転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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第二十二話 定点観測

 その日、地球軌道上への機雷の散布を任務としていたある連邦軍哨戒艦隊では常ならぬ混乱が発生していた。ジオンのパトロール艦隊を標的にした機雷の散布中に、突然ボールの母艦であるコロンブス級にどこからともなく飛来した実体弾が命中し、爆発、轟沈。

次いで二隻いたサラミス級の内の一隻が被弾し、運悪く機関部に直撃。航行能力を完全に喪失。ボールにも被害が出始め、最初のコロンブス級の爆沈から三分。

既に哨戒艦隊は数機のボールとサラミス級一隻除いて自立航行すらできず、唯一残ったサラミス級も無事というわけではなく、側面に数発もらい現在ダメコンの真っ最中だ。

 

「艦長、ダメコン班から報告来ました。左舷の副砲台付近に直撃弾二発です。当たり所が良かったらしく航行には問題ありませんが、今ヘタに砲に火を入れるとどこかで爆発するかも知れないので、しばらくは前部の砲への動力をカットしたままにしておいて欲しいとのことです」

「そうか……わかった。ボールの搭乗員の収容急げ。遺憾だが、無事な機体であってもボールは破棄。それとコロンブス級の人員の救助と継続して、曳航の準備をしろ。向こうは機関部以外は何とか健在らしいからな。本艦一隻では『オスカー』の分までは人員を収容しきれんし……『オスカー』を曳航しつつルナツーへ撤退する」

「はっ、了解しました」

 

 副長が曳航作業の為に離れていくのを眺めながら、艦長はこめかみの辺りをがりがりとかきむしり、予期していなかった被害に嘆息する。艦隊としては、はっきりいって壊滅と言って良い。ただでさえ先の二度の会戦に共に敗れ戦力がずたずただというのに、泣きっ面に蜂とはこのことか

 

「よもやこうも易々と奇襲を受けるとは。遮蔽物の少ない地球軌道上だからと油断していたか……しかし、一体何が起きたというのだ」

 

 僚艦であるコロンブス級が爆発したのは、本当に突然だった。何の前触れも無く、彼方より飛来した実体弾が直撃。レーダーに反応はあったが、索敵範囲にジオンのモビルスーツが居なかったため脅威の無いただのデブリだと判断したのが不味かったのか。

 

「おそらくはジオンの攻撃かと……」

「それはわかっている。艦体に突き刺さった後で爆発するデブリなどあってたまるか。……そうだ、索敵班は何をしていた。あれほど警戒を厳にしろと言っておいたはずだ!」

 

 レーダー管制を行っていたブリッジ要員の士官に、艦長からの叱咤が飛ぶ。機雷の散布中、ミノフスキー粒子の散布は確認されていない。ならば、当然この奇襲はレーダーの見落としのせいであり、叱咤されて然るべきだ。叱咤だけでは足りないほどに。

しかし、艦長の怒声にすくみ上がりながらも、レーダーを担当していた当直士官は反論する。

 

「……艦長、お言葉ですが、今だってレーダーには敵のMSらしき影は映っていません。最初に被弾した後も、今までずっと、そうでした。……おそらく、索敵範囲外からの攻撃です」

「何だと!? 馬鹿な、巡洋艦の索敵範囲がどれだけあると……ミノフスキー粒子か!?」

「いえ、レーダー波に乱れはありませんでした。索敵範囲外からの超長距離攻撃、おそらくは、実体弾による、狙撃かと……」

「馬鹿な……レーダーの外だと言うなら、一体何キロ……奴らのMSとやらは、それほどの性能なのか!?」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「さて、連邦の奴らも相当混乱しているんだろうが、早く巣に帰ってくれんかな」

 

未だザクⅡの機内ではあるものの、冬彦に緊張の色は無い。狙撃体勢を解除して、リラックスモードだ。

攻撃は既に終了し、現在は観測班に任せて帰還の準備中であり、特にするべき事もない。

 

