転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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いつから更新は夜にしか無いと錯覚していた?


第三十九話 新衣を纏い

 

 早朝。

空の色がそれまでの黒一色から、より淡いものへと塗り替えられる頃。

 常であれば起きている者などそうはいないこの時間に、とあるジオン軍の野営地では主に当直の警戒担当であった兵達を中心に慌ただしい動きを見せていた。

 朝霞もまだ晴れぬと言うのに、時間など関係ないとばかりに四方へ走り回っている。

 

 そんな中、無線機の前を独占するオペレーター担当の士官の元へ駆け寄ったのは、丸い眼鏡をかけた将校……中佐という階級にある男。そう、冬彦である。

 その顔にあるのは相も変わらぬ丸眼鏡、しかし先日仕上がったばかりの新しい軍服に袖を通していた。

 上下共に長袖であるが、袖と裾が広く造られているのと通気性の良い素材で造られている為に今までの物とは暑さにたいしての適応性は雲泥の差だ。なお、色はジオン制式の暗緑色。

欧州方面の部隊の物をそのまま流用できた下士官以下の者とは違い、結局アヤメが型紙を引いた戦隊独自の物である。

 更に言うと、ここまでは襟の階級章などを除けば他の士官も同様なのだが、冬彦の物や、戦隊要職につく物はさらにもう一つオマケがつく。アヤメが言った、手を加えた部分。

 マントの代わりに、羽織が用意されたのだ。色は黒で、膝の辺りまで丈のあるそれ。

 本人は此処より寒い地域に行ったときや、式典などの時に見栄えがするようにと言ってはいたが、どう考えても洒落っ気だろう。

 重ね着などできるかと、ほとんど全員が丁寧に畳んで、それをしまってある。

 

「MSだと?」

「はい、間違いありません」

 

 さて、先日までとは打って変わって、きびきびとあっちへ行きこっちへ行きと仕事をする下士官達の間で、冬彦は確認の為の言葉を口にする。

 それに答えるオペレーターも、どこか信じられない面持ちである。

 

「スカウトからデータが来ました。ザクが二、それと新型と思しき青い機体が一」

「新型……それが、こちらに向かってきていると」

「そのようです」

「……この間のHLVかもしれんが……通信は?」

「ありません。こちらからの通信にも応じません。該当するスカウトが未確認部隊の進路と重なるとのことで一度引かせましたが、戻しましょうか?」

「いや、いい。正しい判断だ」

 

 どう判断するべきか、迷うところだ。

 友軍であることは間違い無いとは言う物の、もし万が一MSが連邦に拿捕されたものであったとしたらどうか。

 部隊には被害が出るだろう。それも、かなり深刻なレベルで。

 先日の月軌道での事もある。何か薄ら寒い物を感じたのはきっと軍服が替わったせいだと言い聞かせ、向けて早口で命令を告げる。

 

「MS隊は全機発進準備にかかれ! 未確認部隊の正面を塞ぐ。防盾を忘れるなよ。偵察ヘリも出すぞ。できるな?」

「既に待機命令を出しております。すぐに飛べますよ」

 

 オペレーターが通信機に取り付き、各所へと命令を飛ばす。通信に応じない以上は、仮に友軍であったとしても未確認部隊であり、相応の対処が必要になる。

 

 この偵察ヘリと言うのは、元からあった攻撃ヘリを改造した物だ。MSとの連携を前提として武装を最低限に抑えた為に火力は著しく下がったが、代わりに稼働時間を伸ばしている。もちろん、改造を担当したのは第六開発局である。

偵察ヘリそのものはあくまで例の如く試験的に造られた物であり、今の所制式採用される予定もない。しかし原型である攻撃ヘリは既に地上軍で制式採用された物である為パーツを取ってくることもでき、整備制は悪くない。人員輸送ヘリとしても、まあ使えないことはないだろう。

 

「……しかし、本当に味方なのでしょうか」

 

 オペレーターの、不安げな声がぽつりと漏れる。

 気持ちは冬彦にもわかるが、情報が集積され、命令が伝達される指揮所にいる人間がそれを言ってはいけない。下手なことを言って、それが広まれば士気に直に影響してくるのだから。

