転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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第九話 砲火

 

 ザクⅠのコクピットの中は、驚く程に静かだった。

 

 改修によって大きくなったメインモニターには外の様子、ムサイ級軽巡洋艦の格納庫の映っている。

慌ただしく作業員が動き回っているが、既に最終チェックが終わった冬彦機の周りに人は無く、やはり静かだ。

 

 冬彦が配属されたのは、ドズル麾下の宇宙攻撃軍だった。『配属先希望書』に書いたのは、突撃機動軍だった。

 人事部で、上でどんな判断で判断が下されたのかはわからない。だが、一度配属された以上は、もう気にする事もない。

 宇宙攻撃軍だろうと突撃機動軍だろうと、特にやることはそう変わらない。出撃して、帰ってくることだ。

 勝った負けたを考えるのは、生きて帰ってきてからで良い。結果を顧みる余裕があるのは、終わってからのことだから。

 勝ちを目指さなくても良いと言うことではない。しかし、それだけにこだわってはいては、大抵ろくでもないことになる。凡人は、一歩離れて物事を見ないと、あっという間に火球と消える。

 こればかりは、何に乗っていようと同じこと。ザクⅠだろうと、新型だろうと。

 

 それこそ、ニュータイプでも無い限りは。

 

 

 

《――大尉》

 

 通信は、ブリッジからの物だ。

 

《連邦のパトロール艦隊、補足しました。宣戦布告前と同じ、規定通りの航路です。本艦の射程まで十五分。発進準備お願いします》

「もう済んでいる。編成、わかるか?」

《マゼラン級一、サラミス級五。セイバーフィッシュの反応はありません》

「多いな。二隻増えたか?」

《連邦も、静観していられなくなったのでしょう。……格納庫の人員の退避完了。発進、お願いします》

「了解。ヒダカ機ザクⅠ改、発進する」

 

 僚機を横目に、武装を手に宇宙へ飛び出す。

 

 

 

宇宙世紀0079、一月三日。機内サブモニターの隅に映し出された時計のデジタル表示は、ジオン公国から連邦政府への宣戦布告が行われてから、ほんの少し後の時刻を指していた。

 

 

 

《パトロール艦隊、もう間もなくです》

「こちらでも捉えた。タイミングは?」

《そちらにお任せします。艦砲射撃にはまだ早いと艦長が》

「了解。モビルスーツ隊に任せて貰うよ、と」

 

 冬彦機他、ザクⅠザクⅡ混合六機の小隊は、それぞれデブリの影に隠れて連邦のパトロール艦隊を待ち受けていた。装備は全機、冬彦考案の対空防御仕様ではなく、新型のザクマシンガン、もしくは対艦狙撃砲が主兵装という火力重視の編成だ。

 小隊唯一のザクⅡには、士官学校を卒業したての新任少尉が乗っている。

下士官であり、冬彦の下で分隊を率いているが、彼女以外は全員が若いなりにもそれなりの軍歴があるので問題は起きないだろう。

 

 数時間の前の宣戦布告により、複数の作戦が同時に発動されている。その内の一つが、冬彦がMS隊の隊長として今従事している連邦パトロール艦隊への奇襲だ。

 本命は、俗に言う「コロニー落とし」。正式名称を「ブリティッシュ作戦」。

サイド2、8バンチコロニー「アイランド・イフィッシュ」に核パルスエンジンをつけ自力航行させ、質量兵器として南米ジャブローの連邦軍総司令部に落とし、その戦力を奪うことで一気に戦争にケリをつけようと言う作戦だ。

 

 当然、連邦も黙って手をこまねいているはずもなく、道中全力で阻止しようとしてくるだろう。

その足を引っ張るべく、陽動も兼ねて集結前の小艦隊を個々に削っていくための作戦がこのパトロール艦隊への奇襲であり、そんな任務を請け負う部隊の一つにかり出されたのが、冬彦だ。

 

 大尉である冬彦が「アイランド・イフィッシュ」の護衛ではなくパトロール艦隊奇襲に回されたのは、乗機が旧ザクであるというのが理由の一つだ。そう、“旧”ザクだ。

 いよいよ新型で核装備のザクⅡCが軍の大半を占めるようになり、ザクⅠの通称が旧ザクになってしまったのだ。

わかっていたことだが、“旧”とつけられるのは違和感がある。前々から、いずれそうなるとわかってはいたことだ。そもそも冬彦の乗るカスタム機とて、ギレンは最初から言っていたではないか。

 ザクⅠの改修と運用方法の刷新は、ザクⅡ並に戦えるようにして、その分ザクⅡを他所へ回すためだと。

 最新型という呼称は、モビルスーツの“華”だ。こればっかりは幾ら改修しようが専用のカスタム機になろうが、旧式ではかなわない。

 

