このおかしな仲間に祝福を!   作:俊海

52 / 54
今回はエイプリルフールということで、嘘ネタチックな番外編です。
時系列的には前後の話とは繋がりがありませんし、どのあたりの話なのかも具体的には決めていません。
ここは一つ、番外編ということでご容赦を。

また、この話は嘘ネタであり、本編とは全く関係のない話なので、エイプリルフールにちなんで2020年4月1日の午前でのみ公開状態とします。
そのため、2020年4月1日の12時を過ぎた時刻でこの話は非公開になりますのでご注意を。


番外編 このおかしな嘘に祝福を!

「……お前本気でそれを買うつもりか? 悪いこと言わないから止めとけ。絶対に偽物だぞ」

 

「いーや、俺の審美眼が言っている。こいつは本物だってな!」

 

 

 とある休日。

 なんだかんだと腐れ縁になってしまったダストと街中をぶらぶらとしていたら、突然ダストが露店の店先に並べられていたとある商品に目をつけた。

 その品物というのが。

 

 

「どう考えたっておかしいだろうが。こんな指輪をつけるだけで催眠術が使えるとかさ」

 

 

 『催眠術をかけられるようになる指輪』と書かれている、最早怪しさしかない指輪である。

 しかも説明を読む限り、催眠療法とかそういう普通の催眠ではなく、一部の界隈で乱用されている、他人の意思を都合のいいように操れるとか言うあれだ。

 そんなとんでもない力がある指輪が、こんな街で売り出されるなんてあり得無さすぎる。

 

 

「おいおい見くびってもらっちゃ困るぜカズマ。俺だって根拠もなしにこいつを本物だって思ってるわけじゃあない。この値段を見ろ。中々に値が張ってると思わねえか? 安物だったら偽物で間違いないが、この金額なら偽物であるわけがねえ!」

 

「冷静に考えろダスト。確かに十万エリスは中々に高いけど、それでも催眠能力と釣り合った額じゃねえよ」

 

 

 俺がベルディアを倒した後に買った装備品の総額でも、この指輪の十倍以上の値段だと言えば、如何にこの指輪が安いものであるかが分かっていただけるだろうか。

 そもそも、催眠術が使えるようになったなら、それを使って適当な人物に「十万エリスよこせ」とでも言えば、その時点で元が取れてしまうというのに。

 まず俺なら、そんな指輪を売り出そうとせず、死ぬまで手元に残しておくだろう。

 

 

「お前が何と言おうと俺はこの指輪を買うって決めたんだ。邪魔をしてくれるなカズマ!」

 

「はいはい……で、お前はその指輪を買えるだけの金を持ってんのか?」

 

 

 俺なら普通に買えるけど、万年金欠であるダストに払えるとは思えない。

 そんなことを思っていたら、ダストが期待を込めた眼差しでこちらを見てきた。

 ……こいつ。

 

 

「それがよぉ、生憎と俺の手元にはこいつを購入するだけの金がねえんだよなあ。そこで、カズマ、頼みがあるんだが」

 

「先に言っておくが、俺への借金を返していないお前に貸す金はないぞ」

 

 

 こいつやっぱり俺の財布を当てにしてやがった!

 ……ダストにいつも集られるリーンには同情の念を抱くばかりである。

 

 

「そこを何とか頼むよカズマ様! 俺とお前の仲だろ? それに、お前からしたらこんな指輪の値段なんか、はした金ってもんじゃないか!」

 

「無駄金を払う趣味はねえんだよ。あと、親しき仲にも礼儀ありって言葉を知ってるか?」

 

「本当に頼むって! こいつを買ってくれたら、今度のクエストでの報酬は全部お前に譲るし、何ならこの指輪を貸してやってもいいからさ!」

 

 

 ダストから借りるくらいなら、俺が買った方が早いんですがそれは。

 そんな俺をよそに、まるで聞かん坊の子供のごとく、その後も喚き続けるダスト。

 ……はあ。店先で駄々をこねる野郎を放置するわけにもいかんしな。

 

 

「……あー、もう、しょうがねえな! 貸してやるから静かにしろ! その代わり、討伐三回分な。こいつを約束するなら貸してやる」

 

「よっしゃよっしゃ、サンキューカズマ! おーいおっちゃん、この指輪をくれ!」

 

 

