新年一発目なので文章量もちょいと増しました。
三月、某日。
第二次降下作戦の警護を目的にソロモンを離れる宇宙攻撃軍主力艦隊。その中に「ウルラ」を旗艦とする独立戦隊の姿は“無かった”。
「ルナツー攻略作戦」がドズルによって承認されたことを受け、ソロモンに残って戦隊の艦船や装備の更新。あるいは任務により一時中断していた開発局と合同での改修作業が再開されるなどし、前にもまして急ピッチで作業が進められていた。
戦隊は指揮官である冬彦が作戦を立案した手前、最も危険な“一番槍”を受け持つことになり、そのかわり新装備も優先的に回してもらえることになった。
だが、その新装備というのも元は戦隊が改修・開発した物を正式採用として扱い、それをそのまま運用していい、という形式上の物であるから、現場にしてみれば余り目新しさはない。
とは言っても。中には本国から遙々ソロモンまで運び込まれた正真正銘の“新型”の姿もある。ザクⅡのS型。いわゆるMS隊の指揮官用、エース仕様と言っても良い高性能機である。
主機の出力の三割向上など公国技術陣の努力により機能の底上げが達成されている。
その分見た目はほとんど従来のザクと変わらぬ形でありながらも調達価格まで上昇してしまい、F型ほど多く配備できないという問題も起きている。
これが上記の理由から多いとは言えない数だがソロモンにも配備され、その内の数機が戦隊に回されている。
S型の配備以上に、戦隊の人間のみならず要塞の関係者を驚かせたのが、ソロモンの一角に専用のドックが与えられたことだ。
戦隊としての運用の独自性、開発局との関係の深さや新装備の開発、試作品のテストなど機密上の配慮もあってのことだが、それを踏まえても今回のルナツー攻略戦にむけてドズルがどれだけ本気か伺えるというものだ。
ルナツー攻略作戦は本国からも既に承認は取り付けている。しかし、その殆どが宇宙攻撃軍独力での作戦という問題もある。運用できる物資、戦力は当然限られてくる
そんな中でこれだけの資材を回された以上、冬彦とて楽はしていられない。ただ少佐の地位に漫然とあぐらをかいていたのでは、要らぬやっかみを受けることにも成りかねないし、何より時間が無いことを誰よりも知っているのは冬彦自身だ。さぼってなどいられるはずもない。
冬彦なりに、日々の訓練に加えて精力的に攻略戦に役立ちそう新装備の案を出したり、試作品の試験運用のテストパイロットを進んで買って出るなど、欲して止まない休みを削ってまで働き続けた。それらから得たデータを元にした連携訓練なども行った。
フランシェスカも緊急時に備え訓練に参加させたが、大きな問題は無かった。心理的圧迫のない訓練であるということを鑑み、実戦でも問題無く動けるかどうかはまた別だがとりあえずは、というところか。
また、これらに加えて、最後に打った手がもう一つ。
「これが噂のティベ型か。チベとは大分違うけど……見た感じ、良い船だね」
「そう言ってもらえると開発局の面々も喜ぶだろうな」
冬彦の隣には、一人の女性士官がいた。普段付き従うフランシェスカではない。襟には彼女よりも一階級上の大尉の階級章を付けている。
黒々とした髪を無重力でなびかぬよう結い上げ、赤銅縁の小さな丸眼鏡をかけた女だ。
小柄ではあるが、将校用制服への改造を一切施す事無くそのままの形で着こなした姿には、服装は同じ冬彦には無い素の状態での威圧感じみた物がある。
周囲にいる下士官や兵に、恐怖ではなく自らの意志で背筋を正させるような、凛とした空気を纏わせている、とでも言うのだろうか。
この女性士官。誰かと言えば、士官学校の同期であるアヤメ・イッシキである。
ルナツー攻略戦を控え開発局からの人員をそのまま起用していた「ウルラ」人員を開発局へ戻し、代わりに宇宙攻撃軍を入れることにしたのだが、これに合わせて艦長として招聘されたのが彼女だ。
士官学校の同期であり、人となりを知っているというのが一つ。それに加えて彼女は士官学校の卒業時の成績は学年次席。冬彦の既知の中で艦の運航に携わる人間で優秀な人物を考えた結果、浮かんだのが彼女だったのだ。
これがもし突撃機動軍に配属されていたらアウトだったが、同じ宇宙攻撃軍にいたために前にラコックに与えられた権限で引っ張ってくることが出来たのだ。
