転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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第十五話 再編

 

 

「昇進おめでとうございます。“少佐”殿」

「君もね、フランシェスカ“中尉”。しかし第六分艦隊MS隊全員の一階級昇進とは、思い切ったものだよ。閣下も」

 

 宇宙港へと向かう車の中。新しい制服に袖を通した冬彦は、分厚いファイルに目を通しながらこめかみをぐりぐりと揉んでいた。

 ジオンの士官服は襟章だけでなく、マントの模様も尉官と佐官では異なってくる。新たな少佐の制服のマントは襟章と同じような翼を象った模様になる。

 

「中々やりがいのある任務ですね、少佐」

「君は気楽で良いけどね、中尉。ネタを考えるのと選考作業をするのは俺一人なわけだよ?ラコック大佐も無茶を言ってくれる。いや、この場合は閣下か?」

 

 肋骨のヒビの治療もそこそこに、戦闘報告書を遅ればせながらも提出するため冬彦は病院を予定よりも二日早く退院していた。

 その後はパトロール艦隊襲撃の時からの部下であり、元は唯一のザクⅡ乗りだったフランシェスカ少尉に運転を任せ、本部が現在改造中のソロモンに置かれる予定であるためにいつまでたっても仮のままの宇宙攻撃軍の本部に顔を出した。

 冬彦の少し前までの階級は大尉であるが、分艦隊を任されていた都合上直接の上司はそのまま総司令のドズルということになる。そのため、報告書もドズル本人か、もしくは腹心にあたるラコック大佐の元に持って行かなくてはいけない。

 この時は、ドズルはどうも本部にはいなかったらしく、受付嬢を担当する女性士官からラコックのオフィスへと案内された。

 

 そこでラコックから渡されたのは少佐への昇進の書類も含め新たな任務の詳細が入った分厚いファイルだった。

 なんだかんだ言って、一部のデータは機密上の観点から未だに書類の形で用いられている。

 

「……少佐」

「何? 今このやたらめったら分厚いファイルに目を通すので忙しいんだけど」

「これも、先の反体制派の蜂起を受けての動きでしょうか?」

「さあねえ。そうかもしれんが、違うかもしれん」

 

 視線をファイルから上げ、窓から反対車線へと向ける。ちょうど、大型トレーラーとすれ違うところだった。

 乗せられていたのは、半ばスクラップとなったマゼラアイン空挺戦車。

反対派の蜂起とは、つい先日起きたザビ家による事実上の独裁体制を批判する、いわゆるダイクン派による武装蜂起のことである。

ジオン公国軍の中にもジオン・ズム・ダイクンの唱えた思想こそが正しいと信じるダイクン派は未だ多く存在しており、マゼラアインや一部モビルスーツ部隊までもが蜂起に加担し、コロニー内のモビルスーツハンガーを抑えるなど一時は優勢であったものの、結局はコロニー外からの政府側の援軍により失敗した事件である。

 結果としてこれまで潜在的存在していた多くの隠れダイクン派が一斉に処分されたかたちになったのだが、この件に関しては冬彦はどちら側にもノータッチである。

 何せ、事件発生時には未だ肋骨が完全に引っ付かず入院中であり、せいぜい病室の窓から双眼鏡で様子を伺っていた程度だ。

 

「……まあ、事が事だけにしばらくは荒れるかもしれないが……表には出てこないだろうさ。水面下での動きはしらん」

「怖いこと言わないで下さい」

「はっはっは!」

 

 こうしている間にも、ファイルをめくる手は止めない。何せ、ファイルの中身は随分と多岐にわたっている。珍しいほどの分量だ。

 MS隊の人数分の昇進を記した書類や、装備や資材の受領書等々。極めつけは、ある程度までは人事などを独自に判断する裁量を認める旨が記された書類なんてものまである。

冬彦のサインのみでも仮ではあるが効力を発揮し、その後ドズル、もしくはラコックが認めたあとで正式な効力を発揮する、という仕組みになっているようだが、とんでもない書類である。ようは他所から人を引っ張ってこいと言うのだろうが、よくもまあこんな横紙破りをラコックなどが認めたものである。

 そしてこれらの書類は皆、第六分艦隊の新たな任務に伴い、部隊の再編成を行うための書類なのだ。いささか、過剰な気もするが。

 

