転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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多数のご指摘により技術中佐から中佐に修正しました。やったね冬彦!


第三十話 

 

 殺風景な部屋であった。

 

 部屋の主の私物と言えるような物もなく、家具もベッドと、机と、物の無い棚だけだ。

 光をよく反射する白い壁と床は無機質で、かえって物がないというのを印象づけた。

 彩りと言える物は、ベッドの枕元に飾られた数枚の写真のみ。

 少女が一人で映った物や、少女と家族と思しき数人で撮った物もある。

 だが、それもほんの数枚だけだっだ。

 

 部屋の主足る少女が部屋に帰還したのは、この日部屋を出てから丁度八時間後の事だった。

 時計を見れば、いつもと変わらぬ時間だった。

 それもそうだろう。いつも同じ時間におきて、同じ場所へ行って、同じ事をして、同じ時間に帰ってくる。

 寄り道をすることは無い。変化と言えるようなこともない。

 自由も何も無く、全てを制限されている中で、できることは何もしないことだけだった。

 

 だから、この日もまた少女は同じように自室へと帰還した。

 ただ眠るための場所。何かをするでなく、ただ思索にふけるしかできない場所。

 夢に逃げるか、過去を求めるか。いずれもやはり得る物は何も無い。

 

 だが、この日だけは違った。

 

 目に付いたのは、デスクに置かれた一通の封筒。

 見覚えなどあるはずもなく、少女はとりあえずそれを手に取った。

 そして、少女は目を見張る。

 封筒の裏に成された署名は、いつか見た父の物。

 この部屋を宛がわれてから定期的に手紙は届いていたが、今日はそれが届く日では無い。

 初めての、イレギュラーだった。

 

 焦るように、封を切った。封蝋を外すためのペーパーナイフを探すのももどかしく、多少はしたないと思いつつ指を差し込んで。

 折りたたまれていた数枚の便せんを拡げ、文字を端から端へ追っていく。

 記されていたのは、家族の近況や、世間での出来事。身体を気遣う文言。そして、姉が結婚するということ。

 

 嬉しくあり、そして、自分が姉の結婚式に出席できないことが悲しかった。

 頼んでみようか。そう思い、すぐに辞めた。

 どうせ許されるはずがない。今まで、この部屋に来てから一度として自由を謳歌したことなど無い。

 最初は多少なりとも外出しようとしたが、どこへ行くにも監視付き。

 動ける場所をエリアで区切られ、行くことが許されない場所が殆ど。

 すぐに今のような一日を繰り返すようになった。

 だから、今度もきっと駄目なのだ。

 

 こうして、少女は手紙を片付け、ベットに入った。

 

 手紙の末尾に記された、父らしからぬ楽観的な一文。

 “信じていれば、きっと良いことが起きる”。

 この意味を、特に考えることもなく。

 そして、便せんに薄いセピア色で描かれた、ふくろうのイラストに気づくこともまたなく。

 

 少女はまだ夢を見ない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ところ変わって戦隊旗艦を勤めるティベ級ウルラ。

 ルナツーを落としたことで制宙権はほとんどジオンの物になり、もとからジオンの勢力圏だったソロモン~グラナダ間を行くにあっては、主機の調子も心なしか普段以上に良いようだった。

 言い方は悪いがこの任務、蓋を開ければ内ゲバであるから、戦隊首脳部のやる気は今ひとつ。

 しかし彼らの部下達がどうかというとそうでもない。

 仰ぎ見る司令官の恥を末端にまで知らせることなどできるはずもなく、今回の任務は表向き新型兵器の輸送任務と言うことになっているからだ。

 

 開戦以来の勝ち続き。危ないことは何度かあったが、今のところ戦隊からの殉職者も居ない。軍人と言えど、若い者が多いジオンではいつのまにやら気がゆるみ、余裕が生まれ、自然空気も明るくなる。

 それもこれも、モビルスーツという新たな兵器のおかげである。ザク様々とでも言えばいいのか。

 