 連邦の機雷敷設部隊への攻撃。その正体はサラミスのオペレーターが予想したとおり、サラミスはもとより、ムサイや試作艦でもあるティベの索敵能力を超える距離からの狙撃である。

 モビルスーツの狙撃能力というか、索敵能力はけして低くはないがそう高い物でも無い。特にこの宇宙においては顕著で、レーダーもしくは光学機器などのセンサーが頼りで、その性能は数キロ、ザクⅡであれば仕様にもよるがせいぜいが五キロ前後だ。

 

 ならば如何にして狙撃を成功させたか。冬彦が魔眼を持っていたり、超人じみた勘を持っていたというわけでもない。

 

タネは、本隊と離れる前に、独立戦隊所属のクレイマンの機体が装備していた観測ポッドに持ち手をつけた急造装備だが、モビルスーツ単体での観測能力は遙かに超える光学センサーを備えた機器だ。

 これを、クレイマン機以外にもピート機、ゴドウィン機に持たせ、本隊と数キロ離れた地点に護衛と共に配置。戦隊の本隊にいるクレイマン機と共に、定点観測を行っている。

 ようは天体観測で用いられる方法の応用で、複数点から同一の対象を観測することで、対象との距離や位置を把握する技術。それを狙撃に用いた。

ただ、これは互いが地球軌道上にあり、向こうが完全に停止していたためにできた芸当だ。動いていたなら、おそらくは外していただろう。実際、狙撃を行ったのは九機で斉射四回の三十六発。この内、半分以上どころか殆どを外している。

当たったのは僅か数発。コロンブス級を撃墜できたのは運が良かった。ボールに至っては、まぐれ当たりの域だろう。

 なんにせよ、とにかく目的は果たしたわけで、ここらは第二段階だ。

 

《少佐、敵艦隊動きます。追いますか》

「まだだ、中尉。ゴドウィンとピートが戻ってくるまで待ってやれ」

《しかし、それでは追いつく前にルナツーに入られる可能性があります。ゲートの位置の調査が目的ですから、支障が出るのでは》

「向こうもそう速度を出せるとは思えんが?」

《ですが、何せ距離があります。つかず離れずを維持するなら、急いだ方が良いかと》

「……そうだな、わかった」

 

 意見具申は、副官であるフランシェスカによる物だ。

 

「――各艦、聞こえるか? 艦隊を二つに分ける。『アクイラ』と『パッセル』は現在地で待機。セルジュの小隊は護衛に残れ。ゴドウィンとピートを拾ってから追いついてこい」

《了解しました》

「今から戻る。着艦準備を頼む」

 

 言って、モビルスーツの進路を「ウルラ」の艦首へ向ける。「ウルラ」に限らず、伝統的にチベ型のMSハッチは艦首側、船体正面にある。

 ここで少し脇道にそれるが、ジオンの艦船は艦種によってハッチの位置が様々で、MS用のカタパルトが連邦に比べて余り発展しなかったのはこのあたりに問題があるのではないか、と考えている。

 パプアは前面。ムサイは基本的にカタパルトは無しで船体後部。チベ型は船体正面の艦首にあり、グワジン級は船体下部の前と後ろの両面に。

ザンジバルは側面だが改造型は下部の増設部分だったりと艦によって仕様が違いすぎまちまちで余り当てにならない。

 

 後の時代まで使える、基本となる基幹設計というか設計思想がまだ無いのだ。

 このことに思い当たったときに冬彦は統合整備計画でむしろMSよりこちらを弄るべきではないのかとも思ったのだが、未だ構想途中である。

 

 着艦し、ザクⅡのコクピットから出て整備班に後を託し、格納庫近くにある休憩室でしばしの休息を取る。

 ヘルメットを外し、ノーマルスーツの襟元を開け、備え付けの水のパックと固形食料を壁の収納から取り出して囓る。

 

