裁判から数日後のこと。
「いい加減、あのアルダープって領主をどうにかした方がいいと思うんだが」
俺達は屋敷の広間に集まり、事あるごとに散々嫌がらせしてきたアルダープについて話し合っていた。
「ただの悪徳領主だったらここまでの事は考えねえけどさ。いちいち俺を目の敵にしてくるし、このまま放っておいたら、あの野郎が何しでかすか分からないってのが……」
「それに、あの領主、悪魔と契約してるっぽいですしね」
俺の言葉に続いて、めぐみんが付け加える。
裁判の後に詳しく聞いたのだが、どうもアルダープは裁判中に悪魔の力を行使していたらしい。
それで、ベルが鳴らなかったり、裁判長の判決を捻じ曲げようとしてたところを、めぐみんお得意の『魔力探知』で察したそうだが。
「恐らく、その力を利用してあれほどの地位にまで成り上がったのでしょうね。……だとすると一つだけ解せないことがあります。それほど強力な悪魔の力を行使しているなら、その分だけ払うべき対価は膨大なものになっているはず。なのにアルダープは、あの稚拙な裁判なんかに軽々しくその力を振るっていました。普通なら、そんなどうでもいいことに悪魔の力など……」
確かに。
悪魔との契約には、契約者には代償を支払う必要がある。
これは、俺の世界でも変わらない法則だ。
けれど、アルダープはそれを乱用しているという。
何か別の方法で対価を支払ってるとかか?
「うーーん……、その悪魔が、あの領主さんの事を気に入ってるからとか? だから、代償を払わなくても手伝ってくれたり……」
「その可能性もありそうなんですよね。悪魔は人間の悪感情を食らって生きているものですから、アルダープがやりたい放題すればするほどそのご飯は増えていくわけですし」
アルカンレティアにも悪魔は居たが、あいつは人間の『びっくりした』という感情を食べているとか言っていた。
ならば、人間の『絶望した』とか『憎悪を抱いた』とかの感情を餌にしてる奴だっているのだろう。
互いに利のある契約だから、アルダープは代償を支払う必要がないというなら、辻褄は合う。
「アクアには心当たりはないか? 女神なんだし、高位の悪魔の名前とかなら知ってるんじゃないか?」
「悪魔ねえ。……誇り高い人間がそのプライドを叩き折られた時の屈辱感が好きな悪魔とか、期待を裏切られたときのガッカリ感が好きな悪魔とかなら知ってるけど、こういうことができる悪魔って訳じゃないし」
なんて悪魔的な趣向なんだ……。
アルカンレティアの猫頭の悪魔は、本当に穏健派だったんだな……。
「……不思議なことに、アルダープには様々な悪評が飛び交っているというのに、そういった様々な悪事や不正を働いた、という証拠が不自然なほどに見つかったことが無いのだ。裁判でのことも考えると、『事実を隠蔽する』ような能力を持っているのではないか?」
その裁判で大貴族の娘だと露見してしまったダクネスが、ポツリと呟く。
確かに、あれだけ悪い噂が流布されているのに、悪事の証拠が欠片もないというのはおかしな話だ。
もしも本当に悪事を働いていなかったとしても、それっぽい根拠が一つも出てこないのは却って怪しすぎる。
善良な一般市民である俺ですら、『ぱんつ盗み魔』とか、『災害を引き起こす奴』とかのように言われてるのだから。
……その、俺が意図してやったわけじゃないんですよ?
「ああ、それなら居るわね。確か……マクス……、そう、マクスウェルだわ! 地獄の公爵の内の一人で、『辻褄合わせのマクスウェル』『真実を捻じ曲げる者』とか言われてるの! 好きな感情は、『人々の恐怖や絶望』だったかしら」
確実にそいつじゃねえか。
能力も趣向も、何もかもが合致している。
つーか、悪魔の名前がマクスウェル?
「マクスウェルって……マクスウェルの悪魔のことか? なんか熱力学がどうのとか、永久機関がどうたらとかいう」
俺の言葉に、この世界出身の三人は首を傾げる。
熱力学なんて言われても、この異世界では未だにこの世に存在しない概念だろうから無理もないか。
それはともかく、マクスウェルの悪魔?