 ともすれば。多少の無茶をしてでも戦力を固めておきたい“何か”が起きたのかもしれないが……気にするだけ無駄だろう。

 

「はぁーー……また厄介な任務だよ、まったく」

「第六分艦隊の再編成と、正式な独立戦隊への昇格ですか。なんだか実感がわきませんね」

「おかげでその編成の為にこちとら脳がパンクしそうだよ。何でソロモンの工廠改築指揮まで俺がせにゃならんのだ。専門の技官を回せ技官を。技術士官ではないと何度言ったら……」

「へ?」

「ん?」

 

 運転中であるため、中尉の顔は直接には冬彦からは見えない。しかし、ミラー越しには、どこか唖然とした様子がよく見えた。

 

「部隊編成までが任務なのではないのですか?」

「違うぞ。部隊を再編した後、拡張中のソロモンに異動して、工廠の建設指揮と、それが終わったら開発計画を立案・実行し、その試験を受け持つまでが任務。

もちろん、別命があればそちらにも従事する。まあ、閣下直轄の便利屋だよ。独立戦隊っていうくらいだし」

「……少佐、工廠の建設指揮なんてできたんですか?」

「できん。だがやらにゃならん。そのためのこの書類の束なんだろうさ。人事の裁量権って言っても、足りない技官なんかも自分で見つけろってことなんだろうさ。見てみろ、紙の入れすぎでファイルがちょっとたわんでる」

「その……」

「ん?」

「お、お疲れ様です」

「なーに人ごとみたいにしてる。副官の君も道連れだ」

 

 そこからは特に会話もなく、延々とコロニーの端にある宇宙港を目指して車は進む。車内にいる間にも、部隊の人員に呼集をかけるなどしてできることをやっておく。

 

 やがてたどり着いたのは、宇宙港の中でも奥まった軍事用の機密性の高いエリア。

そして、そこには色々と見慣れない物が並んでいた。

元の第六分艦隊の四隻のムサイは元より、パプア級が数隻列び、影に隠れて見えないが更に奥のブロックにもまだ艦があるらしい。

 手近なパプアに次々と搬入されていく、大量のコンテナ物資にモビルスーツ。いずれもランドセルやバーニアなどから推察するに、新型のザクⅡFである。

その内一機に、酷く既視感があった。ブレードアンテナが付いてはいるが、カラーは他の機体と同じで、特別なペイントも無い。しかし、モノアイが二つあった。

 

 そんな光景に中尉と共に呆然としつつも、搬入作業に従事する人並みの中に見知った人間を見つけ一足先に我に返り、その相手の元へと歩み寄る。

 向こうも気づいたのか、さっと襟元を正し、敬礼した。

 

「お久しぶりです。少佐殿」

「世辞はいいよ、エイミー伍長。で、これは君の仕業と見ていいのかな?」

「ええ、まったくもってその通りです。ただし、私だけでなく第六開発局全体での仕事ですが」

「招集するまでもなかったか……」

「ええ、第六開発局のソロモン移転は上の方針ですから確定事項です」

 

やはり、ボロボロになってしまったザクⅠカスタムに変わる新たな乗機、ということらしい。

 ザクⅡF型。それも、ブレードアンテナのついた指揮官機仕様である。それは良い。問題は、既にモノアイが二連式の見慣れた物になっており、更には左肩のショルダーアーマーに“梟”のパーソナルマークが既にペイントされていることだ。

 

「やっぱり、ツインカメラからなのか……」

「当然ですね。そうでないと“梟”でなくなってしまいますから。パーソナルマークはまだ仮塗です。どこにつけるかレイアウトを相談しないといけませんからね。ちゃんと気をつかいましたよ。ああ、そうだ。受領書ありますか? ドックの責任者のところへ持って行かなくてはいけないのですが、後になっていまして。搬入リストはこちらでもまとめていますが、物は少佐が持っていると聞いています」

「どれのこと?」

 

 何せ、今も運び込んでいる物資の量は膨大だ。

 

「あるだけ全部です」

 