ただ、元いた所の上司であるコンスコンからは渋い顔をされてしまい、この権限もいいかげん失効してしまった。
実のところを言うと、正確には冬彦の一部職権停止という形をとったため、ドズルやラコックの胸先三寸でいつでも復活できる状態にあり実質的に失った物は何も無い。
最初の部隊編成のためというお題目から、独立戦隊という特異な動きをする部隊の緊急時における“他の指揮系統”からの備えへと変わってしまったがしばらく大人しくしていろと言うことであって、充分に得る物はあった。
とにもかくにも、士官学校を次席で卒業した優秀な艦長を獲得できたのだ。笠に着た物とはいえ、権力はかくも偉大であり、横紙破りもある程度までならなんのその、だ。
「……十年は無理でも、とりあえず向こう三ヶ月くらいは戦えそうだ」
「何の話?」
「なんでもない」
階級は少佐と大尉で差があるが、公的な場ではないため二人とも口調は割かし砕けたものだ。元々士官学校時代に親交があるし、それなりに仲も良い。
アヤメの手には戦隊に配備されている各装備のデータが載ったファイルがあり、頁上に記載された文字と眼下の実物とで視線がいったりきたりしている。独立戦隊の装備関連の情報が列記されたこのファイルには、当然第六開発局が開発し現状戦隊にのみ投入された最新技術のデータも載っているわけで、当然の如く戦隊のなかでも特級機密だ。
「ふーん、チベの改修型じゃなくて完全な再設計型になるんだ。艦首のミサイル発射管は全廃ね……資料には船体色は赤色系統とあるけど、塗り替えさせたのかい」
「ああ。赤だと目立つからな。ムサイと同じグリーンに塗り替えさせた」
「なるほどなるほど」
「ザクの方の説明もしておこうか?」
「お願いするよ。けど、また随分奇特な背負い物をあつらえたね。門外漢だから何とも言えないけど、あんなに大きい物が本当に役に立つのか」
「そう言わないでくれ。物としてはあれをつけただけで性能的にはS型を超えられる特注品なんだから」
振り返った二人のちょうど正面に鎮座しているのは、配備されたばかりのザクⅡS・冬彦機だ。悲しいことに、頭部だけはF型からパーツを移してやはり同軸のレールにモノアイが二つの仕様になっている。
だが、今回は前回のF型や前のザクⅠの時とは違い、外観の多くに通常型との差違が見られた。
目を引くのは、アヤメの言う背負い物、ザクⅡの背部に取り付けられた、大型の装備。それが、ザクのシルエットを見慣れぬ物へと変えていた。
元からあったランドセルは取っ払われ、代わりに付けられたのが継戦を主眼にして造られた新造ユニット。ヴィーゼ教授のもたらしたデータを基に造られたそれは、バロールという名を冠するはずだった観測ポッドに良く似ている。
背中に接した中央ユニット。その左右から伸びる二本のプロペラントタンクを兼ねた稼働部位。小型スラスターは全部で八基あり、中央部分の上下に二つずつと、左右それぞれの先にも二つずつ。翼のようと言えれば格好もつくが、それを言うにはあまりに無骨な仕上がりで、こけないように背中につっかえ棒を取り付けた、もしくは重工業用の作業アームと言うほうがよほどしっくりくる始末。
こんなものでもAMBACも考慮した新機軸であるから開発陣は教授を始めご満悦で、元々専門である機動観測ポッドの方も完成間近。
乗る側からすると、まだまだおっかなびっくりだ。
ザクと同じとは言わないまでも、かなり近い費用がかかっている。これでルナツー攻略に失敗したら、何を言われるかわかった物では無い。
「背負い物は、新造したのか?」
「ああ。設計自体は他所から引っ張ってきた物をかなり流用してる。継戦能力が主眼だが、機動性も期待できる」
「まともに動けばいいけど。連邦のMSの評価を高い玩具に戻さないだろうね」
「縁起でもないこと言うな。度肝を抜いてやるさ」
「それはそれとして、部隊で機体色を統一か、よくやるね。まるで違うモビルスーツみたいだ。君のは特に」
「言わないでくれ。それにパーソナルカラーは俺が言ったんじゃない。正直目立つから塗り替えたい」
「いいじゃあないか。武人の誉れと言う奴だろうさ。しかし直接とはよくやるよ、本当に。戦隊長殿は勇ましい」
「ほんと勘弁してくれ」
見下ろす先に、佇むザクⅡS。相も変わらずモノアイ二つ。
色もいよいよ塗り直されて、肘から先と膝から下が胴と同じ濃緑で統一されていた。しかしそれは戦隊の、一般機での話であって、冬彦のザクはまた別だ。
