転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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第二十話 茶葉はこのための仕込みでもあった。

「来客?」

 

 ムサイの改修に対する進展状況を確認し、アクイラへと戻ってきた冬彦。出発迄にできる事はやっておくよう指示を出し、フランシェスカを対面に座らせて、例の茶葉をとっとと使い切るべくポットの湯が沸くのを待っていた。

 その間にも、六日後の出発に向けて下から上がって来た物資の積み込み状況の書類などを確認したり、グフに未だ未練のあるフランシェスカからザクの改修案を聞いてみたりなどしていた。

 フランシェスカはせめてショルダーアーマーをグフのようなスパイクが長く反り返った物にしたいらしい。無論却下である。スパイクなど宇宙戦ではまず使わない。デッドウェイト筆頭である。

 そもそもザクⅡになぜスパイクを付けたのか。ザクⅠには無かったのに。どうせなら盾の装甲を増やす方が良いと思っている冬彦である。

 

 そんな折、艦内通信で艦長、開発局の人間であるが、彼からもたらされたのが冬彦と面会を希望している来客がいるというものだ。

 誰が来たのか。エイミーが何か伝え忘れでも思い出したのか。それともササイ大尉がまた何か厄介ごとを持ち込んだのか。

 

「来客ったって……どちら様?」

《特務隊の、アズナブル少佐です》

 

 この瞬間、冬彦がもの凄く嫌そうな顔をしたことは、向かいにいたフランシェスカだけが知っている。

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです。ヒダカ少佐。随分と長く無沙汰をしてしまって、申し訳ありません」

「いや、そんなに気にしないでくださいアズナブル少佐。士官学校で先輩だったからとはいえ、階級はもう並ばれてしまいましたから」

「しかし……」

「ま、とりあえずは席へ。飲み物も用意しています」

 

 室内にいるのは、現在四人。冬彦とフランシェスカ。それに、来客であるシャア・アズナブル少佐と、その副官のドレン少尉である。

 席に着いているのは冬彦とシャアの二人だけであり、フランシェスカ、ドレン両名ともそれぞれの上官の斜め後ろに控えている。

 

 話は変わるが、ジオンの制服は階級が佐官以上になるとある程度個人の裁量で改造が許されるため、連邦と比べると恐ろしくバリエーションが多い。

 制服の色であるとか、襟や袖、上に着るコートなど細かな所もいじれるし、MS乗りについてはパイロットスーツやヘルメットも改造が可能である。

 例えばこのシャアなどは制服の色が赤い物になっているし、鉄メットもドレンの制式の物と違い白く塗装された物を身に付けている他、腰に火器も携行している。

 一方の冬彦は特に弄っていない。支給された制服を弄ることもなく、そのままだ。将校のたしなみということで、一応腰に銃を提げてはいるものの、その程度だ。

 

 しかし、一部の改造ではなく制服の布地を赤くするという派手な者はそうそう居ない。例外的に白い制服の“白狼”がいるが……赤と言ったらまず頭にうかぶのはこの男だろう。

 

 シャア・アズナブル。“赤い彗星”の異名を持つジオンが誇る押しも押されぬトップエースの一人。現在の階級は少佐。

ジオン側のニュータイプの代表格であり、アムロの宿命のライバルでもある。時に一部ではロ○コンなどと呼ばれることもあるが……そこは、まあ、あれだ。

 

「さて、話を伺いましょう。宇宙攻撃軍のトップエースがまた何のご用で?」

 

 ササイの時のように様子を伺いつつではなく、すっぱりと用件を聞きに行く。冬彦の腹の内では既にシャアは敵である。ザビ家に対する恨み云々はわからないではないが、前世持ちの人間としては内部から蚕食していくやり方とてあっただろう、というのもある。

 ダイクンが死んで十数年。未だザビ家が注視しなくてはならないほどに、ダイクン派の残党はまだまだ多い。軍に然り、それでも結局のところ、シャアが選んだのはジオンという国家ではなく自己の復讐なのだから。

 

無論、本音はいつぞやの士官学校の件が尾を引いているのだが。

 

「実は、少佐に折り入って頼みがありまして」

「ほう、頼み」

「ええ。少佐のところで開発されていると言うザク用の新型バックパック。アレを是非こちらにも回していただきたいのですよ」

 

 これを聞き、まず最初に思い浮かんだのは、誰から聞いたのか?という疑問だった。モビルスーツ自体が結構な機密の塊であるから、その新装備など言わずもがな、である。

 それをどこから聞きつけたか……と、表情に出さずしばらく悩むが、冷静になれば、シャアは特務隊の人間であり、機密に触れる権限は相当に高い。

 開発プランは採用が決まった物から順に上に上げているため、そこから伝わったのかもしれない。

 

「新型バックパック、か」

「ええ、何でも、継戦能力の増強を目的にしているとか。私の特務隊は単艦での威力偵察なども行うのでね。優先的に回していただきたいのですよ」

「まだ手も付けていないのだけどね」

「ですから、できてからで結構。三機分もあればいい」

「ほう?」

 

 この野郎……というのは呑み込んだ。開発を実際に行っている独立戦隊よりも特務隊に先に寄越せというのだろうが、特務隊の方が宇宙攻撃軍の中での優先度は高い。拒むのは難しいし、それをわかってシャアも言ってきているのだろう。

 悪くはないのだ。シャアも。与えられた権限の行使であるし、正当性もある。

 

 しかし、面白くないのも事実だ。シャアは不敵な笑みを絶やさずにいるが、後ろのドレンは少し引いている。冬彦も、後ろにいるフランシェスカも結構良い表情をしているのだろう。

 

