ダクネスの父親から送られてきた手紙の内容を要約するとこうだ。
この間の裁判ではこちらが知らなかったとはいえ、ダクネスに対して失礼な物言いをしてしまった詫びの代わりに、アルダープの息子であるバルターとの見合いをアルダープから提案されたらしい。
アルダープの息子はダクネスの父親も高く評価しており、それ故にダクネスに見合いを勧めているとか。
……あまり俺の恩人に対して、こういうことを言いたくはないんだが。
「ダクネス、お前の父親の気は確かか? いくら本人との結婚じゃないとはいえ、アルダープと身内になるとか俺だったら絶対嫌なんだけど。なのになんで親父さんは乗り気なわけ?」
「その……息子と結婚するなら、アルダープは今後一切私には関わってこないという条件も追加されたらしく、その上向こうも婿入りするつもりであり、結婚相手として申し分ないからかと……。決して、私の父がおかしくなった訳じゃ……」
ダクネスの反論も弱気なあたり、こいつ自身もどこか不自然なものは感じ取っているのだろう。
アルダープが今後一切ダクネスにちょっかいをかけない?
そんな口約束を律儀に守るような人間じゃねえだろ。
「いいか。口の上じゃいくらでも取り繕えるんだ。今でこそお前にゃ手を出さないなんて言ってるが、息子とやらと結婚したら余計な茶々入れをしてくるのが目に見えてるじゃねえかよ。それとも実はお前には被虐嗜好があって、ああいう見るからにキモイおっさんに迫られることに興奮を覚える性質だったりするわけ?」
「そんなふしだらな性癖なんぞあってたまるか! もしも伴侶以外の者が私に手を出そうものなら即座にその背骨を叩き折ってくれるわ! ……いや、むしろ合法的に奴をぶっ殺せるからそうしてくれた方がありがたいか。なにせ不義を働こうとした人間に対する正当な反撃なのだからな」
そうやって真剣に殺害計画を企てるダクネスを見て、俺は薄ら寒いものを感じ取った。
ただただ自分の怪力ばかりを頼るだけでなく、こういう頭も働かせることもできるのがダクネスの恐ろしいところというもの。
そんなバーサーカーの所に送り付けられた爽やかそうなイケメンが写った見合い写真を手に取りながら訊ねる。
「それはともかく、ダクネス自身はどうなんだ? お前はこいつとなら結婚しても良いとか考えてるのか?」
「正直言って普通に有りだな」
おや意外にも高評価。
見た感じダクネスの琴線に触れそうな益荒男って印象はないのだが。
「まずこいつは、人柄が物凄く良いらしい。誰に対しても頭ごなしに叱りつけるのではなく、その失敗に対し、なぜ失敗したのかを一緒に考えようと持ちかける様な人間だ。おかげで領民からの評判もかなり良い」
…………あの領主の息子とはとても思えない人柄だな。
「そして非常に勤勉で、民衆のために常に新しい知識を取り入れようと、勉学に励んでいるそうだ。それだけでなく、最年少で騎士に叙勲された程には腕も立つ。父親とは違って悪い噂など聞かない、正に完璧を絵に描いた様な男だな」
「本当にそいつら血縁関係あるのか? 橋の下で拾ってきた子供とかじゃねえだろうな」
トンビが鷹を産むなんてレベルじゃねえ。
父親があまりにもアレすぎて、反面教師にでもなったのだろうか。
しかし、ダクネスの言葉が本当なら、ダクネスの親父さんが結婚させたいと思うのは無理もない。
なんせ、結婚相手としては父親の件を除けば、あまりにも破格の条件過ぎるのだから。
「ただ……結婚をすると、冒険者稼業は辞めなくてはならないだろうな。そういう意味では今回の見合いは断りたくはあるのだが……」
え、それはちょっとどころじゃなくて、かなり困るんだけど。
ダクネスにこのパーティから抜けられたら前衛職が居なくなってしまう。
しかも、ただのタンクではなく、非常に頼もしい盾役だ。
こいつ以上の剣士なんて、俺の知る限りではミツルギくらいしか思い浮かばない。
「なあ、この見合いは断っても問題はないのか? 政治的判断とかそういうあれは?」
「別にないぞ。今までも私がやってきたように、父を張り倒しに行けば大体それで有耶無耶になるからな」
……可哀そうな親父さんだ。
「一応理由が必要だが、それを丁重に相手に返して、こういった理由があるのでと謝ればなんとか……。うーむ、断るのに好都合な理由はないものか……」
思案し始めるダクネスの言葉に、めぐみんが。
「なら、今私には付き合ってる男性が居るので遠慮します。とでも言えばいいんじゃないですか?」
『…………は?』
そんな爆弾を投下してきやがった。