 変わり身早いなこいつ……。

 

 なんでこう、俺ってダストには甘いんだろうか。

 これじゃあ俺もリーンの事をとやかく言えねえな……。

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 

 その翌日の酒場での事。

 

 

「あの催眠指輪、本物だったぜ」

 

 

 ダストが耳を疑うようなことを口走った。

 

 

「ダスト……借金を抱えた苦しみの余り、幻覚まで見始めちまったのか……」

 

「そうじゃねえよ! 本当本当、マジだったんだって!」

 

 

 同情する俺の言葉にかみつくダスト。

 その必死さから、真剣に俺に話したいというのが伝わってくる。

 世迷いごとも良いところのダストの言葉だが、酒の肴の代わりに聞いてやるか。

 

 

「じゃあ、誰にどんな催眠をかけたんだよ」

 

「ふっふっふっ……聞いて驚くなよ?」

 

 

 何やら不気味に笑いながら、勿体をつけるダスト。

 どうせ、すごく下らない頼み事でも聞いてもらったのだろうと高をくくっていた俺は。

 

 

「まず、この酒場で無銭飲食ができただろ。ウィズさんの店で高そうなアイテムをタダで貰えたし、そこら辺に居る女相手のナンパも軽く成功した。さらにさらに、リーンの奴にも金を貸してもらった上に、今この街にやってきてる踊り子ともお近づきになれたんだぜ?」

 

「嘘だろお前!?」

 

 

 ダストの話す内容に度肝を抜かれたのだった。

 どれもこれも、ミツルギならともかくダストには実現不可能なものばかり。

 いやいや、流石に冗談……。

 

 

「おう、俺の言うことを疑うんだったらカズマもこの指輪をつけて同じようにやってきてみろよ。そしたら、俺の体験談が嘘か本当か判断できるだろ? そいつを貸してやるから騙されたと思ってさ」

 

 

 そう言って、ダストは俺に催眠指輪を押し付けてくる。

 滅茶苦茶胡散臭い、けど、ダストがあんなに自信満々に言ってるんだ。

 ひょっとしたら、ひょっとするのか?

 

 思えば、人間相手に好きな夢を見させることができる種族であるサキュバスがこの世界には実在している。

 そういう特性の応用で作ってるとかなら。

 

 

「いや、いいわ。催眠してどうにかしたいって相手もいないし、それはお前が持っとけ」

 

 

 しかし、俺はダストの提案を断った。

 もし本物だったとしても、それに対する代償みたいなものがあったりするのがこういう便利アイテムの話での定番だ。

 そんな怪しい物品に手を出す勇気は俺にはない。

 

 

「なんだよつまらねえな……じゃあ、俺がお前の目の前で使ってやるから、その目で確かめてみろよ。よし、まずはここの支払いだ!」

 

 

 ダストが勢いよく席から立ち上がり、伝票を持って会計場所まで持っていき。

 

 

「生憎だが俺達手持ちの金がねえんだ。つーわけで今回の飯代をタダにしろ!」

 

 

 偉そうな口調で情けないことを口走った。

 あそこまで臆さず言えるあたり、ダストはあの指輪の事を信じ切っているようだ。

 さて、結果は?

 

 

「それはそれは……じゃあ仕方ないですね。飲食した量も少ないですし、カズマさんに関しては今回だけは大目に見ましょう。そのかわり、今度は元が取れる分飲み食いしてくださいね?」

 

 

 通っちゃったよ。

 会計のお姉さんはダストの言葉にちょっとだけ困った様子を浮かべてはいたが、直ぐに笑顔を浮かべて俺のやらかしを許してくれた。

 え、マジで本物なの、この指輪?

 

 

「……あれ? なんか引っかかるような?」

 

 

 何かの違和感を覚えている俺をよそに、ダストは満面の笑みで立ち去ろうとし。

 

 

「そうかそうか、それじゃ、俺はこれで」

 

「ダストさんはダメです。あなたはこれまで何回ここでの食事をツケにしてきてると思ってるんですか。昨日に引き続いてこんなことを言うなんて、恥を知りなさい!」

 

 

 お姉さんに、その腕を力強く握りしめられた。

 ……催眠が掛かってるんじゃないのか?