 一度自分の湯飲みを取って一口含み、足を組んで、シャアを見据える。階級は同じ。年は上。権限は向こう。

 マスクの向こうには、何も見えない。しかしその正体を冬彦は知っている。

 

「……結構」

「少佐!?」

「控えろ。……完成したら、連絡をいれよう。三機分で良いのか?」

「予備も欲しいところですが、そちらは急ぎません」

 

 余裕たっぷりに、シャアは湯飲みを手に取る。未だ湯気の立つ、深い緑をした熱い日本茶である。迷うことなく、それに口を付けた。

 

 そして、その瞬間。表情が一変した。

 

 シャアの湯飲みに入れられた茶は、実はとびきり渋く出してあった。どうせろくなこったないだろうと予想していたし、士官学校を卒業以来会うことも無かったので、ささやかな意趣返しである。

 

「こ、れは……」

「ああ、気づかれたかな? 実は良い茶葉を頂いてね。下手の横好きだが、良い機会だと私も趣味を始めようかと思いってね。こう、神経を使う職だから」

「は、は。なるほど。なるほど……」

 

 両者共に少佐であり、独立戦隊と特務隊という独立性を持った部隊の長どうし。端から見れば狐と狸の化かし合いだが、少なくとも冬彦からすれば意趣返しに成功し概ね満足だった。

 バックパックの件は、本音を言えばどうせ数を造るのだから、幾らか回したところで問題は無いのだ。最終的にはソロモンの各隊へも普及させるつもりであるのだし。横入りに多少腹が立っただけだ。……少しだけだ。

 

 それでも、流石はシャアというべきか、一瞬笑みが消えただけで、また元の笑顔へと戻った。口を付けたのは、最初の一口だけのようだが。

 

「……ふむ、せっかくだ。概要だけでも見ていってくれ。中尉、デスクの上の青のファイルを」

「はっ」

 

 席に座ったまま、フランシェスカに頼んでファイルを運んできて貰う。

 何枚か頁を捲り、目当ての頁を見つけると、開いたまま机へ起き、シャアの方へとすっと押し出す。

 

「これが?」

「そう。今の所構想段階だが、部品の多くを既存の流用品でまかなえる分、そうコストもかからないとは思う。まあ、テストをしないと何とも言えないが」

 

 ザクⅡ用の背負い物、バックパックの青写真は既に構想・設計の段階ではできている。パージ可能なプロペラントタンクを二本搭載したタイプで、後のゲルググMの物に外観が近いが、推進器の数とサイズが多少異なる。

 こういった物を見せると、命が関わる物であるため流石にシャアも真面目な顔になった。

 

「なるほど……プロペラントタンクを追加しているのと、多方向へのバーニア……ふむ」

「ところで、アズナブル少佐」

「何か?」

「余り口を付けていないようだが……冷めてしまったかな。入れ直そう」

 

 

 

 ファイルを返し、茶の御代わりを辞去して、シャアは部屋を出て行った。

 

 

 

  ◆

 

 

 

「やれやれ……相変わらずだ。あの方も」

 

 アクイラの廊下。ドレンを付き従えたシャアは、そう独りごちていた。

 香りに騙され含んだお茶は、むせそうになるほど渋い物で、毒でも盛られたかと錯覚しそうになったほどだ。

 口にしてしまった分を飲み下した後で、やっと意趣返しと気づいたが、お代わりまで勧められるとは思っても見なかった。

 

「前に、どこかでお会いになられたことが?」

「ああ、士官学校の二期先輩にあたる。在学中にやんちゃをして、手ひどい折檻を食らったよ」

 

 シャアの言葉に、ドレンは先ほど見た冬彦のことを振り返る。

 シャアほどは話題に上がらないが、時折名前を聞くMSパイロット。野放図とは言わずとも伸びた白髪交じりの黒髪は無造作で、時代遅れの分厚い眼鏡。華々しさはまったくなく地味と言っていいだろう。

 しかしその奥の視線は鋭く、いまいち人物像をつかめなかった。

 

「少佐にもそんな時期がお有りになったのですな」

「そうなるな。……躊躇無くマゼラ・アインを投入してくるとは思わなかったが」

「は?」

「……戯れ言だ。忘れてくれ」

「はぁ……」

 

 シャアからしても、中々掴みづらい相手ではあった。

 士官学校時代に同期であったガルマをたきつけて連邦軍の駐留部隊への襲撃を企てたが、失敗した。成功させるつもりではいたが、失敗もある程度織り込んでいたためにそのこと自体には驚きは無い。しかし、やはり戦車を士官学校の中に投入してきたのは強く印象に残っていた。

 最初はどさくさに紛れてガルマを亡き物にしようとするダイクン派の人間かと思ったが、けしてそういうわけではなく。

 かといってザビ家の信奉者で、ガルマを保護するためのドズルの腰巾着かと言えば、そういうわけでもなく。

 

 シャアが軍に入って時折見かける、どちらでも無いあくまで公国軍の軍人としての立場を貫く……良く言えば中道、悪く言えば日和見な立場に思えた。

 しばらくは静観と考えていたのだが、MS用の新装備の話を聞き考えを変え、ついでで足を運んでみれば、渋い茶を飲まされた。

 

「まったく……」

 

 油断すれば、また何か失敗しかねない。だが、そういう人間ほど周りを囲んでしまえば、選択肢が限られ、行動が読みやすい。

 

 ――上手く踊らせるには、こちらも立ち回りを考える必要がある。

 

 シャアの漏らした微笑の意味を、ドレンがうかがい知ることは無かった。

 

 

 




シャア動かしづらいよー。
階級同じだと冬彦の口調がぶれるよー……

時に、ジオンの制服。
シャアは赤。ジョニーは多分紅。シーマ様何色なんだろうあれ。緋色?

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