ドズル曰く梟に合わせたという茶と白というカラーリングの機体は酷く目立っていた。一応直線を多用した幾何学形の迷彩柄になってはいるが、役に立つかどうかは疑問だ。
白狼もそうだったが、白に何か思い入れでもあるのだろうかと考えるが、無駄と思って直ぐにやめた。正解かどうかなど本人に聞けるはずもなく、どうせ大した意味もきっと無い。
シールドの方もパーソナルマークを塗装済み。部隊各機にも黒抜きで同じ物を。武装こそ変わらずメインは対艦兵装だが、今は盾も合わせて装備できて、それでいて機動力も背負い物のおかげで前ほど落ちない。
ザクⅠに乗っていたのがたった一、二ヶ月の前のことで、どこか空恐ろしい物も感じる今日この頃。
もう、ここから先は自分の考えに従って進むしかないのだと、ひしひしと感じるようになってきた。それが決定的になったのは、先日ドズルが明かしたジオン上層部のごたごただ。少なからぬ数の高官が関わり、利害関係も絡んだややこしい話を、冬彦も聞いてしまった。
ドズルとキシリアの衝突など、本来であれば考えられなかったことだというのに、それが現実に近づきつつあるのだ。
後に長く語り継がれる、ジオンに数居るエース達が、ジオンの中で相争う。そんなことすらあるかもしれない。
興奮する自分が居る中で、戦々恐々としている自分もまた同時に存在することを、冬彦はわかっている。
だからなにができるのかといえば、それを考えないようにすることくらいだが。
「一般配備は?」
「まあ無理だろうな。データが本国にも送ったら、どうも親衛隊でも採用を検討する動きがあるらしい。様子を見つつ、工廠や上と相談しながらになる。ヘタに連邦に情報が漏れても困るし……一応、シャア少佐の特務隊や、グラナダへ行った白狼殿には送る予定になってるが、」
「白狼というと、マツナガ家の?」
「そう。マツナガ家の」
「わざわざグラナダまで?」
「遠路遙々、グラナダまで」
ドック上部に位置する通路。いるのは冬彦とアヤメの二人のみ。周りに人がいないではないが遠巻きで、普段は副官として側に居るフランシェスカもこの時に限っては居ない。
この場に二人が居るのは、戦闘時に指揮を取る冬彦と、実際に艦隊の運用を取り仕切ることになるアヤメが他とは大きく異なる戦隊の装備をその目で確認する、という目的のためだ。
だがそんな物は所詮お題目にすぎない。方便であり、おべんちゃらだ。余り周りに聞かせられないような話をするのに、人を遠ざけるのに良さそうな場所と、密談したと悟られない時間を探して、ちょうど空きがあったのがここに過ぎない。
さて、と前置きして、アヤメがこっくり首をかしげた。
「そろそろ聞かせてもらえないかな」
「……何を?」
「言わなきゃ駄目かい? 末席とはいえ参謀本部にいた未来の幕僚を引っこ抜いたんだ。腹を晒してくれないと、自分勝手な隊長殿への不満から満足な指揮は出来ないかも知れないな」
「……おい、おい。同期を脅すのか?」
「そんなつもりはないんだけど、そう聞こえるならそうかもしれない」
嘯くアヤメに、冬彦は頭を抱えそうになった。思い出して見れば、同期の中でも人の機微を探るのが上手く、ネタの臭いをかぎつけるのがうまいのがこの女だ。名家の生まれで、嘘も欺瞞も見破って、けれど目の前につきつけたりせず本人の口から聞きたがる。ここに主席だったドミニクが絡むと、動きが行動に移ってさらにあくどいことになるのだが……その後始末というか、落としどころというか、いざというときの逃げ道を用意しておくのが、思い起こせば士官学校時代の冬彦の役目だった。
階級はこちらが上だからと、大人しくしてくれるような相手では無い。やりようは幾らでもある。味方が言えば頼もしいが、意味合いが変わってくると厄介極まりない。
こうなると、観念して話すしかないだろう。どうせ、そう遠く無い内に話さなくてはならないことだ。
「ルナツー攻略戦の後に、もう一つ。作戦が準備されてる」
「へぇ?」
「極秘作戦だ。絶対に漏らすなよ」
「詳細は今聞いて良いのかな?」
「駄目だ。漏れたら首が飛ぶ」
あくまで平静としているが、声のトーンは随分低い。どちらもだ。冬彦は作戦の詳細もある程度知っている。知っているからこそ、まだ多くは語れない。