 

 

「え、なんでカズマの分は良くて俺はダメなんだよ!? 差別か? 差別する気かこのアマ!?」

 

「差別じゃなくて区別です。あなたへの信頼の無さとカズマさんの信用度を比べるなんて、まさに雲泥の差って奴ですよ」

 

 

 情けない表情になりながらも、尚も強気なダスト。

 それを見てますます握りしめる力を強めていくお姉さん。

 こりゃいかん。

 この場でダストを見捨てるのは簡単だが、今回ばかりは助けてやろう。

 

 

「……ん? ……あ、あった! よく探したら、後ろのポケットに入ってました! いや、お騒がせしてすみません!」

 

 

 さも今見つけましたと言った様子を出しながら、ポケットから財布を取り出し代金を机の上に。

 

 

「ああ、それなら良かった……あれ? カズマさん、その金額だと、代金よりもかなり多いですよ?」

 

「いやいや、迷惑かけちゃったってことでそのお詫びって奴です! それじゃ、御馳走様でした!」

 

「クッソー! 覚えてろよ! 今度会った時はもっとすんごい催眠をかけてやるからな!」

 

 

 ダストが好奇心のために騙すようなことをしてすみません。

 小市民な俺には正直に打ち明ける勇気もないので、代償行為として迷惑料を払うことしかできない。

 無力な俺を許してくれ。

 

 そんな気持ちを込めつつ、お釣りを渡そうとしてくるお姉さんの手を押し返し、俺達は逃げるようにその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

「いつも宴会に参加している全員の分の料金を払ってくれたり、私達にもチップを沢山くれるから、カズマさんなら一回くらい私が立て替えても良かったのに。……それに引き換え――」

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 

「おい、その指輪本物じゃなかったのかよ」

 

「おっかしーなー? 昨日は確かに効き目があったんだが……あ、でもカズマの分はタダ飯になってたし、力加減を間違えただけじゃねえか?」

 

 

 本当に不思議そうに首を傾げるダスト。

 この期に及んで俺を騙す必要性が皆無であろうということから、ダストは嘘をついているわけではなさそうだが。

 けれど、こうなってしまうとその指輪への信憑性はかなり揺らいでくる。

 

 

「ってことで、今度はナンパをしてくるぜ。五分間だけ待ってろ、直ぐに引っかけてきてやるさ」

 

 

 そう言い残して道行く女性に声をかけ始めるダストだが、おそらく向こう二時間ほどは帰ってこないだろうことが容易に想像できる。

 それも全戦無勝で。

 

 

「…………それまで暇だな」

 

 

 俺はナンパなんて自発的にはやろうとはしない男だ。

 俺だって男だし、人並みには異性への興味というのがあるのは間違いない。

 けれど、見ず知らずの相手とそういう仲になるために、興味を持ってもらえるように声をかけて、いい気分になるように気遣って、金を惜しむことなく相手に奢って、などという努力をするとか面倒くさすぎる。

 

 そもそも、俺は真なる男女平等主義者。

 一緒に飯を食ったり、娯楽を楽しんだり、買い物をしたりの出費に対し、どうしてそれら全てを男が全額持たなくちゃいけないのかが理解できん。

 共に楽しむのであれば、そこは割り勘にするべきだと俺は断固主張する。

 

 

「おいそこの女! 諸経費を全額払ってくれるってんなら、このダスト様がデートしてやっても良いぜ!」

 

「なめんな!」

 

 

 あ、ダストの奴平手打ちされてやがる。

 大体、あんな誘い方で乗ってくる女なんているわけないだろ。

 ……ああ、催眠が使えるなら、あんな感じでもいけるって思ってるだけか。

 

 何度失敗しても諦めずに、気持ちを即座に切り替え、次の獲物にと駆け寄っていくダストを遠目に眺めていると。

 

 

「あ、こんにちはサトウさん。こんなところで会うなんて奇遇ですね」

 

 

 いつかの騒動で出会った検察官のセナが、ぼーっと突っ立っている俺に挨拶をしてきた。

 

 とある事情から、この人は俺の事を正義の味方かのような目で見てくることもあって、何かと向こうから関わってくることが増えてきてはいたが、まさか、こんな平日から用もないのに声をかけられるとは思わなかった。

 

 

「セナさんこそこんな真昼間に出会うなんて珍しいじゃないですか。もしかして、今日は休日とか?」

 