 独立戦隊としての初めての任務であるが、中々の長丁場だ。この後は連邦のサラミスを追いつつ、ルナツーを目指す。

 任務は、ルナツーの艦船ドックの入り口の位置の把握であり、可能ならば数発打ち込んで出方を見てみても良い。

 ルナツーを攻略しろ、と言われているわけではないので、「ウルラ」「ミールウス」「アルデア」の三隻でもなんとかなる。

 MS数はゴドウィン機とピート機の他に、護衛に残したセルジュ小隊三機を除いて七機になり、クレイマン機はポッドの運搬に必要であるため、戦闘に出せるのは六機。半減である。

 連邦の宇宙艦隊の大半は、「アイランド・イフィッシュ」と、続く「ワトホート」を巡る戦いで殲滅されたが、逆に言えば残りの大半がルナツーに閉じこもっており、そしてルナツーこそ連邦最後の宇宙拠点でもある。

 蜂の巣をつつくような事はしたくないが、手を伸ばさなくては樹上のリンゴはもぎ取れない。難題である。

 

「あ。少佐、お疲れ様です」

「ん」

 

 汗が引いた頃に、フランシェスカが部屋に入ってきた。既にヘルメットは外しており、肩までの金髪が方向転換の勢いで無重力の室内にふわりと広がった。

 

「ほれ」

 

 自分がそれまで食べていたのと同じ固形食料と水のパックをそれぞれ軽いスローで投げ渡し、自身は再び囓る作業に戻る。

 

 一方で受け取ったフランシェスカはそれを眺めた、あと、冬彦からそう遠く無い場所へ腰掛け、同じように箱から出した固形食料をがじがじと囓り始める。

 

「少佐は……」

「うん?」

 

 声に、囓っていたのを止めてフランシェスカの方を見る。

 

「少佐は、なぜ軍に入ったのですか?」

「はあ?」

「あ、いえ。前から気になってはいたんですが、こう聞く機会が無くて……」

「ああ、そう」

 

 フランシェスカはゴドウィン、ピート、クレイマンなどともに、分艦隊の頃からの部下ではあるが、こういうことを聞かれたのは初めてだ。

 

「もし、差し支えがないようであれば……」

「軍に入った理由なあ……」

 

 正直に言うべきか。それともそれらしい理由をこの場でぱっとねつ造するべきか。

 

 冬彦が選んだのは……

 

「俺な、モビルスーツに乗りたかったんだよ」

「モビルスーツ、ですか?」

「カッコイイだろう?」

「ええ、まあ」

「…………」

「……え、それだけですか?」

「そうだけど?」

 

 目をぱちくりとさせているが、紛う事なき事実であるのだからしょうがない。

 正直に話すことを選んだのは、どちらもMS乗りであり、戦況が悪化すればあっさりと死ぬ可能性もあるからだ。

 流れ弾が直撃したら。艦砲射撃に巻き込まれたら。敵に囲まれたら。白い悪魔と遭遇したら。想定しうる状況など幾らでもある。なら、後のつかえになるようなことは残すべきではないと考えたのだ。

 

「本当にそれだけなんですか!?」

「そうだよ。これだけ。で、士官学校三席」

「なんで……」

「ん?」

「いえ……すいません。ザクで待機してます」

 

 部屋から退室していくフランシェスカの背中を無言で見送り、再び水を口にする。

 

「さて……仕事するかな」

 

 ゴミを投げると同時に、少し揺れたように感じた。「ウルラ」が動き始めたのだ。

 

 ルナツーへ、向けて。

 

 

 

 





 前回はお騒がせしました。まだ完全に前に戻ったわけではありませんが更新は続けられそうです。

 どうも今一つわかりませんが、シャットダウン時のPCの自動更新で設定か何かが変わったらしく、そのせいでネットの接続を手動でやらないといけなくなっていたような感じです。詳しくはわかりません。
 知恵袋にまったく同じ状況の人からの質問と回答があったので、それも参考になりました。

 今もその変更のせいで不便な点がいくらかありますが、なんとかやってます。みなさんありがとう。

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