「間に合いそうかー! 伍長―!」
会議が終わり、それそれが各々の職場へと戻っていく中で、冬彦の姿はアクイラ内の自室ではなく、第六開発局ソロモン工廠と銘打たれた一角にあった。
居住区よりも工廠としての機能を先に稼働させたこの区画では、MSや艦船向けの部材である特殊金属を加工する音や、クレーンアームの動き回る音がそこかしこで聞こえていた。
その中で、冬彦が足を運んだのは特に艦船についての部品を加工・生産するセクションであり、可動式のタラップの上にいるエイミー伍長へと声を張り上げた。
そうでもしないと、聞こえないのだ。まだまだ周りが剝き出しの岩盤であったりと完成はしておらず、最低限の機能を確保して稼働させたために防音設備がまだないことの弊害でもある。
「あー、少佐―! 現物を見せつつ詳しくご説明しますのでー、ちょっと待っててくださーい! 今タラップを下ろしますんでー!」
タラップの柵からエイミーが身を乗り出し、ヘルメットの下の緑の髪が揺れる。ツナギを襟元まできちんと着込み、安全ブーツに首から吊した顔前面を覆う防塵マスク。ヘルメットも合わせ完全装備だが、眼鏡はいつものスリムなものだ。
冬彦がエイミーを観察している内にタラップが降りてきて、エイミー自身の手で転落防止の安全バーが外された。
「どうぞ。多少狭いですが、中尉も乗れますよ」
「あ、どうも……」
エイミーが固定式のパネルの、上を向いた三角というシンプルなボタンを押すと、タラップが上昇していく。
完全装備のエイミーとは対照的に、冬彦とフランシェスカの二人は士官服にマントのままだ。
やがて、高い視点から見下ろすと、冬彦が早い段階で許可を下していた新装備の全貌が見えてくる。
「進展状況はどうなってる?」
「とりあえず、カーゴ増設とブースターの設置は済んでいます」
大型のアームで固定されたムサイ。冬彦隊所属の艦であり、四隻がずらりと横並びになっているのを上から見るのは中々に壮観である。
冬彦が何よりも先にGOサインを出したのが、ムサイの改修である。
MS母艦が落とされると、当然ながらMSには帰る処が無くなる。
特に冬彦の独立戦隊はその性質上小艦隊での運用が前提であり、もし万が一何かあったとして、他の友軍の部隊に拾って貰う、というのは難しい。
地表の戦闘機のように燃料が無くなれば墜落まで秒読み、ということは無いが、酸素が尽きれば窒息するし、推進剤が空になれば友軍に拾って貰えるのを信じて宇宙をさまようしか無いのが実情だ。
そこで、カーゴを増設することにより一隻ごとのペイロードを増加させることで、各艦のMS運用能力と資材などの搭載能力に余裕を持たせた。
艦隊を構成するいずれかの艦に損害が出た場合でも、他の艦でそれを補い艦隊運用の継続を可能とすることを目指したのだ。
カーゴを増設したのは、艦体から突き出た左右の推進器の間である。後部の発進ハッチを塞いでしまう形になるため、カーゴの最後部と、底部の一部に新たにハッチを設けた。
更に機動力も維持するために、カーゴと艦橋下のスペースにタンクと推進器を二基増設。これはタンク一基につき大型の推進器が一つと小型の物が二つでワンセットで、都合大小六基の推進器が増設されたことになる。
さらにオマケで、カーゴの下部を基点として、元からあった左右の推進器がウイング状の部材で繋がれ、強度を上げる試みもなされている。
「主機の方は?」
「そちらは、まだ。一応、案にあった単装砲は完成しましたが……流石に主機を造るとなると一仕事ですから」
一方で、問題点も出てくる。艦全体で見たエネルギーである。現在新型の主機を開発中であるが、流石にそうすぐには行かない。MS運用能力を上げようと思えば、その分をどこかから持ってこないといけない。
もともとムサイのMS運用能力はそう高い物では無い。追加タンクはあくまで推進器の燃料を増やす物であり、出力自体が上がるわけではない。
そこで、根本的な解決ではないが、ムサイの連装砲を単装砲に変更する、という案が冬彦隊では採用された。
砲身の数を減らした分、今度は対艦戦闘能力が下がる。確かに下がるが、単に砲を減らしたのではなく、減らした分の半分ほどを残りに集中させているため、一門あたりの威力や射程は上昇している。あと必要なのは新型主機とカタパルトくらいで、これらは時間が解決してくれる。
ここまでで冬彦の独立戦隊所属のムサイの現状を評するなら、いよいよ待ち伏せによる奇襲に特化しつつある、と言って良いだろう。
光学機器でも見つけづらいよう、黒系統の明度・彩度共に低い色で艦体を統一する案も出ており、上にはかっている途中だ。
なお、旗艦のティベ型試作艦までは手が回っておらずノータッチであり、運航もまだ開発局からの人員が行っているため、そちらも引っ張ってこないといけない。
「単装砲への換装が済んでいるのは?」
「換装はどれもまだです。既存の砲塔から一本砲身を取っ払っただけ、というのではありませんからね。物はできていますから後は時間さえあれば順次……といったところですか。出発は何時になるんです?」
「六日後に出発する。カタパルトは……間に合わないか」
「流石に難しいですね。艦体そのものにも手を加える必要がありますし、実験無しに投入するのは抵抗があります」
「モビルスーツはF型だから改造無しでも戦えないことは無いが……そっちも駄目か?」
「はい。こちらにかかり切りだったので……」
一つ隣のセクションはモビルスーツの開発・整備用のセクションであり、後々には生産ラインも造る予定であるが、現状では整備のみが行える規模に留まっている。
そもそも短期間で艦船用のセクションを稼働できるまでに整えられたのも、本国からパプアで輸送した機器があってこそ。MSセクションの本格的な稼働は、まだまだ時間がかかるだろう。
「あのー」
「ん?」
「どうかしましたか?」
それまでは一歩下がって話を聞いていたフランシェスカが、突然二人の話に加わった。
「『アクイラ』と『ミールウス』は、二砲塔型のままなんですか?」
これに、話を振られた二人は顔を見合わせる。
艦隊のムサイは全部で四隻。内、ブリティッシュ作戦時に加わった「パッセル」と「アルデア」はいわゆる一番普通のムサイで、三砲塔型。
しかし、元々「アイランド・イフィッシュ」の護衛を務める本隊ではなく、敵勢力の減衰を目的とした分艦隊用に回されてきた「アクイラ」と「ミールウス」は二砲塔型である。
もちろん、砲塔が二基よりも三基の砲が火力は高い。元々基本は三砲塔型であるため、特に三砲塔になるとデメリットが出るとか、そういうのも無い。
なら、何故三砲塔型にしないのか、という話になるのだが……
「なぜ、と言われても……なぁ?」
「二砲塔型でも戦えないことも無いですし……砲塔の位置を全部ずらさないといけないので、結構な手間なんです」
「他の場所に新しく砲塔つける方が楽だしなあ。それに、今急に言っても火器担当の砲雷班増やせないし」
ささやかな疑問に、今まで敢えて言わなかった理由が明かされた瞬間だった。
うん、くしゃみで体の節々がびきびきと痛む。寝る。うあー……
熱ないのがせめてもの救い。上げ下げもない。
シャアの出番は次回。なお、次は週末までを予定。
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