転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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第十六話 鏃の先

 ラコック大佐のオフィスにそれが届けられたのは、一日の就業が終わろうとする時間だった。

 軍人である以上、世間一般と何もかも同じというわけには行かないがドズルの参謀として関係各所との調整をつけるのもラコックの仕事であり、その中には公的に記録できない類の物もある。

“そういったこと”に取りかかるためにも、この日は普段と変わらぬ仕事をそれなりに早い時間に切り上げるつもりであった。

 

「……ヒダカ少佐から?」

「はい。できれば今日中に、と」

 

 机の上を片付け、帰り支度を始めようかとちょうど席をたった時に聞こえたノックの音に、執務机の椅子へと座りなおす。

 許可を出して入ってきたのは、連絡士官として従事している女性士官だ。彼女から受け取ったファイルは、先日ラコックが渡した物に比べると極々薄い物。

とは言っても、一般的な基準で言えばそれなりの厚さではあるが。

 

 中身は、書類がクリップでもって二つに分けられていた。片方にはメモリーディスクが添付されている。

 まず、上になっていた方。内容は艦隊の編成と装備の受領が完了した旨が書かれている。更には、早速招聘したい人員も数名、書かれている。与えられた権限では叶うかどうかわからないため、と承認の要請も付いている。

 意外な名前もあるが、特に却下するような内容でもない。

 

「ふむ……ん? これは……」

 

 艦隊の編成の中に一隻。受領証を用意したラコックにも覚えの無い物が混じっていた。ムサイ級、パプア級に続き、艦船の項の最後の欄。そして、その欄には赤いインクで注意書きも書かれていた。

 それを見て、なぜそれが混じっていたのかをラコックは悟った。

 

「なるほど。工廠の方から自発的に寄越した艦か……ふむ」

 

 納得し、次へと進む。旧第六分艦隊の人員をほとんどそのまま移したために、人員の顔ぶれもそう変わらない。MS隊の中で小隊間の配置換えはあるようだが、人の面ではその程度だ。ただ、艦隊編成に関しては旗艦がムサイ級「アクイラ」から件の艦へと変更されていたりと、それなりに動きが出ている。

 そこに技術本部・第六開発局が加わり、ムサイ級軽巡洋艦四隻、パプア級輸送艦六隻、例の艦が一隻と計十一隻の大きな部隊となっている。もっとも、工作機械などを満載したパプア級を除いてしまえば、戦闘艦五隻の小規模艦隊に戻ってしまうが。

 

 ある程度で区切りをつけ、ラコックは次へと取りかかる。メモリーディスクが添付されていた方だ。

そちらをめくると、ラコックの顔に影が差す。慌ただしい手つきでメモリーディスクをカバーから出し、机に備え付けの端末に差し込むと、中に入っていたデータを次々とスクロールしていく。

 

「……グラナダに、第五開発局だけでなく、第四開発局も移転だと? 馬鹿な!」

 

 なぜ、日頃冷静なラコックが取り乱したか。

 

 それは、総帥府直轄、つまりは間接的にとはいえギレンの下にある技術本部から第六開発局を切り取る為に、キシリアの突撃機動軍と協力するように動いたのがラコックであったからだ。

 その際の取り決めは、ザクⅠ改修で縁がある第六開発局を宇宙攻撃軍が。第五開発局を突撃機動軍が互いに招致するというもの。互いに利があったし、ジオンの大きな拠点であるソロモンとグラナダにも兵器の開発、MSの整備の為にもそれぞれ工廠が必要、というお題目もあった。

 

 しかし、第四開発局も、というのは聞いていないし、取り決めの中にもない。

 

「ジオニックやツィマッド、技術本部でも動き……まさか、我々が踊らされていた?」

 

 しばしの黙考の後、ラコックは内線で車を回すように命令し部屋を後にした。この事態を報告すべく向かうのは、ドズルの所だ。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「あー……楽に」

 

 言葉と共に、室内にいた何人かがその様相を崩した。宇宙港の中でも軍部が使用するブロックの一室で、主に会議などで使用される比較的広々とした部屋だ。

 今この部屋に集められているのは、冬彦が隊長となる独立戦隊の幹部達と、ソロモンまで同道し道中護衛することになる第六開発局の代表者だ。

 戦隊からは各艦の艦長とMS部隊の小隊長達に他数名が参加し、開発局の技術陣からは繋ぎ役としてエイミー伍長他、責任者のササイという中年の大尉も参加していた。

 

「今回この場を設けたのは、まだ名前もないこの独立戦隊の初航海に向けての顔合わせの為だ。元の分艦隊の面々は互いに名前を知る相手も多いと思うので、先に開発局のお二人に自己紹介していただく」

 

 促され、開発局の二人が立ち上がる。どちらも流石に今回はつなぎではなく軍の制服をきちんと身につけている。

 