「話を聞く限り、ダクネスのお父さんには見合いに関しては政略的な意図はなくダクネスに幸せになって欲しくて提案しているように見受けられます。なら、恋人がいると伝えてしまえば穏便に解決するじゃないですか。しかも、そういう相手が居ると知っているなら、ダクネスのお父さんが見合い話を持ってくることもなくなりますし、良いことづくめというものですよ」
「そうは簡単に言うがな、私と交際できるような人間なんてそう簡単に見つけられるようなものではないぞ。私個人の趣向は別としても、家の事を考えるとそれなりに能力のある男でないと…」
難しそうな顔をしながらそう呟くダクネスに対し、めぐみんはヤレヤレとでも言わんばかりにかぶりを振って。
「ダクネスがわざと言ってるのかどうかは知りませんけど、普通にすぐそこに居るじゃないですか。頭の回転が速くて、潔癖ではない程度の善人で、しかもダクネスを単独で倒せる男が」
真っ直ぐ俺の方に指をさしてきた。
「…………えっ? 俺?」
「カズマ以外誰がいるんですか。むしろあの条件でカズマが思い浮かばないことの方がありえないと思いますよ」
何を言っているのだろうかこの小娘は。
ちょっと前まで引きこもりのニートだった俺に何を期待しているというのか。
俺なんかが貴族としての振る舞いなんかできる訳なかろうが。
そんなことを考えていると。
「カズマの不安がる気持ちも分かりますよ。いきなり貴族の娘の婚約者になるだなんて理解不能状態になってしまうのも無理はないでしょう。しかし今回の問題は、そんなに難しく考えなくても構わないものです」
俺の頭の中でも覗いたかのような言葉をめぐみんが続ける。
「何も本当に結婚だの交際だのしなくたっていいんですよ。重要なのはダクネスのお父さんに安心感を与えることなのですから。ダクネスがカズマを連れて実家に帰り、嘘で良いので『私には冒険者仲間であるカズマという恋人がいるので見合いの準備などはしなくても構わない』と言ってしまえば、ダクネスも無理に望まない結婚をしなくて済むのでは?」
……確かにそうだ。
自分の娘がすでに想い人を見つけ出せているのなら、ダクネスの親父さんも無理にお見合いを推し進めたりはしないだろう。
ただ、そうしてしまうと。
「それはそうなんだが、んなことしたらダクネスが本気で結婚相手を見つける時に俺の存在が邪魔になるだろうが。後になって別れました、とか言っても、ダクネスからしたら『庶民から交際を続けることを断られるような女』なんてレッテル張りまでされちまうぞ」
その場しのぎの嘘というのは、巡り巡って自分に襲い掛かるものだ。
しかも質が悪いことに、自分がそんな嘘をついたことを忘れてしまった頃に。
ダクネスの将来の事を考えると、俺なんかと付き合ってることにされることなんて不名誉極まりないことに違いない。
「なあ、ダクネスもそう思う……」
同意を求めようと、ダクネスの方に振り返ると。
「……言われてみれば確かにカズマは最近になってさらに引き締まった体になっているな…………教育も受ければ我が家でもやっていけそうなくらいには知恵もあるし…………口先やら性格も、貴族相手にも引けはとらなさそうだ…………しかも……私を倒している…………」
何やら頬を紅潮させながら、思案しているダクネスの姿が。
そして突然顔をこちらの方に向けると、ズンズンと俺の方に近寄って、そのまま俺の手を握り。
「か、カズマはッ! カズマはどれだけの子供が欲しい!?」
「ちょっと落ち着け、この残念バーサーカーが!!!!!」
とんでもないことを大声で宣ったのだった。
――――…………
「……ん、すまない……あまりにも私の条件に合致しているものだから、つい……」
「だからっていきなりあんなこと言いだすとかあまりにもチョロすぎんだろうが。いいか、よその男にそんなバカなこと言うんじゃねえぞ。いくらダクネスが強いからって言っても心配なもんは心配なんだからよ……」
突然の暴走を起こしたバーサーカーをどうにか鎮めると、ダクネスはいつものように自分の行動に恥じ入り始めた。
なんか俺のパーティにいる奴めぐみんを除いてチョロい奴ばかりじゃね?
アクアもゆんゆんも、人に頼まれたらホイホイ付いて行ってしまいそうな危うさがあるしさ……。
「……それで、ダクネス的にはカズマと付き合っているなんて風聞が周りに広まっても問題はないのですか? 貴族の世界の話は勿論ながら、冒険者界隈にもですけど」
「…………むしろカズマの方こそ大丈夫なのか心配なくらいだが」
……なんで俺?