「いえ、仕事としてここに来たんですよ。なんでもこの辺りで、『やたらと女性に粘着してきて、脅迫じみたセリフで追いかけまわす不審者が出没する』という通報が入りまして」

 

 

 …………うん。

 

 

「その不審者でしたら、あそこで元気よく迷惑行為を晒してますよ」

 

「……情報提供ありがとうございます。その……できればでいいので、被害が拡大する前に取り押さえていただければありがたいのですが……」

 

 

 俺はダストの保護者ではない。

 うちのパーティメンバーがやらかしそうになるなら止めてやるが、悪友がバカをやってるのを止めるつもりは皆無である。

 そもそもの話。

 

 

「俺が言ったところで悔い改めると思います? あのダストですよ? 下手に取り押さえたりなんかしたら、暴行罪だとか言って恥も知らずに訴えてくるじゃないですか。 ……俺にできることは、奴が本格的な犯罪行為に及びそうになったら気絶させて回収するくらいが限度です」

 

「……ですよね。本当にご苦労様です」

 

 

 俺への労いの言葉もそこそこに、冷たい目つきにへと変化させたセナがダストの方へと向き直り。

 

 

「冒険者ダスト! 今すぐにその迷惑行為を中止せよ! さもなくば、自分と共に来てもらうことになるぞ!」

 

「おいコラどこに目をつけてんだ! 俺は何もムショの厄介になるようなことなんざしてねえよ! この彼氏いない歴二十年のデカ乳検察官がグフっ!?」

 

 

 ダストの遺言を聞き、どてっ腹に鋭いブローを撃ち込んだのだった。

 今の拳には、私怨も入ってたような気がしてならないんだが、それを尋ねる勇気は俺にはない。

 ……セナの事、怒らせないようにしよう。

 

 

「あの、ダストの奴はどうするんですか? このまま檻にぶち込んだり……」

 

「いえ、この程度で収監していれば税金の無駄遣いになってしまうのでこのまま放置します。この男、事あるごとに刑務所の食事を目当てに逮捕されたがるので……」

 

 

 深いため息をつきながら、気絶したダストをこちら側に引っ張ってくるセナ。

 ……セナの奴、苦労してるんだなぁ、本当に。

 

 

「セナさん、この後って暇ですか?」

 

「ええ、昨日はともかく、今日に限って言えばこの後は仕事はありませんけど……」

 

 

 ダストが気絶から回復するまで待ってるのもあれだし、セナへの労いもかねて。

 

 

「だったら、俺と一緒にそこの喫茶店で軽く話でもしませんか? こいつが起きるのを待ってる間俺が暇ですし、俺達がセナさんに苦労を掛けたお詫びってことで奢らせてください」

 

 

 それと加えて、もしもまた俺が逮捕されるような羽目になったとき、俺の肩を持ってくれるようにという意図も込めて誘ってみる。

 そんな俺の言葉に、セナは目を丸くしながらも何やら嬉しそうにして。

 

 

「そういう事であれば、喜んでご一緒させていただきますね。それと、奢ってくださらなくても結構です。私の方も、サトウさんには一度ゆっくりとお話をお聞きしたいと思っていましたから」

 

 

 真っ直ぐな瞳で俺をじっと見ながら、誘いに乗ってくれたのだった。

 

 ……なんでこの人、彼氏いないんだろう。

 誰か貰ってやってくれよ。

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 

「やっぱ夢でも見たんだって。お前の企みがことごとく失敗してるじゃねえか。ほら、今日の所はこれくらいにして……」

 

「いーや違うね! なんだかんだ半分は成功してるんだ! 全部カズマが持って行ってるだけでな!」

 

 

 確かにそう言えなくもないが。

 タダ飯に関しては、向こうが優しいお姉さんだったからってだけだろうし、セナと軽く雑談はしたけど、それもナンパしたからって訳じゃない。

 あの後も、ダストはウィズの店に押し入ったり、リーンに金を借りようとしていたが。

 

 

『えっと……昨日も申しました通り、普段ご利用いただいてないダストさんに無料で提供できるような、手ごろな価格の商品はこの店には置いてなくて……その、すみません……。あ、カズマさん! いつもいつもご購入いただいてありがとうございます! その、こちら、つまらないものですが、サービスとしてお渡ししますね!』

 

『は? ダスト、いい加減にしなよ。これ以上お金にだらしないような態度をとり続けるなら、こっちにも考えがあるんだからね。 ……カズマ、いつもいつもダストの面倒を見てくれてありがとね。クエストだけじゃなくて、日頃もフォローしてくれて……。何か困ったことがあったら、私にできる限りは手伝ってあげるよ?』

 

 

 こんなことを言われる始末。

 …………全部、ダストの自業自得では?