「エイミー・フラット伍長であります」

「ケンジ・ササイ大尉です。よろしくお願いします」

 

 彼らに続き、艦長達、小隊長達と続き、最後に冬彦の番が来た。

 

「あー、フユヒコ・ヒダカ少佐です。各員ご存じだろうが、これからもよろしく頼む。さて、それでは我が艦隊の編成を確認しておこう」

 

 リモコンのボタンを押すと、冬彦背後の大型モニターが点灯する。

 何度かモニターが切り替わり、やがて目的の画面にたどり着くと、各各が真剣な表情になる。楽に、と言われても、彼らもまた軍人なのだ。

 

 モニターの大部分は、艦隊の陣形が移されている。先頭に旗艦を配し、鏃型の陣形を書くように両脇をムサイが固める。その後ろにパプアが二列縦隊で続き、まあ遠目に見れば誰もが矢印のようと言うだろう。

 

「モビルスーツ隊は哨戒と護衛、それに慣熟訓練を兼ねて常に二個小隊六機を展開しておくこととする。何か質問があるか?」

 

 これに、艦長の一人が手を挙げる。

 

「艦隊の陣形なのですが、これで良いのでしょうか? 新たな旗艦は、まだ処女航海の済んでいない試作艦と聞いています」

「……そこら辺は、私だと説明しづらいな。ササイ大尉。お願いできますか」

「ええ、問題在りません。願ってもないですな」

 

 立ち上がり、冬彦からリモコンを受け取ると、ササイはデータディスクを壁の端末に差し込み、手早く操作する。

 すると、画面が切り替わりそこには大写しになった艦船の写真と、三面図が映し出された。

 動力部が外部に突き出したムサイや、双胴式であるパプアとは違う、流線型を多用した、見た目は随分とスリムな船だ。

 

「それでは、ご説明します。このチベ級ティベ型試作艦についてですが――」

 

 冬彦は説明をササイに譲り、モニターに映る艦をじっと眺めていた。随分と珍しい艦が出てきたな、と思う。

 チベ級ティベ型。その試作艦の一隻。エイミーが言った面白い物の正体だ。

 

 元々チベ級というのはムサイよりも古い艦であり、それが改修を経て重巡洋艦としてのチベになった。このティベ型というのは、その重巡洋艦としてのチベから再設計を経たさらなる改修型である。

 ムサイの様な外部に推進機関が張り出してはおらず、さらにチベのようなずんぐりとしたどこか丸い印象も再設計で無くなり、シャープなラインを持つ見た目も優雅な艦と言っても良いだろう。

 武装もチベから引き継いだ三連装メガ粒子砲が二基あり火力にも問題は無い。側面の対空機銃や艦首のミサイル発射管が取り払われたせいで単純火力は実は下がってしまっているのだが、その分モビルスーツの運用能力は上がっている。

 ただし、冬彦に旗艦として開発局から賄賂……もとい配備されたこの艦は名にある通り試作型であり本来目指す所の性能にはまだ届かない。

とは言っても、ムサイや現行のチベよりはずっと速力やMSの運用力においては優れているのだが。

 

 ちなみに冬彦の私見では、ザンジバルにはやや劣る物の、充分な高性能艦といったところだ。そして何より評価すべき所だが、ティベ型は中々にカッコイイのである。

 

「――以上の点から、この艦は本来目指す性能には及ばない物の、現行のチベ以上の性能は持っていると言えるでしょう。開発に関わった私が保証しますよ」

 

 ティベ型に魅入っている内に、ササイ大尉によるティベ型の説明が終わっていたらしい。冬彦は聞き流していたが、真面目に聞いていた艦長も感じ入るとことがあったのか、特に不満はなさそうだ。

 

「なるほど。そういう事でしたら私からはもう何も……あ、いえ、もう一つだけありました」

 

 艦長が向いたのは、冬彦の方だ。

 

「少佐、艦の名前をまだ聞いていなかったのですが、もう決まっているのでしょうか?」

「ん、そりゃあ……? ササイ大尉」

「試作艦ですので、名前はまだです。少佐が決めて下さって結構ですよ」

「……いいんですか? 私が決めても」

「開発局の中で決めようとすると、かえって揉めますからね。お願いします」

 

 旗艦の名前を決める。……降って湧いた幸運であるが、余りに急だったためにこの時は思い浮かばず、また後日考える、ということになった。

 

 あーでもないこーでもないと悩んだあげく、艦隊の出発日の前日に、ようやく名前が決まった。

 

 独立戦隊旗艦、チベ級ティベ型試作重巡洋艦。名を「ウルラ」。

 

 古い言葉で、“梟”を意味する。

 

 

 

 




ティベ型は宇宙世紀だと一番好きな船かもしれない。今回のは試作艦で完成版よりやや性能が劣ります。

ご意見ご感想誤字脱字の指摘その他諸々何かありましたらよろしくお願いします。

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