「冒険者になって間もなくの内に魔王軍幹部討伐に二度も貢献している人間なんて、貴族の目からしても垂涎ものだぞ。実際、周りの家でもカズマを囲うためにご息女を宛がおうなんて話も挙がっているそうだし……」
「いや待って何その話俺全然聞いてないんだけど?」
突然の不意打ちに驚き戸惑う。
ダクネスだけでなく俺まで人生の墓場送りされる準備が着々と進んでるだと。
そんな漫画みたいな話が湧くとか今の俺には理解できない!
「しかしだな、それらに加えてデストロイヤー戦での活躍もあるし、お前自身にアルダープによるもの以外で悪い噂も聞かないとなるとこうなるのも自然というか…」
「そ、そういうもん……なのか……?」
紅魔族二人組の方に視線を向けて訊ねると、二人そろって首を縦に振り。
「そもそも王族の方が優秀な冒険者の血を取り込んできたという歴史がありますしね…」
「まだカズマさんは本当に冒険者になってからが短いので、『王族に目をつけられる前に!』…ってなっても不思議ではないかと……」
あの、俺まだ元の世界だと結婚とかの話が出てくるのはだいぶ先の年齢なんですけど。
魔王も倒してないのに、いきなり家庭を持たされてもその、困る!
「も、もしも結婚などがしたいなら、私が仲介して見合いの話を持ってきても構わないぞ? 今までは私が傍にいるからとどうにか遠慮させているのだが、それが迷惑だというなら……」
「ダクネス、俺お前と出会えて本当に良かったわ」
俺はこの世界に来て何度ダスティネス家の力に救われていたのかと思い知らされる。
やはり世の中金と権力で大体解決できてしまうものなのだなぁ……。
……いや、待てよ? つまり……。
「俺がダクネスと付き合ってるってことになったら、俺が貴族からそういうちょっかいをかけられる可能性はなくなるのか?」
「……まあ、そうなるだろうな…………」
……ふむ。
「ダクネス、お前がいいんであれば今すぐ親父さんのところに行って付き合ってるって報告しに行こう。どうにも俺にとっても都合のいい話みたいだしな」
「ほ、本当に良いのかカズマ!? 下手をすればアルダープに命を狙われること……に……」
そこまで言って、ダクネスの言葉の勢いはおちていく。
……そりゃそうだろう、だって。
「それってもう、すごく今更じゃね?」
そういう意味でも、俺がダクネスの交際相手というのは都合がいいようだ。
――――…………
あれやこれやと話を纏め、あまり大人数で押しかけても迷惑であるため、ダクネスの実家には俺、ダクネス、そしてアクアの三人で伺うことになった。
ダスティネス邸。
大貴族の名に恥じない様相の屋敷の中にて、
「ほ、本当に? 本当に恋人ができたのかララティーナ! あれほど異性に興味など示さなかったお前が本当に!?」
バーサーカーな女騎士の割には可愛らしい名前を連呼しながら、ダクネスの親父さんは興奮して言ってきた。
その様子からして、本当にダクネスの周りにはそういう浮ついた話しなどなかったのだなと思い知らされる。
こういう時娘を子に持つ父親としては僅かなりとも『どこの馬の骨が俺の可愛い娘に手を出しやがったんだ!』という感情が芽生えるはずなのに、目の前にいるこの人からはそういう気配を一切感じない。
……苦労してたんですね、親父さん。
「本当ですお父様。ララティーナは、此度、パーティのリーダーであるカズマという方と交際をさせていただいておりますの」
普段とは似つかわしくない言葉遣いのダクネスの振る舞いに、俺とアクアは必死に笑いをこらえるために腹の底に力を入れる羽目になった。
そんな俺達の様子にダクネスがこちらを顔を真っ赤にして睨んでくるが、いつもとは違いまるで迫力というものが感じられない。
「ララティーナ、それで、そちらの男性が?」
その言葉に、ダクネスが俺に手を向けて。
「はい、こちらが恋人のカズマです。……カズマ、自己紹介の方宜しくお願い致しますね?」
ダクネスに促され、俺はそのまま親父さんの正面に立ち、気持ちシャンとさせると。
「初めまして。私がララティーナお嬢様と交際させていただいている、冒険者のサトウカズマと申します。この度は、身分の違う立場にいる私などがララティーナお嬢様と懇意になるなど本来であれば無礼極まるところを、このように歓迎していただいたことに心より感謝をさせていただきたく参上いたしました」
そんなセリフを立て板に水を流すがごとく述べ、そのまま深々と頭を下げた。
……自分でやっててなんだが、すっごい気持ち悪いなこれ。
「何を言うのかねカズマ君。むしろララティーナこそ、君に迷惑をかけてはいないか?」
「いえいえとんでもない。彼女の騎士としての力や勇猛さにはいつも我々が救われているくらいですよ」
俺がそう返すと、親父さんは嬉しそうにして。
「そうかそうか……君についてはララティーナから色々伺っているよ。とても勤勉で謙虚で、いざという時にいつも頼りになる男だと。今まで娘が異性について褒めるような言葉どころか――」
「おっと危ないお父様っ! 頭の後ろに刺す虫が止まっておりますっ!!」
そのまま続けようとした親父さんの後頭部を、ダクネスが素早い動きで
「あがっ!? い、いきなり何をするのだねララティーナ!?」
「嫌ですわお父様、虫がいたから叩き潰しただけじゃありませんか。それよりも、こちらの女性についても紹介させていただきたいのですが?」
有無を言わせぬ威圧感でダクネスが親父さんに詰め寄る。
それで何かを察したのか親父さんはそれ以上の俺への言及はなかった。
……続きは気になるけど、これ以上踏み込まない方がよさそうだ。
「あ、ああ……では、そちらの方が、アクアさんでいいのかね?」
親父さんの言葉に、アクアがいつも通り柔らかい笑みを浮かべながら。
「ご機嫌麗しゅうございます、ダスティネス・フォード・イグニス様。
瀟洒な様子であいさつをこなした。
……あれ? アクアってダクネスのメイドさんだったっけ?