 

 

「っかしーな……昨日はマジで上手くいってたんだが……」

 

「なあ、今改めて聞いておきたいんだが、昨日はどういう感じで催眠してたんだ? 大雑把にじゃなくて、無銭飲食したときのことを詳しく話してみてくれ」

 

 

 未だに指輪の力に疑念を抱く様子のないダスト。

 そこまで入れ込むってことは何かしらの理由がありそうだが、どうにも俺には納得できない。

 一度、詳しく聞く必要がありそうだ。

 

 

「ん? そりゃあ、さんざん飯食って支払うって時に『タダにしろ』って言っただけだぞ。そしたら、『バカ言うな』って感じで言われたもんで、しょうがなしに代金を払ったら、タダにしてくれたってくらいで」

 

「おい、それのどこが無銭飲食なのか俺が納得できるように説明してみろ」

 

 

 きっちり金払ってんじゃねえか。

 何ふざけたこと言ってんだコイツ。

 

 

「? 金を払うだけで無料にしてくれたんだ。成功してるだろ?」

 

 

 しかし、本人に自覚がないのか、本当に不思議そうに俺に訊ねてくるダスト。

 ふざけている様子はない。

 

 …………。

 

 

「ナンパの時は?」

 

「それも今日みてえに叩かれまくってさ、どこかで飯を奢ってもらえることもできなかったんだわ。だから、上手くいったって判断したんだけど」

 

 

 おかしい。

 前後の関係がまるで繋がってないぞ。

 

 咎められて料金を支払ったから成功?

 袖にされまくってるからこそ上手くいった?

 

 まるっきり逆のことをダストは言っているじゃないか。

 まるで、全て自分に都合がいいようになったと勘違いして。

 

 ……都合がいいように勘違い?

 

 

「おいダスト、一旦その指輪を」

 

「ちょっとそこのアンタ!」

 

 

 外してみろ、と言い切る前に、背後から俺達を呼び止める声が。

 一体誰だと振り返ってみると、まさに怒ってますよ、と言わんばかりにこちらを睨んでいるツインテールのピンク髪の少女がそこにいた。

 

 

「えっと……どちら様で?」

 

「なっ……まさか、アタシのことを知らないとでもいうつもり!? 踊り子ユニット『アクセルハーツ』のメンバーの一人であり、この世界で一番可愛いエーリカちゃんのことを!?」

 

 

 面倒くさい系かよこいつ。

 こういう奴とはあまり関わり合いにはなりたくないんだけども、しょうがない。

 

 

「すまん、知らん。で、その可愛いエーリカが俺に何の用」

 

「可愛い? 今私の事を可愛いって言った!? アンタ中々見る目があるじゃない! ほら、もっと可愛いって言って!」

 

 

 うっわ、余計なこと言っちまった。

 さっきまでの怒ってる様子は何処へやら、エーリカと名乗った女は子供のようにはしゃいで褒め言葉を強請ってくる。

 ダメだ、このままだと話が進まない。

 

 

「……可愛いエーリカ、いい子だから、さっき何で俺達に話しかけてきたか説明してくれないか?」

 

「はーい、可愛いエーリカ、しっかりお話ししまーす!」

 

 

 よし、こいつの操縦方法が分かった。

 とりあえず『可愛い』って言っとけば、こちらの言うことは聞いてくれそうだ。

 ……できるなら、これ以上は親しくはならないことを祈るばかりだが。

 

 

「アタシが用があるのはそっちのダストって男よ。一回、アタシ達三人にちゃんと謝ってもらおうと思ってね」

 

 

 はい、この時点で嫌な予感しかしてきません。

 なんならさっき『踊り子ユニット』なんて単語が出てきたときから、俺の第六感が囁いてるし。

 これ、絶対ダストがやらかしたやつだろ。

 

 

「謝るって……ダストが何したってんだ?」

 