やべえぞ、それの反証なんか俺にはできないんだけど。
もし倒すんだったら、大学の物理学の参考書が……。
「カズマの想像してる悪魔とは違う奴よ。あっちは思考実験で出てきただけのただの概念で、こっちのマクスウェルはたまたま名前が同じってだけの別人だから」
あっ、そうなんだ。
なんだか安心したような、逆に不安になってくるような。
それにしても。
「悪魔の話をしてるってのに結構アクアは平気そうなんだな。神と悪魔なんて敵対関係なのも良いところじゃないのか? 悪魔が人間の悪感情を食ってるってのは、アクア的にはセーフなん?」
話を聞いてるだけでもとんでもない奴らだっていうのが分かるのに、アクアはそれらに対して悪態を一つもつきやしない。
ウィズの時には、恐ろしい形相で掴みかかってたというのに。
そんな俺の質問に、アクアは苦笑いしながら答える。
「そういうのはその神によってスタンスが違ってくるんだけど、私は悪魔が人間に危害を加えない限りは、そいつらがそのあたりをうろついてたって全然気にしないわよ。人間の悪感情を食べるとか言ったって、それだって直接人間を傷つけてるわけじゃないし。……まあ、そういう感情を食べたくて自発的に人間たちを害するような悪魔なら、遠慮なくぶっ飛ばすけどね」
それに、と付け加えて。
「案外同じ神よりも悪魔の方が、話が通じる場合が多かったりするのよね……。神って言っても、自分への信仰心を試すためにわざと悪魔に試練を与えさせたりするのとか、誰彼構わず美人であるなら何としてでも手籠めにしようとするのとか、私みたいにしょっちゅうドジしちゃって周りに迷惑をかけちゃうのとか、そういうのが居たりするし……」
少し虚ろな目になりながら、そう訴えてくるアクア。
……神様って言っても、中にはろくでもないのがいるんだな。
あとアクアのは、その二柱に並べるほどの酷さではないと思う。
「勿論悪魔が皆良い人だなんて言わないわよ? 悪魔っていうのは基本的には人間を餌にしてるようなものだしね。共存できるならそれでよし。敵対するならお仕置きよ。っていうのが私のスタンスかしら」
悪魔に対しても寛容の心を持っているアクア。
だとしたら。
「じゃあ、アクアはそのマクスウェルって奴を倒すのには反対か? そんなら、お前は抜きにして……」
「何言ってるのカズマ。マクスウェルなんて、見つけ次第絶対にけちょんけちょんにして、この手で地獄に送り返してやるに決まってんでしょうが」
……うん?
なんか言ってることが違うような?
「いい? マクスウェルは本当にやばい悪魔なの。知性や理性が乏しい、幼い子供みたいな精神をしてるのよ。その上好きな感情が絶望や恐怖! そんなやつが野放しになったりなんかしたら、どれだけの人間が犠牲になるか分かったもんじゃないわ! というか、実際にアルダープとかいう奴のせいで被害者が出てるわけだし! 久々に私の本気の浄化を見せつける時が来たようね! 待ってなさいよマクスウェル!」
そして、シュッシュッと言いながら、シャドーボクシングを始めるアクア。
……うん、まあ、女神様のお力を借りることができるようで何よりです。
そのボクシングの練習が悪魔相手に通じるかは別として、やる気があるのはいいことだ。
「けどどうする? その悪魔の所在が分からないなら倒しようが無いし、調べるにしてもアルダープの奴に権力で上から押しつぶされるんじゃないか?」
「それは十分考えられますね。……ゆんゆん、あなたが幼い頃にやろうとしていた悪魔契約を今ここでしてしまいましょう。目には目を、歯には歯を、悪魔には悪魔をぶつけるという戦法で」
「絶対やらないからね!?」
さりげなくゆんゆんを虐めるめぐみん。
……なんでこう、ゆんゆんって涙目が似合うのか。
自発的には傷つけようとは思わないけど。
「ダクネス。お前の家の力なら領主の家に強制捜査とかできないのか? ダスティネス家ってのは王家の懐刀とか言われてるんだろ?」
「いくらなんでも証拠もなしではできないな。……そもそも、そんなことが出来るなら、とっくの昔にやっている」
俺の質問に対し、とんでもなく低い声で答えを返してくるダクネス。
なんかダクネスの奴、ちょっと怒ってないか?
いや、それも無理はないか。
ダクネスの性格からして、ああいう絵にかいたような悪徳領主というのは許せないのだろう。
「……すまないなカズマ。私のせいでお前にまで迷惑をかけてしまうことになって」
「迷惑ったって……ダクネスはあの領主と知り合いだったりするのか?」
そう訊ねると、ダクネスは心底呆れ果てたようにため息をつきながら。
「……まあな。アルダープには、私がまだまだ幼い子供のころからやたらと執着されていてな。奴の妻が亡くなってからは幾度となく婚姻を申し込まれてきたし、正直辟易としているくらいだ。それが巡り巡って、お前たちに牙を剥くとは、どう謝罪すれば……」
幼い子供のころからって、完全に事案じゃねーか。
それ以前に。
「今のお前を見てもまだ結婚しようとか言ってんのかあのハゲ親父は。ダクネスみたいな怪力女の旦那になるとか、日常生活を送るのすら命がいくらあっても足りな頭が割れるように痛いっ!?」
「人がしんみりとしているときに! 本当にお前という奴は!」
思わずこぼれた本音にダクネスが怒り、俺にアイアンクローを仕掛けてきた。
何これメチャクチャ痛い! どんだけバカ力なんだコイツは!