そう思えてしまうほどに、完璧な立ち振る舞いだった。
「……ララティーナ。彼女はお前が個人的に雇ったメイドなのか?」
ほら親父さんも勘違いしてる。
「い、いえ……彼女は私の冒険者仲間です……よね……?」
なんでダクネスまで惑わされてるんだ。
いや、一瞬俺も騙されそうになったけども。
「ちょっと失礼します。……アクア、こっちに」
混乱している二人を他所に、一旦俺はアクアを部屋の隅に呼び出した。
「どうしたんだその振る舞い。なんで急に完璧なメイドさんっぽいことをしてんだ?」
「あ、あれ? や、やっぱり私、何かおかしかった?」
「おかしくはないんだ。おかしくないからこそおかしいというか……なんか普段と違いすぎるぞお前!」
そこまで言ってどうにか通じたのか。
「その……ウィズに貰った礼儀作法の本の通りにやってみたんだけど……」
「…………それ読んだのはいつだ?」
「え? ちょっとページが多かったから、ここに来るまでの間に流し読みで……」
それにしては時間が短すぎる。
しかも熟読したわけでもないのに……。
……ああ、そうか。
アクアは自発的に何かやるのが苦手なだけで、他人に言われた通りにやるのは得意なんだ。
しかもアクアは普段から宴会芸もやっているから、演技をすることにも慣れている。
だからこれほどに完璧な振る舞いを……やはり天才か……。
「ダクネスのお父さんに失礼があったらいけないし、ちょっとでも勉強しようと思って……、あの、やっぱりまずかった?」
「いやいや、だったらいいんだ。ぜひその教本通りに動いてくれ」
ちょっとだけアクアが自ら行動したことに不安を覚えたけど、そういうことなら問題ない。
どうしてそうしたのかも把握したし、ひどいことにはならないだろう。
……多分。
「失礼いたしました。彼女は紛れもなくお嬢様もご存じのアクアでございます。イグニス様に迷惑が無いようにと立ち振る舞いについて学んできただけのようで」
「そ、そうか……だったらいいんだ……。あまりにも完璧すぎるから、私はてっきり、ララティーナがそういう役者を雇って、恋人がいると偽装しているのではないかと……」
うわ危ねぇ!?
あのまま続けさせてたら作戦が台無しになる所だった!
「お父様? 少しは私を信用していただけないでしょうか?」
「ララティーナなら見合いを破談にするためにこういうことをするだろうと信用しているからだが?」
少し強めの口調で詰め寄るダクネスに見事なカウンターを返す親父さん。
……このやり取りだけで如何に親父さんが苦労しているのかが伝わってきてしまうなぁ。
「とにかくカズマ君。娘の事は頼むよ。じゃじゃ馬娘と呼ぶのも烏滸がましいほどに暴れ馬な娘だが――」
何とか平和的に終わりそうな、その時だった。
屋敷の玄関の扉が開き、どこか見覚えのある青年が入ってきた。
確かアルダープの送って来たお見合い写真で……。
そうやって、自分の記憶から男の顔を探っていたら、ダクネスが飛び出し、その男の目の前に立つと。
「恋人がいる相手に押しかけてくるとは見下げた男だな! 我が名はダスティネス・フォード・ララティーナ! さっさと帰ってあの薄汚い豚領主に」
「おっといけませんお嬢様っ! そこの床はワックスをかけたばかりでございます!!」
そんな馬鹿げたことを抜かしはじめたので、俺は懐からワイヤーを取り出してじゃじゃ馬娘の足を引っかけ転ばせた!