 冬彦は求められた分、ファイルから書類を外して伍長へ渡す。およそ指一本分の厚さがあったため、おかげで軽くなった。

 一方、件の伍長はというと書類を受け取り、目を通してすぐに持って行くのかと思いきや。そうはせず、書類の束を一纏めに仮止めし、脇に挟んで冬彦のすぐ隣に立った。

 そして、代わりに元々持っていた薄い端末の上で、ペンを持つ手をちょいちょいと動かした。顔を近くに、ということなのだろう。

顔を寄せ、小声でささやく内容は、作業の音もあるため周りには聞こえない。

 

「……何か、Ⅱ型の改修案がもうお有りですか?」

「訊いてどうする」

「道中、仲間内で検討します。向こうに着いてすぐにかかれるようにしたいので。方針だけでもお願いします」

 

 思いの外硬質な声音に、少しばかり困惑する。ザクⅠの改修の時は、こんな真剣な話し方をする相手では無かったと思うのだが……

 

「……何か、あったか?」

「どうも技術本部の方も騒がしいので、早めに結果を出して独立性を確保しておきたいのですよ。我々技術屋は横の繋がりが強いので、互いの研究を盗みでもしない限り縄張りにもそううるさくありませんが、上はそうでもないのでしょう?

第六開発局のソロモン移転も考えてみればおかしな話です。本来、技術本部はシャハト少将が責任者の独立した組織とはいえ、指揮系統上は総帥府直轄の組織です。しかし、我々第六開発局はソロモンへ。第四・第五はグラナダへ。一部の出向では無く、完全な移転、管轄も技術本部を離れ各司令部へ移ります。

おまけに、企業連中の方も新型の開発で色々騒がしいとか……」

 

 話の内容に、驚かされた。冬彦でも知らないことが、ぽんぽん飛び出してきたのだから。

 

「よく知ってるな、エイミー伍長。俺が知らないことも多かったが?」

「言ったでしょう。技術屋は横の繋がりが強いんですよ。周りがきな臭くなってくれば、たいした事はできなくても身を守るために手は打ちます」

「ん……そうか」

 

 言われて、少し頭の中の情報を整理する。基本的にここに来るまでは書類を一枚一枚処理していくことばかり考えていたので、そこまで纏まった考えがあるわけではない。それこそ本当に大まかな方針くらいしかないのだ。

 しかし、随分ときな臭い話ではある。ソロモンは宇宙攻撃軍の本拠地であるし、グラナダと言えば月の裏側にある突撃機動軍の本拠地だ。それぞれ、ドズルとキシリアの本拠地と言い換えても良い。

 ドズルはそれほど暗躍するタイプではないし、ガルマもまあ無視して良い。しかし、少将という地位にありグラナダのボスであるキシリアが何か動いているなら怖い。およそジオンで陰謀暗躍権謀術数蠢動といえばギレンかキシリアだ。今は講和の為にほとんど動けていないと思っていたのだが、そうでも無かったのか。

 だとするなら、ギレンが自身の勢力を切り取られるような動きに特に動かないとも考えられないので……なるほど、それは傍目に見ていても怖い。

 

「……とりあえずは、継戦能力の増加を推していきたい。胸部装甲の増加は当然として、バックパックを改造して、プロペラントタンクの脱着を簡単なようにしてくれ。そうすれば前もってタンクの換えを用意すれば補給時間を随分削れる。後は、ムサイのペイロードも増やしたい。これは、隊の内でだけなら文句は出ない、はずだ」

「了解」

 

 それだけ言って、伍長はぱっと顔を上げた。話は終わりとばかりに大仰な振りで身体を離し、敬礼をして去って行く。

 最初に言っていた通り、書類をドックの責任者に提出しにいくのだろう。

 

「ああ、そうだ!」

 

 去り際。離れた所から声がかかった。伍長は奥を指さしている。

 

「積み込みにはまだ時間がかかりますが、奥に面白い物がありますよ!」

 

 今度こそ、エイミー伍長は去って行った。残されたのは、慌ただしい搬入作業の現場にぽつんと佇む少佐と中尉の二人である。

 

 

 

 




◆冬彦の出世が遅い理由。

ドズル「兄貴」つ書類
ギレン「ふむ」つハンコ
デギン「待つのだ」<●><●>
ドズル・ギレン「!?」
ガルマ「ふふふ……」
概ねこんな感じ。

ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他諸々何かありましたらよろしくお願いします。
面白いものの答えは次回。

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