転生者迷走録(仮)   作:ARUM

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二週間ぶりなんですが、恐ろしいことに気づきました。

もしかして、これ転生じゃなくて憑依なんじゃ……


第四十五話 西、いや北へ?

 

「うぬぅ」

 

 小難しい顔をして、冬彦は目の前に置かれた物を見る。

 白い幅広の皿に盛られた、米と、細切れにされた肉と野菜の炒め物。鍋の形のままに半球状に盛られた米わずかばかりに黄色く色づき、肉の脂を纏って食欲を刺激する。

 半球はその一角を銀のスプーンでもって崩されてなお、湯気を放ちながらその形を保っている。

己が手で崩したそれを見つめる冬彦は、何を思うか。

 

「美味しくなかったのかい」

「そんなことはない。充分美味い」

 

 向かいに座るアヤメからの問いかけを、冬彦は否定する。士気に直結している食事を任された炊事担当者の腕は確かだ。

 オーソドックスなレシピに従い作られたそれ。元は缶詰の中身であり、細かく刻まれてなお元々の濃い味付けからその存在感を失わうことの無い肉。彩りを添えるためにマーケットでもって調達されたばかりの各種野菜も、問題とはなり得ない。そう、問題は米。絶対唯一の主役たる米なのだ。

 確かに追い求めた物であるのに、違う。偽物を掴まされたというわけではない。間違い無く米だ。他ならぬ米なのだ。しかし求めた物では無い。

 己が記憶にある物よりも、幾らか細く、長いそれ。

未練。そう、未練だ。

 茶碗に盛りつけられた、少々歪な、しとりとして柔らかな白米への、未練――

 

「だったらその眉間の皺をなんとかしなよ。炊事班が怯えてる」

「おうっ?」

 

 冬彦やアヤメ、他数名がいるのは通常の食堂ではない。

ザンジバル級機動巡洋艦「ウルラ2」内部の高級士官用の食堂室である。

会議室や応接室としても使えるつくりであり、多少なりとも調度品が置かれた室内は時代遅れどころか過去の遺物としか言いようの無いような冬彦の私物が置かれた私室よりもよほど高級感がある。

 宇宙にいた頃にはムサイやティベ、そのどちらにも無かった設備ということで初めて使ってみたのだが、普段はいつもの食堂室でよさそうだ。

 

「ほら、早く片付けなよ。午後からは稼働試験があるんだから」

「そう急かさんでくれ。飯くらいゆっくり食いたい」

「誰の機体だと思ってるのかな?」

「……俺のですよぅ」

 

 けして自分が頼んだ改造ではないのだが。

そう思いつつも、口に出すことはなく目の前の料理を掻き込んだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

《テス。中佐殿、聞こえていますか?》

「聞こえているよ。エイミー曹長」

《それでは、今回のテストについての説明を行います。よろしいですね?》

「それは、この1ダース位スイッチが増えてることに関係しているのかな?」

 

 ザクのコクピットの中で、冬彦は自身の右手に見える見慣れない長方形の機器を見ていた。丁度羊羹やカステラの箱のような大きさで、側面に上下二段組み各七つ、十四の四角いスイッチがついている。

 えらくシンプルで、わざわざ白く塗られている。一応それぞれのスイッチの傍らには細かい字が貼り付けられているが、それでも電気ケーブルのタップとでも言われれば信じてしまいそうだ。

 

「何これ」

《スイッチです》

 

 エイミーから答えとも言えないような応答が返ってくる。最近無気力気味な冬彦か、余程気の良い物でなければ激怒されるだろう。

 

「それは見ればわかる。何のスイッチか聞いているんだが?」

《でしょうね。順を追って説明します。基本的に頭部増加装備の各機能のオンオフの切り替えをする為だけの物です。オンにするとスイッチが点灯します。試しに下の段の、一番手前のスイッチを押してみてください》

 

 手を伸ばし、言われた通りのスイッチを押す。半透明のスイッチの奥で橙色の光が灯る。

 それに伴って、中央メインモニターに四角い枠が現れる。

 その枠に映るのは、MSデッキの管制室にいるエイミー曹長だ。

 

《どうも、中佐殿。そのスイッチを押すと、このように画像付きで会話ができるようになっています》

「それって前から無かったっけ?」

《ええ、ありました。ありましたが、アレはサブモニターのみで二人までしか映せないプログラム組みでしたから。今度のは通信回線を増強して、指揮管制機としても使えるようになっています》

 

 冬彦は、機体に取り付けられた新しい頭部を思い出す。そういえば、確かにアンテナの形状が先端の鋭いブレード状の物から四角い板状の物に代わり前後の幅も大きくなっていたが、そんな機能を付けたのか。