あ、なんか今頭蓋骨が割れるような嫌な音が!?
「止め、止めろ! いや、止めてくださいお願いします! 分かった! 俺が悪かったから手を離せ! このままだとアルダープじゃなくてお前に殺される!」
そこまで言って、ようやくダクネスが力を緩めてくれる。
やばい、まだ頭の痛みが残ってるんだけど。
……念のため、『ヒール』かけとくか。
「……冗談はともかく、そうだとしてもダクネスは被害者側じゃねえか。なんで当事者のお前が俺達に謝る必要があるんだよ。悪いのは全部あのアルダープっておっさんだ」
「そうよそうよ! むしろ、ダクネスこそ今まで大丈夫だった? あの領主にセクハラみたいなのはされてない?」
「…………私を責めないのか? 私がパーティに居るせいで、お前たちに被害が……」
不安げにこちらを見やるダクネス。
気持ちは分かる。
自分にストーカーしてる奴が自分の友達を襲い始めたら、『自分が友人と仲良くならなかったらこうはならなかった』みたいな感じで罪悪感を覚えるってのは分かるさ。
けども。
「お前を責めるって言ったって……俺なんか魔王討伐にお前らを巻き込んでるし、偉そうなこと言えないっていうかさ……」
「実際それで、序盤も序盤にベルディアなんかと戦うことになったものね……」
俺とアクアが二人して遠い目になる。
おそらくだけど、俺がアクアを連れてこの世界に来なかったら、あのデュラハンはこの街の近くなんかに来ていなかった。
さらに言えば、それに付随してハンスと戦うことにもなったし。
俺の方が疫病神なのでは?
「しかし、カズマは以前『もしも仮にお前が雲の上の奴らとゴタゴタな騒ぎになったとしても、その時に俺を巻き込まないでくれ』とか言ってなかったか? 今までは不確定だったから言わなかったのだが、今回でほとんど答えは出たようなものだろう」
……確かにそんなこと言ってましたね。
アルカンレティアで。
はい。
「……アルダープを領主の地位から引きずり降ろせば、雲の上の存在じゃなくなるからセーフです」
「カズマ、いくら何でも言い訳が苦しいと思います」
めぐみん五月蠅い。
自覚はあるから、ほっといてくれ。
「でもカズマの言う通りです。魔法使いとして悪魔の強さを超えるのもまた一興。紅魔族は売られた喧嘩は全部買う種族なのです。私に、いや、我々に喧嘩を売ったことを後悔させてやりましょう」
「私はそこまで喧嘩はしたくないんだけど……。でも、ダクネスさんを守るためだったら、いくらでも協力しますよ! 私にできることなら何でも言ってください!」
「わ、私よりもカズマの方が危ないのだが……その……」
紅魔族二人の言葉を聞いて、ダクネスが顔を赤くしながらもじもじしだす。
……よし、覚悟はできた。どんとこい。
「み、皆……あ……ありが……とう……」
うむ。
恥じらいながらも嬉しさを隠せないダクネスの表情。
心の準備をしていなかったら致命傷だった。
「カズマ? すっごい顔真っ赤だけど大丈夫?」
準備をしてたら致命傷を免れるとは言ってない。
―――………
「……聞けば聞くほど、アルダープって奴が変態だって感想がとめどなくあふれてくるんだけど」
その後、ダクネスから詳しくアルダープについての情報を聞いていたが、その内容がドン引きものだった。
中身はともかく、外見は見目麗しく成長している今のダクネスに懸想するならいざ知らず、ようやく二桁になろうかというあたりからダクネスの事をそういう目で見ていたとか、その、端的に言ってヤバい。
親父さんには年齢の差がありすぎるってことで結婚は断られ続けてるようだけど、もしダクネスの家がアルダープよりも家格が下だったら……。
「それで、今ダクネスと一番親しい異性である俺を抹殺しようとしてるって感じか? あらゆる意味で歳を考えろよ、領主の奴」
一回りどころか二回りは年下の俺に嫉妬して、挙句の果てに亡き者にしようとか……。
それと、ダクネスと俺はそういう関係ではない。
大体、身分の差からしてあり得ないって気づくだろうに。
「……そういう訳で、私が見合いに乗り気じゃなかったのもそれが理由の一つでもある。私が結婚でもしたら、アルダープは確実に私の結婚相手を抹殺するだろうからな」
「ああ、ダクネス以上の強さを持つ奴が条件ってそういう……」
そういう事情があるにせよ、多分こいつは自分より強い男としか結婚したがらないだろうという謎の信頼がある。
だが、そのことは決して表には出さない。
この屋敷の中で脳漿をぶちまけたくはないのだから。
「……ただ、カズマ達を守るためならば、もういっそアルダープと結婚してしまった方が良いのではと」