 

「敵でなければ銃は下ろすさ。味方だったら撃たなきゃ良い。何か言われれば適当に茶を濁すさ。通信に出ないのは、気になるが」

「……それは」

「俺も出る。インカム借りていくぞ」

「はっ! ……ご武運を」

「だからまだ敵と決まった訳じゃあ無いと言ってるだろう!」

 

 笑ってごまかす位には、まだ余裕があった。

 ヘッドホン型のインカムを付け、位置を微調整しながらMSを目指して歩く。

 ノーマルスーツとヘルメットの装備一式はあれで地上でも充分に着られる万能装備だが、流石にどこでも着られるという訳では無い。

欧州戦線ならばいざしらず、軍服で息も絶え絶えになるような季候で、宇宙で使える密閉性を持ったあれを着るのは自殺行為だ。

 他に暑さに耐える方法があるのに、快適さを求めてわざわざヘルメットを被り息苦しい中でエアーと電力を浪費するのは流石にいかがな物か。それが冬彦の考えだ。

 

《中佐、今指揮所についたよ》

「やあ、大尉。入れ違いだったな」

 

 付けたばかりのインカムから、聞き馴染んだ声がした。

 階級で呼び合ってはいるが、アヤメであることは冬彦にはすぐにわかった。声で相手がわかるくらいには、長い付き合いだ。

 ちらと後ろを振り返れば、遠目に手を挙げる女性士官が見えた。普段と違い髪が結われておらず、腰の辺りで揺らいでいるのはおっとり刀で駆けつけたせいか。

 

「聞いたか?」

《うん》

「一仕事することになるかはわからんが、そうなったら全体の指揮は任せる。俺は出る」

《任せてくれ》

「頼む」

 

 指揮所からそう遠く無い場所に、ザクが膝立ちの姿勢で並べられている。搭乗した者から順時発進しており、既に幾つか空白になった場所がある。

 丁度立ちが上がったばかりの機体と、目があった。光学機器であるモノアイが、ある人に言わせればぐぽーんという擬音をもって、光る。

 右肩のマーキングは04。乗っているのはゴドウィンだ。

 

《お先に失礼します、中佐》

「ああ、俺もすぐにいく。地上だからと足を取られて無様を晒すなよ! もしそうなったらお前だけ元の軍服にしてやるからな!」

《了解っ、であります》

 

 ザクマシンガンを装備した右手を掲げて、ゴドウィン機は先に行く。

丁度それまでゴドウィン機がいた場所の隣に置いてあった冬彦の自機であるS型は、地上へ移るに辺りバックパックが撤去されている。他機も同様だ。

 一時的に元のランドセルに戻された姿は、えらくすっきりして物足りない印象を受ける。たかが背負い物一つでこうも変わるかと拍子抜けと言っても良い。

 

 それでも、やはり軍人一人に与えられる兵器としては破格の物だと思い、自分を戒めた。

古の騎兵にとっての馬、そして、近代の戦車を掃き散らすことのできる存在。MS。

 宇宙とは、また違う戦場。地上でのモビルスーツというものの在り方に思いをはせながら、冬彦は頭上から垂れ下がったウインチに足をかける。

それが巻き上げられていき、やがてはコクピットにたどり着く。ハッチを閉め、いくつかのチェックを済ませれば、それでザクの目に火が灯り動き出す。まずは、立ち上がるところから。

 銃を持ち上げ、盾を据え付ければ、これでもう戦える。

 

「ヒダカ機、発進する」

《ご武運を!》

 

 ――そう、戦えるのだ。

 

 MSを動かしたことがあるのは、何も宇宙だけでは無い。サイド3のコロニーの一つで、重力下における訓練をしたこともある。月とて、弱いなりに重力はあった。

 大きく異なるのは、一歩一歩に付きまとう突き上げるような揺れだけか。

 

「先行している各機。相手を視認できたか」

《いえ、まだです。中佐》

《偵察ヘリからの位置情報で、狙撃できますが……》

「逸るな。友軍だったら事だ」

《はっ》

 