「何をしたも何も、昨日いきなり『俺のカキタレになるのだー!』とか言ってショーをしていたアタシ達に襲い掛かってきたのよ!? まあ、可愛いアタシがいるから、正常な思考ができなかっただけかもしれないけど、それでもこっちにはダストに怒る権利があると思うの!」

 

 

 正論です。

 反論する余地がありません。

 あとダスト。カキタレって言葉のチョイスが古すぎるぞ。

 

 

「は? いやいやお前ら俺と仲良くやってたじゃん。お前ら三人に飛びつこうとしたら、シエロって女に殴り飛ばされて、その後リアに警察に突き出されたんだから、もはや家族みてえなもんだろ」

 

「……何言ってるの、この人?」

 

 

 少し引き気味になってきたエーリカが、こちらに話を振ってくる。

 エーリカが怯えるのも無理はない。

 今のダストの言動は、ストーカーや変態のそれなのだから。

 

 だが、これではっきりした。

 どれもこれも、あの指輪のせいだ。

 ならば今俺がすることは。

 

 

「『バインド』!」

 

「うおっ!? カズマ、いきなり何をしやがる!」

 

 

 ダストが抗議の声を上げるが、そんなものは無視だ無視。

 身動きが取れなくなったダストの腕を引っ張り出し、その指にはめられている指輪を強引に外してやると。

 

 

「あ、おいこら! 指輪を返しやがれ!」

 

「その前に質問するぞ。お前、昨日の自分を振り返って、この女と仲良くなったって堂々と言えるか?」

 

 

 必死にもがくダストに、改めて問いかける。

 すると、最初は何をバカなことをと言いたげな表情だったダストの顔が、どんどんと蒼褪めていき。

 

 

「…………エーリカさん、俺達仲良しっすよね?」

 

「そんなわけないでしょうが!」

 

 

 しまいにダストは、そんなバカなことを言いやがったのだった。

 

 

「それと、もう一つ聞きたいんだけど……」

 

 

 

 

 

―――………

 

 

 

 

 

 あの後、ダストにはエーリカを含めた三人の踊り子たちに謝罪させ、そのままアクアの診察を受けてもらうことになった。

 結果は俺の予想通り、あの指輪のせいで、支離滅裂な言動をしていたということが判明。

 

 なんでも、催眠指輪の効果は『装備した人(・・・・・)が、現実に起こったことを自分の都合がいいように解釈してしまう催眠がかかる』というものだったらしい。

 要は、あの指輪の催眠効果は本物だが、その催眠が掛かってしまうのは指に嵌めた本人だけだというオチって訳だ。

 ……なんとも人騒がせな。

 

 最初はそれでも強力なアイテムだなとは思ったのだが、贈り物の指輪を指につけてくれるように仕向けるには、その相手との十分な信頼関係が築けていないと無理な話だし、指輪の能力自体が、魔法に携わる魔法使いやプリーストならすぐに見破られてしまうものだそうだ。

 さらに言うと、ダクネスのように耐性があっても効果はない上、現実の出来事に対して自己解釈するだけなので、外部からの命令に対して絶対服従させるような力もないと、どうにも使いづらい代物でしかないという。

 

 俺と一緒に居る時に思うように催眠が使えないと考えられていたのは、ダストが俺だけに効果を発揮してると思ってたからなのだろうか。

 ……もう過ぎたことだし、考える必要もないな。

 

 

「ではカズマ、今日はよろしく頼む」

 

「ああ、こっちこそよろしく。……本当、災難だったな、お前ら」

 

 

 これから俺達はこの三人の踊り子と共にクエストに出発するのだから、そちらに注力するべきだ。

 

 

「……どうして私達がダストのやらかしの尻拭いをしなくちゃいけないのですか。こういうのは本人が償うべきでしょう」

 

「仕方ないだろ。こいつらが、『ダストと一緒にクエストを受けるのは嫌だ』って言ったんだからよ」

 

 

 どうも、ダストがリア達に襲い掛かった時の騒ぎのせいで、こいつらのステージ用の衣装が使い物にならなくなったらしい。

 それなら、めぐみんの言う通りダストがその弁償なりするべきではあるのだが、俺にもダストにあの指輪を買い与えた責任がある。

 