「おい、妙な献身の心を見せようとするな。ダクネスの親父さんが断ってるってことはそういうことなんだろうが」
幾度となく懇願されても領主との見合いを断り続けてるということは、政治的判断からしても、ダクネスをアルダープの嫁に出すのは憚られるということだ。
悪評にまみれていて、偏執的な執着を持っていて、世間にはバレてないけど悪魔とも契約していて。
俺が父親なら、婚姻を申し出てきた瞬間に塩を顔面にお見舞いするレベルである。
「えっと……そもそもダクネスさんがお嫁さんに行ってもいいんですか? お話を聞く限りでは、ダクネスさんにはご兄弟はおられないんですよね? それであの領主さんの家に嫁入りなんかしたら、跡取りが居なくなっちゃうのでは……」
ゆんゆんが紅魔族の族長の娘らしい意見を出してきた。
もしもアルダープとダクネスの婚姻が成立してしまったら、ダスティネス家の跡継ぎが居なくなってしまう。
そうなると……。
「実質アルダープがダスティネス家の当主になるということになりますね。……え、嫌ですよそんなの。今の地位での権力でさえ鬱陶しいのに、それより上となると国が傾きかねません」
なんだそれ地獄かよ。
俺の生活の安寧のためにも、そして個人的な心情としても、ダクネスをクソ領主なんかと結婚させてたまるものか。
「ああ。だから父からも婿入りできるような相手であるなら冒険者が相手でも構わないから結婚してくれと言われている。むしろそっちの方が後腐れが無くて済むとも」
「え、それでいいの? こういうのって、貴族同士で結婚とかが普通だって思ってたんだけど」
アクアがダクネスの言葉に驚いているが、俺もびっくりだ。
懐刀と言われているくらいなんだから、貴族の中でもダスティネス家の位は高いはず。
だったら政略結婚なんかの陰謀うずめくものだと思ってた。
「少なくとも、我が家ではそう言った身分なんかは気にしたりはしないぞ。結婚相手として求めるものはその当人のスペックだけだ。そうだな、私の好みとしては、外見は過度に太ってさえいなければどうでもいい。そして当然統治者としてやっていけるだけの賢さは欲しいな。ただし記憶力に頼ってばかりの頭でっかちなのはダメだ。知識ある者よりも知恵がある者の方がありがたい。中でも経営の手腕があるなら上々だ。ダスティネス家は清貧で知られているが、かといって経済をおろそかにしてはいけないからな。性格は基本は善良であって欲しいが、時には清濁併せ呑むことができるような奴でないと貴族の社会ではやっていけないだろう。それと勿論」
「お前を一対一で倒せる奴だろ」
我が意を得たり。といった表情でこちらに振り向くダクネス。
ただ、冒険者なんてブラック稼業をやってるような奴らの中に、それほどのスペックを持ってる奴なんてそうそういないだろう。
大貴族の婿になるんだし、その位の条件じゃないとだめなのは理解できるけれども。
…………。
「おい、なんでアクアとめぐみんは俺の方を見るんだ」
「なんでって……ねえ?」
「そりゃあ……ねえ?」
元の世界で引きこもり生活を送っていた俺が、いきなり大貴族の経営なんかできるわけないだろ。
そんなのが出来るなら、元の世界でもあくせく働いてたっての。
……おや? そういえばゆんゆんは?
「すみません、何かダクネスさん宛てに手紙が届いてたみたいなんですけど……」
姿が見えないと思っていたら、手紙をとりに行ってたのか。
しかし、ダクネス宛てに手紙?
この時期に?
……嫌な予感がする。
「おいダクネス。何が書いてあるんだ。まさか、あの領主から……?」
手紙を開いたダクネスに問いかけるが、当のダクネスは。
「………………? ……うん? どういうことだ?」
おかしなものを見るような目で手紙を何度も読み返している。
現実逃避的なアレではなくて、本気で困惑しているようだ。
いったい何が……?
「……どうやら、私に見合いの話が持ってこられたらしい。しかも、アルダープからだ」
「よし断れ。何なら宣戦布告をするようなことを書いて返してやろうぜ。めぐみんはなんて書く? 俺は『あんなことがありながらそんな話をぬけぬけと持ってくるなんて、領主様の頭は快適そうでなによりです。一回その中身を直に見させてくれませんか』って綴ってやる」
そら見たことか。
やっぱりろくでもないことが書いてあるじゃん。
でも、それなら何を戸惑っていたんだ?
「待てカズマ。持ってこられたのは事実だが、その見合いの相手はアルダープではなく、その息子のバルターなのだ。…………いや、本当に何故そっちなのだ?」
……………………どゆこと?