 予定ポイントに着くと、冬彦は防盾を前に掲げ、コクピットを守る姿勢を取った。

 これで、しばらくは待ちだ。ザクマシンガンの砲口を前に向けておく。彼我の距離はおよそ十㎞前後。

野営地の周囲にスカウト隊による早期警戒ラインを引いていたこともあって、相手が仮に敵に拿捕された機体であったとしても、先手を取ることができるだろう。

まあ、スカウト隊の編成はアヤメの言い出したことであって、冬彦の手柄ではないが。

 

「アヤメに感謝しないとなぁ」

《は。大尉が何か?》

「なんでもない。それよりも、偵察ヘリから映像を回せないか。向こうさんの姿を確認しておきたい」

《……まだ距離があるので、映像は難しいかもしれません。静止画ならいけるはずです》

「それでいい。頼む」

《わかりました。中継します》

 

 しばらく、その画像が届くのを待つ。

 

「おっ」

 

 モニタに反応があったのは、比較的すぐのこと。

 それを選択して表示してみれば、なるほど確かにザクとグフである。

 内訳は、報告通りザクが二機と、ロールアウトして間もない新型、グフが一機。装備は標準的な物。背後には車両を含む隊列も見える。どうやら、旧世紀のハイウェイを利用しているらしい。隠蔽性よりも、移動力を重視しているようだ。

 新型であるグフがいる以上、これで敵ということは無い。なら、なぜ通信に応じないのかという疑問が出てくる。

 

「見た限りでは、友軍だが……」

《そのようで。もう二、三枚送らせますか》

「いや、良い。ヘリを落としにこない辺り、敵対意志はないんだろう。……偵察ヘリ、聞こえるか」

 

 少しばかりのノイズと沈黙の後に、返事がくる。ヘリのローター音がやかましいため、相手の声は大きい。

 

《…、……はっ、聞こえております!》

「信号弾で停止命令を出した後、再度通信を試みる。中継を頼む」

《了解しました!》

 

 ザクの肩から打ち上げられた、三発の発煙信号弾。こちらが向こうの進路を塞ぐようにして位置取っている以上、これでなお知らぬ存ぜぬは通らない。

 通信機の設定を広域の物に。周波数を、より広くして言葉を発した。

 

「こちらは宇宙攻撃軍第二十二独立戦隊、フユヒコ・ヒダカ中佐である。前方の部隊に告げる。貴隊の進軍を一時停止し、所属と目的を明かされたし。繰り返す。所属と目的を明かされたし。従わぬ場合は、こちらには貴隊を制圧する用意がある」

 

 さて、これでどうでるか。結局ドズルの言った補充パイロットが来なかった今、戦隊のザクは十機。内、配置についているのは六機。対艦狙撃砲持ちは二機のみ。後続四機も、そう遠からず到着する。相手はグフがいるとはいえ三機。余程のエースでも無い限り、負けるとは思えない。その程度には戦線を超えてきた。

 

(……ん。あれ、これフラグじゃ……)

 

 そんな思考が、ぴたりと止まる。この状況が、どうも禄でもない状況のテンプレートに結構当てはまっているような気がしたのだ。

 例えば、三機という数。某白い悪魔の部隊がそうであった。

 例えば、戦隊の定数である十二機という数。正史のコンスコンが率いてその結果に絶句した数がそうであった。

 

(まさか、な。いや、まさか……)

 

 嫌な考えを打ち払うように、両手で己の頬を打つ。こう言うとき、ヘルメットが無いと良い。思ったときに、すぐに行動できる。

 

 そして気合いを入れたのが功を奏したのかどうなのか、ハイウェイを行く部隊はMS、車列ともに停止した。

 

《――前方の部隊。攻撃の用意を解かれたし。友軍である》

 

 驚くべき事に、聞こえて来たのは女性の声だった。

 

 そして続く言葉に、冬彦は絶句する。

 

 

 

《こちらはジオン公国親衛隊アジア方面派遣団、ミレイア・セブンフォード特務中尉である。事情は直接あって話そう。受け入れの用意を要請する》

 

 

 

 





ユーリ・ケラーネ少将の秘書さんの制服が青だった調べれど調べれど理由がさっぱりわからん。
まっさか実は凄腕パイロットで護衛兼任なんてことはないだろうし……orz……

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