アヤメは殆ど何も知らない。だが、無知という名の、知らないからこその恐怖というのもあれば、知りすぎる恐怖というのもある。アヤメは前者を怖れる質で、そこからの困難をどう切り抜けるかに価値を見いだすタイプだ。
「話せる範囲で良いよ?」
「……駄目だ」
「私でも?」
すっと、アヤメが身体の向きを変え、冬彦を斜め下から見上げるような体勢になった。
見下ろす冬彦は目をあわせようとはせず、反対方向へ視線を流し、アヤメの目線を受け流す。
そして、繰り返すのは拒絶の言葉。
「駄目だ」
「……腹心として呼ばれたと思ったんだけどね、僕は。ガルマ様相手に戦車を持ち出した三席殿も、臆病になったのかなぁ」
駄目だ、と思った。挑発に耐えられないというわけではない。この程度の言はどうということはない日々の掛け合いの範囲だ。士官学校時代に散々味わい、のらりくらりと躱す技術は嫌になるほど培った。
駄目というのは、アヤメに引き下がる気がないことがはっきりしたことだ。
こうなると、冬彦としては勝ち目が薄い。職権に物を言わせても、その後アヤメがどうでるか。
「……わかった。今概要だけ話す。詳細はまた今度ってことで、いい加減勘弁してくれ」
「さっすがフユヒコ! 話がわかる!」
破顔一笑とでも言うのか、敢えて周りどころか遠くの作業員にも聞こえそうな大声で快活に笑うアヤメ。フユヒコの表情は苦々しげだ。
なにをしたって、やはり情報漏洩の危険は伴う。言葉だけでなく、伝え方も選ばなくてはいけない。
そのまま何気なく話す? 紙に書く?
隣のアヤメに手を伸ばし、肩を抱く。怪訝そうな顔をしたアヤメも意図に気づいたのか、冬彦の首へと手を伸ばし、背を伸ばしてぐっと顔を近づける。
周りからは、ともすれば恋人に見えるかも知れない。大したゴシップのネタだ。
貧弱な知性が急場しのぎにひねり出した伝え方が禄でもないが、中身はそこらのゴシップなどよりも、一等黒い物が蠢いている。どちらが酷いかと言えば、話のネタの方がもっと酷い。
いつまでもこんなことをしているわけにもいかないので、手っ取り早く事を済ませる。
伝える事も、そう多くない。
「俺達は、主要であるが、主役じゃあ無い」
「ほう。というと?」
「要人奪還作戦だよ。ただし、友軍相手のな」
「……ザビ家が絡むの?」
「ああ、諸にな。ヘタを打つと、グラナダとソロモンでガチンコになる」
余り楽しくない想像だ。宇宙世紀で初めてのモビルスーツ同士の戦闘が、よりにもよって内輪もめ、ザクとザクの戦いになるかも知れないと言うのだ。
ただでさえ、人が足りない。資源も足りない。あれもないこれもない、時間だってそんなに無いとどこもかしこも悲鳴を上げている中で、それでも避けられないかもしれないというのだ。
まあ、ヘタを打つとそうなるというのなら、上手く踊ればいいだけのこと。しかし舞台に立つのが顔もしらないどこぞの誰ぞでなく、当の自分がというのだから、笑ってもいられない。
冬彦しかり、アヤメもしかり、ステップを踏み外せばヤジの代わりに何が飛び込んでくるやら、考えたくもない。
「要人が誰かはまだ言えない……で、聞いてみて良かったか?」
「……もちろん。中々やりがいがありそうじゃないか。主力を地球へ下ろした突撃機動軍がどこまでやれるか見物だね」
「相手をするのは俺達だ。高みの見物などできんぞ」
「最前線なんだろう? 特等席じゃない」
にたりと笑い、アヤメが首から手を離して通路のタラップを蹴った。地球なら、あるいは重力区画であったなら真っ逆さまに落ちていくところだが、この場は宇宙の片隅で、アヤメはついっと中を行く。向かう先にはウルラがその身を横たえている。
「それじゃあ次はその“席”を確認しに行くとしよう! 僕としては新造艦のシートの座り心地にも興味があってね。早く着いてきてくれたまえよ、戦隊長」
他に丁度良い知己がいなかったことを、少しだけ悔やんだ。
なお、漢字だと一色彩芽になります。恋愛にはならんと思うよ。
「ないわー」のネタをやってたこの人ですが、初期プロットだと転生者の予定だったけど思い直して普通の人に。戦隊の艦隊指揮を担当します。冬彦のブレインです。というか三席だった冬彦よりもよっぽど優秀です。次席ですもん。
ちなみに、文字だけで登場したリードマンですが、メガネをかけた黒髪ロングと言えば元ネタはわかる人はわかるはず。登場予定はないけれど。