 

《宇宙にいる間ならそれでも問題無いのですが、地上は宇宙と比べると通信事情があまりよくありませんからね。それに対応するのが目的です。映像を出せる数を増やしたのはついでで、本命は一度に繋げる数を増やすことですね》

「今までみたいに部隊間の短距離通信か、母艦を中継しての通信じゃ駄目なのか」

《駄目ではありませんが、地上の通信事情がそれだけ悪いと言うことです。障害物の多さ、雨、雲、その他諸々の気象条件。部隊単位で孤立するようなことがあれば、きっとその時が真価を発揮するときです》

「前々から言ってるが、そういうフラグじみたことを言わないでくれないか伍長」

《曹長です》

「……曹長」

《了解です。中佐殿。フラグというのがなんのことやらよくわかりませんが》

「もういい。とっとと試験を始めるぞ」

《残りについては、コクピット内に紙の説明書を突っ込んでおいたので、そちらをどうぞ》

 

 先ほど押したスイッチをもう一度押す。メインモニターからエイミーの姿が消え、格納庫の壁面が全面に映し出された。

 今度は、使い慣れた通信用のカムのスイッチを押す。周波数は既に合わせてある為、すぐに繋がった。

 

「これより高空からのMS降下試験を始める。各員所定の位置に付け。遅れている場合は直ちに申告」

 

 これまで戦場を共にし、酷暑を耐えた部下達は誰も彼も優秀であり、聞こえて来るのは静かなノイズだけ。問題は無いようだ。

 

 高空からのMS降下試験。今回行われるこの試験はジオンのMS運用としては異例ともとれる物である。そもそも高空からのMS降下自体が、それほど事例が存在しない。

 一般的に、そもそもMSというのは余り降下というものを想定していない。宇宙からの降下もHLVを用いるし、常に重力の影響を受け続ける地上では着陸時の脚部への負荷もばかにならない。やるとしても地表に近い低空から行うのが普通であり、高高度からとなると対空迎撃を受ける時間も長くなる為危険度も増す。

 地表付近からならジオン、連邦共に時折行っている。ジオンはジャブロー攻略において飛行するガウからMSを降下させたし、連邦も飛行中のミデアやガンペリーなどからのMS降下を実行している。前者は特に増加装備無しで、後者は地表でパージする必要があるが、ブースターとパラシュートの増加装備を用いて。

しかし高空からとなるとそれ以上に専用の装備も必要となる為、一年戦争期で言えば、連邦の高級特殊戦機ジム・ナイトシーカーなどが敵拠点の後方に降下する為に行ったのと、それこそギニアス・サハリン謹製MAアプサラスの試作機による稼働試験くらいだ。

 

 後に連邦のガルバルディβなどは追加装備によって大気圏からの単独突入も可能としたがやはり危険は伴うし、結局高空から出撃する場合はMS単機による降下ではなく、その展開力もあわさってSFS(サブフライトシステム)を用いた移動が主流になってゆく。

 

 先に述べたように、MSの降下というのはMSの消費の面から見ると余り財政に優しくない……運用方法としてそれほど適した物では無い。

それでも、降下は実際に行われている。

その理由は、降下が地上において数少ないMSによる奇襲を可能とする手段の一つであるというのと、まだSFSの配備数が多くない状況で、前線に高速で、尚かつ一度である程度まとまった戦力を一度に送り込むことができる手段であるということ。

なお、上手い具合にはまれば効果は絶大だが、これを何に対しても有効な手段だと勘違いしてやたら目ったら行うと敵による包囲殲滅による部隊の全滅など手ひどいしっぺ返しを食らう。そのため実行にはよくよく検討が必要だが、やはりリスクを前にしても効果は高い。

 

 今回の試験は、低空からしか降下ができないために母艦であるガウなどを対空砲火のリスクに晒している現状を改善する為の物とされている。

その為の装備もある。降下してから回収地点までの移動ルートもジオン勢力圏の内。降下してからの道程もせいぜい一週間ほど。

不気味なのは、この一連の指令がドズルが前もって開発局に対して命令書という形で送り渡してきていたものだということだ。

しかし不気味だろうと何だろうと正規の命令であるからやらないわけにはいかない。

冬彦とアヤメが額を付き合わせて考えた結果、降下するのは冬彦機とフランシェスカ機の二機。ピート、ゴドウィン両機は「ウルラⅡ」に居残りで、作戦中の全権はアヤメに移行。万が一に備えて、通信中継と哨戒用に偵察ヘリがローテーションする手はずにはなっている。

後は、何も起きないことを祈るのみだ。

 

