓子を用意して待ってますね」
「……ウィズは何も用意しなくていい。俺達がそういうの持っていくからさ」
「そんな、悪いですよ……あれ? カズマさん? どうしてそんな悲しいものを見るような目をしながら去っていくんですか? ちょっと、カズマさん!?」
貧乏な店主にこっちの都合で余計な出費をさせるほど、俺は鬼畜ではない。
抗議の声を上げるウィズをスルーして、俺は最後に。
「アクア、調子はどうだ? ビビってたりしてないよな?」
「ええ、むしろ気合十分よ! 今なら、魔力結界がどれだけ強くても、強引に引っぺがしてやるぞってくらいだし!」
作戦の根幹であるアクアに声をかける。
他の連中のように、戸惑っていたり、緊張してたりはしていないようだ。
まあ、女神だしな。
こういった、窮地に立たされた人間たちを救うなんて、むしろルーティンワークに等しいのかもしれない。
「……ダクネスに信じられ、めぐみんに頼られ、ゆんゆんも踏ん張ってる。こりゃ、失敗なんかできないな」
「任せなさい。女神っていうのは皆の期待に応えるもんよ。信じてくれる人が居るなら、神様っていうのはどこまでだって無敵なんだから!」
そう言い切って、アクアは勝気な笑顔を浮かべる。
それは、見る者全てを安心させ、奮い立たせるようなもので……。
さらにアクアは、大きく息を吸って。
「皆! デストロイヤーなんかに勝てないんじゃって不安に思ってるかもしれないけど、大丈夫よ! こっちには魔王軍幹部を二人も倒した私達がいるんだから! デストロイヤーだかなんだか大仰な名前がついてるだけの機動要塞なんてあっさり倒して、その後皆でお酒を飲んで、笑って、楽しんで、また明日を迎えましょう! そのためにも、皆何が何でも生き残ること! 生きてさえいれば、皆の事は私の回復魔法で絶対に助けてあげるからね!」
そこまで言って、何かに気付いたのか、アクアがハッ、として。
「あ、でも、だからっていくらでも怪我をしていいって訳じゃないから、そこのところは誤解しないように! その、あれよ? 生きることを諦めないでほしいっていうか、皆の元気な顔を見たいっていうか……。そ、それと、あんなことを言っといてなんだけど、どうしても怖かったり逃げたかったりって人がいたら、遠慮なく言ってね? その人達の事も、纏めて私達が守ってあげるから! ……あ、ごめんカズマ、勝手に私達って言って! また私、カズマの負担になるようなことをっ!」
「そんなどうでもいいことを気にするくらいなら、お前はもうちょっと威厳とかそういうのを気にしながら演説しろ!」
なんとも締まらないことを言い始めた。
本当にどこまでもユルユルな女神様だこと。
そんな、放送事故が如しアクアの演説を聞いた連中はと言うと。
「よっしお前ら! アクアさんがあんなにも不器用ながら元気づけてくれてるんだ! こうなりゃビビってる暇なんかねえぞ!」
「そうだな! あんなアクセルの街では珍しい天然記念物を悲しませたら冒険者の名が廃るってえの!」
「デストロイヤーがなんぼのもんよ! アクアの泣き顔に比べたら、そんなもん怖くとも何ともねえや!」
「おい、絶対に死ぬなよてめえら! 死んだら無理矢理たたき起こしに行って、アクアに土下座で『死んでしまってどうも申し訳ありませんでした』って謝らせるからな!」
「当たり前よ! 俺、この戦いが終わったら、夢の方でアクアのお世話に……やばい、何か罪悪感が湧いてくるから、ちょっと無理かも……」
「分かる」
「分かる」
「分かりみしかない」
わずかに蔓延していた絶望的な雰囲気は何処へやら。
ギルドに集結した時のように、やる気満々になっていた。
結果的には満足いくもののはずが、途中から失敗してしまったせいか、顔を真っ赤にしたアクアが、『なんで私って、もっとこう、女神っぽくできないのかなぁ』などとぶつぶつ言いながら指定された位置に戻っていく。
「……さすがは女神様だね。たったあれだけの言葉で、暗くなりかけていた雰囲気を一蹴してしまうなんて」
そこに、何処から現れたのかミツルギが声をかけてくる。
「まあな。アクアってああいう女神だし。頼れるんだけど守らなきゃって感じの」
「そうだね。……本当に、僕は天界では自己陶酔してたんだと痛感させられるよ」
そうは言うが、今になってミツルギの気持ちも分かるような気もしている。
あんな女神に、魔王の話をされて魔剣を渡されたら、誰だって選ばれた勇者になった気分になるもの。
俺は死に方がアレすぎたせいで、却って冷静になったからこそ、そういう感じにはならなかったけど。
「それにしても……今から僕達は、巨大メカの襲撃に対して、皆の力を合わせて迎撃をするんだね」
「ああ、そうだ。機動要塞デストロイヤーの魔の手から、アクセルの街を防衛するんだ」
「冒険者達があらん限りの知恵を振り絞った作戦で」
「皆が皆、それぞれにできることを全力でやり尽くした上で」
「しかも、女神アクア様のお力を借りて」
「人類最大の攻撃魔法、爆裂魔法を二発もぶち込んで」
打てば響くこの感じ。
どうやらミツルギも分かっているようだ。
いや理解はしてるんだよ。
デストロイヤーってのがヤバい代物で、人類がその被害を受け続けたってことは。
俺だって、このノリを共有出来る相手が居なかったら、そして、頼れる仲間が居なかったら、こんな浮かれた気分になってなかっただろうけど。
でも、こうして俺の横には、俺と同じく地球出身で、同年代の男がいる。
そして、こいつらならデストロイヤーを倒すなんてわけないと思える仲間がいる。
なら、ちょっとくらいワクワクする男の子心を抑えられなくても仕方ないのではなかろうか。
「……佐藤和真。僕は今、とても不謹慎ながら、少し……いや正直に言おう……、未だかつてないほど気分が高揚している」
「……やっぱりか。いやでも、そりゃしょうがねえよ。だってロボだぞ。巨大ロボを迎撃して、あまつさえ、それに乗り込むんだぞ? この世界に転生することを選ぶような男なら、そんなの誰だって興奮してくるさ」
「魔王軍幹部を倒してきた君でも、そんな気持ちになるんだね。……やはりロボットと言うのはすごいな。まさに男の子の味というものだ」
「むしろ、なんだかんだヤバいのを綱渡りで倒してきたから感覚がマヒしてんのかもな。おかしいな、別段ロボット系の趣味があったわけじゃないんだけど……」
本当に、普段の俺なら、強敵を相手にここまで余裕ぶっこいてられるはずがないのに。
……いかんいかん、気を引き締めないと!
今までだって、少しのミスが命取りになっていたことを忘れるな!
なにより、この街が破壊されれば、サキュバスの店には二度と行けなくなるかもしれないんだぞ!
自分自身に活を入れるため、両手で自分の顔をパンパンと叩く。
よし、気合入れるぞ!
「冒険者の皆さん、間もなくデストロイヤーが姿を現します! 冒険者各員は、戦闘配置についてください! それでは皆さん、ご武運を!」
そうこうしているうちに、そんな、デストロイヤーの襲撃を知らせるお姉さんの声が響き渡った。
その指示を聞いて、俺とミツルギもまた、即座に待機場所へとダッシュする。
……なんか今のお姉さんのセリフもそれっぽいよな。なんて、どうでもいいことを考えながら。
実は、カズマはそこまでロボットが好きという訳ではありません。
ミツルギとバカ話をするのを楽しんでるだけです。