かくして、冬彦はザクⅠから旧ザクになってしまった愛機と共に連邦を待ち受けているのであった。

僚機も一機以外は皆旧ザク。母艦こそ速力重視でパプアでは無くムサイが二隻回されてきたが、軍全体で見れば戦力としては二線級。花形ではなく裏方で、この戦争の始まりを迎えるのだ。

 

 とは言え、裏方だろうと何だろうと、やるべきことに変わりはない。

 

「――見えた」

 

 冬彦機は、現状ジオン軍で唯一のツインカメラのザクであり、戦闘用の機体の中ではおそらくは最も索敵能力が高い。

 そんな機体の望遠モードが捉えたのは、宇宙空間でもよく目立つ白みがかった灰色の船体。連邦の主力艦の一つであるサラミス級だ。後ろには、同じサラミス級に囲まれるようにして動くマゼランもいる。

 マゼランを守るような陣形だが、油断しているのか艦どうしがどうも離れすぎている。はっきり言って、隙だらけだ。

 

「各機、まだ出るな」

 

 飛び出す者がいないように、短く通信を送る。特に返信も求めない。実質、新任に対しての注意だ。

 

「まだ、まだ……」

 

 食らいつく、一瞬を待つ。

 

 そして、その瞬間が来た。サラミスの、無防備な横腹が見えた瞬間に、冬彦はフットペダルを蹴り飛ばしながら静かに声を発した。

 

「撃て」

 

 言葉と共に、狙撃砲持ちのザクⅠ改三機から大口径の砲弾がサラミスめがけて飛んでいく。デブリの影に隠れていたこともあり、狙いをつける時間は充分にあった。三発全弾が命中し、内二発が艦後部の動力部付近に着弾。内部で爆発が起き、やがてそれは艦全体へと波及する。先頭を進んでいたサラミスが爆散するまで時間はほとんどかからなかった。

 

 その間に、冬彦はザクⅠを最大加速で敵艦隊の下へ潜り込ませていた。二機の僚機が後に続く。

 二機はザクマシンガンであるが、冬彦機の装備は狙撃砲だ。艦底部に砲塔が少ないのを良いことに、至近距離から砲弾を撃ち込んでいく

 一方二機は散開し、艦隊を攪乱しながらサラミスの近接火砲やブリッジに銃弾を浴びせかける。そうこうしている内に最初にサラミスに撃ち浴びせた三機もデブリから機体を出し、随時砲撃を開始する。

 

 連邦艦隊が慌てて反撃の為に砲撃を開始するころには、既に半数のサラミスが失われて、残る二隻も火を噴き、無傷なのは艦隊中央にいたマゼランだけという有様だった。

 

 そのマゼランにも、終わりが近づいていた。冬彦機の持つ対艦狙撃砲。その砲口が、真正面からブリッジにぴたりと合わせられていた。ツインカメラは、マゼランのブリッジ要員の引きつった顔まで克明に映し出す。

 それを見て、冬彦はコクピット内のあるスイッチへ手を伸ばす。

 

「こちらはジオン公国宇宙攻撃軍、フユヒコ・ヒダカ大尉である」

 

 敵への通信。内容はもちろん、投降を促すための物。

 

「投降しろ。既に、貴艦に逃げ道は無い。投降の意志があるなら、今すぐに停船し武装を固定しろ。僚艦もだ」

 

 残っていた二隻の内、片方のサラミスの動力部付近が被弾し火を噴いたとき、マゼランはその動きを停止した。もう一隻のサラミスも、それに習う。

 

 連邦のパトロール艦隊は、降伏したのだ。

 

 

 

《大尉、お疲れ様でした。敵艦二隻を拿捕とは大戦果ですね!》

「ああ、そうだな」

 

 拿捕二隻というのは、火を噴いた方のサラミスをこの場で撃沈処分することに決定したからだ。

 降伏した二隻にも、それぞれザクⅠが張り付いている。この後はサラミス、マゼランの両艦に人員を送り込んで武装解除し、ムサイによって曳航していくことになる。

 よってムサイが到着するまで警戒するのも冬彦の仕事だ。

 

《そちらへアクイラ、ミールウス両艦が到着するまで、あと十分ほどです。それまで、くれぐれもよろしくお願いします。》

「ああ」

 

通信が切れ、再びザクⅠは出撃前と同じように静かになった。

 

 

 

 母艦の到着を待つにあたって、冬彦はふと時計を見た。日付は、四日に変わっていた。

 

 「アイランド・イフィッシュ」が落ちるまで。あと、八日。

 

 

 

 




 というわけで宇宙攻撃軍です。裏方だけどね。
 連邦も、まだコロニーが落ちてないから降伏する艦もいると思うのです。


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 なお、明日は更新を休むかもしれません。できたら更新します。

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