「ピート。ゴドウィン。そちらはどうだ」

《問題ありません。視界良好。周囲に敵影なし》

《平和なもんです》

「フランシェスカ」

《いつでもいけます》

 

 今この船に乗っている、自分を含めた四人のMSパイロット。既に全員が機乗済みで、それぞれ所定の位置についている。

 ピートとゴドウィンは艦の外、上部甲板にて警戒中。冬彦とフランシェスカの両機は、左右のMSハッチの側にわかれて待機している。

 

「イッシキ大尉、留守はまかせた」

《一応通信が繋がる範囲なんだけどね。任された以上は何か起きても僕が何とかしておくよ、中佐殿。できる範囲でね》

「頼んだ。エイミー曹長、やってくれ」

《了解しました。それでは各種最終チェックの後、カウントダウンに入ります。衝撃が予想されますが、舌を噛まないようにお願いしますね》

 

 流石に冬彦も少しいらっとしたが、もう小言を言うようなタイミングでは無い。

 

《両舷カタパルトロック確認。隔壁開放。カウント開始します。9、8、7、6……》

 

 側面の隔壁が開かれて、外から差し込む日によってカスタムされたザクの茶と白の機体が照らし出される。

 胴体部の前面と背面に取り付けられた円筒状の増加装備は減速用のブースターで、前と後ろにそれぞれ二基ずつ。ガトルのエンジンを分解して改造した物だが、面影はほとんどない。さらに、背中にはランドセルの上からパラシュートの入ったコンテナも据え付けられている。

フランシェスカのグフにも同様の物が装備されており、ジオニックの規格に合わせた物らしい。

 

《3、2、1……射出します》

 

 言葉と共に、衝撃が来た。

 「ウルラⅡ」にはカタパルトが無い為、今回用いられたのは格納庫の床に敷かれた簡易カタパルトである。低空かつ低速であればそのまま飛び出ても良いのだが、現在は高速かつ高空であるため、下手なことをすると主翼に直撃し最悪ザンジバルが墜落する。MSも只ではすまない。それを防ぐ為の処置である。

 

(お、おお!? これは思ってたよりか振動が……っ!)

 

 冬彦が意外に思ったのはカタパルトによる衝撃よりも、空気抵抗による揺れの方。

 射出されて直ぐにパラシュートがオートで展開する。減速よりも、姿勢制御に重点をおいた小型のものだ。

 コクピット内は激しく揺れる。不安にもなるが、想定の範囲であるのか警報の類はついていない。

 

《高度九千……八千五百……八千……七千五百……七千。メインパラシュート展開してください》

「メインパラシュート、展開!」

 

 管制は「ウルラⅡ」のエイミーが各種情報を見つつ行う為、冬彦の仕事はそれに従ってMSを操作することだ。

 メインパラシュートを展開すると、降下速度の減少は雀の涙だが、揺れは随分と収まった。だが、まだ気は抜けない。一瞬の油断が命取りになる。

 ただでさえ冬彦は、色々微妙な立ち位置にいるのだから。

 

《確認しました。そのまま……いえ、ちょっと待ってください》

「……どうした」

 

 通信の向こうの管制室が慌ただしくなったのを、冬彦は耳から聞こえる音声から感じ取った。

 先人達の例に漏れず、嫌な予感というのは冬彦の場合も割と当たってしまうのだ。

 

《中佐殿》

「何だ曹長」

《機体が北に流されています。修正できませんか?》

「できるかっ」

 

 今回の試験は“降下”であり、装備もそれに類した物しかない。姿勢の制御なら何とかできなくもないが、気流に逆らって移動というのは最終減速用のブースターを使うかメインサブ両方のパラシュートを切り離しでもしないかぎり不可能である。

 

《……中佐殿、フランシェスカ中尉のグフも北に流されています。見失わないようにお願いします。ルートが変更になりますが、回収地点はそのままで試験を続行します》

「試験の中止はっ、できないか!?」

《不可能です。ですができるかぎり通信によるサポートは行います。着地に成功したらなるべくすぐに西に向かうか、南下してから西進するかして下さい。北に流がされすぎると、連邦との混在地帯に落ちかねません。……健闘を祈ります》

 

 それを最後に、通信が切られた。高度は、ブースターの点火ラインを微妙に過ぎていた。

 

「ええぃこんなんばっかりだな畜生め! フランシェスカ、こちらを見失うなよ!」

 

 ペダルを蹴り飛ばしながら、怒鳴りつけるようにカムに言い放った。

 

 冬彦のザクとフランシェスカのグフは、ブースターによる激しい揺れに襲われながらこうして中央アジアの森の中へと落ちていった。

 

 

 

 





 MS降下作戦。なおオリジンではガウでアッザムを運んだ模様……

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