 しかし、誰も彼もが浮かれていられる訳では無い。

 冬彦は、私室で一人、思索にふける。

 ドズル曰く、この作戦にあってはグラナダに協力者が居るらしい。

 グラナダ基地の中でも、特に警備の厳重なNT研究所。

 協力者によって一時的にではあるがグラナダの警備体制に穴を開けるので、その隙に助け出せというのだが、そうも上手くいくのだろうか。と疑問も残る。

 そもそも、協力者とは誰なのか。

 作戦に関わっていて直接現地に赴く中では最高位である冬彦も、それが誰かまでは聞かされていない。

 ドズル直属の工作員か、それとも誰かグラナダの高官に造反者……と言って良いのかどうかわからないが、とにかくドズルに味方する者が居るのか。

 情報の開示が一切無いのだ。

 奪還作戦と銘打つものの、これではまるきり強奪作戦ではないか、と言ってみたくもある。無論、実現はしない。

 今回に限って言えば、冬彦はMSに乗って楽しくどんぱちする予定はない。

 グラナダ基地に到着したら荷である改造バックパック付きのザクを引き渡して、グラナダのお偉い御方とうふふあははと顔に笑顔を貼り付けて神経をすり減らすだけの仕事。

 死にはしない。

 死にはしないが、代わりに何かを失いそうな気もしないでもない。

 

「ふう」

 

 湯飲みの中身を飲み干して、次をいれようとしたところ、ポットの方も中身がない。

 立つことも億劫で、そのまま冬彦は横になった。

 腕で視界を遮れば、宇宙と同じ暗闇が広がる。

 

 難しい時期が来ているのだろう。

 単に、連邦、ジオンという大きな枠だけでなく、そろそろ同じジオンの中でどう立ち回るのかを決めなくてはいけない。

 誰に味方をするのかではない。

 誰を敵にするのかだ。

 

 派閥で言えば、冬彦はドズル派だ。

 もう今更訂正する気はないし、居場所がすっかり出来てしまった。

 敵対する可能性があるのは、まずキシリアの派閥は間違いない。

 ドズル派、キシリア派というのはそのまま宇宙攻撃軍と突撃機動軍がそのまま当てはまるから、宇宙攻撃軍、つまりドズル派の独力で行われた先日のルナツー攻略作戦の成功は面白くないはずだ。

 おまけに、これから行うハマーン・カーン奪還作戦も、はっきりいってだまし討ちと変わらない。両軍の関係に決定的な亀裂が走ることになるだろう。

 キシリアの対応如何によってはそのまま内戦まっしぐらだが、そうなると連邦との戦争がたちいかなくなる。

 地球の各戦線はほとんどが突撃機動軍から抽出した部隊であるから、それを宇宙に戻すとなれば、今度はギレン達ジオン中枢、サイド3が黙っていない。

 キシリアを押さえるか、それともいっそドズルを潰しに来るか。

 息を潜めたままのダイクン派も、そうなればドズルに組みするということもあるのかもしれない。

 ガルマは……まあ、とりあえず気にしなくてもいい。ザビ家の一員として見れば旗頭ともなり得るが、現状では一方面の頭にすぎない。

 現状ではやや割を食っている感のある、中立的な立場の者達はどう動くか。

 例えば、マハラジャ・カーン。作戦が成功すれば、少なくとも彼の立ち位置はドズルに対して好意的なものになるはずだ。

 だが一方で形だけとはいえ存在する議会はどうだ?

 おそらくは、本国を掌握するギレンに追従するだろう。ジオンの議会は、そういう物だ。

 サハリン家やカーウィン家のような名家とよばれる連中は?

 これもわからない。軍人である冬彦には、そちらのほうの伝手がない。

 それに、ヘタに手を出すと暗闘の得意な古参が出てくる。そうなるともう手に負えない。

 

「ぬっ」

 

 手をついて、反動をつけてぐっと身体を起こした。

 しばらくぶりの光に目がすこしばかりついていけず、収まるのを待つ。

 

 何を考えたところで、これまでのように答えは決まっている。

 情報の絶対量が足りないし、何もかもを十全に動かせるわけでもない。

 これまでと同じように場当たり的にでも良いように対応していくしかない。

 

 ザクに乗るという夢も果たしたのだし、いっそ何かをしくじって死ぬようなことがあればこれまで諦めるのも手か。

 

(話にならんなぁ)

 

 下らない思考を切って捨てて、ちっとばかり頭を真面目に切り換える。

 何か、見落としている気がするのだ。

 それさえ思い出すことが出来れば、何か道が開けるようなきもするのだが……

 

 そんな考えは邪魔してやろうと言わんばかりに、何かが閃きそうになった瞬間に通信が入った。

 苛立ち紛れに相手の確認もせずに、キーを押す。艦橋からだ。

 

《中佐、グラナダのムサイを発見しました。合流します》

 

 アヤメ、ではなく、オペレーターの一人だった。

 

 何にせよ、今回もまた時間切れらしい。

 

 続きは、月の裏側の伏魔殿についてからにしよう。

 

そう思い、冬彦は軽い返事をして通信を切った。

 

 

 

 





 読者の皆さんも、思い出してみよう。

 でもネタバレは勘弁してつかーさい。

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