 なにより、本人が仲間に打ち明けることを死ぬほど嫌がったのが最大の理由だ。

 自己責任な部分があるとはいえ、本人が正常な精神状態でなかったことが原因で、ただでさえ評判の悪いダストの立場を悪化させるのは寝覚めが悪い。

 そういう訳で、ダストには指輪の時の対価に加え、更に三回分の報酬受け渡しの代わりに、ダストのすべき弁償を俺がしているんだが。

 

 

「頼むって。今度、めぐみんが実験用に欲しがってたマナタイト買って来てやるから」

 

「さあカズマ、今すぐクエストに出かけましょう! マナタイトが私を待っています!」

 

 

 現金な奴だ。

 けれどめぐみんにはついて来てもらわないと結構困る。

 

 俺達五人に加えて、そこに三人が追加されたんだ。

 とてもじゃないが、一人では全員分の面倒を見切れない。

 めぐみんにはサブリーダーとして引っ張ってもらわないと。

 

 

「シエロも私と同じアークプリーストなんだ。同じ職業同士、よろしくね!」

 

「は、はいっ、ありがとうございます! ボクの方こそよろしくお願いします!」

 

 

 向こうでは癒し役の二人組が意気投合しているようだ。

 ……ただ、話に聞く限り、俺はあまりシエロには近づかない方がいいだろう。

 俺はお約束のようなものには縛られない男だからな。

 

 

「ね、ね、ね! ゆんゆんはアタシの事が可愛いと思う?」

 

「え、えっと……そ、そう思います……よ……?」

 

「やーん! やっぱり私は誰しもが認める可愛い女の子なのね! ほらほら、もっと言ってもっと言って!」

 

「えっ、エーリカさんは、可愛いです!」

 

 

 ゆんゆんがエーリカの勢いに押されてる。

 あそこに入り込むと面倒くさそうだ。

 ゆんゆんには悪いけど、俺の代わりに相手をしてもらっておこう。

 もしかしたら、荒波にもまれた結果コミュ力が上がるかもしれないし。

 

 

「ほう、リアは槍の武術大会でも優勝したことがあるのか。もしよければ一度私と手合わせを……」

 

「私などがあなたの相手が務まるかは分からないが、私で良ければお相手しよう」

 

 

 はいそこストップ。

 リアの奴、厄介な戦闘狂に目をつけられやがった。

 軽い気持ちでダクネスと対峙させてはダメだ。

 あとで、どうにか誤魔化しておかないと……。

 

 

「はいはい、仲良くなるのは良いけど俺達はこれからクエストに行くんだぞ。緊張感を持てとまでは言わないけど、緩み切ったまま行くと怪我するから、少しは気を引き締めろよ。じゃ、一日限りだけど同じパーティメンバーとしてよろしくな」

 

「ああ、分かった。足手まといにならないよう頑張るよ」

 

「ボ、ボクも皆さんのお役に立てるよう頑張ります!」

 

「可愛いアタシがパーティを組んであげてるんだから、もっと感謝しても良いのよ?」

 

 

 約一名、頓珍漢なことを言ってるが気にしない。

 

 そしてなんとなく、アクアの浄化によって能力を無効化された指輪をポケットから取り出しながらダストの言葉を思い出す。

 

 

『まず、この酒場で無銭飲食ができただろ。ウィズさんの店で高そうなアイテムをタダで貰えたし、そこら辺に居る女相手のナンパも軽く成功した。さらにさらに、リーンの奴にも金を貸してもらった上に、今この街にやってきてる踊り子ともお近づきになれたんだぜ?』

 

 

 …………。

 

 

「こんなものに頼らなくても、結構実現できてるな、俺」

 

 

 結局のところ、催眠なんかで思い通りにしようとするよりも、誠実な態度でもって信頼関係を結んでしまった方が、相手はこちらの望む振る舞い方をしてくれるということなのだろう。

 そんな当たり前のことを、俺はダストから教わることになったのだった。




結論:催眠術で人の心を無理やり操ろうとするよりも、ちゃんと仲良くなって頼み事とかしたほうが健全で、なおかつより確実ですよ。

正直薄い本で出てくる催眠術が使えるようになったら、エロいこと目的じゃなくて実利的なもの(金とか機密情報とか)を盗んだ方がいろいろできるのにと思う今日この頃。
もし私がやったとしても、多分罪悪感とかに押しつぶされて死にたくなるとは思いますけど。

あと、前書きの非公開云々は嘘です。(4/1 12時追記)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。